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「これでお姉ちゃんを悲しませる、悪い奴はいなくなったのだっ。よかったなっ」
「うんっ。ありがとう、めるちゃんっ」
リィナとメルクリウスは嬉しそうに抱き合っている。
リィナは目を輝かせながらメルクリウスの頭を撫で、メルクリウスは尻尾をパタパタと振るような勢いで頬をすり寄せていた。
メルクリウスの力を使い、ゲーヒィンをぶっ飛ばしたのだが。
俺は気になっていることがあった。
「どうしたの、ガイア」
「いや、ちょっとな。マジコさん、周囲の警戒をお願いします」
キースホンドとチワさんは再会を喜んでいる。
チワさんは安堵からか、膝から崩れ落ちるようにキースホンドの胸に顔を埋め、声を上げて泣いていた。
ギンコさんは、現在気を失っている。マジコさんはギンコさんを静かに寝かせると、こくりと頷いた。
俺が気になっていること。
それは、ゲーヒィンにきちんととどめが刺せたのだろうかということだ。
ぶち破られた壁から、身を乗り出して顔を覗かせる。
冷たい風が頬を打ち、焦げた石の匂いが鼻を突いた。
地上には大きなクレーターができている。だが、目をこらして見るも、ゲーヒィンの姿は見当たらなかった。
「ゲーヒィンの野郎、一体どこへ」
塔から飛び降りる。風を切り裂き、ふわりと俺は着地した。
自分の体に減重をかけておいたのだ。だから、あの高さからでも無事だったのである。
クレーター中心部には、人サイズのくぼみができていた。土埃が舞い上がり、生臭い血の匂いが微かに残っている。多分ここに墜落したのは事実なのだろう。だが。
「逃げたか」
あの高さから、ゲーヒィンは落とされたのだ。しかもメルクリウスによる、超音速のキックのおまけ付きだ。無事であるわけがない。
少なくとも全身打撲で、しばらくは動けないはずだ。こんなにすぐ退避できるなんて考えられない。
こんなことができるとすると、やはり魔人ヴィーナスの力だろうか。
支配の力で、ゲーヒィンを無理矢理動かしたとかなら説明がつく。
だとして、どうしてゲーヒィンを生かしているのだろうか。それに、これだけ暴れ回ってもなお、ヴィーナスが姿を現さないのは気になる。
俺たちに全く興味が無いとは考えられない。計画の邪魔者は排除したいと考えるのは普通だろう。
俺たちを無視してるのは。もう、そんな段階ではなくなったからか。
「あんまり悠長にしていられないな」
すぐにでもヴィーナスを止めにいかないと。俺はぐっとしゃがみ込んでジャンプした。体を無重力状態にしているので、通常ではあり得ない高さまで跳ぶことができた。
戻ってくると、皆少し落ち着いていた。冷静になったからだろう、状況が飲み込めたようである。
「ねえ、ガイア。ノエルが目を覚まさないの」
ノエルやギンコさんたちは、未だ意識を失ったままだ。
「ゲーヒィンからの命令がなくなって、スリープ状態になったんだろうな」
ゲーヒィンからの命令を聞くように支配を受けていた。命令主がいなくなったので、動けなくなってしまったのだろう。
「じゃあ」
「ああ。まだ根本的に、問題は解決していない」
まだヴィーナスによる魔人の力が解除されていないのだ。ゲーヒィンがいなくなっても、まだ彼女らは目を覚まさない。
「ヴィーナスお姉ちゃんを、ぶっ飛ばすしかないのだっ」
「ああ。そうなるな」
メルクリウスの目には迷いはない。力強く両手を握りしめている。誰が自分にとって大切なのかがハッキリしたからだろう。
とはいえ、だ。
「できるか。姉を、倒せるか」
メルクリウスにとって、ヴィーナスは姉だ。姉に対してあまり良い感情を抱いていないとはいえ、家族なのだ。
家族相手に、拳を、能力を、果たして使えるか。
「できるのだ。めるめるにとって、リィナお姉ちゃんと、その友達が、大事なのだ」
その気持ちに嘘偽りはないのだろう。だが、姉への恐怖が完全に消えたわけではないらしい。彼女の小さな手が、微かに震えている。誰よりも、魔人である姉の恐ろしい力を理解しているからだろう。
ヴィーナスの力への対抗策はある。だが、それだけで彼女を倒せるかどうかは不明だ。
それに、彼女は大規模な計画を進行中でもある。ヴィーナスを倒すだけで、問題が完全に解決するとは限らない。
だが、やらない理由にはならない。
「みんな聞いてくれ」
リィナたちに、俺は言う。
「これからヴィーナスを倒しに行く。ゲーヒィンはおそらく、ヴィーナスのそばに居る可能性が高い」
結局、元凶の元へ行き、直接取り除くほかにないのだ。ヴィーナスとゲーヒィン、二人を。
「ヴィーナスは最上階にいるんだよな」
「そうなのだ。ヴィーナスお姉ちゃんはそこから動かないのだ。あの人は今手が離せない状況にいるからな」
塔を、ダンジョンを攻略しないといけないわけだ。
だが、問題は残っている。
「ゲーヒィンからの命令が途絶えてしまった今、支配を受けていた人たちは、皆気絶している。彼女らを放っておくわけにはいかない」
ノエルやギンコさんだけではない。街の人たちもまた、命令者を失って気を失っているのだろう。
「そうだね。でもさ、ガイア君。みんなに害をなす命令を出す人が居なくなっている以上、しばらく放っておいても大丈夫って思うんだけど。ギンコには悪いけど、それより早く解決した方がよくないっ」
マジコさんの意見も尤もである。
「けどゲーヒィンはあくまでも、ヴィーナスの命令を肩代わりしていただけで、自分でも命令を、出そうと思えば出せるとは思うんです」
今までは細かい命令を委託していたが、それができなくなったからといって、命令ができなくなるわけではない。
「なので、マジコさんとチワさんは、ここに残ってほしいです」
「みんなの護衛だね」
「そういうことです」
戦力を分断するのは、正直リスクはある。だが、さっきのノエルが残してくれたのだ。ヴィーナスへの対抗策が有効であることへの確信を。
「リィナ。悪いが」
「大丈夫」
リィナは立ち上がると、力強く頷いた。その目には決意の色が見える。
「大丈夫、ゲーヒィンをぶっ倒すよ」
「めるめるもっ」
こうして、俺たちはチームを二つに分けることにした。
俺、リィナ、メルクリウスは塔を攻略する。
チワさん、マジコさんはここに残って皆の保護だ。




