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ゲーヒィンの居場所までは、さほど大きな障害はなかった。
見張りは元町民であり、大した武装をしていなかったからだ。
ギンコさんたちの姿もなく、何より魔物が出現していなかった。奴が居座っているのは、チワさんたち都市長の一族が住んでいた区画らしい。
そこは塔への玄関口のような役割を担っていたそうだ。だから、そこまでのルートには魔物が出ず、比較的安全だったのである。
問題は、入り口が強固に塞がれていたことだった。どうやら呪文によって厳重に管理されているようだった。
だが、チワさんが解除の呪文を知っていたため、普通に入り口を通ることができた。
そしたら、ゲーヒィンがノエルに性的な暴行を加えようとしている現場を目撃した。俺は落ちていた石に減重を付与して、全力で投擲した。
ゲーヒィンの顔面に一撃お見舞いしてやった、という次第だ。
「ノエルっ。ノエルぅっ。ノエルぅううっ」
リィナが、気を失った親友の身体を強く抱きしめる。
彼女は、扇情的な格好をさせられていた。ほぼ全裸に近い。彼女からすれば、大変屈辱的な格好であることは容易に想像できる。
俺の大切な仲間に、なんてことをしやがる。
ピキッ、と俺の足元の石床に亀裂が走る。
俺の重力が無意識に漏れ出しているのだ。
「おい、お前。下品貴族」
メルクリウスもまた、静かな怒りをあらわにしていた。
彼女の桃色の髪の毛が、バタバタと激しく揺れ動いている。
「リィナお姉ちゃんを、泣かせたなっ」
肌を刺すような冷たい風。それは彼女が発する音波だ。
肌に突き刺さるほどに高密度に圧縮された音。それほどまでに、彼女はブチ切れているのだ。
友達を泣かせた、あのクソ下品野郎に対して。
それは俺も同様だ。
俺とメルクリウス、そしてその場にいる全員が静かな殺意を抱いている。
「キースホンドっ」
「お嬢様っ」
初めて見るあの獣人が、どうやらチワさんの世話人でもあった、キースホンドらしい。
チワさんがキースホンドに駆け寄ろうとする。だが。
「げひひっ。と、止まれぇいっ」
チワさんがぴたりと足を止める。
キースホンドの首筋に、いつの間にか銀色の剣が沿わされていた。
「ギンコっ」
「ギンコさんっ」
マジコさんが悲痛な声を上げる。
彼女の仲間であり、同じ冒険者であるギンコさん。および、その仲間であるブトーさんらが、いつの間にか現れていたのである。
ゲーヒィンの護衛として、このフロアの暗がりに待機していたのか。
「げひっ。げひひっ。貴様らが我が城に入り込んだ、冒険者どもだなぁ」
ギンコさんから、俺たちの侵入は報告を受けているのだろう。
ゲーヒィンは手痛い一撃を食らったというのに、なお余裕の表情を見せていた。
醜く腫れ上がった鼻から血を流しながら、下卑た笑いを浮かべている。
確かに数としては、こっちの方が多い。だが。
「我が城、ですって。ここはっ。わたくしたちみんなの家ですわっ」
都市長の娘として、ゲーヒィンの物言いが気に食わなかったのだろう。怒りをあらわにするチワさん。
だが、ゲーヒィンはニチャアと気味の悪い笑みを深める。
チワさんの豊満な胸や尻を無遠慮に眺めている。まるで、商品の品定めでもしているかのようだった。ゲスのクソ野郎が。
俺が止める間もなく、メルクリウスがゲーヒィンに向かって突進する。
だが、その見えない一撃をギンコさんが大剣で受け止めていた。
もとより、Sランカーとしての高い戦闘能力を持つ彼女だ。
とはいえ、魔人の一撃を受け止められるのは、同じく魔人であるヴィーナスから強力な支配を受けているからだろう。
そうでなければ、メルクリウスの本気の攻撃を受け止めて、無事でいられるはずがない。
否。
無事ではない。
ポタッ、とギンコさんの手から赤黒い血が滴り落ちた。
正面からの強烈な一撃を防ぐほどの怪力。それは明らかに彼女自身のキャパシティを超えている。
ヴィーナスのあの力によって、ギンコさんは限界以上の力を強制的に引き出されているのだ。
筋肉や骨は悲鳴を上げているはずだ。それでも。
「メルクリウスっ。引けっ」
「いやなのだっ」
「引いてくれっ。頼むっ」
このままだとギンコさんの身体が壊れて死んでしまう。
俺たちのような魔人という化け物と違って、彼女は普通の人間なのだ。
メルクリウスが仲間を、ギンコさんを殺しかねない。そんな光景は見たくない。
俺は、もうメルクリウスも大切な仲間だと思っている。
「仲間同士で殺し合いなんて、しないでくれ」
メルクリウスは俺の悲痛な叫びを聞き入れてくれたようだ。
パッと一瞬でギンコさんから離れ、俺の傍へと戻ってくる。
げひひひっ、とまたゲーヒィンが高らかに笑う。
「状況が理解できたようだなぁ。そうっ。こちらには貴様らの大事な人間がいる。人質だっ。貴様らが吾輩に指一本でも触れてみろ。吾輩の命令一つで、こいつらの命はたやすく消すことができるのだぁっ。ぎゃはははっ」




