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ガイアたちが塔へと侵入した。
一方でゲーヒィンはノエルを手元におき、愉悦の表情を浮かべていた。
「げひひひっ。ノエルぅ。お前の肌はべろぉ。げひひっ。おいしいなぁ。どんな果実よりもおいしいぞぉっ」
ゲーヒィンの膝の上に無理矢理乗せられている、ノエル。
その白い頬を、男のざらついた舌がべろりと舐め上げる。
布面積の少ない卑猥な服を着せられ、好きでもない男に肌を触られ、唾液を塗りつけられている。
これ以上の屈辱はなかった。
「ゲーヒィン。どうか、わたくしめにも」
キースホンドが前に出て、深く頭を垂れる。
別にゲーヒィンに心を許したわけでも、ノエルに嫉妬したわけでもない。
「げひひひっ。なぁんだぁ。ほしくなったのかぁ」
「はい。どうか」
「しょうがないなぁ」
ゲーヒィンはノエルを解放する。
キースホンドが身代わりのように、男の膝の上に乗った。
「あ、ありがとう」
「いいの。休んで」
小声で会話するノエルたち。
キースホンドはノエルのために、自ら身代わりを買って出たのだ。
「いやぁ、待てよぉ。げひひひっ。そうだぁ。ノエルぅ。お前、やっぱり乗っかれ」
「なっ」
「美女を二人侍らせる。げひひひっ。夢のようではないかぁ」
なんて男だ。しかも断れない。
断れば、この男は自分だけでなく、周りにも酷いことをする。
ノエルは悔しさに歯噛みしながらも、ゲーヒィンの言う通りにする。
男は美女を二人、自身の膝に乗せた。
ゲーヒィンはノエルの柔らかな頬を乱暴に掴み、べろりと無遠慮に舐め回す。
生臭い息が鼻を突き、吐き気を催した。
「キースホンドは吾輩の体にキスをするのだぁ。げひひひひっ」
彼女は屈辱に耐えながらも、嫌々ゲーヒィンにキスをする。
ノエルは、こんなこと絶対にしたくなかった。
自然と瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ノエルとてお年頃だ。性に興味がないわけではない。
でも、本当にそういうことをするなら、心から愛する男としたいと願っていた。
「よぉし。じゃあ今日はいよいよ、本番といこうかぁ。げひひひっ」
本番。
その言葉に、ノエルは背筋が凍るような嫌な予感を覚える。
ゲーヒィンが立ち上がった。
そして、ノエルの前に仁王立ちになり、自らのズボンを下げる。
「くれてやる。そこに手を突いて、こちらに腰を突き出せ」
それはつまり、性行為を強要するということだ。
ノエルは、さすがに我慢の限界だった。
「いやっ」
思い切り、ゲーヒィンの顔面に向かって細い拳を振り抜く。
ゴッ、と彼の脂ぎった鼻にノエルの手がめり込んだ。
「っつぅ。てめえ。吾輩がくれてやるっていうのに、拒みやがってぇ。調子に乗るのもいい加減にしろよっ」
フンッとゲーヒィンは鼻を鳴らす。
そして、懐から通信機のような魔道具を取り出した。
「ヴィーナス様っ。吾輩のそばに居るこの青髪に、貴方様の【毒電波】を送ってくださいませぇっ」
「どく、でんぱ」
ヴィーナスとは、メルクリウスと同じこの塔に住まう魔人の名前だったはずだ。
(どくでんぱ。どういうこと。毒。相手を麻痺とかさせるの)
瞬間。
頭の中に、ビリリィッと高圧電流が走ったような衝撃が突き抜けた。
「がっ、なぁっ」
頭の中が、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
明瞭だった視界が不気味にぼやけ、焦点が合わない。
頭の中にあった冷静で理性的な思考が、音を立てて崩れ去っていく。
理性的な思考を保とうとした途端、頭の中で何かが暴れ回るのだ。
(痛いっ。痛い痛い痛いぃっ)
視界が激しく明滅し、足元がぐらぐらと揺れる。
そして、目の前に立つゲーヒィン。
彼を見た瞬間、どういうわけか心臓がドクン、ドクンと甘く高鳴り始めた。
頭がとろけそうに熱い。
そう、これはガイアに向けていたはずの、純粋な恋心。
それが強制的に書き換えられ、目の前の下劣な男に向けられているのだ。
(違うっ。こんな男、愛してなんか)
「あぁんっ。ゲーヒィンさまぁんっ」
(なに、この甘ったるい声)
それが最初、自分の小さな口から紡がれたものだと気づけなかった。
そう、ゲーヒィンが、ガイアのように最高にかっこよく見えている。
身体の奥底が熱く疼き、この人に全てを捧げたいという欲望が湧き上がってくる。
頭の中で、そんな変な声が甘く響くのだ。
そして、理性でそれを振り払おうとすると、またガンガンと激しい頭痛が襲いかかってくる。
頭の中に、まるで別の意志が住み着いているようだった。
そして、ノエルの身体を都合よく操っているように思える。
「えっちな奴隷にぃ。お恵みをくださいぃっ」
「げひひひっ。可愛いなぁ。さぁ、その小さくて可愛い尻をこちらに向けるのだぁっ」
ノエルは言われた通りに、ヒモのショーツに手をかける。
ゾクゾクと、背筋に痺れるような快感が走った。
ゲーヒィンの言う通りに行動すると、頭の中に何か幸せな物質が精製される仕組みらしい。
下半身を露わにしようとしたノエルが。
しかし、ギリギリのところで一歩踏みとどまった。
「だ、め。そこは、大好きな、ガイアに」
愛する男のために、ノエルは一番大切なものをとっておきたかったのだ。
決して叶うことのない、片想いかもしれないけれど。
「愛してもいない、お前に。あげるものなんて、一つもないっ」
頭が割れそうに痛い。
ゲーヒィンの命令に逆らったからだろう。
胃液が込み上げるほどの激しい吐き気を催しながら、ノエルは必死に抵抗する。
「往生際の悪いやつめっ。こうなったら無理や、ぐぎぇええええええええええええええええええええええええええっ」
瞬間、ゲーヒィンの巨体が明後日の方向へと凄まじい勢いで吹き飛んでいった。
何度も床でバウンドし、ゴロゴロと無様に大理石の上を転がっていく。
「なに、今の」
「ノエルっ。無事かっ」
そこに立っていたのは、ガイアだった。
「が、ガイアっ」
彼は何かを強く投げつけたようなポーズを取っていた。
おそらく、迷宮で拾ったであろう石の重力をゼロにして、全力で投擲したのだろう。
重力を受けず、超加速した石の弾丸が、ゲーヒィンを容赦なくぶっ飛ばしたのだ。
「ノエルっ。ノエルぅうっ」
涙をボロボロと流しながら、赤髪の美少女、リィナが駆け寄ってくる。
親友が、小さな身体でぎゅっと抱きしめてくれた。
愛する人と、愛する友が、助けにきてくれたのだ。
ノエルは安堵のあまり、そのままふっと糸が切れたように気を失うのだった。




