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チワさんの知っている、ザドゥの隠し通路へとやってきた俺たち。
街を包む外壁の一部に、色違いのレンガがあった。チワさんが触れると、地下へ続く重厚な階段が出現する。
俺たちはその階段を下っていった。カビの匂いが漂う、冷たく湿ったレンガの通路がどこまでも奥へと伸びている。
「元々、都市長の一族は塔に住んでいたんですの。塔が不法占拠されたとき、外へ逃げるための通路がこれなんです」
なるほど。ダンジョンに住むのは、どうやら塔に入る人を管理していたからという側面もあるらしい。
塔の難易度はかなりのもので、ランクの低い冒険者では命を落とす可能性があるのだとか。
そうやって無謀な挑戦をしようとする若者を止める役割も、都市長の一族にはあるという。
「ここを敵に知られるってことはないの?」
ノエルの問いかけに、チワさんが静かに首を振る。
「一族しか知らぬ場所です」
「そう」
ノエルはまだ完全に信じきれていないようだ。敵は人を操る能力を持っているからな。それを使って情報を抜いてくる可能性だってある。
調査の結果、敵の能力は万能ではないことがわかっている。
能力を使わないと、敵は人を支配できない。
また、支配する対象を、完璧にコントロールできない。
なんらかの手段を持って、支配の力から逃れることができるはずだ。
「ここをいけば、敵のアジトに乗り込めるんだよね?」
リィナが通路の奥を指差す。
「そう、ですわね」
「ならいこうよ! キースホンドさんや、チワさんのお友達、ギンコさんたち……あたしたちの大事な人が、下品なクソ貴族の犠牲になってるんだよ?」
リィナの気持ちは痛いほど伝わってくる。俺だって、今すぐにでも駆け出してやりたい。
だが、ゲーヒィンの背後にはヴィーナスがいる。やつの力を解明しないうちから無策で行動するわけにはいかないのだ。
「なー、リィナお姉ちゃんはなんで泣いてるのだ?」
彼女の瞳から流れる、美しい涙。それは彼女の優しさからくるものだろう。
親しい人を貶められ、それを我慢しなければならない。その無力感が辛いのだ。
「ありがとう、リィナさん……」
チワさんが深く頭を下げる。泣いているリィナたちをみて、メルクリウスが自分の胸を小さな手でぎゅっと掴んだ。
「なんだか、心が痛いのだ」
「そっか。それでいいと思うぜ、俺は。大切な感情だよ」
テラステラ師匠が俺に人の心を教えてくれたように、俺もまた、魔人に人の心を教えたい。
同じような悲劇を、二度と繰り返したくないのだ。
「そっか」
ピクッと、そのときメルクリウスの耳が動いた。彼女は咄嗟にノエルを力強く突き飛ばす。
ドゴォン!
通路の天井が突如として抜け落ちた。強烈な衝撃波が狭い通路を駆け抜け、土煙と瓦礫が容赦なく俺たちを吹き飛ばす。
むせ返るような土の匂いと、冷たい風が吹き込んでくる。
「見つけたぞ、侵入者」
「な!? あ、あなたは……ギンコさん!」
黄昏の竜のリーダー、ギンコさんだ。
ただし、その出で立ちは異様だった。
「ぎ、ギンコ!? あ、あんたなんてそんな破廉恥な格好してんのよ!」
マジコさんが驚愕するのも無理はない。ギンコさんは、普段のかっちりとした服装とは似ても似つかない装いをしていた。
ほぼ全裸だった。
引き締まった裸体に、ビーズでできた細いブラとショーツのみを身につけている。
娼館で働く娼婦のような、目のやり場に困る格好だった。
そんな状態で、愛用の大剣を構えて現れたのである。
その目は虚ろで、俺たちへの強烈な敵意だけが冷たく燃え上がっていた。
間違いなくヴィーナスに操られている。
「目ぇ覚ましなさい! 風撃」
マジコさんが空気の弾丸でギンコさんを攻撃する。気絶させようとする意図だろうが、ギンコさんは華麗なステップでそれを避けてみせた。
そのまま猛然と突進し、マジコさんの腹に強烈な肘鉄を喰らわせる。
「がはっ!」
「ちぇりゃ!」
リィナが大剣を抜き、咄嗟にギンコさんに斬りかかる。だが、踊るような軽やかさでそれを回避され、ギンコさんの剣がリィナの体を浅く切り裂く。
「やめるのだ!」
メルクリウスが音波の塊をギンコさんにぶつけた。広範囲におよぶ音速の一撃。さしものギンコさんも回避できず、強烈な衝撃を受けて背後へと吹き飛んでいく。
だが彼女は空中で軽やかに回転し、ふわりと無傷で着地してみせた。Sランカーの驚異的な身のこなしだ。
とはいえ、状況としては最悪だ。敵に位置を気取られた上、こちらはギンコさん相手に本気を出すことができない。
「ゲーヒィン様に楯突くやつは……殺す」
「ギンコさん……」
その目には本気の殺意、そしてゲーヒィンへの歪んだ恋慕の情が見てとれた。ギンコさんは完全にヴィーナスに意識を乗っ取られているのだ。
元凶を倒さないと、彼女を元に戻すことはできないだろう。どうする。魔人の力を解放すれば、彼女を殺してしまう。そんなことは絶対にできない。だが、手加減してSランカーを戦闘不能にすることなど不可能に近い。
「ええ。わかりました。ゲーヒィン様」
なぜか、ギンコさんは追撃をしてこなかった。剣を鞘に収めると、そのまま天井に空いた穴から外へと飛び出していく。
「待ってくれ!」
俺が呼び止めるも、ギンコさんはこちらを一瞥もせずに去っていった。
躊躇ってしまった。仲間を傷つけまいとしすぎて、事態を傍観することしかできなかった自分の無力さが歯痒い。
「ノエル? ノエル!」
リィナが周囲を見渡しながら、ノエルの名前を悲痛な声で呼ぶ。そこで俺は最悪の事態に気づいた。
「ノエルが、いない」
まさか、今の襲撃の混乱に乗じて、ノエルが敵に連れ去られてしまったというのか。俺は膝から崩れ落ち、絶望のままに拳を強く握りしめた。




