59
俺たちはヤヒコのギルドマスターに船を手配してもらった。
リィナ、ノエル、そしてチワさんの四人で、頑丈な造りの大型船に乗船している。
潮の香りを孕んだ強い海風が吹き抜け、波が船縁を打つリズミカルな音が響いていた。
どうやら近海には凶暴な魔物が頻出するため、小型船では到底ザドゥへは辿り着けないらしい。
この規模の船を動かすには相当なコストが掛かるはずだ。
快く手配してくれたギルドマスターには、心から感謝しなければならない。
「ギンコさんたちも船使ったのかなーっ」
甲板の手すりに寄りかかり、リィナが潮風に亜麻色の髪をなびかせながら尋ねてくる。
「ヤヒコが玄関口なんでしょ。別ルートで都合良く船なんて見つかったのかなっ」
「それか、マジコさんの魔法で飛んでいった可能性もあるわ」
ノエルが自身の愛用する杖の柄を細い指で撫でながら、冷静に推測を口にした。
「腕の立つ魔法使いなら、飛翔魔法をパーティ全体にかけられるから」
「あ、なるほどーっ。魔法でばっびゅーんって訳ねっ。ってことは、あたしらよりずっと早く、ギンコさんたち現地入りしてるかもねーっ」
リィナが無邪気に両手を広げて空を飛ぶ真似をする。
ノエルはそれを見て、少しだけ浮かない顔で静かに頷いた。
俺の胸の奥にも、拭いきれない嫌な予感が渦巻いている。
そもそも、あの孤島に先に入ったはずのギンコさん達からは、手紙一つ寄越されていない。
フクロウ便を使っての連絡や、魔法で使い魔を創り出して飛ばすなど、こちらに情報を伝達する手段はいくつも用意されていたはずだ。
だというのに、彼女たちからは現状報告の類が一切届かない。
現地で何らかのトラブルがあったのかもしれない。
いや、間違いなく危機的状況に陥っていると考えるのが自然だろう。
ならば、俺たちはいち早くザドゥへ乗り込み、ギンコさん達を助け出さなければならない。
「っ」
そのときだった。
俺は直感的に、進行方向の空を仰ぎ見た。
「ガイア……どうしたの……」
俺は咄嗟にリィナの肩を突き飛ばし、その場から遠ざけた。
ドゴォオンッ、という鼓膜を破らんばかりの凄まじい轟音とともに、船の甲板が激しく爆発した。
「な、なにいぃいっ」
「何かが飛んできたっ。気をつけろっ」
爆風で千切れた木片が四方へと飛び散り、焦げた木の匂いが鼻を突く。
俺たちの目の前に墜ちた土煙の中心から、一つの影がむくりと立ち上がった。
「ほえーっ。すっげえのだぁっ。めるめるの攻撃避けるやつなんてっ。たいしたやつなのだっ」
「っ、お前……」
土煙が晴れた先には、鮮やかな桃色の髪をツインテールにした、妙な格好の少女が立っていた。
金属飾りのついた革のジャケットを羽織っているが、豊満な胸元や、引き締まった腹、そして滑らかな太ももを惜しみなく空気に晒している。
「ち、痴女……」
リィナが顔を真っ赤にして両手で目を覆い隠した。
だが、指の隙間からしっかりと相手を観察している。
一方で、ノエルは素早く杖を構え、周囲の空気を冷やりと凍てつかせながら警戒を示した。
「あの速さで接近するなんて。人間業じゃないわ。ガイア、まさか」
「ああ、そのまさか、だろうな」
なんて言い表せばいいのだろうか。
例えば、同じ故郷の出身者同士だと、些細な訛りや喋り方でなんとなく同郷の人間だと察せられるように。
俺もまた同じ存在だからこそ、直感で明確に理解できたのだ。
「お前、魔人だな」
「そーなのだっ。めるめるは、メルクリウスっ。お前と同じ魔人なのだっ」
「メルクリウス。魔人っ」
やはりだ。この禍々しくも底知れない気配は、人間の放つものではないと思っていた。
くそっ。まさか、逃げ場の無い船という閉鎖空間で強襲してくるなんて。
「あ、あいつは……っ」
チワさんがメルクリウスの姿を認め、大きく目を剥いて悲鳴のような声を上げた。
垂れた獣耳が恐怖に震えている。
「ザドゥを支配していた神の手下っ」
「神の手下。魔人がか」
ふんっ、とメルクリウスはひどく不満そうに鼻を鳴らした。
「ヴィーナスお姉ちゃんは神なんてもんじゃないのだっ」
「ヴィーナス。そいつも魔人か」
「そーなのだ。魔人姉妹なのだ」
その割に、ヴィーナスの名前を出した途端、メルクリウスは露骨に不機嫌そうな顔をした。
姉妹の仲はあまり良くないのかもしれない。
ギンコさん。
貴方は魔人が二柱も居る死地へ乗り込んだのか。
ますます安否が気になって仕方がない。
魔人というと、かつて死闘を演じた磁力の魔人マルスを思い出す。
あの規格外の戦いには、歴戦のギンコさんたちでさえ全く手が出せていなかった。
あれと同等、あるいはそれ以上の力を持った魔人が相手なのだ。
ギンコさんたちでは到底敵わない。
果たして、生きているだろうか。
いや、今は考えても答えは出ない。俺が今やるべきことは、ただ一つだ。
「ノエル、リィナ。チワさんを守ってくれ」
「……やるんだね、ガイア」
「ああ。手加減して勝てるような相手じゃない」
ノエルは静かに頷き、リィナと震えるチワさんを連れて船尾の方へと距離を取る。
荒れた甲板に取り残されたのは、俺とメルクリウスだけになった。
「お前、ここに来た目的は」
「おー、ガイア。お前の強さを測りにきたのだっ」
よかった。
相手の目的は、俺個人のみのようだ。
皆に、大切な仲間に直接的な被害が及ぶことは避けられそうだ。
「強さを測ってどうするんだ」
「決まってるのだっ」
「…………」
「…………」
「……え、何」
「何ってなんなのだっ」
強さを測って、それで最終的に何がしたいのかと聞く流れだったのだが。
俺は思わずガックリと項垂れてしまった。
どうやらこいつ、そこまで深く物事を考えて行動していないらしい。
「とにかくっ。めるめるはお前と戦いに来たのだっ」
「だったら、最初からそう言え」
俺は静かに自身の腕に巻かれた重い枷に手をかける。
拘束具を外し、荒波の立つ海へと無造作に放り投げた。
ドボォオオオオオンッ。
激しい水柱が天高く舞い上がる。
それだけ俺の枷が常軌を逸した質量を持っていたということだ。
俺の肉体に常時かけられていた凄まじい負荷が消え去る。
魔人としての、俺の本来の力が完全に解放された。
身体が羽のように軽い。
足元の重力場が歪み、ふわりと俺の身体が甲板から数センチほど浮き上がった。
「おーっ。わくわくしてきた――」
無邪気に笑うメルクリウスの言葉を遮り、俺は彼女の顔面めがけて右足を振り抜いた。
魔人の力を全解放した俺は、己を縛る重力の楔から解放され、目にも留まらぬ超スピードで動ける。
さらに、蹴りの瞬間に極大の重力を足先に一点集中させた。
神速のスピードと圧倒的な質量を掛け合わせた強烈な一撃を、メルクリウスの小さな身体にお見舞いする。
メルクリウスは砲弾のような恐ろしい速度で吹き飛んでいき、海面へと激しく叩きつけられた。
これで終わりになってくれれば助かるのだが。
「わはっ。わははははっ」
メルクリウスは海面の上に、平然と立っていた。
そして、狂気に満ちたギラついた目を俺に向けてくる。
飢えた肉食獣が、極上の餌を見つけた。
そんな表現がぴったりと当てはまる、おぞましい笑顔である。
「いいぞっ。いいぞぉっ。ガイアぁ……」
どこか、あの狂った磁力の魔人マルスに似ているような気がした。
どうしてこうも、魔人という存在は頭の螺子が外れたおかしな連中しかいないのだろうか。
【お知らせ】
※8/21(金)
好評につき、連載版、投稿しました!
『【連載版】婚約破棄された加護なし令嬢、前世の知識で絶品あったかご飯を作ります~無理矢理嫁がされた極寒の隣国で、皆から恐れられる【狂犬皇子】が、毎食おかわりを要求して離してくれません』
https://ncode.syosetu.com/n0948mq/
広告下↓のリンクから飛べます。




