↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

婚約破棄された《田舎の剣聖》が、都会のエリート魔法学校を受験したら

【短編版】婚約破棄された田舎の剣聖《おっさん》、都会の魔法学園を受験する~人外魔境の地で鍛えた剣が、実は魔法だった件~【連載版あります!】

作者: 茨木野
掲載日:2026/09/04

【お知らせ】

※9/6(日)


好評につき、連載版、投稿しました!



『【連載版】婚約破棄された《田舎の剣聖》が、都会のエリート魔法学校を受験したら~人外魔境の地で鍛えた剣が、実は世界最強の魔法だった件~』



https://ncode.syosetu.com/n0948mq/


広告下↓のリンクから飛べます。



「ごめんなさい、アスベル。貴方との結婚……白紙にしていただきたいの」


 男の名は、アスベル・ノースエンデ。歳は三十五。十五で成人となるこの世界において、立派な「おっさん」と呼ばれる年頃である。


 アスベルがいるのは、彼らが暮らす田舎から遠く離れた都、帝都カーター。彼はここで、十一も年下の女性――ミレーヌと、結婚式を挙げる予定であった。


 今日は、来週に迫った結婚式のための予行練習であった。ミレーヌはドレスを、アスベルはタキシードを身につけている。本番と同じ手順で愛を誓い合う、その最中に――ミレーヌは、口にしたのである。結婚を、白紙に戻したいと。結婚式まで、あと一週間という段になってのことだった。


 指輪はすでに買い求めていた。新居も購入済みである。友人・知人をこの帝都に招く手筈も、すべて整っていた。


 ――すべての段取りが済んでからの、突然の婚約破棄。


 怒っても許される場面であろう。だが、アスベルの胸を先に満たしたのは、怒りではなく困惑であった。


「それは……どうして」


「……あなたの婚約者になる前に、お付き合いしていた方がいたの。その人が、どうしても忘れられなくて」


「…………」


(今回の縁談を持ってきたのは、親父だったな。見合いの直前まで、その男と付き合っていたとは聞いていたが……)


 まさか、あれから一年も経つというのに、まだその男との繋がりが残っていようとは。未練が、あったということか。


「ごめんなさい。もっと早く言い出せばよかったのに……ごめんなさい」


 言い出す機会は、何度もあったはずだ。すべての段取りが終わる、このタイミングでなくとも良かったろうに。


 言いたいことは、百も二百もあった。だが、うすうす感じてはいたのだ。ミレーヌの心が、自分に向いていないということには。


(俺は三十五のおっさんだ。相手は、十以上も年が離れている。離れすぎている。好きになれずとも、無理はない)


 もとより、無理のある縁組であった。アスベルの中にも、彼女が本当に自分を想ってくれているのかという疑念が、ずっと燻っていた。だからこそ――


「いいよ、ミレーヌ」


「え……」


「婚約破棄を、受け入れる。君は気にしなくていい。俺にも至らぬところがあったのだから。金銭のことも心配しなくていい」


 アスベルがそう告げると、ミレーヌの表情が、すっと変わった。流れていた涙が、一瞬で引いたのである。


「え、いいの」


「……」


「助かるわ。ありがとう」


「高額の賠償を求められるのではと、怖くて……。なんだ、私の思い過ごしだったのね」


(……泣いていたのは、俺への申し訳なさゆえではなかったのか)


 直前になっての婚約破棄で、責められはしないか、賠償を求められはしないか。ただそれを恐れて、涙していたに過ぎなかったらしい。


 ――ミレーヌへの未練は、彼女のあまりにも身勝手な振る舞いによって、完全に断ち切れた。


「それじゃ、アスベル。さようなら」


「……ああ」


 ミレーヌは、アスベルを置いて足早に去っていった。彼も、そして一部始終を見ていた式場のスタッフたちも、しばし言葉を失っていた。


「……申し訳ありません」


 アスベルは、すぐに気持ちを切り替えた。最も迷惑を被るのは、この式場と結婚プランナーである。悲しみに浸るより先に、片付けねばならないことがある。


 心の中の何かを、静かに閉じることにした。悲しむのは、後でいい。まずは、迷惑をかけぬことが先決だった。


    ◇


 アスベル・ノースエンデ。辺境の地デッドエンド出身。彼の家は、代々続く剣術道場である。その一人息子として、彼は生を受けた。


 実のところ、彼は異世界からの転生者であった。若い頃は、剣と魔法が入り乱れる世界への憧れがあった。とりわけ、魔法への憧れは強かった。


 手から炎を放ち、空を翔る。前世では叶わなかったその力を、いつか自分の手で使ってみたい――そう、強く願っていた。


 だが、彼が生を受けたのは、辺境の最果てである。周囲に魔法を教えてくれる者もなければ、それを記した書物すら存在しない、そういう土地であった。


 加えて、彼は道場の一人息子だ。いずれは家を継がねばならぬ身であった。


 親が強いる稽古は、幼い頃は嫌でたまらなかった。だが、逃げ出す勇気もなく、結局は毎日剣を振るう日々が続いた。


 田舎は、結婚が早い。にもかかわらず、アスベルは結婚したくてもできなかった。家に代々受け継がれてきた剣術を、完全に己のものとせねばならなかったからだ。


 長い修行の末、免許皆伝の許しが出た頃には――すっかり、おっさんになっていた。


 そうして、親が急いで用意した婚約者との縁が、今に至る。


「……はぁ」


 あれから二日。アスベルは、結婚式取りやめの後処理に追われていた。


 まず、莫大なキャンセル料の支払い。式場のスタッフ一人ひとりに頭を下げ、参列者への詫び状を書き連ねる。


 その作業を、ミレーヌが手伝うことは一切なかった。一足先に、田舎へ帰ったようである。


 友人へ出した文の返事も届いていた。だが、そこに綴られていたのは、アスベルを責める言葉ばかりであった。『おまえの自業自得だ』『一週間前に取りやめてほしいなど、どうかしている』『頭がおかしいのではないか』――


 導き出される結論は、一つしかなかった。


「……ミレーヌは、俺が婚約破棄したのだと、周りに触れ回っているというわけか」


 自分が破棄したと知れれば、白い目で見られる。だからこそ、アスベルを悪者に仕立てたのだろう。田舎という土地は、こういった悪い噂ほど、驚くほど早く広まる。他に娯楽のない土地であればこそ、こうした醜聞は、何よりの話の種になるのだ。


 実家からの便りにも、ひとことだけ記されていた。


『二度と、うちの敷居をまたぐな。勘当だ』


「……ふぅ。すべて、失ってしまったな」


 宿の天井を見上げながら、アスベルは呟いた。キャンセル料の支払いで、手持ちの金はほとんど底をついている。


 この有様では、田舎へも帰れない。友人も、知人も――そして家族すらも、失った。


「俺の三十五年は、いったい何だったのだろうな」


 死んでしまいたいほどの心地であった。同時に、気まずい者たちと顔を合わせずに済むという安堵も、確かにあった。だが、そんな風に前向きに捉えられるほどの余裕は、今の彼にはなかった。


「これから、どうしたものか」


 そのときであった。


「まずい……! 遅刻してしまう」


 隣室から、女の声が聞こえた。


「魔法学園の入試に、遅れてしまうわ」


「……魔法学園の、入試」


 どたどたと、隣室の少女が慌ただしく部屋を出ていく気配がした。窓から外を覗くと、赤い髪の少女が、いずこかへと駆けていくのが見えた。


「…………」


(魔法学園――魔法を学ぶ学び舎、ということか)


 彼には、前世の記憶がある。有名な物語で目にした光景が、そのまま瞼の裏に浮かんだ。あれと同じようなものが、この世界にも存在するのかもしれない。


「魔法、か……」


 アスベルは、幼き日を思い出していた。


(そうだ。この世界に生まれ落ちたばかりの頃、俺には確かに、魔法への憧れがあったではないか)


 婚約破棄によって、すべてを失ったと思っていた。だが、幼い日に封じ込めた魔法への情熱が、こうして今、外へと溢れ出してきたのだ。すべてを失ったからこそ、押し込めていた一つの想いが、顔を出したのかもしれない。


「魔法……俺にも、できるだろうか」


 わからない。だが、試してみなければ、始まらない。アスベルは愛用の剣を腰に佩き、静かに部屋を出た。


 階段を下り、受付の女将に事情を尋ねる。


「ああ、ノアカーター魔法学園だろう。今日がちょうど、一般入試の日だよ。受験資格かい? 年齢の制限は特に設けていないさ。試験を受けて、合格すればいい。それだけのことだよ。受験料は、確か金貨一枚だったかね」


(金貨一枚なら、ある)


 これは天の思し召しであろう。アスベルは、そう解釈することにした。


 女将から会場の場所を聞き、彼は歩き出す。魔法の学び舎へと――このときはまだ、これが自らの運命を大きく変えることになろうとは、想像もしていなかった。


    ◇


 ノアカーター魔法学園。帝都に構える、全国でも指折りの名門魔法学園である。


 実力主義を貫くこの学園は、魔法の才さえあれば、誰であろうと受験を許されていた。


 たとえそれが、三十五のおっさんであったとしても。


「なんだ、あのおっさんは」「わからん」「もしかして、受験生か」「あんな年寄りが……」


 言うまでもなく、会場には若い受験生たちの姿が目立った。体育館のような広い場所へと、大勢の受験者が案内されていく。


(見たところ、十代前半の子が多いな。年齢制限がないとはいえ、ここは学び舎だ。若い者が集う場所なのだろう)


 というより、とアスベルは胸の内でひとつ息をつく。


(年齢制限がないというのは、建前なのかもしれん。面接で「普段着でお越しください」と言われても、実際にはスーツで臨むのが暗黙の了解というのと、似たようなものか)


 だが、アスベルに帰るつもりはなかった。帰るべき場所など、どこにもないのだから。


「はぁ……はぁ……なんとか、間に合ったわ」


(あの赤い髪の子――今、来たのか)


 隣室を借りていた少女が、汗だくの様子で試験会場に駆け込んできた。気の強そうな吊り目に、赤毛のツインテール。胸元には、受験番号と名前が記されている。


(カレン・フォン・ローウェル、か。……まあ、俺には関わりのないことだ)


 アスベルは、気づいていない。自分より遅れて宿を出たはずの少女より、自分のほうが先にこの会場へ辿り着いていた、という事実に。


 カレンと違い、アスベルにとって帝都は今日が初めての土地であった。故郷を出たのも、生まれて初めてのことだ。この帝都の地理など、まるで頭に入っていない。それでいて彼のほうが早く到達していた――その事実こそ、化け物じみた片鱗であった。もっとも、当の本人は、まるで気づいてはいなかったが。


「それでは、試験を開始いたします。試験は三つ。魔力測定、筆記、そして実技試験です。まずは魔力測定より始めます」


 中年の女性魔法使いが声を張り、杖を振るう。瞬く間に、大きな水晶の柱が幾本も地から生え出た。


「この水晶に、手を触れてください。魔力が数値として表示されます。受験番号順に、お並びください」


 教員たちの誘導で、受験生たちは列をなす。ちょうど、アスベルの隣の列に、カレンが並んでいた。


(俺の、隣か)


「なによ、おじさん。アタシの顔、じっと見ちゃって」


「ああ、すまない。つい見てしまった。実は俺、君と同じ宿に泊まっているんだ」


「へえ、そうだったの。アタシ、カレン。カレン・フォン・ローウェルよ。よろしく」


 カレンが、すっと手を差し出してくる。


「アスベル・ノースエンデだ。よろしく」


「……」


 カレンは、どこか腑に落ちない顔をした。期待していた反応とは違ったらしい。


「ふん、よろしく、おじさん。まあ、どうせあなたは落ちるでしょうけど」


「それは、どうして」


「ここの倍率は百倍と言われているの。百人にひとりしか受からない」


「なるほど、さすが名門校だ」


「そう。通れるのは、このアタシのようなエリートだけ。見ていなさい」


 カレンの列のほうが、幾分早く進んでいた。彼女が水晶に手を置く。


 水晶が輝き、そこに『九五』の数字が浮かび上がった。


「おお、すごい」「九十代とは、初めて見たぞ」「ほとんど百ではないか」「歴代でも、最上位の魔力量だ」


 周囲の受験者と試験官たちが、口々に驚きの声を上げる。カレンは、その反応に満足したのか、ふふん、と小さく鼻を鳴らした。


「次、アスベル・ノースエンデ。あなたの番です」


「あ、はい」


(そういえば、俺の魔力量とは……どれほどのものなのだろうな)


 生まれてこの方、魔法など一度も使ったことがない。無論、魔力を測ったこともない。彼は、そっと水晶に手を触れた。


『∞』


「「「――は」」」


 アスベル、試験官、そしてカレン。その場にいた誰もが、その数字に絶句した。


「八、なのか」「いや、八ではないだろう。向きが違う」「あの数字は、何だ」


 誰も、その意味を読み取れずにいる。だが、異世界の記憶を持つ彼だけは、その数字の意味を理解していた。


(∞――無限、か。無限とは、いったい)


 変化は、それだけでは終わらなかった。


 ぴきり、と何かに罅の入る音がした。ぴき、ぴきぴき――。


「あ、アスベル・ノースエンデ! 早く、手を離しなさい!」


 パアン、と乾いた音を立てて、測定用の水晶が粉々に砕け散った。それはもう、見事なまでに、木端微塵であった。


「壊れることも、あるのだな」


「あるわけないでしょう!」


 カレンが、鋭く突っ込みを入れる。


「測定用の水晶は、固定化が施されているの。決して壊れないはずなのに……それを壊すということは、途方もない魔力量だということだわ。……くっ、なんなのよ、まったく」


(それは、こちらの台詞なのだが)



 続いて、筆記試験であった。カレンたちはグループごとに分けられ、それぞれの教室へと通される。


 目の前には、学園側が用意したペンと問題用紙が置かれていた。アスベルは、カレンの斜め前に座る。


(アタシより多い魔力量の人間だなんて……許せないわ)


 だが、魔力測定水晶が示した数値は、覆しようのない結果であった。あの数値をいじることなど、できるはずもない。ならば、事実としてアスベルは、カレンよりも多くの魔力を持っているということになる。


(だからって、なによ。ただ魔力を多く持っているだけの一般人でしょう。筆記試験なんて、解けるわけがないわ。あんな田舎丸出しのおじさんに……)


「では、試験を開始いたします」


 カレンは問題文に目を通した。


(やっぱり、どれもハイレベルだわ。田舎者に解けるはずがない)


 試験内容は、魔物の生態や魔法の仕組みに関するものだった。魔法理論、魔法生物、魔道具――魔法にまつわる、あらゆる知識が問われている。都に出てきたばかりのアスベルに、解ける問題など、一つもないはずであった。


 しかし。


(なんだ……思ったより、答えられるものだな)


 アスベルは、すらすらと問題を解いていく。


 まず、魔法生物の設問。これは、魔物についての知識に他ならない。辺境の地で、数え切れぬほどの魔物と刃を交えてきたアスベルにとって、彼らの生態は身に染みて知るところであった。


 続いて、魔法理論。これもまた、理解できた。


(そうか……魔物たちが使っていた術も、魔法だったのか。それなら、易しいものだ)


 例えば、嵐の魔法。それは嵐鷲ストーム・イーグルが放つ吐息であり、風と雷の魔法を組み合わせたものだ。その威力、その射程――それらすべてを、彼は実戦の中で、身をもって理解していた。


 そして、魔道具の設問も、彼にとっては容易なものだった。


(この紋様は……道場に剣を卸してくれていた爺さんが打つ剣に、刻まれていたものだ。教えてもらったことがある。確か……)


 魔道具に刻まれた術式や、魔力を効率よく通す工夫――そういった設問が、そこには並んでいた。どれも、生きるうちに自然と身についた知識ばかりであった。


(筆記が一番厄介だと思っていたが、案外どうにかなりそうだな。存外、易しい内容だったのかもしれん)


 そうのんきに考えるアスベルをよそに、カレンは額に汗をにじませながら、必死にペンを走らせている。


(なんなのよ、この難解な問題は……。天才であるこのアタシでなければ、一問たりとも解けやしないわ)


 カレンが苦戦を強いられている一方で、アスベルはすでに、すべての設問を解き終えていた。


 彼は、気づいていない。


『以下五十問中、二十五問を選択して解答すること』


 と記されていたにもかかわらず、彼は五十問すべてに答えていた。そして、その答えのすべてが、正しかったのである。



 そして、最後に控えるのは実技試験だった。受験生たちは、円形の闘技場のような場所へと通される。


 試験官の説明によれば、実技はグループごとに行われるという。


「実技試験は、模擬戦とします」


 模擬戦とは、生徒同士で行う魔法決闘のことらしい。


「魔法決闘、とは」


「あなた、本当に何も知らないのね」


 カレンが、またしても突っかかってきた。どうやら実技も、同じグループで行われるようであった。


「魔法使い同士の決闘のことよ。決闘の儀式が発動すると、互いの体が結界に包まれる。その結界を先に破ったほうが、勝ちとなるの」


 ふと、アスベルは疑問を口にした。


「魔法使いに、そのような戦闘の試験が必要なのか」


 魔法使いとは、後方から魔法を放つものだという印象があった。決闘というものを行うとは、思いもよらなかったのである。


「だから、たいていは離れた場所から、互いに魔法を撃ち合うのよ」


「斬り合いには、ならないのか」


「呆れた。斬り合い? ここにいるのは、魔法使いよ。誰が剣なんて持っているというの」


 なるほど、確かにこの場にいる者は皆、杖しか手にしていない。誰一人として――アスベルを除いては。


「相手が、このアタシでないことを祈ることね。こう見えて、アタシは強いのよ。このグループで一番なんだから」


 これほど言い切るのだ、実際に相応の実力があるのだろう。だからといって、アスベルに焦りはなかった。むしろ、胸の高鳴りを抑えられずにいた。


(人が魔法を使うところを、この目で見られるのか)


 魔法生物たちが放つそれを、魔法と呼ぶのだと試験を通して知ったばかりのアスベルである。だが、あれはあくまで過去に目にしたもの――魔法と意識せずに眺めていた、いわば映像に過ぎない。


 今から見られるのだ。目の前で、人が魔法を放つ、その瞬間を。


「では第一試合、アスベル・ノースエンデ対、カレン・フォン・ローウェル」


(なんと、第一試合か)


 できることなら、最後の試合が良かった。他の受験生たちの魔法を、じっくり見たかったのだが。


(まあ、第一試合ならば、あとはゆっくり他の者の魔法を見物できるか)


 アスベルとカレンが、前へと進み出る。試験官は二人に、先ほどカレンが語っていた結界の魔法をかけた。


「結界を破られたほうが、負けです。勝敗以上に、内容を重視いたします。……アスベル・ノースエンデ?」


「はい、なんでしょうか」


 カレンは杖を構え、アスベルは、長年使い込んだ剣を構えている。


「それは……杖ですか」


「いいえ、これは剣です」


(何やら、妙な問答になってしまったな……)


 試験官は「ふざけているのですか」と眉をひそめたが、アスベルはいたって真面目であった。


「これで戦います」


「そうですか。……では、始め」


 カレンは、遠慮なく杖を構え、魔法の準備に入る。


「来たれ、来たれ、来たれ。火の精霊よ、我が声に応えよ」


(うむ……戦いはもう始まっているのに、何をぶつぶつと唱えているのだろうか。もしや、これが呪文というものか)


 どう見ても、隙が多すぎる。この間があれば、魔物であれば十度は仕留められている。だが、アスベルはあえて先手を譲った。魔法を、しかと見たかったからである。


「――【業火玉フレイム・ストライク】!」


(ようやく、放たれたか)


 杖の先から噴き出したのは、巨大な炎の球であった。それが弧を描きながら、アスベルへと迫ってくる。


(これが……魔法、か。まさか、これほどとは)


 炎の球が、アスベルへと着弾する。轟音とともに、衝撃波と黒煙が立ち上った。


「ふふん。アタシの勝ちね」


 相手は結界に守られている。命に別状はないはずだ――そう思っての一言であった。


「いや、君は勝っていない」


「な……はぁ、あ?」


 アスベルは、変わらずそこに立っていた。手には剣が握られている。服に焦げひとつなく、結界も破れてはいない。


「う、嘘でしょう。中級魔法の直撃を受けて、結界が破れないなんて。一体、どうやって防いだのよ」


「防いだのではない。ただ、斬っただけだ」


「は……斬る、ですって?」


「ああ。それで終わりか? もっと他のも見せてくれ。あの程度では、物足りない」


(あれくらいなら、森に出る火吹き蜥蜴でも普通に放ってくるな。いや、あの魔物は呪文など唱えぬぶん、こちらより速いか……)


「くっ」


 カレンは再び、長く呪文を唱え、同じ業火玉を放った。


「それはもう見た」


 アスベルは動かない。炎の球が触れる直前――斬撃が奔る。


 彼は、宣言どおり、魔法を剣で斬って見せたのだった。


「う……そんな。あり得ない。魔法は、物理攻撃ではないのよ。斬るなんて……」


 アスベルには、彼女が何をそれほど驚いているのか、正直よく分からなかった。彼の流派では、魔物の放つ術を剣で斬り、無効化することなど、当たり前のことだったからである。


 ――もっとも、それが可能なのは、ノースエンデ流免許皆伝の域に達した、彼の突出した剣技があってこそなのだが。


「では、お返しをしよう」


「お返し……? 何を言って……」


「俺は呪文というものを知らない。だから、君の放った魔法を、そのまま打たせてもらう」


(本来ならば斬り込めば一撃で決着がつくだろうが、これはあくまで魔法の技量を試す試験だからな)


 アスベルは腰を落とし、剣を振るう。刃が、赤くきらめいた。


「――ノースエンデ流奥義、『魔鏡剣』」


 魔鏡剣。斬った相手の魔法の魔力を刃に纏わせ、そのまま相手へと返す、カウンターの技である。しかも今回は、業火玉を二発分、斬り受けている。すなわち放たれるのは、彼女の魔法の――倍の規模と威力を持つ魔法であった。


「な――これ、は、早――防――」


 カレンは咄嗟に後方へと飛んだ。着弾と同時に、倍の威力を持った業火球が炸裂する。


 轟音とともに、凄まじい衝撃波がカレンを襲った。彼女を守っていた防御結界はもとより、身にまとっていた衣服までもが、焼き尽くされてしまう。


 ――全裸になった彼女は、仰向けに倒れたまま、白目を剥いて気を失った。


「す、すまない。加減を誤った。まさか、これほど脆いとは思わなかったのだ」



 試験が終わり、試験官たちによって、受験生らの採点が進められた。


 そして数日後、結果が張り出された。


「……俺の名は、ないな」


 合格者一覧に、アスベルの名前は見当たらなかった。彼は、静かに肩を落とす。


「まあ、仕方がないか。試験では、魔法を使っていないのだからな」


 だが、アスベルは前を向いた。


(自分に魔力があることは分かった。魔法が学問として成り立っていることもだ。ならば、図書館なりで調べ、独学で身につけることも、できるはずだ)


 彼は、魔法への執着を捨ててはいなかった。学ぶだけならば、どこにいてもできる。そう思い、その場を立ち去ろうとしたときだった。


「アスベル・ノースエンデ! どこへ行くつもり!」


「カレン……」


 赤髪のカレンが駆け寄ってきて、きっと睨みつけてくる。


「合格者は手続きをするようにと、アナウンスがあったでしょう。なぜ帰ろうとするの」


「いや……俺は、合格者一覧に載っていないのだが」


 カレンは柳眉を逆立てると、アスベルの手を引いて移動を始めた。合格者一覧の隣に、『特待生』と記されたプレートがある。今年の特待生は、一名のみであるという。


「お、俺が……特待生だと……?」


 かくして、田舎から出てきた「おっさん剣士」は、見事、魔法学園に特待生として合格を果たしたのだった。


 彼は、まだ知らない。この身に秘められた、途方もない潜在能力のことを。


 そして、彼は知らない。彼が生まれ育った土地が、人外魔境と呼ばれる、恐るべき地であったことを。


 そこで培われた剣技こそが――この世界における、最強の魔法に等しいものであったことを。


 世界は、そして彼自身も――これから、それを知ることになる。

【お知らせ】

※9/6(日)


好評につき、連載版、投稿しました!



『【連載版】婚約破棄された《田舎の剣聖》が、都会のエリート魔法学校を受験したら~人外魔境の地で鍛えた剣が、実は世界最強の魔法だった件~』



https://ncode.syosetu.com/n0948mq/


広告下↓のリンクから飛べます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
微妙 ストーリーが無理矢理すぎる
人外魔境を生きぬいてきたもの同士なのに友人や親が娘一人の戯言に乗せられるのは違和感があるかな、というか免許皆伝した跡取り息子を簡単に捨てんなよ。
連載を希望します。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。