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Re:大坂の陣  作者: romane
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第参話:二通の文




沼田の城門は、固く閉ざされていた。


犬伏を発って二日。

上田へ戻る道すがら、昌幸は沼田に馬を向けた。


「孫の顔を見ていく」


そう言ったときの父の横顔を、信繁は黙って見ていた。

父も、黙って前を見ていた。


二人とも、わかっていた。


大手門の前で、供の者が声を張り上げた。


「安房守様、ご到着! 開門されよ!」


返事はなかった。


代わりに、門の上の櫓に人影が現れた。


白い鉢巻。

襷がけの小袖。

その手に握られた、長柄の薙刀。


兄・信幸の妻、小松であった。


「お通しすることは、なりませぬ」


よく通る声だった。

門の内側で、具足を着けた留守居の兵たちが息を潜めている気配がした。


「舅殿といえども、いまは殿の敵。殿のお留守に、敵を城へ入れるわけには参りませぬ。どうしてもと仰せなら、この小松がお相手いたします」


薙刀の刃が、夏の陽を弾いた。


供の者たちがざわめいた。

皆が、父の言葉を待っていた。


昌幸は、馬上でしばらく櫓を見上げていた。

それから、ゆっくりと信繁を振り返った。


何も言わなかった。

ただ、その目が言っていた。


一つ目じゃな。


「……さすがは本多平八郎の娘よ」


昌幸は、櫓に向かって声を張った。


「ようわかった。武士の妻は、かくあるべし。邪魔をしたの」


馬首を返す。

供の者たちが、慌ててそれに続いた。


その夜、城下の正覚寺に宿を取った昌幸のもとへ、小松が孫たちを連れて忍んでやってきた。


城には入れられずとも、孫の顔は見せる。

それが、あの嫁の通した筋だった。


幼い孫を膝に乗せて笑う父を、信繁は縁側から眺めていた。


前回も、同じ光景を見た。


あの時は、ただ微笑ましいとだけ思った。

十四年後、大坂の城から、この孫たちが徳川の陣に並ぶのを見ることになるとは知らずに。




上田に戻って五日目のことだった。


本丸の一室で、昌幸は届いたばかりの報せを読んでいた。

読み終えると、紙を信繁の前に滑らせた。


「小山で、評定があったそうな」


信繁は、目を落とした。


七月二十五日。


内府は小山の陣に諸将を集め、大坂で治部が兵を挙げたことを告げた。

その場で福島左衛門大夫正則が真っ先に立ち上がり、内府にお味方すると言い放った。

諸将はそれに雪崩を打って続き、内府は会津攻めを取りやめ、西へ兵を返すと決めた。


一字一句、覚えている通りだった。


「二つ目じゃ」


昌幸が言った。


その声は平らだった。

だが、膝の上の扇が、ぱちり、ぱちりと開いては閉じていた。


「源次郎」


「はい」


「お主の話では、関ヶ原まで、あと一月半ほどか」


「九月十五日にございます」


「ならば、もう動かねばならぬ。何をするつもりじゃ」




その夜、信繁は文机に向かった。


灯明の下で、筆を走らせる。

宛先は、北国へ兵を進めていると聞く舅、大谷刑部少輔吉継。


書くべきことは、決まっていた。


小早川秀秋は、必ず裏切る。

脇坂安治、朽木元綱、小川祐忠、赤座直保の四将も、同じく。

九月十五日、関ヶ原にて。


前回、舅はそれを知らずに死んだ。


いや、と信繁は思う。


金吾の心変わりは、舅も薄々読んでいた。

だからこそ松尾山に向けて備えを敷き、寝返った小早川勢を一度は押し返した。


舅を殺したのは、その後だった。


小早川の寝返りに呼応して、脇に控えていた四将が一斉に槍を返した。

前と横から挟まれ、病で目もろくに見えなかった舅は、輿の上で腹を切った。


その報せを、信繁は上田の城で聞いた。


妻がそれを知ったのは、さらに後のことだった。

妻は、声を上げずに泣いた。

父の最後の文を胸に抱いて、一晩中、仏間から出てこなかった。


信繁は、舅の顔を思い浮かべた。


白い布で面を包み、わずかに覗く目だけで人を見る男だった。

病を恐れて誰もが遠ざかる中、治部だけが変わらず友として接した。

その恩を返すために、勝ち目の薄い戦と知りながら西についた。


不器用なほど、義理堅い人だった。

婿である自分にも、いつも静かに目をかけてくれた。


あの四将さえ、封じられれば。

信繁は、書き上げた文を読み返した。


短い。

だが、これで十分なはずだった。


「見せてみよ」


背後から声がした。


いつの間にか、昌幸が戸口に立っていた。


信繁が差し出した文を、父は灯明にかざして読んだ。

読み終えると、鼻で笑った。


「破り捨てよ」


「……は」


「こんなものを送れば、刑部はお主の正気を疑う。いや、もっと悪い」


昌幸は、文を文机の上に放った。


「内府の謀略と疑う。真田が東に通じ、味方を疑心暗鬼に陥れようとしておる、とな。この文が治部の手に渡ってみよ。金吾は真田に謀反人呼ばわりされたと聞いて、かえって内府に走るぞ」


信繁は、言葉に詰まった。


「お主は答えを知っておる」


父は、信繁の前に腰を下ろした。


「だから、答えだけを書く。九月十五日、関ヶ原、誰それが裏切る。お主にとっては見てきた事じゃ。だが刑部にとっては、婿殿のうわ言にすぎぬ」


「では、どう書けと」


「刑部が、自分で答えに辿り着くように書け」


昌幸は、筆を取った。


「真田の草の者が、上方で聞き込んだことにする。金吾の家老、平岡や稲葉の屋敷に、黒田甲斐守の使いが出入りしておる、とな。脇坂は、藤堂佐渡守と昔からの誼がある。朽木は近江の小領主、どちらが勝っても家が残ればよいと考える。小川も赤座も、似たようなものよ」


筆の先が、紙の上を走る。


「そういうことを、草の者の報せとして並べる。日付も場所も書かぬ。裏切ると断じもせぬ」


「それで、舅は気づきましょうか」


「気づく。刑部は、そういう男じゃ」


昌幸は、筆の尻で文机を叩いた。


「人は、他人から聞いた答えは疑う。だが、自分で辿り着いた答えは疑わぬ。己の目で見抜いたと思えばこそ、命を懸けて備えるのよ」


信繁は、父の顔を見つめた。


前回、自分は十一年をこの父の傍らで過ごした。

九度山の、何も起きない日々の中で。

その間、父がこんな顔をしたことは一度もなかった。


「お主は、前回のやり方に囚われておる」


昌幸が言った。


「お主は十五年先を知っておる。だが、知っておるのはお主一人じゃ。周りの者は何も知らぬまま、己の目と耳で動く。それを忘れれば、どれほど正しい答えを持っておっても、誰も動かせぬぞ」


「……肝に銘じます」


信繁は、最初の文を灯明の火にかざした。


紙の端が黒く縮れ、炎が上がった。




二通目の宛先を口にしたとき、昌幸は眉を寄せた。


「島津じゃと」


「はい。兵庫頭義弘殿、ならびに甥の中務大輔豊久殿」


「真田と島津に、何の縁がある。会うたこともあるまい」


「ございません」


「見ず知らずの信濃の小名から文が届いて、薩摩の鬼島津が耳を貸すと思うか」


信繁は、少し考えてから答えた。


「関ヶ原で、島津勢は戦いませぬ」


昌幸の目が動いた。


「治部殿と揉めて、陣から一歩も動かぬまま大勢が決します。そして負けが決まったあと、敵の真っ只中を正面から突き破って退く」


「正面から、じゃと」


「内府の本陣の目の前を、駆け抜けたのです。千五百ほどいた兵は、薩摩に帰り着いたとき、八十余りに減っていたと聞きました。豊久殿は、殿に残って討死なされた」


昌幸は、しばらく黙っていた。


「……鬼じゃな」


「はい」


「その鬼に、恩を売りたいと」


「十五年後、豊臣の御為に動いてくれる大名は、ほとんどおりませぬ。だが、島津は違う。関ヶ原の後も所領を保ち、内府ですら手出しをためらった家にございます」


昌幸は、扇の先で顎を撫でた。


「ならば、なおさら負けるなどと書くな。島津は真田を臆病者と嗤うぞ」


「では」


「縁を作れ。それだけでよい」


父は、にやりと笑った。


「何か一つ、島津にとって得になることを書いてやれ。島津は兵が少ないのじゃろう」


「千五百にござります。国許からの援兵も、ほとんど来なかったはず」


「ならば、それよ。真田の草の者が掴んだ上方の様子を、島津殿にもお分けする。その代わり、島津殿の見聞きしたことも時折お聞かせ願いたい、とな。小さな取引じゃ。断る理由がない」


「それで、恩が売れましょうか」


「恩は、まだ売らぬ」


昌幸は、燃え残った紙の灰を指で潰した。


「恩とは、相手が一番困ったときに売るものじゃ。そのとき、真田の名が島津の頭の片隅にあればよい。いまは、それだけでよい」


信繁は、筆を取り直した。

一つだけ、どうしても書き添えておきたい一文があった。


『——いずれ、治部殿が島津殿の献策を容れぬ日が参りましょう。その折には、真田をお思い出しくだされ』


昌幸はその一文を読んで、ふん、と鼻を鳴らした。


だが、消せとは言わなかった。




文は、二通ずつ書いた。


翌朝、真田の草の者を束ねる老人が、四人の男を連れて現れた。


「木曽路を行く者と、飛騨の山を越える者に分ける」


昌幸が言った。


「どちらか一方が届けばよい。両方とも奪われれば、それまでじゃ」


中山道は、まだ東軍の手に落ちてはいない。

だが、沿道の諸将には内府方が多い。

小諸の仙石、川中島の森、松本の石川、諏訪の日根野。


真田の使いと知れれば、ただでは済まない。


そしてひと月もすれば、この道を中納言秀忠の大軍が上ってくる。


男たちは、文を油紙に包み、笠の裏や草鞋の底に縫い込んだ。

一人は薬売り、一人は僧形、二人は山の杣人の姿をしていた。


信繁は、去っていく彼らの背中を見送った。


あの文が届くのに、早くても七日。

返事が来るのは、さらにその先。


その間に何が起きるかは、わかっている。

わかっているのに、待つことしかできない。


大坂の城で、秀頼公の出馬を待っていた、あの朝のように。




八月八日。


伏見城落城の報せが、上田に届いた。


八月朔日、宇喜多・小早川・島津らの軍勢が総攻めをかけ、城は炎の中に落ちた。

守将の鳥居彦右衛門元忠は、最後まで降らず、討死した。


昌幸は、その報せを読み終えても、しばらく顔を上げなかった。


「三つ目じゃ」


「はい」


「……鳥居彦右衛門。あの律儀者がのう」


父の声が、わずかに沈んだ。


「天正の昔、この城に攻め寄せてきた男じゃ。わしが散々に打ち負かしてやった。それが、伏見で死んだか」


昌幸は報せの紙をたたみ、膝の上に置いた。

それから、長く息を吐いた。


「源次郎。わしは、お主の話を信じる」


信繁は、顔を上げた。


「三つも続けて当たれば、偶然とは言えぬ。狐でも狸でもない。お主は、十五年先から戻ってきた。そう考えるほかはない」


「……父上」


「ということは、だ」


昌幸は、窓の外に目をやった。


上田の空は、夏の終わりの青さで澄んでいた。

櫓の向こうに、太郎山の稜線が見える。


「わしは十一年後の六月、紀州の山奥で死ぬのじゃな。赦しを待って、待って、待ちくたびれて」


信繁は、答えられなかった。


父は、笑った。

声を立てずに、肩だけを揺らして。


「冗談ではないわ」


その目に、火が灯っていた。


犬伏の夜に見た、鷹の目ではない。

もっと深いところから、ゆっくりと燃え上がってくる火。

かつてこの上田の城で、徳川の大軍を迎え撃った頃の父の目だった。


「九度山で朽ちる気はない」


昌幸は、拳で膝を叩いた。


「家康の首を見るまでは、死んでやらぬ」


信繁は、深く頭を下げた。

畳に額を擦りつけたまま、しばらく顔を上げられなかった。


前回、九度山で父を看取ったとき、その手はひどく軽かった。

赦免を待ち続けた歳月が、父の中身を少しずつ削っていった。

最後に握った手は、枯れ枝のようだった。


その父が、いま、目の前で拳を握っている。




その日の夕刻、草の者の頭が戻ってきた。


飛騨を越えた二人は、無事に美濃へ抜けたという。


「木曽路の者は」


信繁が問うと、老人は短く首を振った。


「洗馬の宿の手前で、足取りが途絶えました。松本の石川家の関で、改めを受けたと」


文は、油紙に包んで草鞋の底に縫い込んであった。

見つかったかどうかは、わからない。


信繁は、拳を握った。


あの文には、小早川の家老の名が書いてある。

脇坂と藤堂の誼も、朽木の迷いも。

島津への文には、真田の名と、治部と島津の不和を見越した一文が。


もし、あれが松本から江戸へ、江戸から内府のもとへ送られたなら。


家康は、あの文を読んで何を思うだろう。


信濃の小名の倅が、まだ誰も知らぬはずの寝返りを、なぜ嗅ぎつけたのか。

そう訝しむだろうか。

あるいは。


あの男は、何一つ驚かないのかもしれない。


影武者の首を掲げた自分を、丘の上から見下ろしていた、あの笑みのまま。


信繁は、西の空を見た。


山の端に、陽が沈もうとしていた。


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