第18話 レナードは理解されない
第18話 レナードは理解されない
北部の鉱山町では、夜明け前から雪が降っていた。レナードが借りている部屋は食堂の二階にあり、薄い窓硝子の内側まで白く凍っている。壁際には洗っていない作業着が積まれ、椅子の背には片方だけの靴下が干されていた。昨夜脱いだ濡れた長靴からは泥と革の匂いが上がり、枕元の水差しには氷が張っていた。
始業を知らせる鐘が鳴り、レナードは毛布の中で目を開けた。以前なら使用人が暖炉へ薪を入れ、湯と着替えを用意する時刻である。しかし、この部屋には呼び鈴も使用人もいなかった。彼は椅子から灰色の作業着を取り、冷えた布へ腕を通した。
「どうして誰も起こしに来ない。昨日、食堂の女に頼んだはずだ」
階段を下りると、食堂の女将は床を掃いていた。朝食の鍋からは大麦粥の湯気が上がり、窓辺の鉢では赤いシクラメンが二輪咲いている。女将はレナードの顔を見ると、壁に掛かった時計を指した。
「私は宿屋の女将で、あなたの侍女じゃありませんよ。起こしてほしいなら、毎朝銅貨一枚です。今日はもう、鉱山の鐘が鳴りました」
「昨夜、頼んだだろう。目覚まし代を払えとは聞いていない。事情を説明すれば、鉱山長も理解するはずだ」
「事情というのは、酒を飲んで寝過ごしたことでしょう。私に話しても、鐘は待ってくれませんよ。粥を食べるなら銅貨二枚、食べないなら早くお行きなさい」
レナードは朝食を諦め、外套を羽織って外へ出た。雪の中を走ったが、長靴の底がすり減っているため何度も滑った。鉱山の入口へ着いたときには、始業から三十分が過ぎていた。監督役のバルドは出勤簿へ赤い線を引き、今日の賃金から銅貨三枚を差し引いた。
「三十分で銅貨三枚だと? 私は騎士団長だった男だぞ。部下の遅刻くらい、事情があれば見逃してきた」
「ここでは、三十分遅れれば銅貨三枚だ。元騎士団長でも、元王子でも変わらない。文句があるなら、契約書を読み直せ」
「一度だけ融通を利かせろ。昨日は体が痛くて、よく眠れなかったのだ。君なら理解できるだろう?」
「俺は毎朝、腰が痛い。それでも鐘の前に来ている。理解してほしいなら、まず酒を一本減らせ」
バルドはレナードへつるはしを渡し、西側坑道へ入るよう命じた。坑道の天井は低く、立ったままでは頭をぶつける。壁から染み出した水が首筋へ落ち、土と鉄の匂いが鼻に残った。レナードは革手袋をはめ、前を歩く同僚のガイへ追いついた。
午前中の仕事は、掘り出した鉱石を荷車へ積む作業だった。レナードは十個ほど運んだところで腕が震え、腰を伸ばすため壁にもたれた。騎士団長だった頃は訓練を欠かさなかったが、実際に重い荷を一日中運んだことはない。鎧を磨く者も、馬へ餌を与える者も、遠征用の荷物を積む者も別にいた。
「ガイ、残りを頼む。私は昨日、南側の坑道でも働いた。今日は腕を休ませる必要がある」
「俺も昨日は南側だった。荷車は一人二台だ。お前の分を運んだら、俺の賃金は増えるのか?」
「同僚なら助け合うものだろう。私は騎士団で何百人もの部下をまとめていた。こういうときは、元気な者が負担するものだ」
「では、お前が俺の分を運べる日に頼め。助け合うなら、片方だけが助けられるのはおかしい」
ガイは自分の荷車を押し、先へ進んだ。レナードは舌打ちをしたが、誰も戻ってこなかった。仕方なく鉱石を積み、重い荷車を出口まで押した。手袋の内側で豆が潰れ、夕方には掌へ赤い血がにじんでいた。
仕事を終えると、鉱夫たちは共同食堂へ集まった。夕食は豆のスープと固い黒パン、それに塩漬けの蕪だった。レナードが食堂へ入ったときには暖炉に近い席が埋まり、入口脇の冷たい椅子しか残っていない。彼はスープを受け取ったが、給仕台で話し込んでいる間に表面へ薄い膜が張った。
「このスープは冷めている。温め直してくれ。それから肉が一切れも入っていない」
「温かいうちに取りに来なかったからですよ。肉入りは銅貨二枚追加です。後ろに並んでいる人がいるので、決めたら呼んでください」
「私は一日中働いたのだぞ。これくらい融通を利かせてもよいだろう」
「後ろの方も、皆さん一日中働いています。次の方、どうぞ」
レナードは冷えたスープを持ち、ガイの向かいへ座った。黒パンを浸しても硬く、何度も噛まなければ飲み込めない。隣の男は家から届いた干し肉を薄く切り、仲間へ一枚ずつ分けていた。しかしレナードには声をかけなかった。
「王都にいた頃、私の婚約者は食事の管理までしてくれた。エレノアという治癒師だ。今では辺境の聖女と呼ばれている」
「新聞で読んだ。治癒師の働き方を変えた女だろう。今月から、この町の治療所にも休診日ができた」
「彼女の才能を最初に見抜いたのは私だ。誰も注目していなかった頃から、重要な仕事を任せていた。私がいたからこそ、彼女は能力を伸ばせたのだ」
ガイは木の匙で豆をすくい、冷めたスープを口へ運んだ。袖口には鉱石の黒い粉がつき、右の頬には古い火傷の痕がある。彼はパンの最後の一切れで器の底を拭ってから、レナードを見た。
「見抜いていたなら、なぜ給料も休みも与えなかった?」
「婚約者同士だったのだ。家族になる者が互いに助けるのは当然だろう。私も彼女へ公爵家の庇護を与える予定だった」
「予定では腹は膨れない。お前は今日、俺へ荷車を押させようとした。代わりに何をくれるつもりだった?」
「同僚として信頼しているから頼んだだけだ。何でも金銭に換算するのは卑しい」
「では、お前が俺の荷車を無償で押してくれ。信頼しているぞ。明日は俺の分も頼む」
レナードは匙を握ったまま、ガイを見返した。自分が二台の荷車を押す姿を考えると、すぐに断る言葉が浮かんだ。体力が違う、今日は事情があった、自分には別の役割がある。そのどれも、かつてエレノアから仕事を断る権利を奪うために使った言葉だった。
「私は指揮をする立場だった。誰にでも向き不向きがある。エレノアには書類仕事と治癒の才能があったから、任せたのだ」
「任せたのではなく、押しつけたのだろう。本人が断れたなら任せたことになる。断れば怒ったのなら命令だ」
「彼女は一度も嫌だとは言わなかった。いつも、分かりましたと答えていた」
「言える相手だったのか? お前は、その女が嫌だと言ったら、仕事を引き取ったのか?」
レナードの口から返事は出なかった。冷めた豆のスープには、灰色の膜が再び張っている。彼は匙で膜を端へ寄せたが、細かく破れて豆へ絡みついた。王都にいた頃、エレノアが同じような冷たいスープを何度も食べていたことを、今になって思い出した。
食後、レナードは宿へ戻った。階段の手すりは冷たく、廊下には茹でた玉葱と石鹸の匂いが残っている。部屋へ入ると、朝に脱ぎ捨てた靴下はまだ椅子の背に掛かっていた。洗濯桶の水は冷え、表面に細かな氷が浮いている。
レナードはエレノアがいた頃、衣服が汚れても翌朝には洗われていたことを思い出した。誰が洗っているのか、考えたことはなかった。エレノアが直接洗っていなくても、使用人への指示と支払いは彼女が管理していた。公爵家の仕事が滞らなかったのは、皆が自分を尊敬していたからだと思っていた。
机には、受取拒否で戻ってきた五通目の手紙が置かれていた。封筒の中央に押された赤い印は、何日たっても薄くならない。レナードは新しい便箋を出し、エレノアへ送る六通目の手紙を書こうとした。だが「君なら理解してくれる」という言葉を書いたところで、ペンが止まった。
「私は、何を理解してほしいのだ。仕事がつらいことか。爵位を失ったことか。それとも、自分だけで暮らせないことか」
部屋には答える者がいなかった。窓の隙間から風が入り、便箋の端が小さく震えている。レナードはエレノアが何を食べていたのか、何時間眠っていたのか、治癒の後にどれほど体が痛んだのかを思い出そうとした。しかし、どれも正確には分からなかった。
翌朝、レナードは鐘が鳴る前に起きた。洗濯桶の氷を割り、片方ずつ靴下を洗った。石鹸を入れすぎたため泡が床へこぼれ、拭くための布を探しているうちに時間が過ぎた。それでも昨日より十分早く宿を出た。
食堂では、女将が大麦粥を器へよそっていた。レナードは銅貨二枚を払い、湯気の立つうちに席へ座った。窓辺の赤いシクラメンは、一輪増えていた。女将は空になった薪籠を顎で示し、食べ終わった者に裏庭から薪を運んでほしいと頼んだ。
「宿代には薪運びも含まれているのか。私は鉱山へ行かなければならない」
「含まれていません。だからお願いしています。嫌なら断っても構いませんよ。私が後で運びます」
レナードは返事をせず、粥を食べた。女将は彼を責めず、別の客の器へ粥をよそった。断ってもよいと言われたことが、かえって耳に残った。彼は食べ終えると裏庭へ行き、薪を六本だけ抱えて戻った。
鉱山では、バルドが今日の作業を割り振っていた。レナードは昨日と同じ西側坑道を命じられ、ガイと二人で荷車を運ぶことになった。掌の豆には布を巻いていたが、つるはしを握ると傷が痛んだ。それでもレナードは、自分の荷車をガイへ押しつけなかった。
昼休み、二人は坑道の外で黒パンを食べた。雪の下から小さな紫色のクロッカスが一輪だけ出ていたが、鉱夫たちの長靴に踏まれないよう、石で周りを囲ってある。ガイは干し肉を一枚食べ、残りを布へ包んだ。レナードは昨夜書きかけた手紙のことを話した。
「私は彼女を理解しているつもりだった。だが、本当は何も知らなかったらしい」
「知らなかったのなら、聞けばよかっただろう」
「聞かなくても、彼女なら私を理解すると考えていた。私が理解する必要はないと思っていたのだ」
「それで、また手紙を送るのか?」
レナードは首を振った。書きかけの便箋は、今も宿の机に置いてある。謝罪を書けば許されると思っていたが、それもエレノアへ返事と理解を求める行為だった。自分が軽くなるために、彼女へ新しい仕事を渡そうとしていた。
仕事を終えたレナードは、宿へ戻る前に文具店へ寄った。店先には鉢植えのクロッカスが並び、湿った土から細い葉が伸びている。彼は新しい便箋ではなく、小さな帳面を一冊買った。最初のページに、今日働いた時間と運んだ荷車の数を書いた。
次の行には、他人へ頼んだことと、自分が引き受けたことを書く欄を作った。字は右へ傾き、行から何度もはみ出した。誰かに見せるための帳面ではないため、書き直さなかった。レナードは受取拒否の手紙を引き出しへしまい、六通目を書くための便箋を破った。
その夜の豆のスープも、肉は入っていなかった。レナードは給仕台で話し込まず、受け取るとすぐ席へ運んだ。湯気の立つスープは、昨日より塩が薄かった。彼は味が足りないと思ったが、黙って豆を一粒ずつ噛んだ。




