第15話 セリアは被害者になりたい
第15話 セリアは被害者になりたい
王都では、レナードの四通目の手紙が辺境へ届いた頃から、別の噂が広がっていた。セリアはレナードとの関係を解消し、自分も彼の嘘に騙されていた被害者だと茶会で語っているらしい。レナードから無理に求愛され、エレノアとの婚約はすでに終わっていると聞かされていたという。社交新聞には、目元を白いレースのハンカチで押さえるセリアの姿が、大きな挿絵つきで掲載された。
エレノアは朝食の卓上でその新聞を読み、焼いた南瓜を匙でつぶした。淡い黄色の室内着の袖には、昨夜つけた蝋燭の蝋が一滴残っている。食卓には茸のスープと黒パンが並び、窓辺の花瓶には濃い桃色の秋明菊が飾られていた。アルベルトは新聞を裏返すと、塩入れの隣へ置いた。
「記事によれば、セリアは君へ何度も謝罪を申し出たことになっている。私は一度も聞いていない。治療院にも連絡はなかったはずだ」
「私も聞いていません。謝罪を申し出たことにして、私が拒んでいるように見せたいのでしょう。南瓜を食べますか。少し甘すぎるので、私はもう十分です」
「食べる。だが、これは砂糖ではなく南瓜そのものが甘い。料理人に文句を言わないでやってくれ」
その日の昼、治療院に一通の手紙が届いた。白い封筒には桃色の封蝋が押され、百合の香油が染み込ませてある。マルタは封筒を鼻から遠ざけ、窓を開けてから受付台へ置いた。冷たい風が入り込み、干していた金盞花の花びらが籠の中でかすかに動いた。
「今度はレナード様ではありません。セリア・ランベールと書いてあります。香りだけで、薬草の匂いが分からなくなりそうです」
「窓辺に置いて、少し香りを飛ばしましょう。急いで読む必要はありません。それより、昼食の豆入りパンが冷めてしまいます」
「今日は玉葱も入っていますよ。私が切ったので、大きさは不揃いです。奥様の分だけ大きな玉葱が入っていても、恨まないでくださいね」
昼休みが終わってから、エレノアはマルタの立ち会いで手紙を開いた。セリアは過去の自分が愚かだったと認め、女性同士で話し合う機会を求めていた。レナードの言葉を信じただけで、エレノアを傷つけるつもりはなかったと繰り返している。しかし、彼女がエレノアの誕生日に贈られるはずだった首飾りを受け取ったことも、重傷者を押しのけて治療を求めたことも書かれていなかった。
「お会いになるのですか。私は、謝罪を聞くために時間を空けなくてもよいと思います。次の休日には、孫の帽子へ房飾りをつける予定がありますから」
「一度だけ会います。ただし治療院で、診療が終わってから三十分だけです。あなたと副院長にも同席してもらいます」
「二人きりで会いたいと言い出したら、どうしますか。女性同士の内緒話だと言われるかもしれませんよ」
「内緒にしなければできない謝罪なら、受け取りません。日時と条件を返事に書いてください」
五日後、セリアは昼過ぎに治療院へ現れた。以前のような宝石のついたドレスではなく、薄桃色の地味な外出着をまとい、茶色の外套を羽織っている。だが襟元からは真珠の首飾りがのぞき、革靴も辺境の職人が一年働いても買えない品だった。彼女が扉を開けた途端、百合の香油が薬草と石鹸の匂いを押しのけた。
「エレノア様、お会いしたかったです。わたくし、ずっと後悔していました。手紙を何度も書こうとしたのですが、怖くて出せなかったのです」
「診療は午後四時までです。あちらの椅子でお待ちください。面会はその後とお伝えしたはずです」
「わたくしは王都から三日もかけて来たのですよ。少しくらい早くお話ししてくださってもよいではありませんか」
セリアは唇を尖らせたが、待合室には診察を待つ患者が六人いた。泥のついた長靴を履いた羊飼い、咳をする老婆、腕を布で吊った大工が順番を待っている。老婆の隣では、孫らしい少女が籠から胡桃を取り出し、固い殻を石で割ろうとしていた。セリアは空いている長椅子へ白いハンカチを敷き、その上へ腰を下ろした。
診療が終わる頃には、外が薄暗くなっていた。石造りの壁は昼の冷気を残し、マルタが小さな暖炉へ薪を足した。最後の患者から受け取った林檎が机に三つ並び、そのうち一つには虫の食った穴がある。エレノアは診療着の上へ紺色のカーディガンを羽織り、セリアと向かい合った。
「三十分だけお話を伺います。こちらは受付のマルタと、副院長のロイドです。記録を残しますので、了承してください」
「謝罪の場に他人を同席させるのですか。わたくしは、あなたと二人で話したかったのです。昔はお茶を飲みながら、ドレスの相談もしたではありませんか」
「あなたが私の婚約者と会うために着るドレスを、私へ選ばせた日のことですね。私は相談ではなく、呼び出しだと受け取っていました」
セリアは膝の上のハンカチを握り、目を伏せた。自分はレナードを愛していただけで、エレノアから奪うつもりはなかったという。婚約指輪を見せつけたのも、側妃になる準備を進めたのも、すべてレナードに言われたからだと説明した。マルタが記録するペンの音だけが、しばらく事務室に響いた。
「魔獣討伐の日、あなたは自分の擦り傷を先に治すよう求めました。重傷の騎士が運ばれていることも知っていましたね。あれもレナードに命じられたのですか」
「レナード様が、傷跡が残ったら大変だと言ったのです。わたくしは治療に詳しくありませんから、騎士の方がそれほど危険だとは知りませんでした」
「私は説明しました。あの騎士は腕を失う可能性があると伝えました。それでもあなたは、婚約前の女性の肌に傷が残るほうが問題だと言いました」
「昔のことを一言ずつ覚えているなんて、意地が悪いです。わたくしだって、今は苦しい生活をしているのですよ」
セリアは鞄から白い紙の束を出した。謝罪文かと思われたが、一番上には治療院助手採用申請書と書かれている。希望する給与の欄には金貨十五枚、住居の欄には屋敷内の個室を希望すると記されていた。業務内容には、患者の相談、薬草の管理、聖女の対外的な補佐とある。
「わたくし、こちらで働きたいのです。貴族社会にはもう居場所がありません。エレノア様のおそばで償いながら、人の役に立ちたいと思っています」
「薬草や医療について、何か学んだ経験はありますか。読み書きと計算以外に、助手としてできることを書いてください」
「これから教えていただければ覚えます。わたくしは子爵令嬢ですから、礼儀作法には自信があります。患者と話すことならできますし、聖女様の助手という立場なら王都の貴族との交渉にも役立ちます」
エレノアは申請書の二枚目を読んだ。勤務時間は午前十時から午後三時まで、昼休憩は二時間を希望している。血や膿を伴う処置、洗濯、清掃、夜間勤務は不可と書かれていた。辺境までの旅費と、王都へ帰省する際の馬車代も治療院に負担してほしいという。
「当院の助手は、朝八時から診療の準備をします。使用した布を洗い、床を拭き、患者の吐いた物を片づけることもあります。最初の半年は見習い給ですから、金貨十五枚は支払えません」
「でも、わたくしは普通の助手とは違います。あなたと親しい間柄ですし、貴族なのですよ。それに、わたくしを雇えば、エレノア様が過去を許した証明になります。お互いに得をすると思いませんか」
「つまり、償いではなく、ご自分の評判を戻すために来たのですね。ここで安全な住居と収入も得たい。その対価として、私に許したと公表させたいのでしょう」
セリアは立ち上がり、椅子の脚を床へ鳴らした。自分にはもう頼れる人がいないと訴え、レナードに騙された者同士なのだから助け合うべきだと言う。声を震わせながらも、涙は落ちなかった。握っていたハンカチから百合の香油が強く漂い、暖炉の煙と混ざった。
「もう十分反省しました。女性同士なのですから、分かってくださいますよね? あなたまでわたくしを見捨てたら、どこへ行けばよいのですか」
エレノアは採用申請書をそろえ、セリアの前へ返した。紙の角が曲がっていたため、指で押さえて伸ばす。かつてなら、行き場がないと言われただけで、空いている部屋と仕事を探していただろう。けれどもセリアの行き先まで決めることは、エレノアの仕事ではなかった。
「反省した人は、許されるまで相手を追いかけません。自分が壊したものを、自分の場所で直します。私はあなたを雇いませんし、許したと公表することもありません」
「では、わたくしに野宿をしろというのですか。こんな寒い辺境で、女一人にどうやって暮らせと言うのです」
「町には女性向けの職業紹介所と、安い宿があります。働く意思があるなら、紹介状は書きます。ただし、治療院の助手ではありません。仕事を選ぶのも、続けるのも、あなた自身です」
セリアは紹介状などいらないと言い、申請書を鞄へ押し込んだ。扉へ向かう途中、机に並んだ林檎の一つへ袖をぶつける。虫食いの林檎が床へ落ち、ころころと暖炉の前まで転がった。彼女は振り返らず、強く扉を閉めて出ていった。
外では冷たい雨が降り始めていた。セリアは迎えの馬車が来ていないことを知り、治療院の軒下で立ち尽くした。王都から雇ってきた御者は、宿代を支払ってもらえないと分かり、馬車ごと町の厩舎へ戻っていた。薄桃色のドレスの裾へ泥が跳ね、真珠の首飾りにも雨粒がついた。
「エレノア様、宿まで馬車を出してください。わたくしをこのままにしておくつもりですか。風邪をひいたら、治療するのはあなたでしょう」
「共同馬車が十分後に来ます。運賃は銅貨三枚です。雨除けの外套ならお貸ししますが、明日返してください」
「そんな古い外套を着ろというのですか。わたくしのドレスに合いません」
「では、ご自分の外套をお使いください。選ぶのはあなたです」
セリアは借りた外套を一度広げ、縫い直された肘の部分を見て顔をしかめた。それでも雨が強くなると、桃色のドレスの上から羽織った。共同馬車には市場帰りの女性が三人乗っており、籠から長葱と土のついた蕪がはみ出している。セリアは空いている席へ座り、百合の香油と濡れた羊毛の匂いをまとったまま町へ運ばれていった。
事務室へ戻ったエレノアは、床へ落ちた林檎を拾った。虫食いの部分を小刀で切り落とすと、残りはまだ白く、甘い匂いがする。マルタは林檎を薄切りにして、明日の朝に焼く菓子へ入れようと言った。副院長は面会記録へ署名し、セリアが提出した申請書の写しを保管箱へ入れた。
「本当に紹介状を書かなくてよろしいのですか。町の職業紹介所なら、洗濯場か食堂の仕事を案内してくれると思います」
「本人が望まない紹介状を書いても役には立ちません。ただ、明日までに申し出があれば書きます。私ができるのは、選べる場所を知らせるところまでです」
「では、この林檎は私が持ち帰って焼きます。奥様は前回、砂糖を二倍入れましたからね。今回は私に任せてください」
翌朝、セリアから連絡はなかった。彼女は真珠の首飾りを宿代に換え、王都へ戻る乗合馬車に乗ったという。数日後の社交新聞には、辺境の聖女が謝罪を拒絶したという記事が載った。しかし同じ紙面の隅には、セリアが高い給与と住居を要求して採用を断られたことも、治療院の記録に基づいて小さく掲載されていた。
エレノアは記事を切り抜き、面会記録と一緒に保管箱へ入れた。机にはマルタが焼いた林檎菓子が置かれ、少し焦げた端から蜂蜜の匂いがする。窓辺では、昨日の雨に濡れた秋明菊が首を傾けていた。エレノアは花を支柱へ結び直してから、温かな菓子を一つ取った。
セリアを許さなくても、エレノアは食事をし、働き、庭の花を直すことができた。誰かが被害者を名乗ったからといって、傷つけられた側が世話を引き受ける必要はない。エレノアは指についた林檎の蜜を布巾で拭き、今日最初の患者を呼ぶために診察室の扉を開けた。




