第8話 札を、一枚ずつ
ゲオルクが持ち帰ったのは、一行きりの返事だった。
説明されなかったことは、なかったことです。
そう申されました、とゲオルクは言った。言い方も、そのままだった。この男は、頼まれたことを正確に運ぶ。だから、あれがあの人の言葉のままだということは、私にも分かる。
私は書斎で二日、その言葉と一緒に座っていた。
反論は用意できる。事情はあった。親族の会は三度開かれ、南の分家の伯父は血筋のことを持ち出した。あの場で私が反対すれば、家は割れていた。
二年のあいだに宛先へ届けておかなかったものは、いま束にしても送れない。
三日目に、母上の部屋へ行った。
薬箱は東の間の窓際にある。木の箱で、蓋の内側に布が張ってある。私はこの箱を、これまで一度も開けたことがない。開ける必要がなかった。
蓋を上げると、乾いた草の匂いがした。強い匂いではない。鼻を近づけなくても来る程度の匂いだ。
中には、小さな束が並んでいる。麻の紐で二重に縛って、根元を揃えてある。数えると、四束あった。
箱の底には、紐だけになった札が重ねてあった。使い終えた束から外したものだろう。
束の一つ一つにも、紙の札が結んである。
札は指ほどの細さで、端に穴が開けてある。錐で開けた穴だ。穴に麻の紐が通してあり、その紐で束に結んである。箱に入れたまま日付が読めるようにしてある。
表には、草の名と日付が書いてある。インクは薄い。指でこすっても落ちない程度に薄い。
一枚目を手に取った。
去年の九月だ。刈った日ではなく、干しはじめた日だとゲオルクが言う。乾いた草は半年から一年で匂いが落ちるので、日付を見て古いものから使う。
決まりを作った者は、この屋敷にいない。
二枚目も、三枚目も、四枚目も同じ日付だ。古いものが奥に残っている。
母上は椅子から見ておられた。何もおっしゃらない。膝の上には、家政の帳面がある。この二日、母上はあれを離さない。
先月、ロートフェルスの娘が来て、あの帳面を開いた。開いて、字が途中で変わらないと言う。そのあとで縁談を断って帰った。玄関の石段で、品物ではないのに、と言われている。
「母上、これは」
「札がついております」
「ええ」
「いつからついているかは、存じません」
私は札の紐を解かずに、字を見た。細い字だ。屋敷の帳面の字と同じ字だった。
ゲオルクを呼んだ。
「控えは残っているか」
「こちらには、ございません」
「向こうには」
「あるかと存じます」
「では、こちらに残っているものを持ってこい」
ゲオルクは、箱の下段の紙束を持ってきた。荷の受け入れの控えだ。年に二度、荷が届いたときに書きつけるもので、品名と、届いた日付だけが並んでいる。
書いているのは屋敷の者の字だが、荷がどこから来たかを書いた者は二年間ひとりもいない。
秋と春。二年ぶんで、三回。四度目は、来ていない。
私は紙を机に並べた。箱の底の札と、三枚の受け入れの控えを、日付の順に置き直す。札は三十四枚あった。手前の四束と合わせて、三十八。
抜けている月がない。
母上の煎じは、朝と晩だ。一日に二回。一束で、およそ半月ぶんになると、ゲオルクが言った。半月を一束として、春と秋に十一から十四束。二年で、三十八。
三十八。それだけの束を、誰かが選り分け、縛り、吊るし、途中で上下を入れ替え、乾き具合を見て、札を書いて、船に乗せた。
数えているうちに、指が止まった。
紙の並びを見ていると、切れ目がどこにもない。船が二週間止まった冬があった。あの年も、荷は届いている。届いた日付を見ると、いつもの便より遅れて、経路が違う。陸を回したのだろう。
私はその冬、屋敷にいた。母上の煎じが切れたという話は、一度も聞いていない。
「ゲオルク」
「はい」
「この荷の代金は、どこから出ていた」
ゲオルクは、返事の前に一度、床を見た。
「代金は、セラフィナ様のお給金から出ておりました。」
私は札を持ったまま、その紙を見ていた。
「給金というのは」
「港の商会で働いておいでです。荷の目利きと伺っております」
「いつからだ」
「離縁の年の秋からでございます」
離縁の年の秋。屋敷を出た半年後だ。半年のあいだに港で職を得て、その秋には荷を送りはじめている。
半年のあいだに何があったかを、私は何も知らない。宿を取ったのか、誰に雇われたのか、最初の冬をどう越したのか。知らないまま、荷だけが届いていた。届かなくなって、初めて開けた箱がこれだ。
「なぜ、私に言わなかった」
「お尋ねになりませんでした」
尋ねなかった。その通りだ。
私は箱の中の束を一つ取って、外側の茎を一本抜いた。指で折ってみる。ポキリと音がした。断面が白い。乾き切ったものはこう折れるのだと、ゲオルクが言った。曲がるようなら、まだ水気が残っている。
音がしたとき、母上が椅子の上で少し動かれた。
私は、この音を初めて聞いた。
井戸には人が要る。桶を下ろす者がいて、綱を引く者がいる。屋敷の井戸は、私が生まれる前から水が出ている。誰が浚っているかは知らない。
三十年、この屋敷で母上の薬の匂いを嗅いできた。切れたことは一度もない。切れないというのは、そういうものだと思っていた。井戸の水が出るのと同じように。
札の字は、どれも同じ調子で書いてある。急いだ跡もない。
私は控えを日付の順に置き直した。
二年前の秋。去年の春。去年の秋。それきりだ。
そのあいだに、私が書いた手紙は二通ある。どちらも先月書いたものだ。
二年のあいだ、私は一通も書いていない。
親族の会が三度あった。母上が離縁をまとめた。私はその場で反対しなかった。反対すれば立場が悪くなり、戻すことが難しくなる。そう考えて、口を閉じた。閉じたことを、あの人に伝えていない。
伝えれば出ていくと思った、という一行を、私は二通目に書きかけて消した。
消した理由は、体裁が悪いからだ。
体裁を選んで、あの一行を消した。二年前は、家の割れないほうを選んで、口を閉じた。選んだのは私で、そのたびに、伝えないほうが選ばれている。
母上が、湯呑みを膝の上に置かれた。
「レイン」
「はい」
「その札は、どなたの字ですか」
私は答えなかった。母上もそれ以上は尋ねられなかった。この二日、母上は帳面を膝に載せたまま、頁を繰っておられる。
港へ行く、と言った。
「手紙は」
「手紙は、もう出しません」
自分の口で言う。二年遅れて、自分の足で行って、自分の口で言う。それが順序として遅すぎることは分かっている。
ゲオルクに、船の便を調べさせた。五日で港に着く便がある。屋敷の馬車で行けば、また港の端に停めることになる。
同じ停め方はしない。
出立の支度をさせているあいだ、私は薬箱の前に戻った。
四束を箱に戻す。札の面を上にして、奥から順に並べる。それから、底の札と控えを、もう一度日付の順に置き直した。
二年分の札は、一枚も抜けていなかった。




