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戻すおつもりで手放したのですか?品物ではないのですけれど  作者: 九葉(くずは)


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7/10

第7話 品物ではないのに

下見に伺うのは、こちらから申し出たことです。


縁談の話が出てから、父は二度、あちらの屋敷を訪ねております。応接室で茶をいただいて、庭を歩いて、それで帰ってくる。わたくしは、庭を見ても嫁ぐ先のことは分からないと申しました。


見たいのは、帳面と、食料庫と、返礼の控えです。


父は難色を示しましたが、ロートフェルスの娘は帳面を読むという評判は前からございますので、押し通せば通ります。あちらからは、どうぞ、という返事が来ました。


六月の半ばに参りました。


アーベル様は、玄関で待っていてくださいました。姿勢のよい方です。挨拶の言葉に無駄がなく、こちらの父の名も、領地の産物も、正しく覚えておいででした。


御母堂様は、東の間で椅子に掛けておいででした。膝に毛布を掛けておいでで、立ち上がるのを止めていただきました。


「ロートフェルスのお嬢様は、帳面をご覧になるとか」


「不躾でございますが、そのように」


「よろしいこと」


そうおっしゃった声に、含みはございません。この方は、わたくしが帳面を読むことを、飾りの一つだと思っておいでのようでした。


食料庫から拝見しました。


石の床で、北向きです。造りは悪くありません。天井の梁も乾いております。


ただ、棚の下の段に空いた箱が三つ積んでありました。中を見ると、底に粉が残っております。指で払うと、乾いた虫の殻が出ました。夏に入る前に上の段へ移す家は多うございます。うちでもそういたします。移していれば、三箱も空きません。


「この段のものは」


「先月、始末いたしました」


女中頭がそう答えました。始末という言い方をなさるということは、それなりの量だったのでしょう。


次に、返礼の控えを拝見しました。


春の分が三軒、二十日を過ぎております。デルフ侯爵家は二十二日目。順番も逆でした。格の高い家から先に返すのが決まりですから、これは、控えを見ればどなたにでも分かります。


「返礼は、どなたが差配なさっておいでですか」


「女中頭に任せております」


「その前は」


御母堂様は、少しお答えが遅れました。


「二年前までは、家の者が」


家の者、という言い方をなさいました。


わたくしは控えの束を閉じて、次に家政の帳面を拝見したいと申しました。持ってこられた帳面は、革の表紙が擦れております。開くと、婚礼の年から二年前の春まで、頁がすべて同じ字で埋まっておりました。


字は途中で変わりません。人が替われば、字も替わります。


二枚目から先は、季節ごとに分かれておりました。返礼の順、家ごとの好みと苦手な品、買い付けの時期。デルフ侯爵家の頁には、当主の代替わりのことまで書き添えてございました。


わたくしの家の帳面より、細こうございます。


「この字の方は、いまは」


「おりません」


「では、いまはどなたが」


お答えはございませんでした。


アーベル様が、代わりに口を開かれました。屋敷の内向きのことはこの二年、思うようにいかぬことが多い。人を替えて三度やり直させている。そういうお話でございます。


やり直させた、と三度おっしゃいました。ご自分で書き直したというお話は、一度も出てまいりません。


そのあと、父が持参金の話をいたしました。


こちらの持参金の額と、支払いの時期の相談です。話の途中で、父が何気なく、前のご婚姻の際の取り決めはどのように、と伺いました。作法として伺うことです。


御母堂様が、追って返す約束になっております、とお答えになりました。


「追って、と申しますと」


「離縁の折に、そのように」


「それは、いつのことでございましょう」


二年前の春でございます、とゲオルクという執事の方が答えました。


父の顔が変わったのが、隣におりましたので分かりました。父は数字の話になると、口を閉じて計算する人です。二年前の春から数えて、一年と三月ほど前に照会があった、という話も、そのときに出ました。


持参金が返っていない家に、娘の持参金を納める。父はその話を、馬車の中で三度繰り返しました。金額の多寡ではございません。返す約束を二年置いておける家かどうか、という話です。


けれど、退けたのはわたくしです。


帰り際、玄関の前でアーベル様がおっしゃいました。もし気にかかることがあれば、遠慮なく尋ねてほしい、と。


わたくしは、一つだけ伺います。


「先の奥様は、いつお戻りになりますか」


アーベル様は、少し黙られました。それから、あれは二年のあいだ待ってもらっていたのだ、とお答えになりました。


「待っていてほしいと、お伝えになりましたか」


お答えはございませんでした。


御母堂様が、家のためでございました、と後ろからおっしゃいます。


わたくしは、玄関の石段を一段降りてから、振り返って申しました。


「お戻しになるおつもりで手放されたのですね。品物ではないのに。」


アーベル様は、こちらを見ておいででした。何かおっしゃりかけて、やめられました。やめられたのは、こちらの言葉に返す言葉をお持ちでなかったからだと思います。


「この縁談は、お断りいたします」


父が、隣で息を吸う音がいたしました。あとで叱られるのは承知しております。けれど、この家の家政は、いま誰も持っておりません。持っていない家に嫁げば、持つのはわたくしです。


わたくしは帳面を読みます。読めば、二年ぶんの仕事の量が分かります。


あの量を、無償で引き受けた方がいて、その方はいま、この屋敷におられません。


石段を降り切ったところで、女中頭が父の外套を持って追ってまいりました。渡し方が丁寧でした。この屋敷の方々は、皆さん丁寧です。


馬車に乗る前に、わたくしは一度だけ屋敷を振り返りました。

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