第3話 今年の分で、最後にいたします
御者は、四日目の朝に帰りました。
返事はありません、とわたくしが言うと、御者は帽子を取って、承知いたしました、と答えました。それから、こうも言いました。旦那様には、四日お待ち申し上げましたと申し伝えます。
四日という数字を、この人は数えて帰るのです。数えて帰れば、待ったという話が王都に残ります。
馬の轡には、新しい泡がありませんでした。四日のあいだ、あの馬は港の厩で休んでいたようです。
馬車が桟橋を離れてから、ダーヴィトが荷車を押して通りかかりました。
「帰りましたね」
「帰りました」
それきりでした。港では、帰った船の話をしません。次の船が入るからです。他所の家の事情を尋ねる人も、ここにはいません。尋ねたところで、荷の重さは変わらないからです。
昼までに、北からの便が二隻入りました。荷揚げの列に並んで、袋の口を開けて、匂いを確かめて、竿に掛けて数を読み上げます。読み上げた数をダーヴィトが荷車の板に書きつけます。馬車のことを聞いてくる人は、ひとりもいませんでした。
その日から三日、薬草の仕事にかかりました。
港の薬種商から届いた籠を、店の裏の井戸端で開けます。籠は蓋がなく、上に濡れた布が掛けてありました。刈ってから半日というところです。青い匂いが立っています。乾いたあとの匂いとは別のもので、これは草そのものの匂いです。
刈ったまま束ねてあるので、まず葉と茎を選り分けます。傷んだ葉は落とし、太すぎる茎は使いません。太い茎は水気が多くて、真ん中が乾くころには葉のほうが焦げたようになります。細い茎に葉がついたものだけを残して、片手で握れるくらいの小束にします。大きく縛ると、真ん中まで乾きません。
選り分けているあいだ、指先が緑になります。爪の際から先に染まって、二日ほど落ちません。屋敷にいたころは、この仕事は薬草番の女がやっていました。名前をエルサといいます。手の緑を隠さない人でした。
麻の紐で二重に縛って、裏の軒に渡した棒へ、逆さに吊るします。
日は当てません。日に当てると色が抜けて、香りも一緒に飛びます。北向きの、風だけが通るところがいちばんです。
この場所は去年見つけました。それまでは棚の上に並べて乾かしていて、下の面が湿るのを毎回やり直していました。軒の棒は、もとは網を干すためのものです。使っていいかと聞いたら、ブラントさんは棒を一度手で揺すってから、大丈夫でしょう、と答えました。
十一束を等間隔に吊るすと、軒の下が少し暗くなります。風が入ると、束が同じ向きに揺れます。
三日目に上下を入れ替えます。吊るしたままだと、上のほうに水気が残ります。束を外して、根元と先を逆にして結び直すだけの仕事です。紐を解かずに済むように、初めから輪を大きめに作っておきます。
手はすぐに草の匂いになります。石鹸で洗っても、その日の夕食のあいだくらいは残ります。パンを割った指から匂って、それで気づくくらいです。慣れました。
七日目の朝に、乾き具合を見ました。
束の外側から一本抜いて、茎を指で折ります。ポキリと音がして、断面が白く乾いていました。折れずに曲がるようなら、あと二日か三日です。曲がる茎は、握ると指に水気の感じが残ります。
葉のほうは、手のひらで軽く挟むと、ぱりぱりと鳴りました。この音が出れば、もう仕舞えます。強く挟むと粉になるので、力の加減がいります。粉になった葉は煎じても濁るだけで、匂いが立ちません。
十一束のうち、三束はまだ茎が曲がりました。軒に戻して、残りを下ろします。同じ日に吊るしても、置いた場所で乾き方が変わります。端のほうが早いのです。
全部で十一束あります。去年は十二でした。一昨年は十四です。義母の飲む量が減ったわけではありません。こちらの都合で数を減らしました。
籠一つぶんの薬草の値は、わたくしの給金の四日ぶんほどになります。船賃を足すと五日です。冬に一度、船が二週間止まったときは、陸の便を使いました。あのときは八日ぶんになりました。八日ぶんという数を、そのときも数えませんでした。
袋に詰める前に、もう一度だけ匂いを見ます。乾き切ったものは、鼻を近づけなくても匂いが来ます。近づけないと分からないようなら、どこかに水気が残っています。
八束、匂いが来ました。
札を書くのは、いつも最後です。
紙を細く切って、端に穴を開けて、麻の紐を通します。紙は帳場の裁ち落としをもらいます。厚みがあって、湿っても字がにじみません。穴は錐で開けます。錐は帳場の道具で、ヨナスさんが糸を通すのに使っているものです。
書くのは、草の名と、干し始めた日付です。乾いた草の香りは、半年から一年で落ちます。落ちてしまえば、見た目は同じでも、煎じたときの匂いが薄くなります。義母は匂いに気づく人でした。薄いお茶をお出ししたときにも、一口でお分かりになりました。
日付を書いておけば、古いものから使えます。使う人が誰であっても、そこは同じです。
インクは薄めに溶きます。濃いと、紐を通すときに指について、次の札が汚れます。八枚書いて、乾くのを待って、残りを書きました。
札を書き終えて、束に一枚ずつ結びました。結び目は上に来るようにします。棚に置いたときに、日付が見えるからです。
それから、帳場の引き出しの下段を開けました。ここには、これまでの札の控えが入っています。同じ紙を二枚ずつ作って、片方を束に結び、片方をここへ入れておく。品を送ったあとで問い合わせが来たときのためです。
引き出しは下段が浅くて、開けるときに一度引っかかります。木が湿気で膨れているのです。
控えの紙を、机の上に並べました。
二年ぶんです。秋に一度、春に一度。数えると、控えは三枚ありました。今年の分を入れると、四枚になります。並べると、日付だけが少しずつ動いています。字は全部わたくしの字でした。
紙の隅に、送り先を書く欄があります。そこには毎回、王都の執事の名を書いてきました。ゲオルクさん宛です。宛先の下には、送り主を書く欄もあります。そこには店の名を書きます。ブラント商会。それがこの店の決まりです。
三枚のどこにも、わたくしの名前はありません。
書く欄がないのですから、当然です。当然ですが、二年ぶんの紙を並べてみると、そこだけが同じ形に空いていました。
屋敷にいたころ、わたくしが名前を書くのは離縁状が最後でした。それより前は、返礼の便箋にも、贈答の目録にも、書くのは家の名です。アーベル。誰の手で書かれたものかは、受け取った側には分かりません。
名前を書く欄というのは、思っているほど多くないものです。
「セラフィナさん」
ヨナスさんが帳場の反対側から声をかけました。手には、船便の受け取り帳を持っています。明日の便に乗せる荷を、朝のうちに書き出しているところでした。
「王都行き、乾草の小口が一つ、上がってますね」
「はい」
ヨナスさんは受け取り帳の頁をめくって、指で行を押さえました。そこにしばらく指を置いています。
「うちの帳面には、代金の欄が空いております」
わたくしは札の控えを揃えて、引き出しへ戻しました。
「わたくしのぶんです」
ヨナスさんは受け取り帳を閉じました。帳場の机に置いて、両手をその上に載せます。それから、いつもの声で聞きました。
「この荷は、どなたの勘定になっておりますか。」
答えは決まっています。二年前の秋からずっと、わたくしの給金から引いてもらっています。籠の代金と、船賃と、王都の港から屋敷までの車代。四日ぶんの給金と、半日ぶんの手間です。
ヨナスさんは知っています。給金を渡しているのはこの人ですから、知らないはずがありません。最初の秋に、これは店の荷ですかと一度だけ聞かれて、わたくしのぶんですと答えました。
知っているのに聞くのは、わたくしに数えさせるためです。
この人は、分銅の話をするときも同じ聞き方をします。狂っているかどうかを自分で見た上で、こちらに一つずつ手に取らせます。
わたくしは、机の上の十一束を見ました。札の日付は全部、七日前です。控えの三枚は、二年ぶんの秋と春です。
情ではありません。手が覚えていただけです。
十一束を、麻の袋に詰めます。袋の口を紐で縛って、余った紐を短く切りました。
「ヨナスさん」
「はい」
「今年の分で、最後にいたします。」




