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その指が温かくなるまで。  作者: 銀子


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第4話 ファストフード

 大通り沿いの歩道を歩くエマの後ろを、セナはついて歩いた。エマはやはり周囲のものが珍しいのか、視線をそこかしこにやっていたが、そのままなにかに惹かれて立ち止まるようなことはせず、どこか意識的に断ち切るようなそぶりで視線を戻し、ただひたすらに歩いていた。

 だが小柄な彼女の歩幅はセナと比べて相当に狭く、気を抜くと追い抜きそうになる。その為にセナは、酷くゆっくりとしたペースで歩く必要があった。

 そうやってしばらく歩いていた時、ふいにエマが言葉を発した。

「貴方、呪術師?」

 前を向いたままであるのと身長差のせいで、少し聞き取りづらい。セナは歩きつつ少し背を屈めた。

「はい」

 するとエマが僅かに肩を跳ねさせて立ち止まり、振り返ると同時に後退った。想像以上に機敏な動きに、セナはやや驚く。エマの顔には微かに緊張が走っており、どうやら驚かせてしまったようだった。

「すみません」

 屈めていた体を戻し、思わず謝る。見上げてくるエマは、セナが背を屈めていたということに気付いたようだった。ゆるりと緊張を解くと、再び前を向いて歩き出す。セナも再び続くと、平静に戻ったらしい声音でエマが尋ねてきた。

「なぜ、そんなにも体を鍛えているの?」

 先ほどの質問の続きのようだった。そしてそれは、当然の疑問だった。

 呪術師を名乗る大多数の者は、数多の札や呪具を使った遠隔戦を主とする為、多少鍛えることはあっても、セナほど鍛え上げた体を持つ者はまずいない。いたとして、おそらくは同族の者、もしくは絶えていなければ、同系統の呪術師ぐらいだろう。そう、理由はそれだった。

 呪術師の戦いは、札や呪具を媒介として、離れた場所や位置にいる相手に呪いを向けることを主としている。だが呪いとは相手によって返されることもあり、たいていの場合は身代わりとなる形代にそれを受けさせるのだが、一部の呪術師は、呪具そのものに呪いを込め、それを直接的に相手の体に使うことによって、返すことのできない呪いにかけるのだ。

 そしてそういった術を使う者は、己にそれが向かってきても防げるように、特殊な防御の呪を体に編み込む。だがその呪は体への負荷が強い為に、それに耐えられるように体を鍛えるのが一般的だった。

 セナの一族は後者の術を使う一族だった為に、物心ついた頃からそれが当たり前で、呪術を滞りなく行使する為でもあるのだが、ほとんど習い性のように鍛え続け、今に至っていた。

 それらのことを簡潔に説明すると、エマはただ一言、そう、とだけ言った。

 自分を護衛する呪術師について、当主から詳しく聞かされていなかったのだろうか。そう思うも、あの男がなにかについて事細かに説明している姿など想像もつかない。娘に対してもそれは変わらないようで、外を見せたいという情を感じさせた言葉を思うと、その突き放し方はどこかちぐはぐにも感じた。

 そうしてしばらく歩いていると、エマが前触れなくぽつりと言った。

「なにか、食べたいわ」

 またしても唐突な要求に、だがセナは少しずつ慣れてきていた。それに時刻も昼に近い。そういった要求が出てもおかしくない頃合いだった。

「どんなものが食べたいですか?」

 そう尋ねると、エマは前を向いたまま答えた。

「この街に住む人達が、食べているもの。ありふれたもので、構わないわ」

 そう言われても、これといったものが浮かばない。なにがいいだろうと視線を巡らせていると、道の先にある、ファストフードのチェーン店が目に入った。だがさすがに彼女を連れて入るような店ではない。

「あれは、食事をするところ?」

 振り返ったエマが、セナの視線を追って言った。

「そうですが、あなたのような人が行くところでは……」

「構わないわ。連れていってちょうだい」

 セナはそれでもためらったが、他にいい食事場所が思いつかなかった為、仕方なく向かった。



 騒がしい店内で、トレイを手に席に戻り、それをテーブルの上に置く。すると相変わらず感情の乏しい顔をしたエマが、同じく感情の見えない声で言った。

「これは、どうやって食べるのかしら?」

 エマが、紙に包まれたままのハンバーガーを見つめる。セナはそれを手に取ると紙を剥き、中身を露出させてエマに差し出した。

「そのままかじりつくんです」

 受け取ったエマは、そっと口を近付け、小さく開けた。そのままかじりつくが、口は上のバンズを少し削っただけだった。

「もっと大きく口を開けないと」

 するとエマは先ほどより少しだけ大きく口を開け、再びかじりつく。今度は僅かにパティも削られた。それを丁寧に咀嚼して飲み込んだあと、改めて手の中のハンバーガーを見つめる。

「これは、食べるのが大変ね」

 そう言いながら再びかじりつく。しかし相変わらず一口が小さいので、ネズミか猫が食べているような進み具合だった。だが食べるのをやめないということは、少なくとも口に合わないという事態は回避できたようだった。

 しかしながらこれは食べ切るのに相当かかるなと思いながら眺めていると、何度目かの咀嚼を終わらせたエマが顔を上げた。

「貴方は、食べないの?」

「仕事中ですので」

「では、いつ食事を摂るの?」

「終わってからになります」

 するとエマが、少しの間を置いたあと言った。

「断食でも、なさるおつもり?」

 どういう意味だと思った矢先、意識に掠めたものがあった。足下に置いたトランクケースだった。まさかとやはりが同時に沸き起こる。

「数日外におられるということですか」

「ええ」

 セナは出そうになった溜め息を、すんでのところで飲み込んだ。トランクなどという大荷物を渡された時点で、もしやと思ってはいたが。

 外に出たことがない以上、その外見は知られていないだろうし、屋敷の者以外はその役割も知らない。そういう意味では手に余る相手に襲われる可能性は低いだろうが、それにしても。

「どうかなさって?」

 エマの声に、我に返る。

「いえ……」

 そう言うのがやっとだった。エマはそんなセナの心情を知ってか知らずか、再び食べ始める。しかし三分の一ほど食べ進めた頃、ふとその手を置いた。

「満足したわ。あとは、貴方が食べてちょうだい」

 そう言って差し出してくる。拒否権はないようだった。元より朝からなにも腹に入れていないので、断る理由もなかった。

 受け取って三口ほどで食べ切ると、それを見ていたエマが、ほんの僅か、驚いたような表情を浮かべる。

「貴方、一口も大きいのね」

 結局エマは、ポテトも二、三本、コーラも二口ほどしか飲まず、残りはすべてセナが平らげた。

 丁寧に口元を拭いたエマが、通りに面したガラス窓から外を見つめる。その視線をしばらく辺りにさまよわせていたが、やがてそれが、ふと一点で止まった。

「あれは、なに?」

 エマが指を差した先には、立ち並ぶビル群よりなお高い、白い電波塔が建っていた。

桂花(けいか)タワーです。この街を支える電波塔ですよ。中央部には展望台があって、桂花街を一望できます」

 どれだけ知識があるかわからないエマに、さしあたりの説明をすると、エマはしばらくそれを見つめてぽつりと言った。

「あそこに、行きたいわ」




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