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その指が温かくなるまで。  作者: 銀子


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第27話 あなたのせいではない



 追っ手はさほどの休息も許してはくれなかった。エマとは別室で仮眠を取っていたセナに、ジュリエットが声をかけてきたのは、夜明けにはまだ遠い頃だった。

 居場所の特定こそされていないが、明らかにセナ達を探している者がいるらしい。ジュリエットの住処には極力人目を避けて来たのだが、それでもセナとエマの取り合わせは――主にエマの外見は、ここ近辺では稀に過ぎたようだった。

「特別に入れてあげるわ」

 そう言われて案内されたのは、壁を抜いて二つの部屋を一つにした、巨大な空間だった。そこには無数の液晶モニターがあり、そのどれもがこの辺り一帯の路地を映し出している。

 ジュリエットの情報源の一つだろうというのはすぐに気づいた。彼女との付き合いも随分になるが、ここに入ったのは初めてだった。

 並ぶモニターには、セナがここに来るまでに通った路地も映っていた。ということは、セナ達と追っ手とのやり取りを見ていたことになる。この家に来た時に、ジュリエットはエマの存在に驚いたような反応をしていたが、モニター越しに見ていたのだ。

 となると既に、エマについて調べている可能性がある。だがその上でこちらの頼みを飲んだとなると、いったいどこに利益を見出したのか。

 そんなセナの内心を知ってか知らずか、ジュリエットは一つのモニターを指した。

「ここが、一番近いわね」

 そこには、セナが相対した追っ手と似た服装に身を包んだ男が数人映っていた。街灯の類はない場所だが、高感度のカメラがはっきりとそれらを映し出している。音声がない為になにを話しているかはわからないが、手にした呪具は恐らく追尾のものだろう。彼らなら、セナの呪の残滓から、セナ自身を追うことはできる。

 それでもすぐさま居場所が突き止められていないのは、ジュリエットがこの部屋全体に隔離の結界を施しているからだと思われた。だが向こうも無能ではない。結界を暴かれればそれまでだ。

 追っ手は三人一組で動いていた。だがこの程度の人数差なら問題はない。モニターを見る限り、数組に分かれて動いていたが、それも各個撃破すれば済むことだった。

 そんなことを考えていると、ふいにジュリエットが片耳に手をやった。

「あら、起きたみたいね」

 なんのことだと思っていると、背後のドアから控えめなノック音が響いた。

「いいわよ」

 ジュリエットが応じると、恐る恐るのようにドアが開けられる。立っていたのはエマだった。エマは室内の様子に怪訝にしつつも、そろそろと中に入ってくるとセナを見上げた。

「なにか、あったの」

「追っ手です」

 短く答えると、エマの表情が僅かに強張った。

「大丈夫です。すべて始末しますので。あなたはここで、彼女と待っていてください」

「貴方、一人で行くの?」

 エマがその顔を、不安に曇らせる。だがそれも当然の反応と言えた。少人数に分かれているとはいえ、明らかな多勢に無勢だ。加えて胸と脚の傷も、ようやく塞いで呪を施した程度である。だがセナにとってそれらは大した問題ではなかった。

「大丈夫です。人数の不利には慣れていますので。傷の方も問題ありません」

 セナはほぼ常に単独で仕事をしていた。誰かと共に動いたことなど数えるほどしかない。加えて、怪我を負った状態で仕事をこなすことも少なくはなかった。

 だがエマの表情から曇りが晴れることはなく、その顔を俯かせてしまう。口を開いたのはジュリエットだった。

「大丈夫よ」

 エマが顔を上げ、ジュリエットを見つめる。

「彼は一人の方が強いわよ。今の怪我だって、あなたを護ろうと動きが制限されてたからなんだし」

 エマが苦しげに俯いた。セナはジュリエットを睨みつける。

「なにか間違ってたかしら?」

 悪びれる様子もないジュリエットから顔を逸らし、セナはエマに向き直ると、その細い両肩を強く掴み、まっすぐに見つめた。

「エマ、この傷は俺の力不足です。あなたのせいではない」

 戸惑いながら見上げてくる瞳に、セナは続ける。

「あなたを護ろうとするのは、あなたに頼まれたからでも、命じられたからでもない。俺が勝手に護ろうとして、勝手に負った傷です。あなたが気に病む必要はありません」

 エマはセナを見つめ続けていたが、やがて力なく視線を落とした。

 エマは呪を使わずとも、ある程度セナに対して自分の意思を通すことができる。そのように精神を侵食した。だが今のエマは、それをしようとはしなかった。それは、自分のせいで怪我を負わせてしまったという引け目からくるのかもしれなかった。

 その瞳には安堵も納得も浮かんではいなかったが、セナは振り切るように肩から手を離すと、ジュリエットを振り返る。

「約束は守れよ」

「もちろん」

 ジュリエットがその目を、猫のように細めて笑む。腹の底が読み切れない女だが、対価に対する仕事はきっちりこなす。それだけは信用できた。

 セナは再びモニターに目をやった。

 全員殺してここに戻る。そしてそのあとにもうひとつ、やるべきことをやるために。




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