第24話 求められていたもの
「呪術師としての歴は、浅くはない方なので」
そう返すと、エマは諦観を滲ませながら瞑目した。
「わかってしまうものなのね。気づかれていないものだとばかり、思っていたわ」
わたくしの知識も、浅いものね。そう呟いて深く息をつくと、再び目を開く。
「呪術を使えないはずの、わたくしが、使っていたことを、なぜ問いたださなかったの?」
昨日の晩。眠る前のあの時。
「その時は、呪を使われたとはすぐに気づけなかったんです。あなたは呪術を使えないとされていましたし、詠唱も、発動させる為の言霊もありませんでしたから。確信したのは、侵入者を返したあと、二度目に使われた時でした」
エマが顔を上げ、振り返る。
「その時になにも聞かなかったのは、なぜ?」
「気になったからです」
怪訝にするエマに、セナは続ける。
「俺があなたに嘘をついているのではないかと、最初にそう聞きましたよね。でもなぜそんなことを聞いたのかが気になったんです」
セナは本当にエマの護衛であるのか。そんなもの、聞くまでもないことのはずだったのに。
「もしあの時あなたが、俺になにかを命じたり、あなたが知り得ぬなにかを聞き出そうとしたのなら、俺はあなたを警戒したでしょう」
しかし、そうではなかった。
「あなたはただ、俺の言葉の真偽を知りたかった。でもなぜ、わざわざ高度な呪を使ってまでそんなことを聞いたのか、それが気になったんです。でもあなたが俺のことを護衛だと思っていなかったというのなら、当然の疑問だったんですね」
するとエマは、気まずげにその顔を俯かせた。
「わたくしはあの時、貴方に殺されるものだとばかり、思っていたから……」
部屋を同じにしたのもそれが理由だろう。一見悪手にも感じられるが、エマの呪では、見えない場所でなにかを仕掛けられても防げない。ならせめて、目の届くところにと思ったのだ。
「だから、貴方が偽りを言っているのだと、思ったわ。処分しなくてはいけないわたくしに、護衛なんて、必要ないもの」
セナは護衛などではない。エマはそう思っていた。だがそうではなかった。セナは真実、エマの護衛を命じられていた。
「なぜと、思ったわ。でもさっき、貴方の話を聞いて、わかったの」
エマは、顔を上げてセナを見つめた。
「貴方、殺されるわ。あの屋敷で」
痛みを耐えるような、苦しげな色を浮かべ、
「貴方、特殊な血を持つと、言ったわね。強力な呪を、施せると。この仕事が、どう終わるにせよ、貴方は、なにかしらの咎を負わされて、その血肉は、新しい人柱を作る為の、呪物にされるわ」
呪物。それはセナにとって遠く、近しい言葉だった。
大掛かりな呪の為の供物。大抵は小動物が用いられ、人を使うなど、大昔の話でしか聞いたことがない。だがそれに、自分が使われる。実感としては今ひとつ遠かったが、この血を持つ己であれば、十二分に呪物となり得るだろうと、頭の隅でどこか冷静に思った。
そして同時に気付く。役目を全うできなかったとしても糧にはなるという、あの言葉。あれは文字通り、儀式の糧となるという意味だったのだ。
追っ手の男は、エマが死んでも咎められないと言っていたが、当主のことだ、理不尽な咎を負わせる程度、造作もない。
もう失敗は許されない人柱の創造。その為の、呪物とされるのだ。
そこまで思い至ったセナは、心の奥底に微かな落胆があることに気づいた。こんな状態になってなお、自分はあの男になにかを期待していたらしかった。自分は紛うことなく、ただの駒に過ぎないというのに。
視線が落ち、思わず乾いた笑みが漏れた。エマが怪訝に見つめてくるが、上手く説明できそうになかった。
いつか、いつか、どうなると思っていたのだろう。金で買われた身。求められていたのはどこまでも、その血でしかなかったというのに。
エマの視線が、気遣わしげなものに変わる。呪物とされることにショックを受けていると思われているのだろう。だがそちらに関しては大した動揺もなかった。
己の命に執着はない。しかしそれもまた、説明できる気がしなかった。
エマは、セナの血のことが分かった瞬間、呪物とされることに気付いたのだろう。母体となる女性に呪を使って、人為的に人柱という存在を作る一族だ、そこに人の命が使われていてもなんら不思議はない。だがそうなると気になることがあった。
セナは顔を上げ、エマを見つめ返す。
「先ほどあなたは、俺になにを命じようとしたんですか?」
するとエマは、気まずげに俯いた。その唇を引き結んだまま、答えようとはしない。だがセナは、こればかりは流すつもりはなかった。エマもそれを感じたのか、やがて観念したように口を開いた。
「……わたくしを置いて、逃げるようにと」
「なぜそんなことを」
問いの形をした言葉は、ためらうことなく出てきた。
「命じたところで、貴方の身の危険が増すだけです」
するとエマは、膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「だって、貴方は関係ないもの。貴方がいなくても、人柱を作ることは、できるはずよ」
「そうだとしても、あなたはどうなるんですか。処分されるのが嫌で逃げようとしたんでしょう?」
「予定通り、処分されるだけよ。どの道、この街から出られなければ、いつまでも逃げてはいられないもの」
エマの手が、首のチョーカーに触れる。
「貴方ほどの、腕があれば、この街を出て、一人で逃げおおせることは、できるはずよ」
「逃げろと言われて、素直に従うと思いますか?」
「思わなかったから、呪を使おうとしたのよ。もう、使わせてもらえないでしょうけど」
チョーカーに触れていた手が、ゆるりと下ろされる。セナは怪訝に眉をひそめた。
「なぜ俺に対して、そこまで……」
自分は肩書きだけの護衛で、しかも当主の、彼女を殺そうとしている者の部下だ。自分を殺すことがないとわかったとしても、そこまでする理由はない。
するとエマは、顔を上げてセナを見つめ返した。
「わたくしからも、聞きたいわ。さっき、どうして追っ手に、わたくしを差し出さなかったの?」




