第12話 なぜと問えない
市場を離れて向かったのは、ビル街の外れに作られた広い公園だった。多くの広葉樹が植えられ、整備された公園内には、散歩をしている者や、遊ぶ親子連れの姿がある。暖かい日差しが降り注ぎ、平和そのものといった光景は、先ほどまでいた場所とはまったく空気感が異なっていた。
遊歩道脇のベンチにエマを座らせると、エマがゆっくりと辺りを見回して言った。
「なぜ、ここに来たの?」
「落ち着く場所がいいかと思いまして」
助け出すことに成功したものの、エマは攫われかけていたのだ。改めて彼女の立場になって考えてみれば、充分に恐ろしい出来事だったと思われた。助け方も、今思えば少々荒すぎたかもしれない。それを思うと、穏やかな場所で人心地をついてほしかった。
そんなことを思いながら傍で立っていると、エマが見上げてきた。
「貴方は、座らないの?」
「俺は護衛なので」
また目立つと言われるかもしれないが、いかに平穏な場所とはいえ、周囲に目を配っておきたかった。あの市場と違い、こんな街中で白昼堂々人攫いをしようとする者などいないだろうが、同じ轍は踏みたくない。
だがそんなセナの思いを知ってか知らずか、エマは常の読めない表情で言った。
「座っていただける? このままだと、会話がしにくいわ」
じっと、エマが見上げてくる。確かに今のエマは、ほとんど真上を見上げるようにしてセナを見つめており、少し首が痛そうでもある。セナはそれでも承諾しがたかったが、改めて周囲を見回すと、諦めてエマの隣に座った。トランクは足元に置いたが、持ち手には手を掛けたままでおく。
だがエマは、セナが隣に座っても、なかなか話し出そうとしなかった。離れた芝生で遊ぶ親子連れを遠目に眺めるように、視線を前方に向けている。
そのままセナがしばらく周囲の気配に気を配っていると、やがてエマは、ようやくのように口を開いた。
「貴方はいつも、どんな仕事をしているの?」
出てきた問いは随分と脈絡のないものだった。しかも、簡単に答えられるものではない。どう言うべきかと迷っていると、視線を前に向けたままのエマが続けて言った。
「言える範囲で、構わないわ」
しかしそう言われても、セナの仕事のほとんどは人の命を奪うもので、それを障りのない言葉で説明することができなかった。
セナは考えた末、口を開く。
「お父上の命で、色々と……」
そんな、答えにもなっていないような返しに、だがエマは追及することもなく、新たな質問を重ねた。
「護衛の仕事は、初めて?」
「はい。申し訳ありません、色々と至らず……」
「責めているわけでは、ないわ」
ふとエマが、セナを振り返る。淡い水色の瞳が、まっすぐセナを見つめた。
「あの人は、貴方に、わたくしを護れと命じたの?」
「はい、そうですが……」
今更なにを聞くのだろう、と思った。そもそも護衛とは、そういうものである。彼女も父親である当主から、そう聞いているはずだった。
だがエマは、じっとセナを見つめ続けた。まるで真偽を図られているかのようだったが、これは嘘ではないし、嘘をつく必要もない。
やがてエマは、セナから顔を逸らすようにして俯いた。その顔には、控えめながらも戸惑いが浮かんでいる。
なぜそんな顔をするのだろうと、セナは思った。先ほど助け出した時もそうだった。大丈夫かと尋ねたセナに、エマは戸惑いの瞳を返してきた。まるでエマを助けるという行為が、予想外のものでもあったかのように。
なぜと、尋ねたい気持ちが湧きあがり、だが開きかけた唇は無意識に閉じた。
喉の奥で鉛のように重く言葉を縛り付けるのは、当主に何度も言われた、「お前に問う権利はない」という言葉だった。
命じられたことをただ従順にこなせ。お前になぜと問う権利はない。そう言われ続け、売られたセナは、それに返す言葉を持たなかった。なぜという言葉は飲み込む以外の選択肢を与えられず、自分がなにをさせられているのか、だれを殺しているのかすらわからない時もあった。そして次第に、なぜと思っても、それを口に出すことができなくなってしまっていった。
ゆっくりと視線が落ちる。気にするのをやめよう。そう思った。いつもそうだった。今回もそうだというだけだ。エマがなにに対して戸惑い、困惑しているのかはわからないが、当主から命じられたのは彼女を護衛することのみ。自分はただそれを、忠実にこなせばいい。いつもの、仕事のように。だが……。
再びエマに目を向ける。俯くエマの表情は、晴れないままだ。
儀式の前に、最後に外を見る為に出されたエマが、笑顔を浮かべるでもなく、惑いの表情ばかり見せている。セナはそれが、酷く気にかかった。
結局その夜も、エマの言葉に抗うことができず、同じ部屋で眠ることになった。そして昨日と同じように、セナがエマの髪を乾かすことになったのだが、なぜかエマは、昨日ほどは緊張をしていないようだった。いくらかは警戒を解いてもらえたのか、それでもいらぬ煩いを極力抱かせないよう、セナは変わらず注意深く接していた。
すべての寝支度を終えたエマが、昨日と同じようにベッドの上に座る。今日もこちらが眠るまで寝ないと言うのだろうか、と思いながら、自身のベッドに向かおうとしたセナだったが、エマの、妙に問いたげな視線が気になった。
「なにかご用でしょうか」
振り向きつつ尋ねると、エマが、セナのベッドを指した。
「そこに、座ってちょうだい」
言われるままに座って向かい合わせになる。するとエマは、セナをまっすぐに見つめて言った。
「呪術師について、教えてちょうだい」
唐突な言葉に、セナは面食らった。なぜ今そんなことを聞くのだろうと思ったが、同時に、自分に向けられたその言葉に、また逆らいがたいものを感じているのも事実だった。
奇妙な感覚に内心眉をひそめつつも、だが聞かれたもの自体は特に隠す必要もないものだったので、答えることにした。
「呪術師は、札や呪具を媒介として使う者と、呪具に呪を込めて直接相手に使う者がいるというのは、お伝えしましたよね」
「ええ」
「札や呪具を媒介にして離れた相手に呪いを向けるのは遠隔型、個々で専用の呪具を作ってそれ自身に呪いを込め、目の前の相手に直接呪いをかけるのを近接型と呼び、俺は後者です」
「護りは、どうするの?」
「遠隔型であれば、身に着けた呪具や札を身代わりの形代として使います。近接型の場合は、体に直接護りの呪を編み込むことで身を守ります。形代にも護りの呪にも、対呪と対物理の二種があるのですが、ふたつを同時に使うことはできません」
対呪であれば呪いを防ぐことができるが、物理攻撃は防げない。対物理であれば一切の物理攻撃を防ぐことができるが、呪いに対しては無防備だ。近接型にもやや特殊な形で形代を作る呪はあるが、遠隔型のそれとは異なっており、身に着けることはできない為、やはり同時に使うことはできない。
「誰かを、護る場合は?」
続けてそう尋ねたエマに、セナは少し口ごもる。
「遠隔型は、自身と同じように、形代となる呪具や札を対象に持たせるんですが……」
だが近接型にはそういった手段がない。そもそも誰かを護るということをしないからだ。
「近接型の貴方は、どうやってわたくしを、護るのかしら?」




