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八百比丘尼の語り部  作者: 宮城 英詞


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19/21

当たり役

 若狭国、小浜藩


 昔は城があった後瀬山という山の麓に、神社がある。


 白椿は、その神社の祭りを楽しんでいた。


 普段は静かな港町だが、この祭りになると一気ににぎわう。


 周囲には山車や獅子舞、神楽が出入りし、出店や見世物小屋まで並んでいた。


 一通りお参りを終わらせてから、帰路についた彼女が、とある女性に声をかけられた。


「尼さん、この辺に「八百比丘尼の洞窟」があるって聞いたんだけど、どこ?」


 日に焼けた健康的な肌が、印象的な彼女は旅芸人のようだった。曲芸師のような衣装を着ている彼女は、どうやら足を怪我しているようだった


「ああ、すぐそこじゃ、案内しよう」


 白椿はそう言って昔、自分が数年に渡って籠っていた洞窟へ案内した。


 そこは、あの後武田氏の住居となり、のちに寺となっていた。


 女は、たかという名の旅芸人だった。


 若い頃から曲芸を仕込まれ、各地を転々としてきたという。


 そして彼女は、先日、足を怪我してしまった。


「……まったく、参っちまったよ。もうこのままじゃ、一生軽業はできねぇってよ。おかげで今日は、でっけぇ板に赤い色塗って「六尺の大イタ血」ってインチキな見世物さ。笑っちまうよ」


 洞窟に手を合わせてから、たかは自嘲気味にそう語った。


「親方に拾われて、ちいせぇ時からこれ一本でやって来たんだ。このままじゃ夜鷹にでもなんなきゃならなくなるって。神頼しに来たってわけさ。」


 身寄りもなく、芸だけで生きてきた彼女にとっては、それこそ羽根をもがれた気分なのだろう。


 さて、この者になんと言えばよいのか、と思案していた白椿だったが、


「ここの神様は、不老長寿の御利益があるんだろ?」


 と言われ、思わず吹き出してしまった。


 突然の白椿の反応に首を傾げるたか。


 それに、白椿はなおも笑いながら事情を説明した。


「……ああ、すまぬ、すまぬ。別にここにおった尼は神でも仏でもない。ただ長く生きた、それだけじゃ」


「それだけ?」


「ああ、御利益があると言い出したのも、京からやって来たという偽物のまじない師でな。つまりは、「六尺の大イタチ」と同じじゃ」


「なんだよそりゃ!」


 ふてくされるたかに更に笑いをこらえきれない白椿。


 気が付くとたかは、怪訝そうな表情でこちらをじっと見ていた。


「……アンタ。見た感じ、あたいより年下に見えるけど、一体いくつだい?言ってることは年寄り臭いし、変な事知ってるし、そもそもその歳で出家って……」


 白椿はそれを咳払いで遮り。


「……まぁ、年の割には若作りとはよく言われるの」


 と、具体的な年齢ははぐらかした。


「まぁ、ともあれ。前向きに捉えなされ、「人間万事塞翁が馬」と申してな。これが何か新しい芸を覚えるきっかけかもしれぬ。足が治るまでの間でも学ぶなり、芸を覚えるなりできる機会かもしれぬ。この地で良い出会いがあるかもしれぬ。……儂が今まで出会って来た者たちは、皆。苦難を乗り越えて来たのじゃ」


 そう、白椿が出会って来た者たちは皆、苦難を乗り越え、生きてそしてその命を燃やし、死んでいったのだ。


 言いながら白椿は感慨深げにその洞窟を眺めた。


 自分には何の力もない。


 ただ、長く生きている、死なぬ、それだけ。


 だが、多くの人たちと出会い、別れ、そして導いてこれた。


 御仏が私に見せようとしているのは、もしかするとそう言うものなのだろうか?


 白椿は、今更ながら自分の使命について考えていた。


 今の自分は、出会った者たちによって成り立っている。


 そう思うと、白椿は心から出会った人々に感謝したいと思うのだ。


 ……と、そこまで考えた所で、白椿はもう一度たかの視線に気づいた。


 どうやら物思いにふける白椿をずっと見ていたらしい。


「アンタ、ホントにいくつ?ずいぶん苦労したみたいだけどさ」


 白椿はもう一度咳払いして。


「女子に歳は聞くものではない」


 と誤魔化した。


 それに、たかは何やらつぶやきながら、じろじろと白椿を観察する。


 白椿はどうしてよいかわからず、その場に立ち尽くした。


 やがて、彼女はポンと手を叩いた。


 そして笑顔で白椿にこう言ったのである。


「決めた!あたい、その「八百比丘尼」っての?やってみるよ!」


 白椿はそれに耳を疑った。


「伝説の八百比丘尼ってきっとアンタみたいな人だと思うんだ。つまり尼の格好をして、アンタの真似して、それっぽいこと話しゃいいんだろ?年取ったらそれはそれで雰囲気も出るしさ、何ならしわくちゃになってもできる芸じゃないか」


「……しかし、それっぽいことと言うても……」


「アンタに教えてもらうさ、しばらくここに居るし、あたいこれでも物覚えいい方なんだ。な?頼むよ比丘尼様!」


 彼女はそう言って本物の八百比丘尼の肩を叩いた。


 結局、それが、たかの最高の当たり役となった。


 彼女は、生涯に渡りその役を演じることになる。


 白椿にはまた一つ、大切な思い出ができた。


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