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5.黄金の波と白く輝く宝物

「輝虎様。私の畑で採れたお野菜と、山で育った椎茸です。」


秋風が心地よく春日山城を吹き抜ける日、私は大広間に足を踏み入れ、恭しく三方に載せられた収穫物を捧げ持った。


広間に鎮座するのは、白巾を頭に纏った美丈夫――お館様(輝虎)だ。その周囲には直江さん、千坂さん、そして村から城へ戻っていた柿崎さんたち重臣が勢揃いしている。


「ほう……。これが例の『椎茸』か……!」


輝虎様が三方に視線を落とし、感嘆の息を漏らした。

そこに載っているのは、肉厚で笠が大きく開き、芳しい香りを放つ見事な椎茸たちだ。当時は山に自生するものを運良く見つけるしかなく、大名や貴族への献上品として珍重されていた超・高級食材。それが、まるで採れたての野菜のように整然と並んでいるのだから驚くのも無理はない。


「信じられん……。これほど見事な椎茸を、狙った場所に育ててみせるとはな。さすがは天女殿だ。」


直江さんが感心したように頷く。

……だが。問題はその横に並べられた「その他の収穫物」だった。ゴツゴツとして土のついた茶色い大きな塊(ジャガイモ)。丸くて皮がツヤツヤと光る緑の大きな固まり(カボチャ)。見たこともない球状の重たい野菜(キャベツ)。そして、妙な匂いのする丸い球根(玉ねぎ)。


「……む。」


柿崎さんが露骨に眉をひそめ、後ずさりした。


「天女殿……この異様な形をした塊は一体なのだ?毒々しい色合いのものもあれば、妙な臭気が鼻を突くものもある……。これ、本当に人間が口にして差し支えないものなのか……?」

「左様……。いかに天界の作物とはいえ、我らの知る野菜とはあまりにかけ離れておりまする。もしや、口にすれば身を苛む毒か、怪しげな薬効が働くのでは……?」


他の重臣たちもヒソヒソと囁き合い、まるで未知の魔道具でも見るかのように腰の刀に手をかけて引きつっている。


まぁ、無理はない。ジャガイモもカボチャも玉ねぎも、現代では食卓の常連だけど、初めて見ればけいかいもする。


「違います。これはとっても甘くて、栄養満点で美味しく身体を元気にするお野菜なんです。…では、私が今から調理してご覧に入れましょう。百聞は一見に如かずですからね。」


私は三方を抱え直し、城の調理場へと向かった。


調理場を借り切った私は、腕まくりをして調理に取りかかった。ジャガイモとカボチャは一口大に切り、出汁とともに柔らかく煮込む。ジャガイモの一部は潰して、塩と少しの脂で香ばしく炒める。玉ねぎとキャベツは、さっと茹でて出汁の効いた味噌汁の具材に。そして採れたての椎茸は、贅沢にそのまま火で炙り、少しの塩を振りかけた。しばらくすると香ばしい、甘い匂いが調理場から広がっていく。


「できました。秋の収穫御膳です!」


出来上がった料理を重臣たちの前に並べると、ふわっと温かい湯気とともに、未だかつて嗅いだことのない甘く香ばしい香りが広がった。


「ぐ……匂いはたしかに悪くない。……悪くないが……!」


柿崎さんは生唾を飲み込みつつも、箸を持った手がピクピクと震えて動かない。


「毒味役を呼ぶべきでは……?」


直江さんが慎重に提案した、その時だった。


「――毒味など不要だ。」


涼やかな声とともに、輝虎様がすっと箸を伸ばした。


「お、お館様!?なりません!正体不明の作物を直々に口にされるなど……!」


柿崎さんが慌てて制止しようと身を乗り出すが、輝虎様は静かに手でそれを制した。


「葵が私のために、民のためにと汗を流して育てたものだ。そこに不吉な意図などあろうはずがない。」


お館様はどこまでも優しい瞳で私を一瞥すると、迷いなく炙り椎茸と、ホクホクに煮上がったカボチャの一片を口へと運んだ。

モグ……モグ……。

広間が静まり返る。重臣たちが息を呑み、お館様の表情を凝視する。

一秒、二秒。

輝虎様の瞼がパッと見開かれた。


「……美味い。」


ぽつりと、しかし心からの感動を込めてこぼれ落ちたその一言。


「な……美味い、だと……!?」


輝虎様は続けて、ホクホクのジャガイモを口にし、出汁の染みたカボチャを噛み締め、最後に椎茸を味わった。その顔には、普段の厳しい軍神の面影はなく、まるで童子のように素直な驚きと笑みが浮かんでいた。


「甘い……。この黄色い塊(カボチャ)は、まるで菓子の如き甘みだ。この土の塊(ジャガイモ)は滋味深く、お腹にずっしりと溜まる。そしてこの椎茸……溢れ出す旨味が舌を包み込むようだ。葵、素晴らしい……!これほど美味なものを、私は食べたことがない!」

「お館様がそこまでおっしゃるなら……!」


お館様の言葉を聞いた柿崎さんが、半信半疑でカボチャを一口かじった。 


「……っ!?甘い!そしてなんという柔らかさだ! 馬鹿な、こんな美味いものが土から生えるというのか!?」

「こちらの汁物も……この丸い草(玉ねぎ)の甘みが味噌と合わさり、極上の味わいに……!」


千坂さんも目を丸くして箸を動かしている。

あっという間に、不気味がられていた野菜料理は完食された。


「どうですか?お口に合ったみたいですが?」


私がドヤ顔で尋ねると家臣たちは気まずそうに、けれど心からの感服を込めて頭を下げた。


「天女殿……疑って申し訳なかった。これは間違いなく、越後を豊かにする宝物だ。」


柿崎さんの言葉に、みんなが大きく頷く。そのまま、

料理が認められた勢いに乗り、私は温めていた「次の計画」について切り出した。


「輝虎様、家臣の皆さん。実は私、村に『水車精米』という仕組みを作っています。川の水の力で車輪を回して、自動でお米を突いて『白米』にする仕掛けです。」

「「「……???」」」


……が、全員ポカンとした顔で首をかしげた。


「すいしゃ……せいまい……?」

「お米を突いて……白いお米にする……?」


そうだった。戦国時代の人たちにとって、お米とは雑穀の混ざった黒っぽい玄米か粥のことであり、「真っ白に精米されたツヤツヤの白米」など見たことも食べたこともないのだ。


あー!『精米』っていう概念自体が通じないんだ!


「ええっと。言葉で説明するより、実際に出来上がったものを見てもらった方が早いと思います。稲の収穫まで、もう少しだけ待ってください!」


こうして私は、いよいよ迎える「秋の収穫期」を待つことになった。


そして――ついに、その日がやってきた。


「……うわぁ……!」


村の丘の上に立った私は、眼前に広がる光景に思わず息を呑んだ。

そこに広がっていたのは、見渡す限りの『黄金の絨毯』だった。秋の澄み渡る日差しを受け、風が吹くたびに黄金色の稲穂がサラサラと音を立てて揺れる。

一穂一穂を手にとってみれば、丸々と膨らんだ種籾がぎっしりと詰まり、重みで頭(こうべ)を垂れていた。病気ひとつなく、泥に汚れることもなく、美しく揃った奇跡のような稲穂たち。


「……これ、本当に我が村の田んぼなのか……?」


様子を見にやってきていた柿崎さんと千坂さんが、絶句したまま立ち尽くしていた。 


「今までの越後の米は、胸まで泥に浸かり、病気で黒ずんだまずい米ばかりだった……。それが、こんな……まるで黄金の波ではないか……!」


柿崎さんが震える手で稲穂に触れる。


「治水を施し、水を抜き、土を肥やし、選りすぐった種を蒔く……。葵殿の示された理(ことわり)は、すべて正しかったのだ……!」


千坂さんが感極まった声で呟き、私に向かって深々と頭を下げた。


「葵殿……いや、天女様。失礼を重ねてきたこの柿崎、心よりお詫び申し上げる。貴女様は……真にこの越後を救うお方だ!」


あの固物で怖かった柿崎さんが、初めて私を真っ直ぐに見つめ、心からの賞賛を口にしてくれたのだ。さらに、後ろに集まっていた村人たちは――あまりの感動に言葉を失い、ボロボロと涙を流しながら膝をついていた。


「あ、ありがたや……!こんなに実ったお米、生まれて初めて見ただ……!」

「これで、今年は誰も飢えずに冬を越せる……!天女様、ありがとうございます……!」


あちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。

その涙を見た瞬間、これまでの苦労――泥まみれになった毎日も、バキバキに折れそうだった腰の痛みも、全部吹き飛んでしまった。


やってよかった……!本当に、頑張ってよかった……!


「さあみんな!感涙に浸るのは後!美味しいお米を食べるために、稲刈りを始めるよー!」

「「「おーっ!!!」」」


そこから始まったのは、怒涛の【地獄の稲刈り作業】だった。 


鎌を手にして一株一株刈り取り、束ねてハザ掛けにし、秋風に当てて乾燥させる。早朝から日が暮れるまで、休みなく続く重労働。……けれど、私を含めて、誰一人として嫌な顔をする者はいなかった。疲れたら笑い合い、お互いを励まし合いながら、汗を流す。収穫の喜びが、全員の体を突き動かしていたのだ。

乾燥させた稲は、脱穀し、選別され、ズシリと重い米俵へと詰め込まれていった。


最終的に組み上がった米俵の山を前に、村長が震える手で数を数えた。


「に……二百俵……!!」


村長の声がひっくり返った。 


「二百俵だと……!?例年のこの村の収穫は、せいぜい十俵……!に、二十倍ではないか!!」


千坂さんが叫んだ。

ひとつの小さな村で、一気に二百俵。当時の越後においては、まさに天文学的な数字、奇跡的な大豊作だった。


「よし!このお米の一部を……いよいよあそこへ運ぶわよ!」


私は収穫した玄米の一部を袋に詰め、川のほとりに完成した『水車小屋』へと運び込んだ。


「熊さん、動かして。」

「おうよ!任せときな!」


大工の熊五郎さんが固い木製レバーを引くと、豪快な水の音とともに、川の中に設置された巨大な水車がギギギと音を立てて回転を始めた。

軸が回り、カムが押し上がり――ドスン!ドスン!ドスン!と地響きの様な振動と重い音が響く。


「きゃああっ!?」


小間使いの梅ちゃんが飛び上がって悲鳴を上げた。

水車の回転に合わせて、四本の巨大な木製の杵が、全自動でリズムよく臼の中の玄米を突き始める。


「ひ、姫様ぁぁぁ!木が……木が勝手に動いてお米を突いております!化け物です!」

「化け物じゃないよ。これが『水車精米』って言って人間が力を使わなくても、川の力でお米のぬかを削り取ってくれるの!」


数時間後。

臼の中から取り出されたのは――真っ白に輝く、宝石のようなお米(白米)だった。


「な……真っ白……!?お米が、雪のように白い……!?」


梅ちゃんが信じられないものを見る目で、その白い粒を凝視していた。


その日の夕刻。春日山城。

二百俵という脅威の収穫報告と、納められた圧倒的な米の量に、春日山城内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

大広間にて、輝虎は輝くような笑みを浮かべ、私を讃えた。


「見事だ、葵。小さな一村で二百俵もの米を収穫し、さらに沿岸の水害を完璧に抑え込んでみせた。家臣一同、葵の偉業に言葉も固まるほどだ。」

「天女殿……いや、葵様!非礼をお許しくだされ!貴女様こそ、我が上杉家を……越後を導く真の光にございます!」


直江さんや本庄さん、甘粕さんたち重臣が、一斉に平伏した。もはや誰一人として、私を疑う者などいなかった。


「ふふふ……喜んでもらえてよかったです。実は、もう一つ、皆さんに召し上がっていただきたいものがあるんです。」


私はニカッと笑うと、後ろに控えさせていた梅ちゃんと給仕たちに合図を送った。


「皆さんに、私の本当の『目的』……そして、水車精米によって生まれた『最高の宝物』を召し上がっていただきます!」


重臣たちの前に、恭しく蓋つきの漆器の椀が運ばれていく。


「葵、これは……?」


輝虎様が尋ねる。


「輝虎様、蓋を開けてみてください。」


お館様がそっと塗りの蓋を開けた。

ぽわん――……。その瞬間、香ばしい、甘い、米特有の甘やかな湯気が広間に広がった。そこに盛られていたのは、一粒一粒が立つようにツヤツヤと光り輝き、まるで削りたての真珠のように真っ白に炊き上がった、『白いご飯(白米)』だった。


「な……なんだ、この美しさは……!?」

「米が……白い……!?雑穀もぬかも、一切混ざっておらぬ……!?」


重臣たちが息を呑む。

私が戦国時代にタイムスリップしてから、泥に塗れ、腰を痛め、ずっとずっと夢にまで見続けた……本物の白米。


「輝虎様、皆様、召し上がってください。これが私が欲しかった『白米』です。」


輝虎様は静かに箸を伸ばし、真っ白なご飯をひとすくいして、口へと運んだ。

ハシ……モグ……。

噛み締めた瞬間、お館様の瞳が大きく揺れた。


「……!甘い……っ!なんという甘み、なんという瑞々しさ……!噛むほどに米本来の豊かな味わいが口いっぱいに広がる……!これが……これが『米』というものなのか……!?」

「美味い……!なんだこれは、今まで食べていた米とは完全に別物だ……!」

「雑味がない……!いくらでも食べられるぞ……!」


広間じゅうから上が歓声と感動の悲鳴。

柿崎さんも直江さんも、なりふり構わず白米を口へと運び、涙ぐみながら噛み締めている。輝虎様は椀を手に持ったまま、私をまっすぐに見つめた。その美しい瞳には、深い感動が溢れていた。


「葵……お前は、これほどまでに尊きものを……我ら越後の民に与えてくれたのだな……。」

「…ただ、私が食べたかったんです。…でも、この越後の皆さんがお腹いっぱい美味しいご飯を食べられる様になったなら…嬉しいです。」


輝虎様は何も言わ様に穏やかな笑みで静かに頷いてくれた。そして、私も自分の椀に盛られた白米を一口、口に放り込んだ。

もぐ……もぐ……。


ツッ!!――美味しい……っ!!


噛み締めた瞬間、お米の優しい甘みが舌の上に広がった。ホカホカで、ツヤツヤで、甘くて、柔らかい。現代で当たり前に食べていた、けれど戦国時代では何にも代えがたい最高の白米。ぽろりと、目から涙がこぼれ落ちた。


食べたかった……!ずっとこれが食べたかったの……!ばあちゃん、私……戦国時代で美味しい白米が食べられたよ……!!


「葵、なぜ泣くのだ……?」


輝虎様が驚いた様に箸を止めた。


「ただ…嬉しくて……美味しくて……!」


泣き笑いする私を、お館様は包み込むように優しく微笑み、私の手をそっと握りしめてくれた。


「感謝する、葵。お前がこの地に与えてくれた実りは、我が越後の未来を永遠に変えたのだ。……まさに、そなたは天が与えし吉祥天女だ。」


お館様の温かい手のぬくもりに包まれる。それに、泣き笑いで答えながら、私は今日食べた白米の味を決して忘れないと思った。




白米の感動的なお披露目から数日後。

春日山城の奥深くにある輝虎様の執務部屋に、私は呼び出されていた。部屋には輝虎様だけでなく、直江さんや千坂さん、柿崎さんまで揃っており、重々しい雰囲気が漂っている。


「……葵。」


輝虎様が、真剣そのものの瞳で私を見つめた。


「お前が越後にもたらした功績は、もはや計り知れん。……だが、それゆえに『最大の危機』が訪れた。」

「えっ……危機……ですか?」


私は思わず首をかしげた。

治水も成功したし、米も大豊作だったし、みんなで美味しく白米を食べたばかりなのに?言葉の意味を理解出来ないでいると、直江さんが重々しく口を開く。


「葵様。……貴女様のお持ちの知識、そして治水や農業、精米を劇的に変える仕掛け……これらは周辺国から見れば『一人で十万の大軍に匹敵する価値』にございます。」

「じ、十万……!?」


「左様」と千坂さんも深く頷く。


「甲斐の武田信玄、相模の北条氏康、尾張の織田信長……彼ら他国の雄がこの事実を知れば、どう動くか。喉から手が出るほど貴女様を欲しがり、拉致・誘拐を企てるか……それが叶わぬと知れば、我が上杉の脅威となる前に『刺客を放って殺す』でしょうな。」


……ひえっ!!

背中にサーッと冷や汗が吹き出した。暗殺や誘拐をされるほどの事をした覚えはない。私はただ米を使って野菜を育てただけだ。


「いや、暗殺とか無理です!私、武道とか一切やったことないですし、刺されたら普通に死にますよ!?」


ガタガタと震える私に、輝虎様は優しく、けれど絶対に引き下がらない強い口調で言った。


「案ずるな、葵。お前を指一本たりとも他国に触れさせはせん。そのために、二重の警護を布くこととした。」


そう言って輝虎様が拍手を打つと、部屋の襖が静かに開いた。入ってきたのは、二人の威風堂々とした若い武士だった。ひとりは背が高く、肩幅の広い、いかにも鍛え上げられたフィジカルの持ち主といった感じの青年。もうひとりは、筋の通った鼻立ちに涼やかな目元をした、品のある若武者だ。


「葵、彼らは我が身辺を守る『馬廻衆(うままわりしゅう)』から選り抜いた者たちだ。」


輝虎様の説明では、馬廻衆とは、大名の身近を守る武士の事で、派手で堂々とした大男たちが周囲をバシッと固めることで、並の暗殺者や誘拐グループに「手が出せない」と諦めさせる威嚇効果と、周囲に「このお方は上杉家の最高重要人物である」と知らしめる役目を持つらしい。


「お初にお目にかかります! 荒川伴次郎(ともじろう)にございます!」


威勢よく声を張ったのは、体格のいい青年だ。川中島で信玄を急襲したという猛将・荒川長実の次男坊らしい。


「お館様がお守りせよと仰ったからには、俺の命に代えても葵様をお守りいたします!何なりとお言いつけください!」


続いて、品のある若武者が静かに頭を下げた。


「色部弥三郎(やさぶろう)と申します。揚北衆・色部が一族にございます。葵様のお手足となり、陰になり日向になりお支えいたします。」


「さらに――」と輝虎様が声を低くして告げる。


「表の護衛に馬廻をつけつつ……『軒猿(のきざる)』を常に葵の影に配置する。」


の、軒猿……!?なにそれ?聞いたことはある気がするけど…?


「軒猿は我が上杉の忍びだ。目に見えぬ影となり、毒見、不審者の警戒、そして何より『情報の遮断』を行う。葵、お前の周囲に不審な間者が近づけば、彼らが暗闇の中で即座に処理する。お前の身の安全は、この輝虎が完全に保障しよう。」

「は、はいっ……。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします……。」


自分の命が狙われているかもしれないと知った私は、頭を下げてお礼を告げた。ボディガードの様な人多々がついてくれるなら安心だ。


……しかし、この完璧すぎる厳重警護には、ひとつ大きな「副作用」があった。


「……ねえ、これ……ちょっと大袈裟すぎない……?」


数日後。村へ向かう街道の上で、私は引きつった笑顔を浮かべていた。

私の乗っている馬は、輝虎様が「天女にふさわしい最高級のものを」とわざわざ用意してくれた、煌びやかな金銀の飾りが施された見事な毛並みの馬。その左右を、ピシッと煌びやかな甲冑を着込んだ馬廻の若武者――荒川伴次郎くんと色部弥三郎くんが、巨大な槍を携えてガッチリガードしている。さらに後方には数名の兵士がズラリと列をなし、周囲の木々の影には気配を消した軒猿さんたちが潜んでいる(らしい)。

春日山城から農村へ向かうだけの移動なのに、完全に大名行列か神様の『お出まし』イベントになってしまっている!


「葵様。道中に怪しい気配はございません。ご安心を!」


伴次郎くんが胸を叩いて豪快に笑う。


「伴次郎、声を張るな。葵様がお困りだろう」と弥三郎くんが呆れ顔で嗜めるが、「……とはいえ、葵様。お身内を守るためでございます。どうかご容赦を。」と満更でもない様子だ。


「う、うん……二人ともありがとうね……。」


村へ到着すると、さらにえらいことになっていた。


「あ、ありがたや……!天女様のお出ましだーっ!」

「お馬廻様を引き連れて、神様が降臨されたぞーっ!」 


村人たちが道路の両脇にひれ伏し、拝むように手を合わせているのだ。

治水工事で洪水を防ぎ、椎茸や新種の野菜を実らせ、さらに例年の5倍という奇跡の白米をもたらした私。

農民たちからしてみれば、もはや「本物の神様(吉祥天女)」として映るのも無理はない。そんな『本物の神様』扱いされている私が、豪華な飾り馬から軽やかに飛び降り、屈強な馬廻衆を引き連れて泥田や畑の中にズカズカ入っていき、腕まくりをして指導を始めるのだから、村人たちの感動と狂乱はピークに達していた。


「天女様が自ら泥に足を突っ込んでくだされるなんて……!」

「俺たちも命がけで働くぞーっ!」 


村の結束力と生産性が、護衛がついたことで謎の爆上がりを見せていたのだった。


そしてその日の夜。

無事にすべての米の収穫と精米、そして秋の作業が一区切りついたことを祝して、村で盛大な【秋の収穫祭】が催されることになった。

村の中央に大きな焚き火が焚かれ、老若男女が集まる。かつての村の宴といえば、ひえやあわを煮た薄くて味のない雑穀スープでお茶を濁すのが常だった。しかし、今年の宴は全く違う。


「さあみんな!今日は無礼講!お腹いっぱい食べてねー!」


私の掛け声とともに、豪華な料理が次々と運ばれてくる。大鍋で炊き上げられたのは、ツヤツヤと湯気を立てる『真っ白な白米』。椀に注がれたのは、山で採れた新鮮な椎茸から贅沢に出汁をとった、芳醇な香りの味噌汁。さらには、畑で採れたホクホクのジャガイモ、甘いカボチャ、甘みのある玉ねぎやキャベツの煮物や炒め物。

そして極めつきは――秋の作物を荒らしに山から下りてきたところを、伴次郎くんたち馬廻衆が見事に狩ってくれた鹿や猪の肉料理だ。

この時代は、あまり動物の肉を食べる機会が少ないと梅ちゃんは言っていたけど、栄養バランス的にはしっかり摂取した方がいい。野生動物を狩るよりは、ばあちゃんの家の近所でやっていたみたいに、養鶏や酪農を勧めるのもいいかもしらない。…牛乳も飲みたいし卵も食べたい。


「うんまあああいっ!!」

「お米が甘い! 味噌汁の出汁が美味すぎる!」

「お肉が柔らかくてジューシーだぁぁぁ!」


村人たちが涙を流しながら、夢中で料理にかぶりつく。子供たちは口の周りを真っ白な白米だらけにしてニッコニコで笑い、おじいちゃんおばあちゃんたちは「長生きして良かった」と泣き合っている。


「すげえ……!葵様、このお米も味噌汁も、めちゃくちゃ美味いです!」


普段は凛々しい護衛の伴次郎くんも、どんぶり一杯の白米をバクバクと勢いよく平らげ、目を輝かせていた。


「本当に……素晴らしい味です。」


弥三郎くんも上品に、けれど箸を止めることなく頷く。


「このような温かく豊かな宴、越後のどこを探してもございません。葵様……貴女様は本当に、この地に奇跡をもたらされたのですね。」

「ふふん、でしょ!」


笑顔あふれる村の人たちと、お腹いっぱい食べて幸せそうなみんなの顔を見て、胸がじーんと温かくなっていった。


……だが。

料理を食べていた私にふと『現代人のワガママな欲求』が顔をもたげた。


味付けが、どうにも限られていて物足りない。……やっぱり、醤油が欲しい。塩と味噌だけの味付けも素朴で美味しいけれど、やっぱり肉料理や焼き魚には香ばしい醤油を垂らしたい。白米にちょっと醤油を垂らして、たまごかけご飯にしたり、香ばしい焼きおにぎりにしたりしたい。味噌があるなら……大豆を発酵させて作る『醤油』だって作れるんじゃないの?


私は宴の賑やかさから少し離れ、物陰でこっそりスマホを取り出した。


タッピー、味噌があるなら、醤油ってこの戦国時代でも作れるよね!?


頭の中で問いかけると、タッピーは即座に、そして頼もしく回答してきた。


『回答します。醤油の原形である「たまり醤油」や「薄口・濃口醤油」は、大豆、小麦、塩、そして麹菌(こうじきん)を用いて作成可能です。実は戦国時代末期から江戸時代初期にかけて醤油の生産技術が広まり始めます。現在の越後には大豆と塩、そして味噌作りの技術が存在するため、現代の醸造知識を応用すれば、芳醇で高品質な「自家製醤油」を完全先取りで醸造可能です』


完全先取り醸造!

画面に表示される『戦国時代で作る熟成醤油のレシピ』。


「よしっ……!」


私は拳を握りしめた。


「白米を手に入れた次は……『醤油』。美味しい醤油を作って、来年はもっと最高の食卓にしてやるんだから!」

「葵様?何を一人でニヤニヤしておられるのですか?」


後ろから弥三郎くんが不思議そうに覗き込んできた。 

「なんでもないよ。ねえ弥三郎くん、この村で大豆ってたくさん育つかな?」

「大豆……ですか?ええ、それなりに作られておりますが……。」

「よーし!明日から『大醤油造りプロジェクト』始動よー!」

「「ええぇぇぇ!!???」」


伴次郎くんと弥三郎くんの叫び声が、秋の夜空に響き渡った。

最重要人物(ターゲット)として強力な護衛をつけられつつも、私の「食への探求心」と「戦国農業革命」は、まだまだ留まることを知らないのだった。


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