4. 芽吹く未来と、軍神の微笑み
「はあぁぁぁ……!腰が!私の腰がバキバキに砕け散る……っ!」
春のやわらかな日差しが注ぐ田んぼの真っ只中で、私は叫びそうになるのを必死にこらえていた。
連日の農作業。手元のスマホを頼りに、まずはタッピーの指示通りに種籾の「塩水選」を行い、しっかりと身の詰まった種だけを選別した。それを温水に浸けて発芽を揃え、苗代に丁寧に種を撒いたのが数日前。
そして今は、治水工事によって水はけが劇的に改善された田んぼへ近所の川から綺麗に整備した用水路を引き込み、水を入れて「代掻き(しろかき)」を行っている最中だ。
牛に引かせた鍬や、村のみんなと一緒に大きな木製の道具を使って、泥と水をまんべんなく混ぜ合わせ、田んぼの表面を平らに均していく。
あ、足が重い……!
泥に脚をとられて一歩進むだけで体力がガリガリ削られていく。デスクワーク中心のOLにこの重労働は死んじゃうよ。
「姫様!お顔が泥だらけでございますよ!ああっ、手ぬぐいをお使いくだされ!」
農民服を着て、私と同じように裾をたくし上げた梅ちゃんが慌てて駆け寄ってくる。最初は「姫様が泥に塗れるなんて!」と泣いていた梅ちゃんも、今ではすっかり頼もしい相棒だ。
「ありがとう梅ちゃん……。でもね、この代かきを妥協したら、水の深さがバラバラになってお米の育ちにムラができちゃうの。妥協は死……白米のために、私は負けない……!」
「ひ、姫様……!お米への執念が凄まじすぎて恐ろしいです……!」
ぜぇぜぇと息を吐きながら、なんとか田んぼ一区画の代かきを終えた時、村の年配の女性が笑顔で声をかけてくれた。
「葵様、大変なお仕事でございましたな。どうぞ、我が家でお昼を食べていってくだされ。」
「えっ、いいんですか?ありがとうございます。」
美味しいご飯の誘いに、私は二つ返事で飛びついた。
――だが。招かれた村人の家で出されたお昼ご飯を見て、私は思わず絶句した。
小さな木の器に盛られていたのは、お米なんて一粒も入っていない、薄い灰色の「雑穀の粥」。具材は塩揉みしただけの硬い野草の葉が少し入っているだけで、出汁の味すらしない。
「どうぞ、何もおもてなしできませぬが……。」
申し訳なさそうに頭を下げる村のおばあさん。その隣では、小さな子供たちがその薄い粥を、いとおしそうに、大事そうに一口ずつ舐めるように食べていた。
……あ…。
その光景に喉の奥がツンと痛くなった。
自分が「白米が食べたい」「美味しいものが食べたい」と我慢できずにキーキー騒いでいたのが、なんだか猛烈に恥ずかしくなった。
この人たちは、ずっとこういう生活をしてきたんだ。春先のこの時期は前年の蓄えも底をつき、毎日のように空腹と戦いながら、泥に塗れて働いていたんだ。
……決めた。
私は手に持った木匙を握りしめ、心の中で大きなスイッチがカチリと入るのを感じた。
自分のためだけじゃない。絶対に、絶対にこの稲作と野菜作りを大成功させて……この村の人たち全員に、ツヤツヤの温かい白米を、お腹いっぱい食べさせてやるんだから……!!
「いただきます!」
私は一口一口、噛み締めるようにその質素なお粥を胃に流し込んだ。胸の奥で、炎のような情熱がメラメラと燃え上がっていた。
それからの私は、まさに憑き物が落ちた……いや、憑き物がついたような集中力で動き回った。
田んぼの準備と並行して、日当たりの良い高台の土地を耕し、広い【畑】を開墾した。
持ってきた『ジャガイモの種芋』を切り分け、切り口に草木灰をつけて土に植え付ける。さらに『玉ねぎの苗』を一本一本丁寧に刺し、『カボチャ』『ほうれん草』『キャベツ』の種を規則正しく撒いていった。
「あ、葵様……!このゴツゴツした丸い根っこ(ジャガイモ)は一体何でございますか!?」
「この細い草(玉ねぎ苗)から、本当に甘い丸い野菜が育つのですか!?」
見たこともない現代の種や苗に、村人たちは目を丸くして驚いていたが、私が熱意を込めて「これはね、すごく美味しくてお腹に溜まる最高のお野菜なの! みんなで育てよう!」と呼びかけると、みんな目を輝かせて協力してくれた。
最初は監視の目を光らせていた柿崎さんの兵士たちも、私と村人たちが一丸となって汗を流す姿に毒気を抜かれたのか、いつの間にか「おいおい、そんな植え方じゃ曲がるぞ!」なんて言いながら鍬を握って手伝ってくれるようになっていた。
気がつけば――春の終わりの荒涼としていた村の周りには、見渡す限りの整然とした【広大な田んぼ】と、青々とした畝が美しく並ぶ【大農園】が広がっていたのだった。
「ふぅ……。これで田んぼと畑の第一段階はバッチリね!」
汗を拭いながら、ふと屋敷の軒下に置いてあった自分の荷物に目を留めた。そういえば……ホームセンターでばあちゃんと買った『椎茸の原木3本』。
……待てよ?
原木があるってことは、椎茸ってこの時代でも増やせたりするのかな?
私はスマホを取り出し、コソコソとタッピーに問いかけた。
タッピー! 椎茸って、この戦国時代でも人工的に栽培できるの?
『回答します。戦国時代の椎茸は、まだ人工栽培の方法が確立されておらず、山に自然に生えているものを採るしかない「超・高級食材(貴族や大名への献上品)」でした。歴史上、人工的な栽培(原木に傷をつける方法)が始まるのは江戸時代初期のことです。
しかし、手元に椎茸(胞子)があり、現代知識があれば、戦国時代の越後で「原木栽培」を完全先取りできます』
えええっ!? 戦国時代の椎茸って超・高級食材なの?松茸レベルってこと!?
タッピーの回答はさらに続いた。
『越後の環境は「椎茸に最適」です。椎茸が育つには「適度な湿気」と「直射日光が当たらない涼しい環境」、そしてクヌギやコナラ、ブナといった「広葉樹の木」が必要です。豪雪地帯で山林が豊かな越後は、まさに椎茸栽培のユートピアです。
【現代知識チート:原木栽培のやり方】
* 冬の間にブナやコナラの木を切り倒し、適切な長さに切る(原木)。
* 木に穴を開け、手元にある椎茸の胞子(菌)を植え付ける(当時はドリルがないので、水車パワーで作ったノミやキリで穴を開けます)。
* 風通しがよく、湿気のある木陰(林の中)に並べて寝かせる。
【結果どうなる?】
他国が命がけで山を探し回って数個採っている間に、上杉領内では「狙った場所に、狙ったタイミングで、大量の椎茸がニョキニョキ生えてくる」という奇跡が起きます。これを乾燥させて「干し椎茸」にすれば、旨味成分(グアニル酸)が爆発的に増え、超長期保存が可能な最高級の輸出品(陣中食)になります』
…なにそれ…最高だわ。
私は嬉々として拳を握りしめた。
「村のみんなー!丈夫な男の人、何人か手伝って!山に最高のお宝(椎茸農園)を作るよー!」
「「「おーっ!!」」」
すっかり私を信頼してくれている村の若い男たちを数人引き連れ、私は村の裏山へ入った。
タッピーの指示通り、日陰で湿気の豊かな開けた場所を選び、切り出してきたブナやコナラの原木を並べ、手元にあった椎茸の原木から菌を移すように加工していく。
「葵様……本当にこんな木切れから、あの高級な椎茸が生えてくるのですか……?」
「ふふふ、秋になったらびっくりするから見ててね!」
ニッコリ笑う私。ここに、日本初の『完全管理型・椎茸栽培プラント』が誕生した瞬間であった。
その頃――春日山城の大広間。
重臣たちが一堂に会する場にて、定期報告に訪れた小間使い・梅からの文を読み上げていた直江景綱が、あまりの衝撃に文を二度見していた。
「こ……これは……一体……!?」
「どうした直江、文になにか不吉なことでも書かれておったか?」
豪快に尋ねたのは、重臣のひとり本庄繁長だ。その隣では甘粕景持や斉藤朝信ら名だたる武将たちが首をかしげている。直江は震える手で文を握り直し、深々と溜息を吐いた。
「皆、心して聞け……。天女殿が下されたあの村にて……『高級食材である椎茸の人工栽培』が始まったとのことだ。」
「「「はぁぁぁぁ!!???」」」
大広間に怒号のような叫びが響き渡った。
「椎茸だと!?あの山にたまにしか生えぬ、公家や大名への献上品たるあの椎茸を……育てるだと!?」
本庄繁長が目を剥く。
「それだけではない!」と直江は文を指差した。
「畑には見たこともない野菜の苗が青々と育ち、田には落ち葉や灰を混ぜた妙な肥(肥料)が大量に撒かれ、幾度も『代掻き』が行われておるとのこと。さらに村人総出で整然と田畑を管理しておるらしい……!」
「なんとも……面妖な……!」
甘粕景持が唸るように呟き、斉藤朝信も「他国の間者どころの騒ぎではないな。もしや本当に……」と絶句している。監視役として村に残っている柿崎景家からの定期連絡でも、「天女殿の指揮は見事というほかなく、兵たちも自発的に農作業を手伝っておる」という信じられない報告が届いていたのだ。
家臣たちの間に動揺と驚愕が広がる中――。
上座に座る越後の主、上杉輝虎(謙信)だけは、静かに、そして誇らしげに微笑んでいた。白い頭巾から覗く美しい顔立ちに、心からの愛おしさと尊崇の念を浮かべ、輝虎はゆっくりと立ち上がった。
「見よ、皆。これが葵の真の姿だ。」
輝虎の凛とした声が、静まり返った広間を包み込む。
「葵は己の利益のためではなく、ただこの越後の民を慈しみ、飢えから救うために、天界の知恵を惜しみなく授けておるのだ。……言ったであろう。葵は我ら越後の国を救うために毘沙門天様が遣わされた、真の『吉祥天女』なのだと。」
「……っ!」
輝虎の揺るぎないお言葉に、重臣たちはぐうの音も出ず、ただただ深々と頭を垂れるしかなかった。
そして――それから数週間後。
春日山城に、さらなる大ニュースが飛び込んできた。
「ご、報告いたします!天女殿と千坂様が進めておられた川の治水工事……ついに、すべて完了いたしました!!」
使者の叫び声に、広間がどよめく。
「さらに!先日、山から激しい春の泥流が押し寄せましたが……天女殿の作られた『霞堤』と『聖牛』が見事に水をいなし、川の氾濫を完全に防ぎきりました!沿岸の田畑、被害ゼロにございます!!」
「「「な……なにぃぃぃぃ!!??」」」
今までは大雨や雪解けのたびに必ず氾濫し、数千石の被害を出していた悪魔のような川が、完璧にコントロールされたというのだ。
「被害ゼロ……だと……?あの大川が……?」
直江景綱が和紙を落とし、本庄繁長や甘粕景持は開いた口が塞がらない。
「す、すさまじい……。治水を制し、豊かな田畑を作り、高級な味覚まで生み出すとは……!」
「もはや『天女様』と呼ぶほかあるまい……!」
かつて葵を「他国の間者」「怪しい妖術使い」と疑っていた重臣たちの瞳から、疑念の影は完全に消え去っていた。そこに残っていたのは、純粋な驚嘆と、深い敬意だったのだ。
一方、その頃の私は…。
「よし、今日も田んぼの水加減はバッチリね!」
治水工事が無事に成功したと知った私は、村の綺麗に整備された用水路を背に、泥にまみれた作業着のまま背伸びをしていた。
よしよし!川の氾濫も防げたし、苗代の稲も順調に育ってる。椎茸の原木もいい感じだし、ジャガイモやキャベツの芽も出てきた!
順調すぎる展開に、私の口元は緩みっぱなしだ。
「姫様ー!お昼ですよー!」
「はーい!」
梅ちゃんの呼ぶ声に、私は笑顔で駆け出した。
待っててね、みんな。
秋になったら、絶対にこの越後で……お腹がはち切れんばかりの黄金色の白米と、美味しいおかずをみんなで食べるんだから。
周囲の期待と尊敬を加速させながら、私の戦国サバイバルは、秋の収穫へ向かって怒涛の勢いで突き進んでいくのだった。
「――あぁぁぁぁ!腰が折れる!私の腰骨が今、確実に悲鳴を上げている……っ!」
夏の陽気が差し込む田んぼの真っ只中で、私は股を開いて腰を落とした姿勢のまま、絶叫していた。
田植えである。
タッピーの指示に従って、木枠をガラガラと回転させて泥の上に整然とした格子状の目印をつける『枠回し』を村の大工に作ってもらい、これによって、苗を真っ直ぐ、均等な間隔で植え付けられるようになった……のは大大きな進歩だった。しかし、そこからが真の地獄の始まりだったのだ。
手作業での苗植えは、腰を折り曲げたまま延々と後ろへ下がっていく地獄の単純労働。それだけならまだしも、稲がすくすくと育ち始めると同時に、大量の『雑草』と『害虫』という悪魔の軍勢が押し寄せてきた。
「姫様、あちらの田んぼにも草が生えてきております!」
「分かった、今行く!」
農薬のない戦国時代、除草作業は完全に人力だ。ドロドロの泥に足を取られながら、腰をかがめて雑草を根こそぎ抜いていく。さらには、タッピーに教えてもらった『害虫対策』――油を田んぼの水面に垂らして害虫を叩き落とす作業や、毎日の水温・水量の微調整。
治水工事が完了したとはいえ、水管理を怠れば一瞬で稲は病気になったり枯れたりしてしまう。
連日の早朝から日が暮れるまで田んぼと畑にへばりつく生活。春日山城から村までは馬で片道小一時間ほどかかるのだが、あまりの過酷さに往復の時間が惜しくなり、私はついに村にある空き屋敷に寝泊まりすることを決めたのだった。
着替える時間も往復の時間ももったいない。稲の成長は一刻を争うんだから、ここに泊まり込んだ方が絶対効率がいいでしょ。
――だが。
その「村への泊まり込み」を開始して三日目の夕方。
村の入口に、恐ろしく絢爛豪華な一団がやってきた。
漆黒の青毛馬に乗り、白巾を頭に纏った美丈夫――輝虎様本人が、冷や汗をかいた柿崎さんや千坂さんを引き連れて、直々に乗り込んできたのだ。
「葵。」
馬から降りた輝虎様は、泥と汗にまみれた私の前に歩み寄ると、その美しい眉を悲しそうにひそめた。
「城に戻らぬと聞き、心配して来てみれば……まさか、このような質素な屋敷に寝泊まりしておったとは。」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。屋根もありますし、村のみんなも優しいので快適です。」
私は笑顔で答えたが、彼はは首を横に振る。その深みのある美しい瞳に、痛々しげな光が宿っていた。
「……ならぬ。」
初めて、輝虎様がが明確に私に「否」を唱えた。
「葵、お前は我がもとに降臨せられし吉祥天女なのだ。そのような粗末な家屋に神仏たるお前を留めおくなど、この輝虎、神罰を恐れぬ不敬の極み。何より……私の心が痛む。」
お館様は大きな手を伸ばし、私の泥のついた頬を、壊れ物を扱うようにそっと撫でた。その手は驚くほど優しく、温かい。
「頼む、葵……城へ戻ってくれ。お前が無事に、心地よく過ごしてくれることこそが、私の何よりの願いなのだ。」
――っ!?
至近距離で拝む、美丈夫の「本気の懇願」。しかも真面目で一途な「あなたを大切にしたい」という熱意が、ビシビシと伝わってきて胸がバクバクと跳ね上がる。
や、やばい……!顔良すぎ、声良すぎ!こんな真顔で優しくお願いされたら、「嫌です」なんて言える人類存在しないから!!
「う……うぐぐ……わ、分かりました……。…毎日、城から通います……。」
顔を真っ赤にした私は、あえなく撃沈してしまった。
こうして私は、お館様の過保護なまでの優しさにより、毎日春日山城と村を往復する生活を余儀なくされたのだった。
そうして、季節は夏から初秋へかわり、懸命な世話の甲斐あって、畑の野菜たちは大豊作だった。
丸々と太ったジャガイモが土の中からゴロゴロと収穫でき、甘い玉ねぎや青々としたほうれん草、キャベツ、そしてカボチャが食卓を彩る。
村の人たちは「こんな美味しい野菜、生まれて初めて食べた!」と涙を流して喜んでくれた。田んぼの稲も、青々とした茎を伸ばし、順調に穂をつけ始めている。
ふふふ、もうすぐ秋……。ついに黄金色の稲穂が実り、憧れのツヤツヤ白米が食べられる……!
畑の畝に腰掛け、ホクホクの蒸しジャガイモをかじりながら、私は一人でニヤニヤと妄想に浸っていた。
……だが。
ここで、私はふと、重大すぎる問題に思い当たった。
……待って?
お米って……収穫したら、そのまま炊いて食べられるんだっけ……?
いや、違う。
稲を刈り取って、干して、脱穀して……そのあとに『精米』をしなきゃいけないんじゃないの?玄米の周りの硬いぬかを削り取って、初めて私たちが知る「白米」になるんじゃなかったっけ!?
背中に冷や汗がタラリと流れた。
私は震える手でスマホを取り出し、頭の中でタッピーに問いかけた。
タッピー、タッピー! 戦国時代って、精米ってどうやってやるの!?
『回答します。戦国時代における精米は、木臼に玄米を入れ、杵で突いて皮を削る「手突き精米」が一般的です。現代のような精米機はありません。全て人力のため、1升(約1.5kg)の白米を作るのにも数時間、莫大な体力と労力が必要です』
数時間人力で突く!!??
『そのため、当時の白米は極めて価値が高く、精米度の低い雑穀混じりの玄米や粥として食されるのが普通でした。人力のみで村全体の米を精米するのは、現実的ではありません』
マジかぁ…。
がっくりと肩を落とし、私は畑の土の上にへたり込んだ。
……せっかく田んぼを泥まみれで耕して、治水までして、最高の稲を育てたのに……最後精米できなくて白米が食べられないなんて……。
絶望のあまり頭を抱えた私は、気晴らしに村の周囲をトボトボと散歩し始めた。そのまま、村の脇を流れる川へ辿り着く。そこは、治水工事によってしっかりと護岸され、上流からの豊かな雪解け水が、ドバドバと勢いよく流れ落ちているポイントだった。
ザーッと白く泡立つ力強い川の流れ。それをぼんやりと見つめていた、その時だった。ピキーン!と私の脳内に、激しい稲妻が走る。
……流れの速い水。落ちてくる水の力。……これって…。
「水力……エネルギー!?」
私はガバッ身を乗り出した。
「そうだよ!人間が杵で突いて疲れちゃうなら、水の力で突かせればいいんじゃない!?」
川の流れで巨大な車輪を回し、その回転力を利用してギヤや木組みを動かし、自動で杵がドスン!ドスン!と落ちる仕組みを作ればいい。
水車があれば、ついでに用水路へ水汲み揚げるのも自動でできるようになるじゃない!
私はすぐさまスマホを取り出し、画面をタップする。
タッピー!川の水力を利用した『水車小屋』と、自動で米を突く『自動木製精米からくり(水車精米)』の設計図を出して!
『了解しました。江戸時代中期に普及した「水車精米」の基本構造を抽出します。水車の軸にカム(突起)を取り付け、回転に伴ってテコを押し上げ、落とすことで、自動で複数の杵が臼を突く仕組みです。木材と鉄釘のみで建築可能です』
画面に表示される、完璧な三次元設計図と構造解説!
「うん!これならいける!!」
私はスマホを握りしめ、村の腕利きの大工・熊五郎さんの作業場へと猛ダッシュした。
「熊さん!熊さん居る?」
「おうおう、天女様!どうしなさった、そんなに息を切らせて――」
ノミと槌を持った髭面の頑固そうな大工・熊五郎さんが驚いて振り返る。私は作業台の上に大きな和紙を広げ、タッピーの画面を見ながら、勢い任せに木炭で図面を描き殴った。
「熊さん、これを作ってほしいの!」
「な、なんだぁ……?この丸いデカい車輪は……?」
「これはね、『水車』って言ってる川の流れの中にこの巨大な車輪を設置して、水の力でぐるぐる回すの。それで、ここが一番肝心なんだけど――。」
私は興奮気味に、図面の歯車とテコの仕組みを指差した。
「この回転軸に飛び出た木をつけて、水車が一回転するたびに、この大きな木の棒が持ち上がって……手が離れて、ドスン!って臼の中の米を突くの。これを四本並べれば、人間が寝ている間も、川が流れている限り二十四時間ずーっと勝手に精米し続けてくれるのよ。」
「……は?」
熊五郎さんは目を見開き、口をぐうっと開けたまま固まった。
「な、なんだって……?水が車輪を回して……木が勝手に持ち上がって、勝手に米を突くだと……!?」
「そう!それだけじゃないよ。車輪の脇に桶をつければ、川の水を勝手に汲み上げて高い場所の用水路に流すこともできる。名付けて『からくり水車小屋』!」
「か、からくり……水車小屋ぁぁぁ!!???」
熊五郎さんの叫び声が作業場に響き渡った。
持っていたノミが手から滑り落ち、ガラガラと音を立てる。
「て、天女様……!滅茶苦茶だ!そんな、川の力で勝手にからくりが動いて米を突くなんて……そんな化け物みたいな仕掛け、聞いたこともねぇぞ!?」
「滅茶苦茶じゃないよ。理屈は完璧なんだから!ほら、このテコの原理と軸の太さの計算を見て?」
私はタッピーから教えてもらった「強度計算」や「回転数の調整」の理屈を熱弁した。熊五郎さんは頭を抱え、図面と私を交互に見比べ、やがて大工としての目がギランと怪しく光り始めた。
「……待てよ。この軸の突起がテコを押し上げて……離れた瞬間に自重で落ちる……。なるほど、これなら……動く……!本当に動いちまうぞ、おい!!」
「でしょ!?作れる!?」
「作れるかじゃねぇ、作ってみせらあ!! 大工人生かけて、こんな面白いもん作らずにいられるかぁぁぁ!!」
熊五郎さんは興奮で鼻息を荒くし、叫んだ。
こうして、戦国時代の越後に、時代を数百前倒しした『全自動・水力精米所』の建設プロジェクトが始動したのだった。
「見てなさいよ白米……。どんな試練があろうと、私は絶対にツヤツヤの白米を食べてやるんだから!!」
私の食への執念と現代の科学知識が、また一つ、戦国時代の常識を木端微塵に打ち砕こうとしていたのだった――。




