2. 豪華?な夕食と、白米を求めた野望
お堂から連れ出された私は、輝虎――ここでは周囲から「お館様」と呼ばれている彼に導かれ、春日山城の立派な大広間へと案内されていた。
「これより、我がもとに舞い降りた天女殿を引き合わせる。皆、心して控えよ。」
お館様の厳かな声が広間に朗々と響き渡る。
目の前に平伏し、あるいは鋭い眼光をこちらに向けているのは、見るからに強面な武士たちの集団だった。殺気というか、圧がすごい。現代社会でこんな威圧感を放っている人、そうそう見かけないと思う。
「殿、正気でございますか……!?そのような妙な身なりをした女子が、毘沙門天様の遣わした天女などと……!」
開口一番、眉間に深い皺を刻んだコワモテの武将が声を張り上げた。その大きな声が空間を震わせ、矢のような視線が私に突き刺さる。
…疑われるのは、当然だ。見た顔ともない服装の女が、得体のしれない袋を下げて主のと隣に座ってるんだもの。…でも、さすがに視線が痛くていたたまれない。心の中で冷や汗をダラダラ流しながら、私は手元のスマホをそっと操作し、頭の中で直接問いかけた。
タッピー、スキャン機能っていつからついてるの?もし可能なら目の前にいるこの怖そうな人たちって誰かスキャンしてもらってもいい……?
『はい、葵さん。スキャン機能は、先ほど突然アップデート及びインストールされました。詳細は機能制限によりお答えできません。…周囲の人物の顔認証および音声解析を行います。まず、一番手前で声を荒げている強面の男性は柿崎景家です。上杉家屈指の猛将で、単騎駆けの名手として知られています』
「御考え直しください、殿!まずは、某が、その女子を取り調べましょう。」
『今発言した人物は直江景綱。上杉家の内政を支える重臣です。さらに奥にいるのが甘粕景持……以上が、私が確認でいる範囲の人物人物たちです。その結果から、判断するとここにいるんは上杉家の重鎮たちであり、上杉謙信の最も信頼の厚い側近たちです。』
すごい…。歴史に疎い私でも、聞いたことがある名前の人達ばかりだ。
私がタッピ―のスキャン結果を聞いている間も家臣たちからの猛反対は続いていた。
「直江殿の言う通りです!何処ぞの他国の間者、あるいは怪しげな妖術使いの類やもしれません!」
「左様!お館様、騙されてはなりませぬ!」
口々に猛反対する重臣たち。
しかし、当のお館様――輝虎様は、まったく動じる気配がなかった。それどころか、優しくも揺るぎない眼差しで私を一瞥すると、堂々と家臣たちを見下ろした。
「黙れ。葵の放つ気清々しき輝きを見れば、偽りでないことなど明白。それに、葵は天界の神宝を操り、目に見えぬ神託を紡ぐのだ。この輝虎の目に狂いはない。」
輝虎様……。
庇っていただけるのはありがたいですが、理由が『気清々しき輝き』とか『見えない神託』だから、余計に怪しまれてる気がしますよ…?
「しかし……!」と食い下がろうとする柿崎さんを、お館様は一閃するような強い眼光で制した。
「異論は許さん。葵はここ春日山城にて、この輝虎が直々に庇護する。葵に無礼を働く者は、この私への背信とみなす。良いな?」
「……ハッ。畏まりました……!」
輝虎様の圧倒的な覇気に押され、柿崎さんたち家臣は苦虫をかみつぶしたような顔で平伏した。
助かった……のかな?
命の危険はとりあえず去ったみたいだけど、家臣の人たちからの「絶対ボロを出させてやるからな」という視線が痛すぎて、胃がキリキリと痛み出す。私は輝虎様に続いて逃げる様に広間を退出した。
その後、私は城内の一室を与えられた。
「葵、ここでしばらく身を休めるといい。何か望みがあれば何なりと言え。」
そう言って優しく微笑み、輝虎様は去っていった。それからしばらく後、トントンと障子が叩かれた。
「天女様……お食事をお持ちいたしました。」
入ってきたのは、可愛らしい小柄な少女だった。
「あ、ありがとう!えっと、あなたのお名前は……?」
「う、梅と申します……!十四歳になります。お館様にお仕えしておりますが、柿崎様より拝命を賜り、天女様の小間使いとして参りました!」
梅と名乗る少女は、どこかおどおどした様子で膳を置いてくれた。そして、正座で三つ指を付き深く頭を下げる。
「誠心誠意、身命を賭して天女様にお仕えさせていただきます。何とぞ、よろしくお願いいたします。」
「えぇ…__っと、まずは楽にしてもらっていいからね。小間使いってことは私の身の回りのことを色々助けてくれるんだよね。」
「左様にございます。なんなりとお申し付けください。」
14歳の少女とは思えないほど使命感を持った表情。戦国時代ってみんなこうなの?でもな…『柿崎様の拝命』って言ってたし…スパイとか命じられてるのかな。
「とりあえず、その天女様って呼び方はやめてほしいな。私は天女じゃないから。葵っていうの。」
「いえ、恐れ多くも、お名前呼ぶなど私のような卑しき身分の物にはできませぬ。…では姫様とお呼びいたします。」
姫様?!…いや、私今年25歳だけど…、姫って感じじゃないと思うんだよな。でも、戦国時代って身分とか階級とかって煩そうだし、ここで我を通しても柿崎様に変な事報告されそうだし。
「わかった。じゃあ、それでお願いします。梅ちゃん。」
「はい!」
まぁ、梅ちゃんが可愛いからいいか。
「姫様、どうぞ冷める前にお召し上がりください。」
座っていた私の前におかれた膳に向かい合う。どんな夕餉かな?と視線を落とし…そして――凍りついた。
……え?__これ、なに……?
膳の上に乗っているのは、黒い粒が混じった茶色い飯、里芋が入った真っ黒な味噌汁、塩分が効きすぎていそうな漬物と梅干、そして焼いた魚の干物2匹。
戦国時代ってこれが普通なの?…量は、まだ、まだいいとして…この茶色いご飯…は…。
「あ、あの……梅ちゃん?これ、茶色いのって…ごはん…だよね?」
「はい!姫様のために、城でもとびきり上等なお食事を用意させていただきました!今日はひえを混ぜた玄米飯です。」
梅ちゃんは胸を張って満面の笑みを浮かべている。悪気は一切ない。むしろ「ご馳走ですよ!」という顔だ。「どうぞ、お召し上がりください。」と笑顔で進めてきた。
稗と玄米…。白米に慣れ親しんだ私は、今まで一度も食べたことがないそれを恐る恐る一口食べてみる。
プチ、モチ…。
……固い弾力がある。噛み応えもある。…悪くはないけど……糠臭い!!そして、甘みも何もない。味噌汁は出汁の味が薄く、ただ塩辛い。干物はカチカチで板を噛んでいるみたいだった。
いやぁ…無理だわ。用意してもらって大変申し訳ないけど、これは無理です。美味しい白米に慣れ親しんだ現代人に、この雑穀飯と塩辛い味噌汁は拷問に近い。っていうか、今無性に白米が食べたい!ホカホカの、ツヤツヤの、甘くて美味しいお米が食べたい!!
とりあえず、私は25歳の大人として、食事を用意してもらった事への感謝と礼儀として、なんとか完食した。
「お口に会いましたか?」と膳を下げる時に聞いてきた梅ちゃんに、私は何も言えず、ただ笑って頷いた。…明日からもあの食事が続くと思うと…気分が果てしなく沈んでいく。疲れ果てた私は「早く寝て現実逃避しよう……」と部屋の隅を見渡した。
――だが、どこにも布団がない。
「あの……梅ちゃん。お布団って……?」
「ふとん……?あ、お休みのための敷物でございますね!ただいまご用意いたします!」
梅ちゃんが持ってきたのは、薄いござと、硬い木でできた枕のようなもの。そして掛け物としての厚手の打掛一枚。
「……え? これだけ?」
「はい! お館様と同じ、上等な藁畳とござでございます!」
嘘でしょ!?
ふかふかの敷布団は!?温かな掛布団は!?
信じられない思いで、梅ちゃんが下がったあと、私は部屋の隅でスマホを取り出し、タッピーに助けを求めた。
タッピー!
なんで布団がないの?何よりお米が雑穀だらけなの?新潟……越後って言ったら、現代では日本一の米どころじゃないの!?
タッピーは静かに、そして容赦のない事実を脳内に響かせてくる。
『戦国時代には布団という文化はありません。茣蓙や藁を敷いた上に着物をかけて寝るのが一般的です。戦国時代の越後平野は信濃川や阿賀野川がたびたび大洪水を起こす広大な湿地帯であり、洪水に弱く、米の収穫量は非常に不安定でした。そのため、当時の主食は米よりも山間部で獲れるサトイモなどの根菜や、アワ・ヒエなどの雑穀が中心でした』
ええっ……!?あの美味しいコシヒカリの新潟が、昔は湿地帯だったの!?
『はい。ちなみに当時の越後国を支えた最大の特産物が、麻の一種である青苧(カラムシとも呼ばれます)です。越後の多雨で高湿度な気候は、上質な青苧が自生・栽培されるのに最高の環境でした』
青苧……麻か…服の材料だよね?お米じゃなくて麻が特産品だったなんて……。
あまりのショックに、私は頭を抱えてしまう。だが、白米への思いを呆めることはできない。
じゃあ治水工事とかをして水を逃がせば、すぐにお米がたくさん育つようになる?
『はい、治水を徹底的に行うことで、越後はお米が大量に収穫できる「日本一の米どころ」へと激変しました。しかし、それには戦国時代が終わってから約300年以上の歳月と、江戸・明治・大正にわたる大プロジェクトが必要でした。さらに、水を抜いただけでは完璧な田んぼにはなりませんでした。当時の越後平野は、依然として水はけが非常に悪い「泥田」でした。農民たちは舟に乗り、胸や腰まで泥に浸かりながら命がけでお米を作っていました。しかし、お米の質が悪く常に水に浸かっているためお米が病気になりやすく、当時の越後米は「鳥も食べない」と揶揄されるほど、味の悪い低品質なお米だったのです』
……鳥も食べない!?300年もかかるの大プロジェクト!?無理だわ…!今の越後じゃどうにもできない案件だわ…。
絶望のどん底に突き落とされ、硬いござの上に倒れ込み、ゴリゴリの木枕に頭を打ちつける。
白米のない戦国時代。ボソボソの雑穀と、鳥も食べないようなまずいお米。いつ帰れるのかもわからないけど、そんなので日々を過ごすなんて、私には絶対耐えられない!
嫌だ……嫌だ嫌だ!絶対にホカホカのツヤツヤな白米が食べたい!
諦めきれない私は、スマホの検索バーに必死で文字を打ち込んだ。
「戦国時代 治水」「戦国時代 米作り 技術」「泥田 改善」
……何か、何か今すぐに使えるヒントはないの?画面をスワイプしていくと、ある有名な武将の名前が目に飛び込んできた。
……え?
『武田信玄の治水工事』……信玄堤?
検索結果には、武田信玄が甲斐国で行った画期的な治水技術や、田んぼの水はけを良くして乾いた田んぼを作る『乾田』化の技術が書かれていた。
これだ……!
私は興奮気味に頭の中でタッピーに問いかけた。
信玄の治水のやり方と、水を取り除く乾田の仕組みを取り入れて泥田を減らしてさ、そこに現代の米作りの知識……土壌改良とか種もみの選別とかを組み合わせたら、今の越後でもお米の取れ高って上がる?
『解析中……。武田氏の先進的な治水技術(聖牛や霞堤など)を応用して局所的な洪水を防ぎ、排水溝を掘って暗渠排水の簡易版を構築、泥田を「乾田」へと変革した場合――さらに現代の施肥・種もみ管理の手法を組み合わせれば、当時の越後における米の収穫量を2倍以上に激増させられると推測されます』
2倍以上激増!!??
画面に躍る「2倍」という文字に、私の目がカッと見開かれた。
できる……!
現代の300年待つ大工事じゃなくて、今ある技術とアイデアを組み合わせれば、この時代でも美味しい白米が山ほど食べられるようになるんだ!
勝利の道筋が見えた瞬間、体の中に熱いマグマのような情熱が湧き上がってきた。
私はガバッと起き上がり、部屋の隅に置かれた自分の荷物――軽トラの荷台から転がり落ちてきた「現代の遺産」を凝視した。そこには、ばあちゃんとホームセンターで買った『椎茸の原木』3本。芽が出かかった『じゃがいもの種芋』。青々とした『玉ねぎの苗』。そして『かぼちゃ、ほうれん草、キャベツの種パック』。
椎茸の原木があれば、美味しい出汁が取れる! じゃがいもやかぼちゃ、ほうれん草があれば、甘くて美味しい味噌汁やおかずができる! 玉ねぎやキャベツだって育てば食卓が劇的に豊かになる!そして何より、私にはネット無制限のスマホと、優秀なAIアシスタントのタッピーがいる。
「見てなさいよ戦国時代……!」
私は拳を強く握りしめた。
家臣の人たちには「怪しい妖術使い」扱いされている。お館様には「天女様」だと勘違いされている。
でも、そんなのどうでもいい。今の私の目的はただ一つ!
『美味しい白米を腹いっぱい食べて、ふかふかの布団で寝るための農業革命を起こすこと』
「私がこの越後を……日本一の米どころにしてやるんだから!!」
暗い部屋の中で、私のスマホの画面が怪しく光っていた。
翌朝、私は梅ちゃんを伴って、お館様のもとへ「米作りと治水の大提案」をしに突撃することを固く決意するのだった――。




