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1.タイムトラベル!?目覚めたところは春日山


「ばぁちゃん、いくらホームセンターが閉店セールだからって買いすぎたよ?」


軽トラックの荷台に荷物を積み込みながら言えば、曲がった腰をさすりながらばあちゃんはシワを深くして笑った。


「こんな機会でもないと、買えないもんばっかりだかね。ほら、その椎茸の原木なんて半額だよ?しかも、3本セット!種芋や玉ねぎも半額だし、野菜の種なんて三つセットで200円!農家として買わないほうが損だよ。」

「もぅ、歳なんだから無理しないでよ?」

「大丈夫だよ。まだまだ、お爺さんのお迎えは来ないさ。葵ちゃんが手伝ってくれて大助かりだよ。」


ありがとうね。

そう言って、しわしわの手で私の手を撫でる。昔は頭を撫でてくれたその手はもう私の頭には届かないほど、ばあちゃんの体は小さくなっていた。それに少しだけ、寂しさを感じてわざと笑顔を作って見せる。


「いつでも手伝うから、連絡してね。」

「ふふ、さて、ばあちゃんはちょっとトイレに行ってくるよ。蒼ちゃん、悪いけど待ってててね。」

「はーい。」


トイレに向かう婆ちゃんの背中を見送って、荷台の荷物を寄せた。


その瞬間、目の前の風景が残像となって売り路へ吹き飛び、腕時計の針が狂ったように逆回転を始める。やがて周囲の音も歪み、色彩が混ざり合い私は真っ白な光の渦へと飲み込まれた。




……薄暗い。そして、なんだかもの凄く線香臭い。

床の冷たい感触に、私はゆっくりと目を開けた。


……あれ? 私、さっきまでホームセンターの駐車場で……?


頭を激しい目まいが襲う。這いつくばった状態から、なんとか上体を起こした。

床は古い板張り。見上げると、薄暗い堂内の奥に、やたらと厳めしい仏像が鎮座している。

そしてその手前に、一人の男が座っていた。

白い布で頭を包み、墨染めの法衣のようなものを纏っている。身じろぎもせず、端座してこちらを睨み据えているその男は、息を呑むほどに美形だった。冷たく澄んだ、まるで清流のような、けれど肌を刺すような鋭い視線。その綺麗な手が、腰に差した大きな刀の柄にかけられているのを見て、私の心臓は一気に跳ね上がった。


「は?…え、なに?」


状況が理解できずに、混乱する私の横に今度はドサドサッと椎茸の原木など軽トラックの荷台に積まれていた荷物が落ちてきた。


「…⁇」


天井は木の張られた空間で、とてもじゃないけど何かが隠れるような場所などはない。種芋が入ったナイロン袋のホームセンターのロゴが明らかにこの世界では異質なものだと訴えていた。


「おお……。」


突然、その美丈夫が息を呑むような声を漏らした。彼はゆっくりと両手を合わせ、私に向かって深々と膝をつく。

え、なんで土下座!? いや、土下座じゃない、神仏を拝むような、あまりにも神聖な敬意の籠もった眼差しだ。


「まさか、日頃の祈りが通じたか……。毘沙門天の御宝前より降臨せられし、美しき天女様……!」


て、天女様!? 私が!?

思わず、心の中で盛大に突っ込んでしまう。どうやらこの人は、私が突然お堂の天井?から降ってきたのを、神様からの奇跡と勘違いしているらしい。真面目すぎるのか、信仰心が厚すぎるのか、瞳を潤ませてこちらを見上げてくる姿は、美形なだけに破壊力が抜群すぎて直視できない。しかし、感嘆している場合ではない。


ここはどこだ。

私はどうやって帰ればいい?


パニックになりかけた脳みそを無理やりフル回転させ、私は反射的に右手を握りしめた。


「落ち着け、私……! まずは現状把握だ!」


私の手には、なぜか奇跡的に、いつも肌身離さず持っていたスマホが握られていた。しかも画面を見ると、電波のマークは見たこともないほどにバリバリと立っている。おまけにバッテリーは満タンの100%表示。…おかしい。この辺にWi-Fiでも飛んでるのか?それに、ホームセンターにいた時は充電は1/3程度しか残っていなかったはず…。


よし、タッピー、起動!

私はスマホの画面を素早くタップし、お馴染みのAIアシスタントに話しかけた。


今どこにいるのか教えて。

『はい、葵さん。現在の位置情報および周辺の状況をスキャンしますね。』


頭の中に直接響くようなAI――愛称・タッピーの心強い声に驚愕した。

なんで、頭に響いてくるの?ってうか、スキャンって何?今までそんな機能無かったはず!

私の疑問をよそに、タッピーはすぐに地図アプリと現在地の検索画面を開いた。


『ここは、新潟県上越市中屋敷字春日山です。国の指定史跡、および「日本100名城」に選ばれています。主な特徴は、上杉謙信の居城として知られる山城で、山全体を要塞化した壮大な遺構(土塁や空堀など)が残っています――』


機械音声が頭に響く。スマホの地図は確かに新潟県を移していた。


新潟県…?春日山……!?

上杉謙信……?!!


現実逃避するように、私はスマホ画面をスワイプしたりフリックしたりと、懸命に情報を繰った。

――だが、その私の必死な「スマホ操作」が、目の前の美丈夫にとっては全く違う意味に見えていたらしい。


「なんと……!」


彼は、息を呑んで私の手元を凝視していた。


「何もない空中に向け、まるで天の星々を紡ぐかのように指を滑らせ、不思議な軌跡を描いている。目に見えぬ法術、あるいは天界の文字を操っているか?」


ただのスマホ操作に何言ってるんだ?この人は?


「いや、ただスマホを…ほら、あなたもするじゃないですか?」

「すまほ?それはなんだ?…やはり、天界の法術か。」

「え?いや、スマホですよ。スマートホン!あ、もしかしてまだ、ガラケーですか?」

「すまない…。私には天界の言葉がわからん。」


ダメだ…。この人、話が全く通じない。

噛み合わない会話に私はため息をついた。そして、改めて目の前の美丈夫に目を向ける。

法衣を着ているってことは…お坊さんかな?頭も白い布を被ってるし…。不躾に上から下に視線を移せば、腰のところに差してある刀に目が止まった。お坊さんなのに…刀って…必要ある?もしかして、コスプレヤーの人?


「あの、つかぬことをお聞きしますが…撮影をしていらしたんですか?」

「撮影…とは?」

「えーっと…その刀。なんか、戦国武将のコスプレとか…?」


私の言葉に、男の人は刀に手をかけた。


「これは私の愛刀だ。それより、天女殿…。」

「あの、私天女じゃないです。私は鴨川葵です。東京に住んでます。なんか、突然新潟県に来ちゃってて…うまく説明できないんですけど…!」

「天女殿は鴨川…葵…と言うのか。私は上杉輝虎。ゆくゆくは出家して弾正少弼入道謙信(だんじょうしょうひつ にゅうどう けんしん)となる予定だ。」


上杉……輝虎…___謙信……?!


「ま、まさか……あの、戦国武将の…越後の龍って言われてる…上杉謙信…様!」


待って待って待って、上杉謙信って……あの歴史の教科書で見た超有名武将!?

『敵に塩を送る』の!?

テレビの歴史ドラマで見たけど、武田信玄と川中島でバチバチにやり合ってた、あの本物の「軍神」様!?


思考回路がパニックで焼き切れそうだ。

目の前にいる美丈夫は、真面目そのものといった凛とした表情で、まっすぐに私を見つめている。白い頭巾に墨染の衣装、そして腰に差した厳めしい本物の刀。コスプレとかロケとかいうレベルじゃない。纏っている空気が圧倒的に「ホンモノ」なのだ。

いやいや落ち着け!

タイムスリップって何!?それともホームセンターの駐車場で車に跳ねられて死に瀕してる臨死体験!?

冷や汗が背中をタラリと伝う。

脳内で大パニックを繰り広げる私をよそに、上杉謙信――もとい輝虎さんは、心底感動した様子で言葉を続けた。


「まさか、天女殿が我が名をあらかじめ知っておられたとは…。『越後の龍』などと異名で呼んでいただけるのは身に余る光栄。……しかし『ゆくゆくは謙信と名乗る予定』と申し上げたはずだが、なぜ未来の号までご存知なのだ?」

「あ、いや、それは……歴史の、というか……!」


やばい、下手に未来の歴史を語ったら歴史改変とかバタなんよか効果とかで世界が滅びたりしない!? ……まあ、私自身は歴史のテストで赤点回避するのが精一杯のポンコツだから、ぶっちゃけ詳しいこと知らないんだけどさ。……それにしても、タッピーの言っていた通り、ここが本当の春日山だとしたら……私、マジで戦国時代にタイムスリップしちゃったってこと!?


恐る恐る、自分の足元に視線を落とす。

散らばる椎茸の原木。ネットに入った種芋や玉ねぎ。そしてホームセンターのロゴが入ったレジ袋。

……あまりにもシュールすぎる。戦国時代の厳かなお堂の中に、現代のホームセンターのセール品がぶちまけられている図。カオスなんてレベルじゃない。


「その……輝虎様?」

「天女殿が私如きに様は不要です。」

「……いや、私天女じゃないし、まず、どう考えても輝虎様の方がこの世界では偉いので。私は呼び捨てで構いません。」


輝虎様は背筋をピンと伸ばして、まるで上司の命令を待つ新兵のように私を凝視している。その真面目すぎる瞳が美形なだけに圧がすごい。


「えっと、私、本当に普通の人間なんです。会社員……あ、いや、ただの町娘みたいなもので…。神様でも天女でもないですし、空中に文字を書いてたのも、これ……!」


私は手に握りしめたスマホを指差し、必死に説明しようとした。


「この『スマホ』っていう板で、情報を探していただけでして……。」

「なんと……。それこそが、天界の理(ことわり)を映し出す神宝(じんほう)なのか……。私のような凡夫には何も見えぬ……まさに神器よ。」

「見えてない!?これ見えてないんですか!!」

「左様。私には何も見えぬ。」


見えない!?この人には、私のスマホの画面どころかスマホ自体も…!!

ただ何もない空間を、私が真顔でペタペタ、フリックとスワイプしているようにしか見えていない……それって傍から見たら、めちゃくちゃヤバい不審者じゃない!?顔が熱くなるのを感じながら、私は頭を抱えた。


「とりあえず、まずは帰らないと!」


タッピー!私を元の時代に戻す方法とか検索できないの!?

『了解しました。「タイムトラベル 戻り方」「時空の歪み 修復方法」で検索…いくつかのライトノベルが検出されましたが…該当する科学的データは見つかりませんでした』


だよね!!

いや、なんとなく予想はしていたけど……。タイムマシンなんて現代科学でも作れてないし。

絶望でクラクラしてきた私を、輝虎さんが心配そうに覗き込んできた。


「葵……? どこかお苦しいのか? もしや、この下界の汚れた空気が天女であるの御体に障ったのでは……!」

「ち、違います……ちょっと眩暈がしただけで……。」

「おい、誰かある! 薬湯と敷物を用意せよ!」


輝虎さんがお堂の外に向かって声を張ると、すぐに「ははっ!」と凛々しい武士たちの声が返ってきた。行動が早い!そして声がでかい!


どうしよう……完全に大事になってる……! 


「葵、こちらへ。まもなく日が暮れる。まずは城へ向かおう。」


輝虎さんが、信じられないほど優しく柔らかな手つきで私の肩を支えようとしてくれる。

その横顔はどこまでも美しく、凛としていて、それでいてどこか不器用な誠実さに満ちていた。

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