19尾張の覇者と、天女の初陣.
金箔の襖が豪奢な輝きを放ち、絢爛豪華な調度品が整然と立ち並ぶ、美濃・岐阜城の大広間。
そこは、天下布武を掲げて破竹の勢いで進撃を続ける、織田弾正忠信長の本拠地であった。
「――上杉家使節団、御前へ!」
重々しい取次役の声が響き渡り、大広間の漆塗りの扉が滑らかに開かれた。
広間の上座。段上にしつらえられた胡床にドッシリと腰掛け、黒の南蛮羽織をなびかせている男――織田信長。
その両脇には、柴田勝家、丹羽長秀、堀秀政、そして鋭い眼光を光らせる羽柴秀吉、明智光秀ら、織田家のそうそうたる重臣たちが居並び、息を呑むほどの静寂と威圧感が広間を支配していた。
信長は同盟国の使節団として、格式高く最高峰の礼節をもって上杉家の使者たちを迎え入れていたのだ。
使節団の長・山崎秀仙を頭に、荒川伴次郎、色部弥三郎ら武士たちが静かに広間へ進み出て、深々と平伏する。その使節団の最前線、山崎秀仙のすぐ隣に私は越後で丹念に織られた美しい打ち掛けを上品に羽織り、正座して深々とお辞儀をした。
「上杉家使者、山崎秀仙にございます。我が主・上杉謙信公よりの祝の品と誓状、しかとお持ちいたしました。」
山崎さんが粛々と挨拶を述べる。
だが、上座の信長さんは、使節団の物資や誓状など一瞥もしていなかった。
信長さんの爛々と冴え渡る鋭い双眸は、使節団の中に当然のように混ざっている「一人の若い女人」――私に、完全に釘付けになっていたのだ。
広間に静まり返る緊張感。
信長は顎を少し上げると、低く、威厳に満ちた声を響かせた。
「……うむ。山崎秀仙。……其方の隣におるその女人……まさか、噂の『天女』か?」
横にいた羽柴秀吉が「なっ……!?」と目を丸くし、重臣たちがザワッとどよめき、山崎秀仙さんは冷や汗を滝のように流しながら、腹をくくった顔で頭を下げた。
「ハ……ハハッ!左様にございます、織田様……!我が主・謙信公は葵様を他国へ出すことを固く禁じておられましたが……葵様ご自身の強いご意向により、使節団に同行された次第にございます……!」
「な、何だと……!?」
山崎さんの答えに、秀吉さんが声を張り上げた。
「上杉の殿様の命を破り、密航して使節団に潜り込んだだと!?これ秀仙殿!冗談も休み休み言われよ!ハハハ。」
「…あの軍神・上杉謙信公の言いつけを破るなど、そのような女子はおりますまい。」
秀吉さんが笑い、菅谷長頼が小ばかにしたように吐き捨てた。ざわめきが広間の中――。
私はすっと背筋を伸ばし、歴史ドラマで学んだ綺麗な美しいお辞儀をで信長に向かって行った。
「初めまして、織田様。越後より参りました、葵と申します。謙信様には反対を受けておりましたが、どうしても……本日、織田家と上杉家の末永い平和と同盟をお祝いいたしたく、荷駄に忍んで、お目にかかりに参りました。」
顔を上げ、初めてあの織田信長を直視する。
そこにいたのは、歴史の教科書で見た通りの、恐ろしくも圧倒的な覇気と美しさを纏った、本物の織田信長だった。その、威風堂々たる私の挨拶と堂々とした佇まいを目にした信長さんは――。
一瞬、ポカンと目を丸くして固まった。そして、次の瞬間。
「……クッ……ククッ……!」
肩を揺らし始めると――広間全体を震わせるほどの豪快な大爆笑を炸裂させたのだ!
「ハハハハハハハハハハハっ!!!!!」
「御前……!?」秀吉たちが驚愕して信長を見上げるなか、信長は膝を豪快に叩きながら、涙を流さんばかりに笑い転げた。
「ハハハっ!妙!実に妙なり!!謙信のやつめ、己の『天女』を他国へ渡すまいと隠し囲い込んでおったというのに……当の天女が自ら使節の荷に潜り込んで、余の元へ飛んで火に入る夏の虫のごとく現れるとは!破天荒なのはこの余かと思っておったが、上杉の天女。其方の方がよほど破天荒ではないか!!」
「破天荒だなんて、滅相もございません。尾張に行きたいという強き思いが私を突き動かしただけの事でございます。」
私が笑顔で返すと、信長はさらに愉快そうに「ハハハ!」と笑声を上げた。
「良い!実によいぞ!余に畏縮もせず、堂々と意を唱えるその胆力、気に入った!」
信長さんは胡床から立ち上がると、黒のマントを翻してドカドカと階段を下りてきた。
周囲の重臣たちが「御前、危険です!」と制するのも聞かず、信長は私の目と鼻の先まで歩み寄ると、その鋭い眼光で私をじっと見下ろした。
「……葵と言ったな。三河の徳川家康から書状が届いておるぞ。『葵殿は天より遣わされし救世主、農作の知恵とと干しジャガイモで我が三河を救ってくださった』とな。……家康のやつ、面目を失うほど其方に惚れ込んでおったわ。」
「徳川様には大変お世話になりました。三河の綿花の種をいただいたお礼に、少し知恵をお貸ししただけです。」
「フン……知恵、か。」
信長さんはクッと不敵な笑みを浮かべると、急に冷徹な覇者の顔へと一変した。
相手が同盟国の使者だろうと、天女だろうと関係ない。自らの理(合理性)と実力で試す――それが織田信長という男だった。
「天女・葵よ。余は神仏の迷信など一切信じぬ。其方が天女であれ何であれ、余にとって価値があるのは『この天下を富ませる実利』のみだ。」
信長さんは腕を組み、私に向かって牙を剥くような凶悪で魅力的な笑みを向けた。
「……そこでだ、天女。其方に【一つ試練】を与えてやる。」
広間の温度が、ピキリと一瞬で凍りついた。
山崎秀仙さんが「ひっ……!」と白目を剥きかけ、伴次郎くんと弥三郎くんがいつでも前に飛び出せるよう、身体の重心を落とした。…来たな。これがタッピ―が言ってた『信長の無茶ぶり』ってやつだ。
信長さんはニヤリと笑い、無理難題を言い渡した。
「今、この岐阜の城下は、全国から商人が集まり物流が急増しておるが、南蛮貿易の品や京の宝飾品、米や塩の取引が爆発し、『物価の乱高下と、貨幣(銭)の不足』で城下の流通が麻痺しかけておる。……商人どもが古い銭や割れた銭(悪銭)を嫌がり、受け取りを拒んで良い銭(精銭)ばかりを溜め込むせいで、買い物ができずに商いが滞っておるのだ。」
信長さんは私の至近距離まで顔を近づけた。謙信様と違う、鋭く射貫くような強い視線が突き刺さる。しかし、ここで、引き下がるわけにはいかない。私は拳を握って微動だにせず耐えて見せる。
「……其方の持つ『天の知恵』とやらで、この岐阜の城下の混乱を……【本日中に、たった一つの施策で解決してみせよ】。もし見事に解決してみせたら、其方の望む『濃越同盟の未来永劫の維持』、余がこの血判をもって約束してやる。……だが、もし出来ねば……其方を越後へは返さん。余の側近くに召し抱え、一生、越後には返さぬ。」
うわぁ~出たッ!超絶ブラック企業のワンマン社長特有の『今日中にアイデア出せ』っていう無茶振りッ!うちの課長の無茶ぶりと高慢さも信長さんには負けるわ。
「な、殿!?」
「かようなことをすれば、せっかくの越後との同盟が…!!」
信長さんの言葉に広間にいた上杉使節団が絶句し、織田家の武将たちは慌てだした。
お金の混乱なんて、奉行さんたちが何か月も頭を抱えて議論している大問題だ。それを「本日中」「たった一つの施策」で解決しろなんて、無茶振りにも程がある。
「御前……いくらなんでもそれは無茶というもの……。」
柴田勝家さんが思わず口を挟むが、信長さんは
「黙れ勝家!天女の真価を見るのだ!」
と一蹴し私を見下ろしている。
落ち着け私……。こんな難しいお金の話、自分の頭だけで分かるわけない。まずは問題を理解しないといけない。
「少し、失礼いたします。」
目の前にいる信長さんに一声かけて、私は、堂々と胸の前で懐(襟の合わせ)からスマホを取り出した。しかし、私以外にはスマホ自体が見えない。周囲がその異様な光景に静まり返る中、私は信長さんの前で堂々と、親指でスマホの画面を爆速フリックした。
シュシュッ!トントンッ!
「な、何だあれは?」
「あれが噂に聞く、天女の『知恵紬』か?」
周囲が相変わらず騒めくが私は気にせずスマホに向かう。
タッピー!信長さんの商業とお金の話なんだけど、『楽市楽座』は前に聞いたから知ってるけど、古いお金と新しいお金でみんなが買い物に困ってるのを解決する方法ってなに!?
検索ワード:【信長 買い物 古いお金 ルール】
頼れる相棒・タッピーが、画面に爆速で分かりやすい解説を表示した。
『回答します。信長が直面しているのは、価値の違う様々な渡来銭(古い銭・傷んだ銭)が混在し、商人が取引を拒否する「撰銭」問題です。歴史上、信長は「撰銭令」を出し、古いお金でも一定のレート(割り引き率)で必ず買い物に使えるという法律を作って解決しました』
なるほど!
古いお金だからって拒否するんじゃなくて、『傷ついてるから8割の価値ね!』ってルールを決めちゃえばいいのか。
理解した私は、堂々とスマホを握り締めたまま、信長さんに視線を向けた。
「織田様、お待たせいたしました。その問題、解決できる案を提案させていただきます。」
「……ほう?」
私の言葉に信長が興味深そうに眉を跳ね上げる。周囲は「まさか?!」「こんなに早く?!」と口をそろえて私と信長さんの行方をかたずをのんで見守っていた。
「商人さんたちが古いお金を受け取らないのは、『このお金、後で使えなくなったら損する』っていう不安があるからです。そこを逆手に取り、織田様が【古いお金でも、ちゃんと買い物に使える法】を作ってしまうのです。」
「法……だと?」
信長さんはが目を細め、考えるように腕を組んだ。
「はい。例えば、一番きれいなお金は『1枚=1文』、ちょっと傷ついたお金は『1枚=0.8文』、すごく古いお金は『1枚=0.5文』みたいに、織田様がお金の価値の割り引き価格を決めてしまいます。そして『この法通りなら、古いお金でもお店は絶対に受け取ること。もし、拒否したら罰金。』というように決めてしまいます。」
「……っ!!」
信長だけでなく、横で聞いていた羽柴秀吉や丹羽長秀ら、織田家の智臣たちの顔色が劇的に変わった。
「そうすれば商人さんも『古くても決まった価値で使えるなら安心だ』ってお買い物を再開すると思います。さらに、今岐阜で行っている『楽市楽座』と一緒にやれば、岐阜の商業はもっと大繁盛すると考えます。」
静まり返る大広間。
信長は口を半開きのまま、私を凝視していた。
「……古い銭でも……割合を決めて必ず受け取らせる規則……。商人の不安を断ち、市場に銭を強制的に巡らせる……だと……!?」
信長さんの脳内で、雷が落ちるような衝撃が走っていた。
自らが長年温め、まだ具体策としてまとまっていなかった「お金の統一ルール(撰銭令)」の概念。それを、この目の前の少女は、いとも簡単に分かりやすい商売のルールとして提示してみせたのだ!
「ハ……ハハハハハっ!!!」
信長さんは本日二度目の大爆笑を上げた。突然の大笑いにびくりと肩が跳ねる。だが今回の笑いは、先ほどまでの面白がりではない。目の前の「至宝」に対する、心の底からの歓喜と感服の笑いだった。
「見事じゃ…見事なり、葵!余が何か月も頭を抱えておった商いの詰まりを、わずか数分で解いてみせるとは!其方、真に天女……いや、天下無双の『智恵者』ぞ!!」
信長さんの言葉を聞いて「よし!」と私が心の中でガッツポーズをした。
「…濃越同盟の維持は当初予測していたよりも我が尾張に大きな意味があったのかもしれんな。」
信長は満足そうに頷くと、私の肩をポンと叩き、さらにニヤリと笑った。
「…約束通り、越後に帰してやろう。…だが葵、そちほどの智恵者を、越後だけに置いておくのはあまりに勿体ない。……よし!今夜の祝宴には、余の最高の下臣どもを集める。其方には、我が織田家の家臣の相談も聞いてもらうぞ!」
「え……?家臣の相談……?」
「うむ!特に、最近少々働きすぎて顔色の悪い【キンカン(明智光秀)】や、知恵が回りすぎて小賢しい【サル(羽柴秀吉)】の愚痴や相談を、其方のその妙な知恵で聞いてやってくれ。」
明智光秀さんと羽柴秀吉さんの労務コンサルーーーーっ!!??
「あ、あの、お待ちください。織田様!私ごときにそのような大役は……__!」
「『出来ぬ』は聞かん!余の城では、余の言葉が絶対だ!頼んだぞ、天女!」
豪快に笑いながら去っていく信長さんの後ろ姿を見送りながら、私は「……やっぱりブラック企業の社長だぁ。」と頭を抱えて叫ぶのだった。
だが、これこそが私が望んでいた展開でもあった。
光秀さん…と秀吉さん…!信長さんから無茶振りされてストレスを溜め込む前に、私が現代のメンタルヘルスケアと有給休暇の導入を提案して、ストレスを軽減すれば、本能寺の変を未然に防げる可能性は高いはず。
タッピ―の話では、本能寺の変の犯人は諸説あるという。
その中で、私が一番引っかかって、さらに一番有力がと感じたのが、『実行犯は明智光秀だが、そそのかしたのは豊臣秀吉』だ。私たちは未来で過去のことを知るから、すべてが正しいとは限らない。誰かが改ざんして、それが残っていれば、それが『歴史』として私たちに教えられる。
何が、本当で、どれが偽物なのか?
「本能寺の変」は明智光秀さんを止めるだけで本当にいいのか?
今は考えていたも仕方がない。でもこのチャンスは必ず、本能寺の変を阻止するために活かして見せる。私は決意を新たに打掛の懐の中でスマホをぎゅっと握りしめた。




