第6話 なぜ新型魔導灯が壊れるんだ?
「どういうことだ。昨日まで普通に点いていたじゃないか」
ガイウスの怒鳴り声が工房の奥まで響いた。
朝から三件目だった。
最初は王都西区の宝飾店に納めた照明用魔導灯。次は貴族屋敷へ納品した冷却魔導具。そして今、作業台の上に置かれているのは、つい先日の完成披露会で自信満々に発表したばかりの新型魔導灯だった。
その外装には、ガイウスの工房を示す銀色の刻印が誇らしげに残っている。
ただし肝心の明かりは、もう点かなかった。
「何度確認しても同じです」
若い弟子のテオが、気まずそうに答えた。
「魔石にはまだ十分な魔力が残っています。外装にも破損はありません。ですが、魔導核へ流した瞬間に出力が落ちて、そのまま停止します」
「だから、それを直せと言っているんだ」
「直そうとしているんです」
テオの声にも、さすがに疲れが混じっていた。
昨日から同じようなやり取りを何度も繰り返している。
ガイウスは苛立たしげに魔導灯を取り上げ、側面の蓋を開いた。内部には、指先ほどの大きさしかない小型魔導核が収められている。
工房の新商品を支える心臓部だ。
「こんなもの、エレナは毎日のように触っていただろう。難しいことじゃない」
言いながら、細い調整具を差し込む。
テオの顔が強張った。
「先生、そこは触らないほうが――」
「見ていろ」
ガイウスは弟子の制止を無視した。
細かな刻印へ調整具を当て、少しだけ角度を変える。
以前、エレナが同じことをしている姿を何度も見ていた。
彼女は魔導核を手のひらへ乗せ、測定器を確認しながら、ほんのわずかずつ刻印を削っていた。
傍から見れば簡単な作業だった。
針のような工具で、細い溝を少し整えるだけ。
だからガイウスにもできると思った。
「この程度なら――」
魔力を流した瞬間、魔導核の内部から嫌な音がした。
ぱちん、と乾いた音が弾け、細い煙が上がる。
「先生!」
「っ……!」
ガイウスは慌てて手を離した。
焦げ臭い匂いが作業台の周囲へ広がる。
さっきまで修理できる可能性があった魔導核は、表面の一部が黒く変色していた。
テオが青ざめる。
「これ、交換しないと駄目です」
「交換すればいいだろう」
「予備がありません」
「は?」
ガイウスは弟子を睨みつけた。
「新商品の予備部品を用意していないのか?」
「用意していたのはエレナ様です」
その名前が出た途端、ガイウスの顔が露骨に歪んだ。
「またそれか」
「ですが、本当です。新型の魔導核はまだ量産工程が確立していませんでしたから、エレナ様が一つずつ手作業で――」
「もういい」
苛立ちを隠そうともせず遮る。
「いつまで辞めた女の名前を出すつもりだ。工房の主人は俺だぞ」
テオは口を閉じた。
その態度がさらに気に障った。
「何だ、その顔は」
「いえ」
「言いたいことがあるなら言え」
一瞬の迷いのあと、テオは腹を決めたように口を開いた。
「では申し上げます。エレナ様がいなくなってから、誰も新型魔導核を完成させられていません」
作業場の空気が変わった。
周囲にいた弟子たちも手を止めた。
誰もガイウスのほうを見ようとはしない。
「設計図はあるだろう」
「あります。でも、設計図通りに作ると出力が安定しません」
「なら腕が悪いんだ」
「先生も昨日作られましたよね」
その一言で、ガイウスの頬が引きつった。
昨日。
自分でも一つ作った。
結果は、起動から三分で異常発熱。
外装まで熱くなり、危うく作業台を焦がしかけた。
「あれは材料が悪かった」
「同じ材料でエレナ様は作っていました」
「テオ」
低い声で名を呼ぶ。
だが、若い弟子はもう引かなかった。
「先生、責めたいわけではありません。ただ、このままではまずいです。返品が増えています。それに、定期整備の予約が今月だけで二十件以上残っています」
「整備くらい、既存の弟子で回せ」
「できるものと、できないものがあります」
「何が違う」
「魔導核です」
また、その話だった。
ガイウスはうんざりしたように顔を背ける。
「細かな調整が必要な製品は、最後にエレナ様が必ず見ていました。俺たちは外装、配線、組み立てまではできます。でも、核の最終調整は教わっていません」
「だったら覚えろ」
「誰からですか?」
その問いに、ガイウスは答えられなかった。
工房の中が静かになる。
しばらくして、奥の扉が開いた。
「ガイウス様?」
明るい声とともに、セシリアが姿を見せた。
薄紫の上等なドレスに身を包み、香水の甘い匂いをまとっている。
「どうなさったのです? 外まで声が聞こえていましたわ」
ガイウスはすぐに表情を作った。
「何でもない。少し弟子たちが手間取っているだけだ」
「まあ。新しい魔導灯の件でしょう?」
「どうして知っている」
「昨日お父様のところでも話題になっていましたもの。何件か不具合が出たとか」
ガイウスの眉が動いた。
もう男爵家まで話が回っている。
「大したことじゃない。新商品にはよくある初期不良だ」
「そうなのですね。よかった」
セシリアは安心したように笑った。
「だって、お父様が少し心配していましたの。ガイウス様の工房はこれから王都一になるのに、こんなところで評判を落としたらもったいないって」
「落とさないさ」
反射的に答えた。
その言葉が、思った以上に強く響いた。
周囲の弟子たちが一瞬だけこちらを見る。
ガイウスはその視線に気づき、さらに声を張った。
「エレナがいなくても何も変わらない。むしろこれからのほうが工房は大きくなる」
「当然ですわ」
セシリアは嬉しそうに腕を取った。
「エレナ様は、どうしても裏方の雰囲気が強かったでしょう? 私はもっと華やかにしたほうがよいと思いますの。店先も改装して、貴族のお客様が入りやすいようにしたら素敵ではなくて?」
「それはいいな」
ガイウスの機嫌が少し戻った。
そうだ。
技術だけで商売はできない。
エレナには、そのことが分かっていなかった。
いくら部品を作れても、客を呼べなければ意味がない。人脈を築き、商品の価値を伝え、工房を有名にしたのは自分だ。
だからこそ、自分が中心で間違いない。
「先生」
テオが遠慮がちに口を挟む。
「今は店の改装より、返品対応を優先したほうが……」
「分かっている」
せっかく戻った機嫌がまた悪くなる。
「今日中に全部調べろ。不具合の原因を特定して、明日までに修理方法をまとめるんだ」
「明日まで、ですか」
「できないのか?」
「……やります」
弟子たちは再び作業へ戻った。
だが、その背中には明らかな疲労がにじんでいる。
ガイウスはそれを見なかったことにした。
その日の午後。
返品された魔導具は、さらに五台増えた。
夕方には冷却器が二台。
夜になる頃には、商会から正式な苦情の書状が届いた。
内容は単純だった。
納品した新型魔導灯二十台のうち、六台で点灯不良が発生。
原因の説明と交換を求める。
「六台?」
ガイウスは書状を握りしめた。
「そんな馬鹿な」
完成披露会では問題なく点いていた。
検品もしている。
少なくとも、していたはずだ。
「納品前の最終検品記録を持ってこい!」
弟子が慌てて棚を探す。
しばらくして、分厚い帳面を抱えて戻ってきた。
「こちらです」
ガイウスはページをめくった。
新型魔導灯。
番号ごとに点灯時間、発熱、出力、使用した魔導核の管理番号まで記載されている。
字を見た瞬間、また胸の奥がざらついた。
エレナの筆跡だった。
「全部、あいつが検品していたのか?」
「はい」
「弟子は何をしていた」
「途中までは俺たちも確認します。ただ、最後に長時間の点灯試験をして、数値に合わせて微調整するのはエレナ様が……」
ガイウスは黙って帳面を閉じた。
まただ。
何を調べても、最後にエレナへ行き着く。
まるで工房のどこを開けても、あの地味な女が中から出てくるようで腹立たしい。
「先生」
「何だ」
「この記録を見る限り、納品時には問題ありません」
「だったら客の使い方が悪いんじゃないか」
言った直後、テオが複雑な表情をした。
「六台全部ですか?」
「……」
「それに、昨日戻ってきたものも含めると十台を超えています」
分かっている。
ガイウスだって馬鹿ではない。
偶然や客側の問題では説明できない数になってきている。
「原因は何だ」
「おそらく、使用中に魔導核の出力が少しずつずれているんだと思います」
「なら調整し直せ」
「だから、その調整方法が分からないんです」
テオの声にも、とうとう苛立ちが混じった。
「設計図には、数値しか書いてありません。同じ数値にしても、素材によって結果が違うんです。エレナ様は一つずつ測って、そこから合わせていました。でも、その『合わせ方』が記録されていない」
「ノートは?」
「個人の研究ノートなら、エレナ様が持っていかれました」
ガイウスは机を叩いた。
「勝手に?」
「個人のものだと、先生ご自身が認めたじゃないですか」
その瞬間。
婚約破棄の夜の会話が蘇った。
『私個人が設計した専用部品の寸法表や、調整記録も持ち帰ります』
『好きにしろ』
確かに言った。
何の迷いもなく。
むしろ、いつまでも細かな話を続けるエレナに苛立っていた。
そんなもの、なくても困らないと思っていたからだ。
「……くそ」
思わず声が漏れた。
テオが何も言わず、目を伏せた。
「まだだ」
ガイウスは自分へ言い聞かせるように呟いた。
「たかが調整だ。構造さえ分かれば再現できる」
「では、どうしますか?」
「俺が調べる」
そう言うしかなかった。
工房主である自分が、できないなどと認めるわけにはいかない。
夜。
弟子たちを帰したあとも、ガイウスは作業台に残っていた。
小型魔導核を前に、設計図を何度も見比べる。
線は読める。
刻印も分かる。
魔力路の配置だって理解できる。
なのに、なぜ同じものにならない。
「ここを〇・二削って……いや、違う」
魔力を流す。
出力が揺れる。
今度は別の箇所を調整する。
さっきより悪化した。
「何でだよ」
焦りが指先を乱す。
新しい核を取り出す。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
結果は同じだった。
エレナなら、これをどうしていた。
その考えが浮かぶたび、ガイウスは無理やり打ち消す。
あいつは特別ではない。
工房の奥で地味な作業ばかりしていた女だ。
自分が教えれば弟子でもできる程度の――。
そこまで考えて、手が止まった。
そもそも。
自分はエレナに、この調整方法を教えたことがあっただろうか。
記憶を探す。
ない。
最初に小型化を試したのもエレナ。
発熱問題を解決したのもエレナ。
出力を安定させたのも。
「違う」
思わず口に出した。
違うはずだ。
発想の元は自分だった。
もっと小さくできないか。
もっと長持ちさせられないか。
そう要求したのは自分だ。
なら、自分の功績でもある。
ガイウスはその理屈へ縋るように、もう一度工具を握った。
そのとき、表の扉が激しく叩かれた。
「こんな時間に誰だ!」
苛立ったまま出る。
扉の向こうには、王宮の紋章をつけた使者が立っていた。
ガイウスの表情が一瞬で変わる。
「王宮から?」
「ガイウス工房の主人だな」
「はい。私です」
使者は封書を差し出した。
「至急、対応を求める」
嫌な予感がした。
封を切る。
文章を読み進めるにつれ、指先が冷たくなる。
「……王宮西棟の冷却装置が、停止?」
「本日夕刻より不調が続いている。そちらの工房が昨年納入したものだそうだ」
ガイウスは喉を鳴らした。
覚えている。
大口の仕事だった。
王宮へ初めて正式採用された大型魔導具。
あれが成功したことで、工房の名は王都中に知られるようになった。
「明朝までに技師を寄越せとの命令だ」
「もちろんです」
反射的に答えたものの、胸の内では別の記憶が蘇っていた。
あの冷却装置。
納品前に三日間ほとんど眠らず、調整していたのは誰だったか。
エレナだ。
最後の試運転で数値が安定せず、自分が「明日が納品なんだから何とかしろ」と命じた。
彼女は翌朝、目の下に濃い隈を作りながら、それでも「もう大丈夫です」と笑っていた。
「……修理記録は」
使者が怪訝な顔をする。
「何だ?」
「いえ。こちらの話です」
ガイウスは無理に笑った。
「問題ありません。必ず直します」
使者が帰ったあと、扉を閉める。
工房は静かだった。
つい数日前までなら、奥の作業室にまだ明かりがあった。
呼べば、少し疲れた顔をしたエレナが出てきた。
『何ですか、ガイウス様』
そう言いながら、結局はどんな故障でも見てくれた。
その姿が、やけにはっきりと思い出された。
「……馬鹿馬鹿しい」
ガイウスは首を振った。
「俺が直せばいい」
誰もいない工房で口にする。
だが、その言葉は妙に軽く響いた。
翌朝。
王宮へ向かう準備をしていたガイウスの前へ、青ざめたテオが駆け込んできた。
「先生、大変です」
「今度は何だ」
「王都北区の商会から連絡が来ました。昨日納めた新型魔導灯、十台全部が不安定になっています」
「十台全部?」
「それだけではありません。定期整備待ちの魔導具も、昨日から三台止まりました」
ガイウスの顔から血の気が引いていく。
「なぜ急に……」
テオは少し迷ったあと、静かに答えた。
「急にじゃないと思います」
「何?」
「今までも同じことは起きていたんです。ただ、故障する前にエレナ様が調整していたから、俺たちが気づかなかっただけで」
ガイウスは言葉を失った。
その瞬間。
工房の奥から、また一つ。
ぱちん、と魔導具が停止する音が聞こえた。




