第5話 皇帝陛下、それは褒めすぎです
耐久試験を始めた翌朝、エレナは研究院へ入るなり軍用魔導灯の試験室へ向かった。
まだ朝食の余韻が残る時間だというのに、廊下の向こうからすでに人の気配がする。扉を開ければ、ハロルドと二人の技師、それから測定担当の助手が、机の上に置かれた試作機を囲んでいた。
白い光は、昨日と変わらない明るさで灯り続けている。
「おはようございます。どうですか?」
エレナが声をかけると、全員が振り返った。
ハロルドの顔が妙に険しい。
「エレナさん」
「はい」
「これ、止まりません」
「……止まったら困るのでは?」
「そういう意味ではありません」
寝不足なのか、ハロルドの目の下にはうっすら隈ができている。
測定担当の助手が横から説明した。
「昨夜から交代で監視していますが、出力の低下がほとんどありません。温度上昇も想定より小さいです」
「それはよかったです」
「反応が軽いですね」
「まだ一晩でしょう? 三日間保たせるのが目標ですから」
エレナは試作機の側面へ手を近づけ、直接触れないよう温度を確かめた。
暖かい。
ただし、従来品のように長時間稼働した際の嫌な熱の溜まり方はない。
「冷却刻印、もう少し減らせるかもしれませんね」
「減らすんですか?」
「はい。ここまで熱が出ないなら、その分また魔力消費を下げられます」
ハロルドが額を押さえた。
「あなたは成功したものを見ると喜ぶ前に、次の欠点を探すんですね」
「欠点というより、余地です」
「言い方が前向きなだけで、やっていることは同じです」
その言葉に、周囲から小さな笑いが漏れた。
昨日まではエレナの様子を探るようにしていた人々も、今日は少し空気が違う。
まだ完全に仲間として受け入れられたわけではないだろう。
けれど、少なくとも「皇帝に特別扱いされている外国人」という見方だけではなくなってきている。
それが少し嬉しかった。
「エレナさん、これ」
リナが紙束を持ってやって来る。
「昨日の測定値をまとめました。それと、軍用開発室から追加の条件が来ています」
「追加?」
「落下試験と低温環境試験を先にやりたいそうです」
「いいですね」
エレナはすぐに紙を受け取った。
「むしろ助かります。長時間点灯できても、落としたら壊れるのでは意味がありませんから」
「普通はそこ、もう少し嫌がりません?」
「どうしてです?」
「せっかく成功しかけている試作機を、今から落とすんですよ」
「壊れるなら今壊れたほうがいいでしょう。本番で壊れるより」
リナは少し考え、それから苦笑した。
「なるほど。確かにそうですね」
そういう話をしていると、試験室の外がにわかに騒がしくなった。
廊下を行き交っていた技師たちが立ち止まり、一斉に壁際へ寄る。
見なくても、誰が来たのか分かった。
「陛下ですね」
「よく分かりましたね」
「皆さんの動きが急に揃うので」
エレナが小声で答えたところへ、クロムウェルが護衛を伴って入ってきた。
「おはようございます、陛下」
「朝から元気そうだな」
「昨日より元気です。試作機もまだ動いています」
「見れば分かる」
クロムウェルは白く光る軍用魔導灯を見た。
「何時間だ?」
ハロルドが答える。
「現在、十六時間を超えています。出力低下は測定誤差の範囲内です」
「温度は?」
「現行品よりかなり低いです」
「そうか」
やはり反応は薄い。
エレナはそれを少し面白く感じるようになっていた。
「陛下、もう少し驚いてもいいと思います」
「昨日、七十二時間を目標にすると聞いた」
「まだ達成したわけではありませんけれど、現行品は八時間だったんですよ?」
「だから、君ならその程度はやると思っていた」
エレナは言葉を失った。
ハロルドまで横で黙り込む。
「……陛下」
「何だ」
「その期待の置き方、少し重いです」
「重い?」
「昨日会ったばかりのようなものなのに、『君ならやると思っていた』と言われると、失敗できなくなるではありませんか」
クロムウェルの眉が少し動いた。
「それは私の言い方が悪かったな」
意外にも、すぐ認めた。
「失敗するなと言っているわけではない。君が失敗したなら、その結果も含めて見る」
「……本当に?」
「昨日も言ったはずだ。成果が出ないことと、能力そのものが無価値であることは別だ」
その言葉に、エレナは一瞬だけ黙った。
まだ慣れない。
失敗しても価値はなくならない。
そんな考え方を、頭では理解しても、体のほうがすぐには信じてくれない。
「では、失敗したら遠慮なく報告します」
「そうしろ」
「嫌な顔をしませんか?」
「原因を隠されたほうが嫌な顔をする」
「それは分かりやすいですね」
クロムウェルの口元がわずかに緩んだ。
その変化が見えたのは、たぶんエレナだけだった。
少し離れた場所では、研究院の技師たちが微妙な顔をしている。
皇帝と新入りの技師が、ごく普通に言い合っている。
外から見れば不思議な光景なのかもしれない。
「陛下、本日は視察ですか?」
ハロルドが尋ねた。
「ああ。それと、昨日の報告を受けた」
「報告?」
「彼女が現行品を一時間で三割省力化した件だ」
エレナは思わずクロムウェルを見る。
「一時間ではありません。分解から入れて二時間ほどです」
「訂正するところはそこか」
「正確さは大事です」
「分かった。二時間で三割だな」
その言い方だと、むしろ印象が悪化している気がする。
ハロルドが咳払いをした。
「正確には、その後の共同改良で三日以上の連続点灯が可能な見込みになっています」
「共同改良?」
クロムウェルの目が、エレナではなくハロルドへ向く。
「ああ。昨日、正式に軍用開発室との共同研究にしました。彼女の案だけでは軍用規格として不足する部分がありましたので、耐久性や整備性についてこちらから条件を加えています」
「それでいい」
あまりに即答だった。
ハロルドが少し意外そうにする。
「陛下は、エレナさん個人の成果として扱われることを望まれるかと思いました」
「なぜだ?」
「……直々に招聘された方ですから」
「彼女一人で作ったなら彼女の成果だ。共同で作ったなら共同の成果だろう」
クロムウェルの答えは簡潔だった。
「私は彼女を持ち上げるために研究院へ連れてきたわけではない。正当に評価するために連れてきた」
その一言で、エレナの胸が少し熱くなった。
正当に。
最初から、この人はそれしか言っていない。
甘やかしてくれとは思わない。
実力以上に褒められたいわけでもない。
ただ、自分がやったことを自分のものとして見てほしかった。
そして今、同じように仲間がやったことも仲間のものとして認めている。
その公平さが、何より信頼できた。
「エレナ」
「はい」
「少し時間はあるか」
「午前中は落下試験の準備だけですから、少しなら」
「来い」
「どこへです?」
「昨日の試作品を見せたい相手がいる」
嫌な予感がした。
「誰でしょう」
「帝国軍の兵站局長だ」
「嫌です」
即答した。
周囲が固まった。
クロムウェルまで少し黙る。
「理由を聞こう」
「私は説明が苦手です。魔導具を見せて質問されるなら答えますが、立派な人の前で発表するのはできれば避けたいです」
「避けたい、であって、できないわけではないのだな」
「そこを拾わないでください」
「では決まりだ」
「決まっていません」
ハロルドが横を向いた。
肩が少し揺れている。
笑っているらしい。
「ハロルド様」
「すみません。ですが、陛下相手にそこまで普通に断る人を初めて見たので」
「私も、まさか断られるとは思わなかった」
「陛下まで」
クロムウェルはエレナを少し眺めたあと、声を柔らかくした。
「無理に演説をしろとは言わない。技術の説明だけでいい。むしろ兵站局長はそのほうを好む」
「……本当に?」
「ああ。口先だけの技師を嫌う男だ」
「それなら、少し安心しました」
「では行くぞ」
「もうですか?」
「嫌なら昼まで待つか?」
エレナは試作機を見る。
どうせ説明するなら、耐久試験の途中経過がある今のほうがいい。
「分かりました。行きます」
そう答えると、クロムウェルは満足したように頷いた。
帝国軍兵站局は、研究院から馬車でそれほど離れていない場所にあった。
エレナは途中で三度ほど、やっぱり帰りたいと思った。
皇帝の隣に座っているという状況自体には少し慣れた。
だが、「帝国軍の責任者へ自分の技術を説明する」という話は別である。
「緊張しているのか」
「しています」
「見れば分かる」
「でしたら聞かないでください」
「会話をしないほうがいいか?」
「それも困ります。静かだと余計に考えてしまうので」
「難しいな」
クロムウェルのその一言に、エレナは少し笑った。
緊張はまだある。
それでも、隣にいるのがこの人でよかったと思った。
兵站局長は、大柄な五十代の男性だった。
名をバルクという。
無駄のない軍服を着て、研究者よりも兵士という印象が強い。
「陛下、この娘が例の?」
「エレナ・ヴァリエだ」
「エレナです。よろしくお願いいたします」
頭を下げると、バルクは一度だけ頷いた。
「堅い挨拶はいい。品を見せてくれ」
ありがたい。
本当に口先を重視しない人らしい。
用意されていた机の上へ、予備の試作機が置かれる。
耐久試験中の個体とは別に、昨夜の設計をもとにハロルドたちが組み上げた二台目だ。
「現行品より軽いな」
バルクは持ち上げた瞬間に気づいた。
「はい。内部の冷却用部品を減らせたので、その分軽くなっています」
「壊れやすくなったか?」
「その可能性はあります。今日は落下試験も予定しているので、そこで確認します」
「まだ完成ではないと」
「はい」
エレナは無理に良く見せようとしなかった。
バルクはむしろその答えを気に入ったらしく、僅かに頷いた。
「点灯時間は?」
「現行品は八時間ですが、この型は現時点の測定値では七十二時間以上を見込んでいます」
「……何時間?」
「七十二時間です」
バルクはクロムウェルを見る。
「陛下」
「私に聞くな。作ったのは彼女たちだ」
「本当なのか?」
「まだ耐久試験中です。ただ、十六時間時点では出力低下はほぼありません」
バルクは再び試作機を見る。
今度は扱い方が少し慎重になった。
「七十二時間という数字が本当なら、前線の補給計画が変わる」
「そうなのですか?」
エレナが尋ねると、バルクは少し意外そうな顔をした。
「軍用だと分かって作っているのに、そこは知らんのか」
「私は魔導具の側しか詳しくありません」
「正直だな」
バルクは机に試作機を置いた。
「現行品は八時間ごとに魔石を交換する必要がある。夜間作業が長引けば、前線へ予備石を大量に運ぶ。魔石そのものだけでなく、それを運ぶ人間も馬車も必要だ」
「なるほど……」
エレナは初めて、自分の改良が及ぼす範囲を具体的に想像した。
八時間が七十二時間になる。
ただ長持ちするだけではない。
運ぶ荷物が減る。
必要な馬車が減る。
暗闇の中で魔石を交換する手間も減る。
「救護所でも使いますか?」
「ああ。夜間の負傷者処置には必須だ」
「では、途中で切れると困りますね」
「困るどころではない」
バルクは少し笑った。
「だから私は、研究院の連中にもっと長持ちするものを作れと三年言い続けてきた」
「耳が痛いですね」
一緒に来ていたハロルドが答える。
「ところが三年かかったものを、彼女は来た翌日に壊しました」
「壊した、は言い方が悪くありませんか?」
エレナが思わず抗議する。
「既存の設計常識を、という意味です」
「それなら……まあ」
バルクが笑った。
軍人らしい低い笑いだった。
「面白い娘だな」
「技術者です」
クロムウェルが淡々と訂正した。
なぜそこを直したのか、エレナには少し分からなかった。
「分かっておりますよ、陛下」
バルクはわずかに意味ありげな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
説明を終え、研究院へ戻る頃には、エレナの緊張もかなり解けていた。
「思っていたより怖い方ではありませんでした」
「バルクか?」
「はい。もっと『軍のために何としても完成させろ』と言われるかと思っていました」
「言われたらどうした?」
「必要性を説明されれば努力します。でも、無理な納期なら無理と言います」
「それでいい」
クロムウェルが即答した。
「技術者に不可能を可能と言わせても、完成品の性能は上がらない」
「陛下は本当に合理的ですね」
「褒めているのか?」
「たぶん」
「たぶんか」
エレナは少し笑った。
研究院へ戻ると、落下試験が始まった。
最初は腰の高さ。
問題なし。
次に胸の高さ。
外装に傷はついたが、点灯は続いている。
最後に、軍の運用条件を想定した高所からの落下。
硬い床へぶつかった瞬間、鈍い音が工房へ響いた。
「……消えましたね」
リナが言う。
試作機の光は消えていた。
エレナはすぐ駆け寄った。
悔しい。
けれど以前のように胸が冷えることはなかった。
「開けます」
外装を外す。
内部を確認する。
「魔導核は無事です。ここですね。固定具がずれています」
ハロルドも隣から覗き込む。
「軽量化した分、支持部が薄くなったか」
「そうですね。ここは私の設計ミスです」
エレナは素直に認めた。
リナが少し心配そうに見る。
「大丈夫ですか?」
「何がです?」
「せっかく成功していたのに」
「成功していたからこそ、壊れてくれてよかったです」
エレナは破損部を指で示した。
「原因がはっきりしています。直せます」
言ったあと、自分でも少し驚いた。
以前の自分なら、もっと落ち込んでいたはずだ。
誰かに見られる前に直したい。
失敗したと思われたくない。
そう考えただろう。
今は違う。
「ハロルド様、この固定具、少し幅を増やしたいです。ただ重量が戻るので、外装を薄くできる場所を探しましょう」
「賛成です。素材を変える手もあります」
「それなら銀導鉱は使わないほうがいいですね。衝撃に弱いですから」
「では黒鋼を一部混ぜるか」
すぐ次の話が始まる。
失敗を隠す必要がないだけで、こんなにも早く次へ進める。
エレナはそのことが妙に嬉しかった。
修正作業がひと段落した頃、再びクロムウェルが工房へ顔を出した。
「どうだった」
「落としたら壊れました」
エレナが答える。
「そうか」
「そこ、もう少し残念そうにしてもいいのでは?」
「直せるのだろう?」
「直せます」
「なら問題ない」
あっさりした答えだった。
エレナは少し笑った。
「陛下のおかげで、失敗への恐怖が減ってきた気がします」
「私は何もしていない」
「しています。失敗しても価値まで下がるわけではないと、何度も言われましたから」
「事実だ」
「そう簡単に言えるのがすごいんです」
クロムウェルは少し考えるように黙った。
「君は、以前の工房で失敗すると責められていたのか?」
「責められるというほどではありません。ただ、材料を無駄にしたと言われることはありました」
「君が?」
「はい」
「新製品を作るのに?」
「はい」
「試作で?」
「そうです」
クロムウェルの顔から表情が消えた。
エレナはその変化に気づいて、慌てて付け足す。
「でも、ガイウス様も工房を維持するのに必死だったので。材料費は安くありませんし」
「また庇っているな」
「庇っているつもりでは……」
「君は、自分が我慢した理由を説明するときだけ、彼の事情をよく考える」
胸の奥を見透かされたようで、エレナは言葉に詰まった。
「悪いとは言っていない」
クロムウェルは続けた。
「ただ、君自身の事情も同じくらい考えろ」
それだけ言って、彼は試作機へ目を向けた。
「これは、誰が作った?」
「私だけではありません。最初の回路案は私ですが、軍用条件はハロルド様たちに教えていただきました。固定方法も、今は共同で直しています」
「なら、全員の成果だな」
「はい」
「それでも、君の案がなければ始まらなかった」
エレナは少し困った。
褒められる準備ができていない。
「陛下、その言い方は少し……」
「何だ」
「褒めすぎです」
「褒めているつもりはない」
「またそれですか」
「事実を述べている」
「それが褒めすぎなんです」
思わず言い返すと、クロムウェルがほんの少し眉を上げた。
「では、どの程度なら適切だ?」
「そう聞かれると困りますけれど……」
「君が作った回路で魔力消費が大幅に減った。軍用魔導灯の連続稼働時間が八時間から七十二時間以上になる見込みが立った。兵站局長も運用が変わると言っている。これを高く評価するのは間違いか?」
「間違いではありません」
「なら、何が問題だ?」
「慣れていないんです」
口から出た。
言ってから、少し恥ずかしくなった。
「……こういうふうに、自分がやったことを、そのまま自分の成果として言われることに」
工房の中は静かだった。
ハロルドたちは、聞いていないふりをして作業へ戻っている。
たぶん気を遣っているのだろう。
「ガイウス様の工房では、完成すれば工房全体の成果でした。失敗したときだけ、自分の技術不足だと思っていました」
言葉にして初めて、その歪さがよく分かった。
成功は誰かと分ける。
失敗は全部自分で抱える。
いつの間にか、それが普通になっていた。
「だから、急に『君がやった』と言われると、落ち着かないんです」
クロムウェルはしばらく何も言わなかった。
それから、試作機の白い光を見ながら静かに言った。
「なら、慣れろ」
「簡単に言いますね」
「これから何度も言われることになる」
エレナは思わず彼を見る。
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「君が、これからも作るからだ」
あまりにも迷いのない答えだった。
「成果を出せば評価される。失敗すれば原因を調べる。共同で作れば功績を分ける。君一人で作れば君の名前を残す。それだけだ」
「……それだけ、ですか」
「ああ」
クロムウェルはエレナへ視線を戻した。
「君が今までどんな扱いを受けていたかは変えられない。だが、これからまで同じである必要はない」
胸の奥に、静かに言葉が落ちた。
派手な慰めではない。
甘い言葉でもない。
それでも、今まで聞いたどんな褒め言葉より嬉しかった。
エレナは視線を落とした。
何か言おうとすると、変な声になりそうだった。
「……陛下」
「何だ」
「やっぱり、少し褒めすぎです」
「まだ言うか」
「はい。でも……」
そこで一度息を整えた。
「嫌ではありません」
言った瞬間、頬が熱くなった。
どうしてこんなことまで言ってしまったのだろう。
顔を上げると、クロムウェルも一瞬だけ意外そうな顔をしていた。
すぐにいつもの表情へ戻ったが、その口元にはごく小さな笑みがあった。
「なら、今後も遠慮しない」
「それはそれで困ります」
「慣れろ」
「陛下は便利な言葉を覚えましたね」
工房の隅から、誰かの笑い声が聞こえた。
エレナもつられて笑う。
昨日までは、自分の技術が本当に通用するのか不安だった。
今日は失敗もした。
試作機は落とせば壊れたし、完璧にはほど遠い。
それでも、不思議と自信は昨日より増えていた。
成功したからだけではない。
失敗しても、誰かと一緒に直せると知ったからだ。
そして、自分がやったことを、自分のものとして受け取っていいのだと、少しずつ分かってきたからだった。
その日の夕方、耐久試験中の一号機は二十四時間を超えてなお、明るさを失わずに光り続けていた。
エレナは記録紙へ数字を書き込みながら、ふと考える。
この光が七十二時間続いたら。
帝国のどこかで、自分の名前を知らない誰かが、この魔導灯を使う日が来るのだろう。
それだけで十分だと思った。
けれど。
「主任設計者の欄、エレナさんのお名前で登録しておきますね」
事務担当者からそう言われた瞬間、エレナの手が止まった。
「……私の名前、ですか?」
「はい。共同開発者は別欄に全員記載しますが、基礎回路の主任設計はあなたですから」
紙の上に、自分の名前が書かれる。
エレナ・ヴァリエ。
誰かの婚約者でもなく。
誰かの工房の陰でもなく。
ひとりの技術者として。
その文字を見つめているうちに、胸の奥がじわりと熱くなった。
そしてエレナは、まだ知らなかった。
この小さな名前が、やがて帝国中の魔導具へ刻まれていくことになるなど、この時の彼女には想像もできなかった。




