第4話 それ、壊れているんじゃなくて設計が悪いです
休めと言われた翌日、エレナは本当に研究院へ行かなかった。
正確に言えば、三度ほど行こうとして、そのたびに踏みとどまった。
帝国から用意された住居は研究院から歩いて十分ほどの場所にあり、一人で暮らすには広すぎるほど整っていた。寝室とは別に小さな書斎まであり、朝食を終えたあと、エレナはその机へ持参した研究ノートを広げた。
白輝晶と銀導鉱を組み合わせた場合の魔力損失。
小型魔導核内部で熱を逃がすための新しい経路。
帝都の街灯に使われていた中央供給方式を、家庭用の小型器具へ応用できないか。
考え始めれば、休みなどというものは邪魔でしかなかった。
「研究院へ行かなければ、これは休みという扱いなのでしょうか……」
自分でも苦しい理屈だと思う。
昼を過ぎた頃には紙が十枚ほど埋まり、夕方には試したい案がさらに増えた。
そして翌朝。
エレナは開院時刻より少し早く研究院へ到着した。
「おはようございます」
専用工房の扉を開けた瞬間、すでに中にいた素材加工担当の助手、リナが目を丸くした。
「エレナ様、早いですね」
「様はいりません。エレナでお願いします」
「では、エレナさん。昨日はちゃんと休まれました?」
「研究院には来ませんでした」
答えると、リナが微妙な顔をした。
「今の言い方、絶対に別のことをしていましたよね」
「少し考え事を」
「少し?」
「紙にすると十五枚ほどです」
「それを休みとは呼ばないと思います」
帝国に来てから、なぜか食事と休息について注意されてばかりいる。
納得はしていないが、言い争っている時間も惜しかった。
「とりあえず、昨日考えたものを試したいのですが」
「もちろんです。材料申請は私がやりますから、必要なものを教えてください」
その一言だけでも、まだ慣れない。
以前なら、自分で倉庫へ行き、在庫を数え、使った分を帳簿につけ、そのあとでようやく作業を始めていた。
「青晶石を三つと、純度八以上の銀導鉱を少量。それから白輝晶を……いえ、最初は要りません。高価ですから、構造だけ確認してからにします」
「申請できますよ?」
「できることと、使うべきかどうかは別です。失敗する可能性が高い段階で希少素材を削る必要はありません」
リナは少し驚いたあと、嬉しそうに頷いた。
「分かりました。すぐ持ってきます」
エレナは自分の工具箱を作業台へ置いた。
蓋を開ける。
使い慣れた工具と、新品同然の帝国製測定器。
奇妙な組み合わせだった。
けれど、不思議と悪くない。
ようやく始められる。
そう思った瞬間だった。
「失礼する」
工房の扉が開き、ミレイアが入ってきた。
その後ろには、見覚えのない男性が三人いる。
全員が研究院の白衣を着ていたが、胸につけられた徽章は上級技師を示していた。
「おはようございます、ミレイア様」
「おはよう、エレナさん。早速で申し訳ないのですが、少し予定を変えてもいいですか?」
「構いませんけれど……」
後ろの三人から向けられる視線が、あまり友好的ではない。
露骨な敵意ではなかった。
もっと厄介な種類のものだ。
本当にこの女なのか。
そう言われている気がした。
中央に立っていた四十代ほどの男が、一礼する。
「軍用魔導具開発室の主任、ハロルドです」
「エレナ・ヴァリエです。よろしくお願いいたします」
「お噂は伺っています」
丁寧な言い方だった。
ただし、声音には少し硬いものがある。
「陛下が直々に招聘された、非常に優秀な技師だと」
なるほど。
原因はそこか。
エレナにもようやく分かった。
昨日まで存在すら知らなかった外国人の若い女に、突然専用工房が与えられた。しかも皇帝自身が連れてきたとなれば、面白くない者がいて当然だ。
逆の立場なら、自分も少しくらい疑うと思う。
「それは……かなり話が大きくなっている気がします」
「否定されますか?」
「陛下がどう説明されたかは存じませんが、私はまだ帝国で何も作っていません。疑われるのは当然だと思います」
ハロルドがわずかに眉を動かした。
もっと反発されると思っていたのかもしれない。
「それなら話が早い」
彼は後ろの技師へ合図した。
二人が細長い金属製の箱を作業台へ置く。
蓋が開かれた。
中に入っていたのは、大型の魔導灯だった。
家庭用ではない。
外装が分厚く、衝撃に耐えるよう角が補強されている。持ち運び用の取っ手と、設置時に地面へ固定する金具まで付いていた。
「軍用ですね」
「分かりますか」
「用途までは分かりません。ただ、野外で使うことを前提に作られているように見えます」
エレナは近づいたが、勝手には触らなかった。
「見ても?」
「どうぞ」
許可を得て持ち上げる。
重い。
成人男性なら問題なく運べるだろうが、行軍中に何台も運ぶとなれば負担になる。
「こちらは前線用の長時間魔導灯です」
ハロルドが説明した。
「夜間の陣地構築、救護所、地下施設などで使用します。現行型の連続点灯時間は八時間。研究院では三年前から延長を試みていますが、出力を保ったままではこれ以上伸ばせていません」
「八時間……」
エレナは側面の蓋を開いた。
内部には拳ほどの魔導核が収められている。
魔力回路は複雑だった。
丁寧に作られている。
雑ではない。
むしろ、非常に真面目に設計されていた。
「何か問題がありますか?」
「少し待ってください」
エレナは作業台へ置き、測定器をつないだ。
魔力を流す。
淡い白色の光が灯った。
数値を読む。
入力された魔力。
実際に光へ変換されている量。
発熱。
内部循環。
もう一度測る。
「……これ、誰が設計したんですか?」
工房内が静かになった。
ハロルドの顔が少し険しくなる。
「基礎設計は十年前です。その後、研究院の複数の技師が改良を重ねています」
「では、ハロルド様お一人の設計ではないのですね」
「何か?」
「いえ。それなら言いやすいです」
「何をです?」
エレナは魔導灯を指さした。
「これ、壊れているんじゃなくて、設計が悪いです」
沈黙が落ちた。
リナが持ってきた材料を抱えたまま、扉のところで固まっている。
ミレイアは片手で額を押さえた。
ハロルドの後ろにいた若い技師など、完全に顔を引きつらせている。
エレナは周囲の反応を見て、ようやく自分の言い方に問題があったらしいと気づいた。
「すみません。もう少し柔らかく言うべきでした」
「いえ」
ハロルドは口元をひくつかせた。
「続けてください」
「怒っていませんか?」
「怒っていないと言えば嘘になりますが、技術の話なら最後まで聞きます」
その返事で、エレナは少しだけ彼への印象を改めた。
誇りはある。
当然だ。
それでも、話そのものを止めない。
「では」
エレナは工具箱から細い棒を取り出し、内部の回路を傷つけないよう示した。
「この魔導核、入力された魔力を一度ここへ集めていますよね。そのあと三方向へ分配し、光量を安定させています」
「はい。不均一に流すと輝度が揺らぎますから」
「理屈は分かります。でも、この一箇所へ集める工程でかなり損をしています」
「損?」
「魔力が集中するので熱になります。だから熱を逃がすための冷却刻印を追加していますよね」
「それは必要です」
「この構造なら必要です」
エレナは頷いた。
「ただ、その冷却刻印を動かすためにも魔力を使っています。つまり、光を作るための回路で熱を発生させ、その熱を逃がすためにさらに魔力を消費しているんです」
ハロルドが黙った。
後ろにいた技師の一人が口を挟む。
「しかし、魔力を一度集束させなければ光量が安定しない。それは過去の試験で確認されています」
「はい。たぶん、その試験結果も間違っていないと思います」
「では、どうしろと?」
「集めなければいいんです」
今度こそ、若い技師が怪訝な顔をした。
「だから、それでは不安定になると」
「同じ太さの回路へ均等に流そうとするからです」
エレナは紙を一枚引き寄せ、ペンを取った。
三本の線を描く。
「魔力って、水みたいに考えると分かりやすいんです。同じ幅の水路を三本作ったからといって、必ず同じ量が流れるわけではありません。素材には結晶方向がありますから、流れやすい場所と流れにくい場所ができます」
「それは分かっています。だから中央で均一化している」
「でも、均一にする必要そのものがないんです」
線のうち一本を太くし、もう一本を細くする。
「流れにくいところは広くする。流れやすいところは狭める。それぞれの素材に合わせて回路幅を変えれば、中央で無理に揃えなくても最終的な出力は同じにできます」
ハロルドが紙へ身を寄せた。
「個体ごとに回路を変えるのですか」
「はい」
「量産できない」
「今の作り方なら、そうですね」
エレナはあっさり認めた。
「ですから最初に、どこまでばらつきがあるか測ります。一定範囲ごとに素材を分類して、三種類か四種類の回路規格に分ければいいと思います」
「……規格化するのか」
「完全な一点物にする必要はありません。百個全部を同じにしようとするから無理が出るので、性質の近いものだけ同じ設計にすればいいんです」
工房の空気が変わった。
疑っていた視線が、紙の上へ集まり始める。
エレナはその変化には気づいたものの、気にしている余裕がなかった。
話しているうちに、頭の中で構造が組み上がってきたからだ。
「少し分解してもいいでしょうか?」
ハロルドが答えるまで、一拍あった。
「元に戻せますか?」
「戻せます。でも、できれば戻したくありません」
「なぜ?」
「直したいので」
ミレイアが肩を震わせた。
ハロルドはしばらくエレナを見ていたが、やがて観念したように言った。
「好きにしてください」
「ありがとうございます」
そこからは早かった。
外装を外す。
魔導核を取り出す。
細い刻印針で、既存の魔力路の一部を削り取る。
ハロルドたちは黙って見ていた。
途中で一人が何か言いかけたが、ミレイアが手で制した。
エレナ自身も、周りが見えなくなり始めていた。
「リナさん、青晶石を一つお願いします」
「はい」
「それと、測定器の第二系統をこちらへ。魔力値を〇・一ずつ上げます」
「分かりました」
「ハロルド様。この灯具、定格出力はここに書いてある数値で合っていますか?」
「ああ」
「では、安全上限は?」
「定格の一・四倍です。ただし連続運転は一・二まで」
「ありがとうございます」
会話しながら手を動かす。
魔力核の表面を薄く削り、回路を刻み直す。
完全な新作を作るには時間が足りない。
だから今回は、既存の構造をできるだけ残した。
中央集束部を迂回させ、三方向へ直接流す。
一本ごとの抵抗値を測りながら幅を調整する。
「……そこ、そんなに細くして大丈夫なのか?」
ハロルドが思わず口を出した。
「この方向は流れやすいので、大丈夫です」
「だが、従来基準の半分以下だぞ」
「従来基準が、この素材には合っていないんです」
悪気なく答えると、ハロルドが何とも言えない顔になった。
それからさらに一時間ほど。
エレナはようやく顔を上げた。
「一度、点けてみます」
「もう?」
「まだ仮調整です。失敗したら消えるだけですから、離れていてください」
「爆発は?」
「その可能性も少しあります」
「先に言ってください!」
リナが慌てて後ろへ下がった。
「少しです」
「少しでもあるなら先に言ってください!」
「分かりました。次から言います」
「今も言ってください!」
研究院は賑やかだ。
エレナはそんな場違いな感想を抱きながら、魔力を流した。
灯りがつく。
白い光が工房を照らした。
見た目は、それまでとほとんど変わらない。
ハロルドが測定器を見る。
そして動かなくなった。
「……入力値が低すぎる」
「そうですね」
「測定器が狂っているのでは?」
「別のものでも測りましょう」
もう一台につなぐ。
結果は同じだった。
以前の七割ほどしか魔力を入れていないのに、光量は変わっていない。
ハロルドが紙へ数値を書き込み、何度も計算する。
「なぜだ」
「無駄に熱へ変わっていた分が減ったからです」
「だが、ここまで……」
「まだ減らせます」
顔が一斉に上がった。
「これ、元の回路を残しているので妥協した部分があります。最初から作るなら、もっと小さくできます」
誰も返事をしない。
エレナは少し不安になった。
「何か変でしたか?」
「変です」
ミレイアが即答した。
「良い意味で」
「それならよかったです」
「普通はそこで安心するところではありませんよ」
ハロルドが測定器から離れた。
来たときの硬い表情は、もうなかった。
「このまま耐久試験へ回しても?」
「お願いします。ただ、仮調整なので、長時間使うなら一度刻印を整えたほうがいいです」
「何時間くらい持つと思います?」
エレナは計算した。
元は八時間。
消費は約七割。
単純計算なら十一時間以上。
だが、発熱が減ったことで効率低下も抑えられる。
「十三時間くらいでしょうか」
「十三……」
「ただし、これは改造品です。新しく作ればもっと伸ばせると思います」
「どのくらいです?」
聞かれて、エレナは少し迷った。
「ちゃんと試さないと断言できません」
「構いません。予想で」
「……三日」
ハロルドの顔が固まった。
「何がです?」
「連続点灯です」
「七十二時間?」
「はい」
「現行品は八時間ですよ」
「知っています」
「九倍です」
「計算は合っています」
「そういう話ではなくてですね」
ハロルドは何か言おうとして、結局言葉を失った。
エレナには、なぜそこまで驚かれているのか完全には分からなかった。
以前の工房でも、同じような改良は何度もやっていた。
もっとも、完成したときにはガイウスが「やっぱり俺の設計は悪くないな」と笑って終わることが多かった。
「エレナさん」
ミレイアが妙に真剣な顔で尋ねる。
「昨日、十分の一の魔力で同じ明るさを出せるかもしれないと言いましたよね」
「はい」
「今の改造だけで三割減っています」
「はい。でも、これでは全然足りません」
「全然?」
「目標は十分の一ですから」
ミレイアが天井を見上げた。
「陛下は何を連れてきたのかしら……」
「聞こえていますよ」
声がして、全員が振り返った。
工房の入口にクロムウェルが立っていた。
いつからいたのか分からない。
後ろには護衛が一人いる。
「陛下」
全員が慌てて頭を下げる。
エレナも工具を置いて礼をしようとしたが、クロムウェルが手で制した。
「作業中なら、そのままでいい」
「いつからいらしたんですか?」
「『設計が悪い』あたりからだ」
最悪のところから聞かれていた。
エレナは少し気まずくなった。
「もう少し柔らかく言うべきだったと反省しています」
「内容が正しいなら、私は気にしない」
「私は少し気にしました」
ハロルドが横から言った。
しかし、声音にはもう棘がなかった。
「ですが、認めます。少なくとも今回の改良について、私は彼女の説明に反論できません」
「珍しいな」
「陛下、それはどういう意味でしょう」
「そのままの意味だ」
どうやらクロムウェルとハロルドは以前から面識があるらしい。
短いやり取りに、少しだけ人間らしい温度があった。
「それで?」
クロムウェルがエレナの改造した魔導灯を見る。
「結果は」
「現時点で、同じ光量を維持したまま魔力消費を約三割減らせています。ただ、これは既存品の改造なので限界があります。最初から組み直せば、もっと落とせると思います」
「どの程度まで?」
「最終目標は昨日お話しした通り、十分の一です」
「できそうか」
昨日と同じ質問だった。
ただし今日のエレナは、少し違う答えを返した。
「できます、とはまだ言えません」
クロムウェルは何も言わず待った。
「でも、やってみたいです」
エレナはそう続けた。
不思議だった。
以前なら「できます」と言い切れるものしか見せたくなかった。
失敗すれば、自分の価値まで下がると思っていた。
だから試作品は人に見せず、一人で何度も作り直した。
今は、まだ分からないと言える。
そのこと自体が少し嬉しい。
「なら、やればいい」
クロムウェルは簡単に答えた。
エレナは笑った。
「陛下は本当に、それしか言いませんね」
「他に何を言えばいい?」
「普通は『失敗するかもしれない』とか、『材料費がかかる』とか」
「失敗するかもしれないから試すのだろう。材料は研究のためにある」
やはり、あまりにも当然という顔をしている。
その考え方が、エレナにはまだ眩しかった。
「それとハロルド」
「はい」
「彼女を試すために持ち込んだのなら、結果は出たな」
ハロルドは少し黙った。
やはり、これは単なる相談ではなかったらしい。
「……申し訳ありません」
謝罪はクロムウェルではなく、エレナへ向けられた。
「正直に申し上げます。私はあなたを疑っていました」
「当然だと思います」
「そう言われると余計に困るのですが」
ハロルドは苦笑した。
「陛下が他国から直接連れてきた二十歳の技師に専用工房まで与えた。私たちは何年も研究院で実績を積んできましたから、面白くなかったのです」
そこまで率直に言われるとは思わなかった。
エレナは少し考える。
「私でも、たぶん同じように思います」
「怒らないのですか?」
「疑われることより、作ったものを見てもらえないほうが嫌です。今日は見ていただけたので、それで十分です」
ハロルドはしばらく黙ったあと、深く頭を下げた。
「でしたら、改めてお願いします。この軍用魔導灯の改良を、我々と一緒に進めていただけませんか」
「私一人で、ではなく?」
「これは軍用開発室の仕事です。ですが、あなたの考えを借りたい」
一緒に。
その言葉が、エレナの胸に少し温かく残った。
誰かの下働きでもない。
誰かの名前で発表するためでもない。
技術者同士で、一つのものを作る。
「はい。ぜひ」
そう答えると、ハロルドの表情もようやく和らいだ。
「ただし、一つお願いがあります」
「何でしょう」
「さきほどおっしゃった素材の分類方法を、詳しく教えてください。正直、まだ半分も理解できていません」
「もちろんです。でも、私のやり方も完璧ではありませんから、そちらで良い方法があれば教えてください」
「それはこちらの台詞ですよ」
少しだけ笑いが起きた。
昨日まで誰も知らなかった場所だった。
今朝までは、自分を疑っていた人たちだった。
それなのに、魔導具一つを挟んだだけで、話せることがこんなに増える。
エレナはやはり、職人同士のこういう時間が好きだった。
「では、まず七十二時間を目標にします」
ハロルドが言った。
「三日間点灯し続ければ、軍の運用そのものが変わります」
「分かりました」
「ただし、無茶な徹夜は禁止です」
横からミレイアが口を挟んだ。
「なぜ先に釘を刺すんですか?」
「あなたならやるからです」
「まだやっていません」
「昨日の休みを紙十五枚で潰した方の発言とは思えませんね」
エレナが反論に困っていると、クロムウェルまで頷いた。
「夜間使用には許可を取れ」
「陛下まで」
「契約したばかりの技師を三日で倒したら、私が研究院へ何をしに来たのか分からなくなる」
「では、倒れなければいいのですね」
「そういう抜け道を探すな」
思わずエレナは笑ってしまった。
ガイウスの工房では、完成するまで寝ないことを当然だと思っていた。
ここでは、働こうとすると止められる。
まだ慣れない。
けれど、悪くない。
むしろ――少し嬉しい。
その日の午後から、新型軍用魔導灯の試作が始まった。
エレナが回路案を出し、ハロルドたちが軍で必要とされる強度や整備性を指摘する。リナが素材を加工し、測定担当の助手が一つずつ数値を取っていった。
エレナ一人では気づかなかった問題も出た。
「この位置に回路を置くと、落下したときに割れやすいです」
「では、こちらへ逃がしましょう。ただ、そこだと抵抗が増えるので――」
「銀導鉱を少量混ぜたら?」
「それならいけるかもしれません」
誰かの意見を受け、自分が直し、また別の誰かが問題を見つける。
不思議な感覚だった。
自分一人で全部抱え込むより、ずっと早い。
夕方。
最初の試作機が完成した。
従来品より少し小さく、軽い。
魔力を流す。
白い光が灯った。
測定値を確認したハロルドが、しばらく黙った。
「どうですか?」
エレナが尋ねる。
「予想値ですが」
「はい」
「この消費量なら、七十二時間を超えます」
工房の中が静まり返った。
エレナ自身も、数値を確認する。
計算する。
間違いではない。
「……本当に?」
「あなたが作ったんでしょう」
「そうですけれど、思ったより早かったので」
「こちらとしては、その感想のほうが怖いですよ」
ハロルドが乾いた笑いを漏らした。
八時間しか保たなかった軍用魔導灯が、三日以上。
まだ耐久試験は必要だ。
実戦投入には、落下や高温、低温への試験もある。
完成したわけではない。
それでも。
数字は、確かにそこにあった。
エレナは光り続ける試作機を見つめた。
自分の技術が、初めて知らない国の誰かとつながった。
この魔導灯が完成すれば、夜の救護所で使われるかもしれない。暗闇で怪我人を治療する誰かの手元を照らすかもしれない。
そう考えた途端、胸の奥から喜びが込み上げた。
「……嬉しいですね」
思わず口にすると、ハロルドが意外そうにこちらを見た。
「何がです?」
「自分が作ったものが、ちゃんと役に立つかもしれないと思うと」
以前も、同じはずだった。
それなのに今は、何かが違う。
誰の功績になるのかを考えず、ただ良いものを作ることだけに集中できる。
エレナはその感覚を、しばらく忘れていたらしい。
クロムウェルはすでに工房を出たあとだった。
だから、今日の結果をまだ知らない。
明日報告したら、何と言うだろう。
大げさに褒める姿は想像できない。
きっと、あの落ち着いた顔で「そうか」と頷くのだろう。
それでも少しだけ、早く知らせたいと思った。
その気持ちに気づき、エレナは自分でも理由が分からないまま、試作機の光から目を逸らした。
帝国へ来て、まだ二日目。
なのに自分の世界は、もう昨日までよりずっと広くなっていた。




