↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
47/60

第48話 百五十年前にも、同じ夜がありました

# 第48話 百五十年前にも、同じ夜がありました


 国際合同魔導災害対策会議の翌朝、エレナの机に置かれたのは、最新の観測記録ではなかった。


「……百五十年前?」


 薄い茶色に変色した複写紙を両手で持ちながら、エレナは思わず聞き返した。


 原本そのものではない。


 故国の王立魔導研究所から送られてきた古文書を、ベルナールたちが読み起こし、現在の文字へ転写したものだった。


 紙の上部には。


『王国北部第三魔石鉱山 出力記録 王暦四百十二年』


 とある。


 その下。


『夏終月十二日、夜半より坑内灯火暗化』


『十三日未明、充填済み魔石の持続時間低下』


『地上農村より季節外れの霜害報告』


『十四日、地下魔力井戸の湧出量さらに減少』


 そこまで読んで。


 エレナは顔を上げた。


「これ、本当に百五十年前なんですか?」


 向かいに座るベルナールが頷く。


「正確には百四十八年前です。王国暦を帝国暦へ単純換算した場合ですが」


「単純換算?」


「そこが問題でしてね」


 ベルナールは別の紙を出した。


「当時の王国では、年の切り替わりが今と違う」


「違う?」


「農暦基準です。春分後の最初の新月を一年の始まりとしている」


 エレナは少し止まった。


「……嫌な予感がします」


「正しい予感です」


 ベルナールは淡々と答えた。


「しかも北部地方では、中央暦と地方暦がしばらく併用されていた」


「二つ?」


「さらに鉱山記録では坑内作業暦という独自の数え方まであります」


「三つ?」


「ええ」


 エレナは複写紙を机へ置いた。


「どうして昔の人はそんなに暦を増やしたんです?」


「当時の人に聞いてください」


「もう誰もいません」


「ですから困っている」


 ベルナールの口元が少しだけ緩んだ。


 笑い事ではない。


 でも。


 少し笑ってしまった。


「ただ」


 ベルナールが続ける。


「内容そのものは無視できません」


「はい」


 夏の終わり。


 夜間。


 魔石灯が暗くなる。


 充填済み魔石の持続時間が下がる。


 地下魔力井戸の出力低下。


 そして。


 季節外れの霜。


 今起きていることと。


 似ている。


「でも」


 エレナはすぐ言った。


「似ているだけで、同じとは言えません」


「もちろんです」


「鉱山灯が暗くなる原因なら、魔石の質が悪かった可能性もある」


「あります」


「霜も、ただの異常気象かもしれない」


「ええ」


「それに」


 エレナは日付部分を指す。


「同じ夜だったか分からない」


「だから持ってきました」


 ベルナールは。


 もう一枚。


 今度は。


 カルディア王国側から届いた記録。


「こちらはカルディア南部の修道院記録です」


「修道院?」


「当時、地方の天候記録を残していたのが主に修道院だったそうです」


 エレナは読み上げる。


『収穫月二十七日。夜、聖堂結界の光弱し。夜半に鐘楼の魔導灯二基消ゆ』


『翌朝、畑の縁に白霜。葡萄の若枝に被害』


 エレナの指が止まる。


「また霜」


「ええ」


「でも時期は?」


「王国の夏終月とカルディアの収穫月が同時期かどうか。そこから確認が必要です」


「……簡単には揃いませんね」


「国際共同研究とは、こういうものです」


 ベルナールは平然としている。


 長年。


 審査と古い記録を扱ってきた人らしい。


 エレナは。


 机の上の資料を見る。


 故国。


 カルディア。


 さらに。


 エルグランからも古い鉱山報告が届いていた。


『第三坑道、魔力泉の水位低下』


『採掘魔石の自然充填速度、通常比七割以下』


『三夜後、ほぼ平常へ』


「これ」


 エレナが言う。


「日付は?」


「まだ換算前です」


「三国とも」


「似た記録がある」


「でも」


「同じ現象かは未確定」


 二人。


 ほぼ同時に言った。


 一瞬。


 間が空く。


 ベルナールが笑う。


「気が合いますな」


「技術者なので」


「便利な言葉です」


 午前十時。


 国際合同魔導災害対策会議の臨時資料室。


 普段は帝国議会の委員会室として使われる部屋へ。


 各国の古記録が集められ始めた。


 戦争記録。


 税の記録。


 鉱山台帳。


 修道院日誌。


 農業収穫表。


 都市照明の修繕帳。


 治療院の患者記録。


 どれも。


「大気魔力異常」とは書いていない。


 当たり前だった。


 当時。


 今ほど精密に大気魔力を測る技術はない。


 なら。


 何を探す?


「結果です」


 エレナは会議の冒頭で言った。


 六か国の技術者たちがこちらを見る。


「昔の人が『広域大気魔力濃度が一七パーセント低下した』と書いているはずはありません」


「でしょうね」


 ノアが苦笑する。


「なので」


 エレナは黒板へ書く。


『魔導灯の異常』


『結界出力低下』


『魔石充填速度低下』


『地下魔力井戸低下』


『季節外れの霜害』


『原因不明の治癒魔法効率低下』


『都市揚水設備の停止』


「こういう結果を探します」


 カルディアの気象技師が手を上げる。


「でも、古い設備故障なんて山ほどあります」


「はい」


「それを全部今回と結びつけるのは危険では?」


「だから」


 エレナは答える。


「一つでは見ません」


「複数条件?」


「はい」


 同じ地域。


 同じ時期。


 複数種類の魔導設備。


 さらに。


 離れた国でも近い時期。


「独立した記録が重なるほど」


 エレナは言う。


「同じ広域現象だった可能性が上がります」


 エルグランの鉱山技師が腕を組む。


「逆に言えば」


「はい」


「一国だけの一件なら?」


「保留です」


「捨てない?」


「捨てません。でも証拠にはしません」


「慎重だな」


「一度、北部から南へ移動していると思いかけて失敗しているので」


 ノアが小さく頷く。


「学びましたね」


「言い方」


 少し笑いが起きた。


 でも。


 やることは。


 地味だった。


 とても。


 世界の危機を調べているようには見えない。


 古い数字を。


 一つずつ。


 別の暦へ直す。


 当時の一日が。


 日の出から次の日の出までなのか。


 真夜中で区切るのか。


 月の満ち欠けで日付がずれるのか。


「エレナさん」


 昼前。


 リナが大量の暦換算表を持ってくる。


「これ、全部見るんですか?」


「全部ではありません」


「よかった」


「関連しそうな年だけ」


「何年分?」


「二百年」


「全部では?」


「四百年より少ないです」


「比較がおかしいです」


 エレナは。


 真面目に資料を受け取る。


 リナが。


 しばらく無言で見ていた。


「また一人でやろうとしてません?」


 その言葉で。


 エレナの手が止まる。


「……してません」


「間がありましたよ」


「少しだけ」


「誰に振ります?」


「歴史暦法の専門家」


「います?」


「探します」


「そこからですね」


 正しかった。


 エレナたち魔導技師が。


 暦法まで自力で極める必要はない。


 その日の午後には。


 帝国王立史料院。


 カルディア歴史暦研究所。


 エルグラン鉱山史研究室。


 それぞれから。


 歴史研究者が招かれた。


 最初。


 エレナは。


 少し居心地が悪かった。


 技術会議のはずなのに。


 目の前で。


 魔導具の話ではなく。


 月齢。


 旧暦。


 王朝ごとの閏月。


 宗教祭日。


 地方暦。


 そんな話が続く。


「王暦四百十二年の夏終月十二日は」


 帝国史料院の老学者が言う。


「現在の帝国暦へ単純に直すと、八月末頃に見えますが」


「違う?」


「当年は閏月がある」


「……またですか」


「またです」


「どのくらいずれます?」


「二十七日」


 エレナは。


 頭の中で。


 いったん全部を止めた。


「それ」


「はい」


「かなり違いますね」


「古い暦とはそういうものです」


 隣のベルナールが。


 少し笑っている。


「楽しそうですね」


「私はもう午前中に絶望したので」


「先に?」


「ええ」


「ずるいです」


「経験の差です」


 でも。


 少しずつ。


 日付が揃っていく。


 まず。


 故国の鉱山記録。


 換算後。


 帝国暦で。


 およそ初秋。


 三日間。


 次。


 カルディア修道院。


 月齢記録。


 満月から何日目。


 収穫祭の三日前。


 別の記録と照合。


 換算。


「……近い」


 ノアが言う。


 エレナも。


 紙を見る。


 故国。


 第一夜。


 魔石灯暗化。


 カルディア。


 同じ換算日の夜。


 聖堂結界低下。


 差。


 暦換算誤差を含めても。


 一日以内。


「エルグランは?」


 エレナが聞く。


 鉱山史研究者が。


 古い台帳をめくる。


「こちらは日付ではなく坑道交代記録なので」


「何を基準に?」


「王都からの給与送達日です」


「……そんなものまで使うんですね」


「残っているものは何でも」


 やがて。


 換算。


 同じ。


 あるいは。


 前後一日。


 資料室が。


 少し静かになる。


「三国」


 ノアが言った。


「ほぼ同じ?」


 エレナは。


 すぐには頷かなかった。


「まだです」


「でも」


「暦換算誤差があります」


「一日以内」


「はい」


「それでも?」


「三国だけです」


 ベルナールが。


 少し満足そうに見る。


「慎重ですな」


「ここで喜んで間違えるの嫌なので」


「もっともです」


 そこへ。


 ローディア公国の歴史技師が手を上げた。


「こちらでも一件」


 古い。


 農務記録。


『白霜により豆類枯死』


『同週、南部灌漑用魔導揚水器停止三基』


 日付。


 暦換算。


 同じ週。


 さらに。


 東方の一王国。


『城壁結界の一時減衰』


 同じ月。


 もう一国。


『治癒院で原因不明の治癒術効率低下。術者複数に共通』


 同じ時期。


 ばらばら。


 なのに。


 重なっていく。


 エレナは。


 紙の上へ。


 印を置いていく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 五つ。


「これ」


 リナが。


 エレナの隣から。


 小さく言う。


「本当に」


 途中で。


 止まる。


 エレナも。


 分かっていた。


「まだ」


 言う。


「同じ現象だとは断定できません」


 少し。


 声が硬い。


「でも?」


 ノアが聞く。


「同じ時期に」


 エレナは。


 大陸地図を見る。


「離れた複数地域で」


 魔石。


 結界。


 魔力井戸。


 治癒。


 揚水。


 霜。


「魔力供給に関係する異常が集中している」


「偶然としては?」


「少し」


 エレナは。


 言葉を選ぶ。


「多すぎる気がします」


 ベルナールが。


 横から言う。


「技術者らしくない言い方ですな」


「まだ確率計算できていないので」


「それなら正しい」


 夕方。


 臨時会議。


 集まった古記録。


 四十八件。


 そのうち。


 暦換算が十分できたもの。


 二十一件。


 その中で。


 現在の換算日で。


 同じ三日間へ集中するもの。


 十三件。


 国。


 五か国。


「十三」


 エレナは。


 黒板を見る。


 それでも。


 断言しない。


「まず」


 外務官が聞く。


「これは百五十年前にも同じ災害があった、と発表できる?」


「できません」


 エレナは即答した。


「なぜ」


「同じ現象だと証明できていません」


「でも十分似ている」


「似ています」


「五か国」


「はい」


「同じ三日」


「はい」


「それでも?」


「それでもです」


 外務官が。


 少し苦笑する。


「厳しいな」


「間違って公表したほうが困ります」


「では、どう表現する」


 エレナは。


 少し考える。


「『過去に類似する広域魔力異常が発生した可能性を示す史料群を確認』」


「硬い」


 ノアが呟く。


「正式文書なので」


「やっぱり」


 少しだけ。


 空気が和らぐ。


「それなら」


 外務官も頷く。


「可能性として発表できる」


「はい」


「それで」


 ベルナールが。


 別の資料を出した。


「問題は、ここからです」


 エレナが見る。


 王国北部第三鉱山。


 最初の夜。


 灯火低下。


 二日目。


 霜害。


 三日目。


 地下魔力井戸低下。


 そして。


 四日目。


「四日目?」


 エレナが。


 読み進める。


『夜半、坑内魔石灯ほぼ用を成さず』


『坑外第三泉、魔力反応著減』


『村落結界、一部維持不能』


 エレナの表情が変わる。


「……今より長い」


 ベルナールが頷いた。


「可能性があります」


「今回」


 エレナは。


 直近の記録を思い出す。


 一夜。


 低下。


 回復。


「もし」


 言葉が。


 少し重くなる。


「もし同じ型なら」


 ノアも。


 もう分かっている。


「次は」


「一晩で戻らないかもしれない」


 資料室が。


 静かになる。


 外では。


 夕刻の鐘。


 帝都の街灯が。


 一つずつ。


 点いていく。


 今は。


 明るい。


 普通に。


 何も起きていない。


 それが。


 急に。


 頼りなく見える。


「でも」


 リナが。


 少し強く言った。


「百五十年前は」


 皆が見る。


「戻ったんですよね?」


 エレナは。


 その言葉で。


 もう一度資料を見る。


 四日目。


 五日目。


 その先。


「……はい」


 ベルナールが答える。


「少なくとも文明は続いている」


「それなら」


 リナが言う。


「手掛かりあるんじゃないですか?」


 単純。


 でも。


 大事だった。


 過去に。


 同じようなことが起きた。


 怖い。


 でも。


 同時に。


 希望でもある。


 人は。


 そのあとも生きている。


 国も。


 町も。


 農地も。


 鉱山も。


 残っている。


「そうですね」


 エレナは。


 少しだけ。


 肩の力を抜いた。


「昔の人が」


 資料を見る。


「何をしたかも探しましょう」


「対策記録?」


 ノアが聞く。


「はい」


「残ってますかね」


「探します」


 ベルナールが。


 すぐ訂正する。


「皆で」


 エレナが。


 一瞬。


 止まり。


「……はい」


 笑った。


「皆で探します」


 その夜。


 研究院へ戻ったエレナは。


 古い史料の要約を。


 クロムウェルへ報告した。


「百五十年前」


 クロムウェルが言う。


「ああ」


「同じ可能性が高いです」


「断定は?」


「しません」


「だと思った」


「でも」


 エレナは。


 少しだけ。


 不安を隠さず言う。


「今より長かったかもしれません」


 クロムウェルは。


 すぐには答えない。


「怖い?」


「はい」


「今回も?」


「はい」


「それでいい」


 エレナが。


 少し笑う。


「最近、それを言われると安心します」


「怖くないふりをして一人で動くよりはいい」


「はい」


「ただ」


 クロムウェルは。


 机の上の史料へ目を落とす。


「百五十年前」


「はい」


「帝国だけではなかった?」


「少なくとも、複数国」


「そして」


「皆、生き残っています」


 その言葉は。


 自分で言うと。


 少しだけ。


 強く聞こえた。


「なら」


 クロムウェルが言う。


「今回は、百五十年前より情報がある」


「はい」


「通信もある」


「はい」


「治癒瓶も」


「はい」


「国際共通符号も」


「あります」


「そして」


 少しだけ。


 エレナを見る。


「国境を越えて話す相手もいる」


 胸の奥が。


 静かに温かくなる。


「……はい」


 百五十年前。


 人々は。


 遠くの国で同じ夜に何が起きているか。


 たぶん。


 知らなかった。


 今は。


 知れる。


 比べられる。


 伝えられる。


「昔より」


 エレナが言った。


「少しだけ有利ですね」


「少し?」


「かなり」


「それでいい」


 翌朝。


 さらに一件。


 故国王立研究所から。


 追加の古記録が届いた。


 王都結界管理局。


 百四十八年前。


 同じ換算日の記録。


 そこには。


『三日目夜、王都外周結界の自然魔力供給、通常の三割以下』


 とある。


 そして。


 その次の行。


『第四日未明、回復を認めず』


 エレナは。


 その文字を。


 しばらく見つめた。


 前回。


 世界の魔力は。


 一晩で戻った。


 でも。


 百五十年前。


 少なくとも一部地域では。


 三日目を越えて。


 戻っていない。


「ノアさん」


「はい」


「過去記録」


 エレナは。


 紙を渡す。


「三日目までで切らないでください」


「もっと先?」


「はい」


「何日分」


「戻るまで全部」


 ノアが。


 記録を見る。


 表情が変わる。


「……分かりました」


 百五十年前にも。


 同じ夜があったかもしれない。


 それは。


 過去に誰かが乗り越えた証拠であると同時に。


 今の異常が。


 まだ最初の一夜にすぎない可能性も。


 示し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。