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第47話 国境を越えた技師たち

 国際合同魔導災害対策会議の初日、エレナが最初に驚いたのは、世界には同じ数字を違う意味で使う技師が思っていた以上に多い、ということだった。


「ですから、我が国の『魔力濃度百』とアルヴァレス帝国の『百』は同じ値ではありません」


 カルディア王国の環境観測技師が、少し苛立った声で言う。


 向かいに座ったエルグラン王国の鉱山技師は、腕を組んだまま首を横に振った。


「なら最初から単位を変えるべきだ。我々は魔力井戸の平常出力を百としている。大気濃度まで同じ記号を使われれば、資料だけ見た人間は混同する」


「こちらは二十年以上この表記です」


「うちも三十年だ」


「では三十年使えば正しいんですか?」


「そうは言っていない」


「聞こえますけど」


 開始から二十分。


 まだ世界の魔力異常そのものには一歩も入っていない。


 エレナは中央の大きな会議卓を見渡した。


 帝国宮殿の大会議室には、六か国から集まった技術者と政府代表が座っている。


 カルディア王国。


 エルグラン王国。


 ローディア公国。


 東方の二王国。


 そして。


 エレナの生まれた国。


 つい数か月前まで、彼女の仕事を正しく評価できなかった故国の代表団も来ていた。


 政治家だけではない。


 気象観測技師。


 鉱山技師。


 治癒魔導師。


 農業技術者。


 公共設備技師。


 通信技師。


 それぞれが、自国では専門家と呼ばれる人たちだ。


 だからこそ。


 誰も簡単には譲らない。


「主任」


 隣に座るノアが小声で言った。


「これ、今日中に観測規格まで行きます?」


「行きたいです」


「希望ではなく」


「……努力します」


「怪しいですね」


 エレナは返事をせず、もう一度会議卓へ目を戻した。


 帝国側の席には、オルディス、ミレイア、アメリア、マティアス、ハロルド、グレゴール、ユルゲン、ノア。


 分野ごとの責任者が並んでいる。


 エレナ一人ではない。


 それだけで。


 以前の国際交渉より、ずっと呼吸がしやすかった。


「一度止めましょう」


 エレナが言った。


 声を張り上げたわけではない。


 それでも、各国の通訳を挟んだ議論が少しずつ静まる。


「今、問題になっているのは」


 エレナは卓上の二枚の資料を持ち上げた。


「どの国の数字が正しいか、ではありません」


 カルディアの技師が眉を寄せる。


「しかし基準が違えば比較できません」


「はい。だから、どちらかを捨てる必要もありません」


「どういう意味です?」


「変換できればいいです」


 エレナは前方の大きな黒板へ向かった。


 帝国基準。


 カルディア基準。


 エルグラン鉱山基準。


 それぞれの横へ。


 共通基準値。


 と書く。


「各国が国内で使っている規格は、そのままでいいと思います」


 少しざわついた。


「変えなくていい?」


 ローディア側の技師が聞く。


「はい。長年の記録があるなら、むしろ急に変えると過去比較が難しくなります」


「では国際会議では?」


「各国値の横へ、共通換算値を付けます」


 ノアがすぐ補足する。


「換算用の標準魔石を共有すれば、帝国式へ統一しなくても対応できます」


 カルディア側の技師が腕を解いた。


「つまり、国内は国内規格。国際共有するときだけ共通規格?」


「はい」


「誰がその共通規格を決めるんです?」


 出た。


 エレナが予想していた質問。


「帝国ではなく」


 エレナは答えた。


「この会議で決めたいです」


 今度は。


 少し違う種類のざわめき。


「帝国方式を採用しない?」


 エルグランの政府代表が尋ねる。


「必要なら一部使うかもしれません。でも、帝国方式だから、という理由では採用しません」


「開催国なのに?」


「開催国と、技術的に正しいことは別なので」


 向こうが少しだけ笑った。


「分かりやすい」


「ありがとうございます」


「褒めてはいません」


「そうでしたか」


 会場の空気が、ほんの少し和らいだ。


 そのとき。


 故国側の席から。


 低い声がした。


「相変わらずですね、エレナ技師長」


 聞き覚えがある。


 エレナはそちらを見る。


 白髪。


 六十を越えた細身の男。


 ベルナール。


 王国魔導技術協会と王立魔導研究所で長く審査に携わってきた技師。


 かつて。


 ガイウスの工房における功績帰属を調べ。


 最終的に。


 王国側の評価制度にも問題があったと認めた人。


「ベルナール様」


「今日は“様”はいりません」


「では、ベルナール技師」


「そちらのほうが落ち着きます」


 少し笑う。


 以前。


 王国から帝国へ調査に来たときは。


 ベルナールが審査する側で。


 エレナが答える側だった。


 今日は。


 同じ会議卓。


 同じ技術者席。


 誰が上でも下でもない。


「何が相変わらずなんです?」


 エレナが聞く。


「どの国の規格かより、実際に何が測れるかを先に見るところです」


「それは普通では?」


「国が絡むと、普通でなくなる人が多い」


 ベルナールは自国の資料を開いた。


「我が国も共通換算規格に賛成します。ただし一つ条件がある」


「何でしょう」


「変換式と校正手順を公開すること」


 帝国外務官が少し動いた。


 公開。


 そこには。


 国ごとの利害がある。


 エレナはすぐ答えず。


 外務官を見る。


 彼が僅かに頷いた。


「民生観測用に限定するなら」


 エレナは言った。


「私も公開がいいと思います」


「理由は?」


 ベルナールが聞く。


「誰か一国しか校正できない規格だと」


 エレナは答える。


「その国が間違ったとき、全員一緒に間違えるので」


 ベルナールが目を細めた。


「よろしい」


「偉そうですね」


「年長者なので、それくらい許してください」


 少し笑いが起きた。


 エレナ自身も。


 自然に笑えた。


 故国の人間と会えば。


 昔の痛みを思い出すと思っていた。


 もちろん。


 何もないわけではない。


 王国。


 工房。


 婚約破棄。


 名前を失った仕事。


 戻ってこいと言われたこと。


 全部。


 消えてはいない。


 でも。


 今。


 目の前にいるベルナールは。


 それらを代表する人間ではない。


 一人の技師。


 それだけだった。


 午前中の議題は。


 観測規格。


 最低限の共通換算方式がまとまった。


 大気魔力。


 地下魔力。


 魔力井戸。


 それぞれ。


 絶対値が違っても。


『平常時基準比』


『低下開始時刻』


『最低到達値』


『回復開始時刻』


『回復完了時刻』


 この五項目を。


 同じ形式で記録する。


「次です」


 進行役の外務官が言う。


「国際災害通信符号」


 ここから。


 ノアが主役になった。


 前へ出る。


 少し緊張している。


 でも。


 声はしっかりしていた。


「現在、帝国では多重符号式魔導通信方式を使っています」


 資料が配られる。


「ただし、帝国方式そのものを各国へ採用してほしい、という話ではありません」


 エレナは。


 その言い方を聞いて。


 少し嬉しくなる。


「目的は」


 ノアは続ける。


「災害時に、方式が違っても同じ意味を送れることです」


 通信装置が違う。


 周波数が違う。


 魔石が違う。


 でも。


 符号の意味を揃える。


 一。


 異常なし。


 二。


 大気魔力低下。


 三。


 急激な低下。


 四。


 地下魔力低下。


 五。


 重要設備障害。


 六。


 医療支援要請。


 七。


 食料・農業支援要請。


 八。


 通信障害。


 九。


 詳細報告が後送される。


 十。


 受信確認。


「十個だけ?」


 エルグランの通信技師が聞く。


「最初は」


 ノアが答える。


「増やしすぎると、国ごとの翻訳ミスが増えるので」


「文字通信は?」


「まだ国際標準にしません」


「帝国では研究している?」


「しています」


「共有は?」


 会場の空気が少し変わった。


 技術。


 欲しい。


 でも。


 どこまで出す?


 エレナは。


 口を挟まなかった。


 これは。


 ノアと外務側の担当。


 ノアが一度。


 外務官を見る。


 確認してから答えた。


「災害符号の伝送技術は共有します。ただし、軍事暗号化や長距離高出力通信に関する部分は対象外です」


「都合がいいな」


 エルグラン側の政府代表が言う。


 少し。


 棘がある。


「そちらも軍事技術は出さないでしょう」


 ハロルドが横から言った。


 場が一瞬静かになる。


「帝国だけ全部出せという話なら、会議にならん」


「ハロルドさん」


 エレナが小声で言う。


「何だ」


「少し柔らかく」


「事実だ」


「事実でもです」


 エルグラン側から。


 小さな笑い。


 代表本人も少し肩をすくめた。


「いや。こちらも分かっている。ただ確認しただけだ」


「ならいい」


 ハロルドはあっさり引く。


 こういう人も。


 必要なのだと思う。


 エレナだけなら。


 どこまで出すか。


 まだ迷う。


 守るべきものを。


 はっきり守れる人。


 それも。


 共同作業。


 昼休憩。


 エレナは。


 ベルナールと同じ卓になった。


 狙ったわけではない。


 会場側が技術分野ごとに席を割り振った結果だった。


「お久しぶりです」


 ベルナールが言う。


「はい」


「前回会ったときより」


「何でしょう」


「顔つきが変わりましたな」


「よく言われます」


「帝国に慣れた?」


「それもあります」


「それ以外?」


 エレナは少し考えた。


「仕事を、人に任せられるようになりました」


 ベルナールが笑った。


「それは大きい」


「そんなに?」


「あなた、以前は全部自分で持っていましたから」


「……王国にいた頃も?」


「記録を読めば分かります」


 少し。


 胸が痛む。


 でも。


 もう逃げない。


「王国側の記録」


 エレナが聞く。


「訂正、進んでいますか」


「ほぼ終わりました」


「ガイウス様の件も?」


「はい」


 ベルナールの返答は簡潔だった。


「停止期間中の再教育も始まっています」


「そうですか」


「気になります?」


 少し考える。


「以前ほどは」


 本音。


「元気なら、それで」


「それだけ?」


「はい」


 ベルナールは。


 それ以上聞かなかった。


 ありがたかった。


「それと」


 彼は。


 別の話を出した。


「王国技術協会でも、家族経営工房や婚約関係にある共同作業者の功績記録制度を見直しました」


 エレナが顔を上げる。


「制度を?」


「あなた一人の件で終わらせても意味がないので」


 少しだけ。


 胸が温かくなる。


「よかったです」


「もっと怒ってもいいのですよ」


「何に?」


「遅かったことに」


 エレナは。


 しばらく考え。


「遅かったです」


「ええ」


「すごく」


「ええ」


「でも」


 パンを少しちぎる。


「今直すなら、直さないよりいいです」


 ベルナールは。


 静かに頷いた。


「あなたは、王国へ戻らなくてよかったのかもしれません」


 不意に。


 その言葉。


 エレナは。


 少し笑った。


「私も今は、そう思っています」


「そうですか」


「ただ」


「はい?」


「王国が変わることは、嬉しいです」


 自分の故郷。


 帰る場所としては選ばなかった。


 でも。


 不幸になってほしいわけではない。


「それで十分でしょう」


 ベルナールが言った。


 午後。


 会議は。


 もっと難しくなった。


 議題。


『災害観測情報の即時共有義務』


 ここで。


 政治が前へ出た。


「我が国の国内設備障害を、発生直後に他国へ報告することはできない」


 東部王国の代表が言う。


「軍事的弱点になります」


「しかし」


 カルディア側。


「魔力低下そのものは国境を越える。そちらで先に起きているなら、隣国が知る意味は大きい」


「位置情報を出せば、重要都市が推測される」


「なら位置を粗くする」


「それでも」


「隠して隣国で死者が出たら?」


 声が強くなる。


「それを我が国の責任にするのか?」


「そういう意味では」


「聞こえる」


 空気が。


 固くなる。


 政府代表同士。


 国益。


 信頼。


 恐怖。


 技術だけでは。


 解けない。


 エレナは。


 少し迷った。


 これは。


 自分が口を出すところか。


 でも。


 技術的に必要なことだけなら。


「一つ」


 手を上げる。


 進行役が頷く。


「技師長、どうぞ」


「位置情報は」


 エレナは言った。


「出さなくてもいいと思います」


 カルディア側がこちらを見る。


「では役に立たないのでは?」


「地域番号だけにします」


「地域番号?」


「国際共有用に、自国内を大まかな区画へ分ける」


 たとえば。


 北部。


 北東部。


 中央部。


 南部。


 西部。


 それ以上は。


 出さない。


「重要都市の位置は分かりません」


 エレナは続ける。


「でも、国のどの方向で魔力低下が始まったかは分かる」


「軍事施設の障害は?」


「報告しなくていいです」


 今度は。


 ハロルドが少し驚く。


「いいのか?」


「災害共有に必要なのは」


 エレナは答える。


「魔力環境の変化です」


 軍事基地が止まった。


 それは。


 国家機密。


「代わりに、民間設備への影響を段階だけで出します」


 軽微。


 中度。


 重大。


「何が壊れたかまでは?」


「任意」


「それで意味がある?」


「あります」


 エレナは。


 前回の帝国を思い出す。


 街灯。


 水道。


 医療。


 通信。


 同時に。


 小さな異常。


「設備障害が増えていると分かるだけでも」


 言う。


「次に来る国が警戒できます」


 東部王国代表が腕を組む。


「それなら、検討できる」


 カルディア側も。


「こちらも」


 少し。


 前へ進む。


 完全な情報共有ではない。


 でも。


 ゼロより。


 ずっといい。


 夕方。


 最後の議題。


『国際共通災害通信符号』


 午前にノアが提示した十項目。


 各国から修正。


 十二項目になった。


 十一。


『魔力回復開始』


 十二。


『広域同時発生確認』


 ノアが。


 最終案を読み上げる。


「これを」


 少し息を吸う。


「各国の通信方式が違っても、同じ意味で使う」


 エルグランの通信技師が聞く。


「魔導通信網がない国は?」


「光信号でも」


 ノアが答える。


「伝令旗でも。魔石点滅でも。意味だけ同じにします」


 エレナは。


 その言葉に。


 少しだけ。


 胸が熱くなる。


 最初。


 ノアが言った。


 声を送らなくていい。


 意味だけ送れればいい。


 その考えが。


 今。


 国境を越える規格になろうとしている。


「名称は?」


 議長役が尋ねる。


 ノアが。


 少しエレナを見る。


 エレナは。


 何も言わない。


 決めていい。


 あなたの仕事だ。


 そんなつもりで。


 ただ頷く。


 ノアが。


 前を向く。


「国際魔導災害共通符号」


「……普通ですね」


 エルグラン側の誰かが言った。


 会場に。


 笑いが起きる。


 ノアが少し赤くなる。


「分かりやすいほうがいいので」


 エレナが小声で言う。


「正式名称ですから」


 ノアがこちらを見る。


「主任に言われたくありません」


「いい名前だと思います」


「本当に?」


「かなり」


 また。


 笑いが起きた。


 そして。


 採決。


 六か国。


 全会一致。


『国際魔導災害共通符号』


 採択。


 さらに。


 広域魔力異常に関する観測情報。


 最低限項目。


 地域区分。


 開始時刻。


 低下率。


 回復。


 民間設備影響段階。


 これを。


 政治的対立とは別枠で。


 可能な限り迅速に共有する。


 完全ではない。


「可能な限り」。


 そこに。


 政治的な逃げ道も残っている。


 でも。


 今日。


 昨日までなかった仕組みが。


 できた。


 会議終了後。


 各国代表が立ち上がる。


 疲れた。


 エレナは。


 かなり疲れた。


 でも。


 不思議な満足感がある。


「技師長」


 ベルナールが近づいてくる。


「はい」


「今日は」


 少し笑う。


「あなたが一番賢い人ではありませんでしたな」


 エレナが瞬く。


「急に失礼ですね」


「褒めています」


「どういう意味です?」


「通信ではノア技師」


「はい」


「農業ではマティアス技師」


「はい」


「軍事ではハロルド技師」


「はい」


「各国にも、あなたより詳しい人が大勢いた」


「もちろんです」


「それでも」


 ベルナールは。


 会場を見渡す。


「ちゃんと会議は進んだ」


 エレナは。


 少しだけ。


 その意味を考えた。


「私が全部分からなくても」


「ええ」


「大丈夫だった」


「ええ」


 ベルナールが頷く。


「国家魔導技師長とは」


 少しだけ。


 いたずらっぽく。


「案外、何でもできる天才より、他人を使える人のほうが向いているのかもしれません」


「使う、という言い方は嫌です」


「では」


「一緒にやる人」


「相変わらず細かい」


「大事です」


「そうでしたな」


 ベルナールは。


 少し笑った。


「では、一緒にやりましょう」


 その言葉。


 故国の技師から。


 自然に。


 出た。


 エレナも。


 迷わず。


「はい」


 答えた。


 そこには。


 過去を消す必要も。


 許す宣言をする必要も。


 なかった。


 ただ。


 今。


 同じ問題がある。


 だから。


 一緒にやる。


 それで十分だった。


 夜。


 帝国側だけの報告会。


 クロムウェルも出席している。


 もちろん。


 仕事の顔。


「国際共通符号、採択」


 エレナが報告する。


「観測最低項目も合意しました」


「情報共有義務は?」


「完全義務ではありません」


「なぜ」


「各国が機密を理由に拒否しました」


「それで?」


「出せる範囲を減らして、共有速度を優先しました」


「妥当だと思う」


「ありがとうございます」


 クロムウェルは。


 特別扱いしない。


 エレナも。


 それが。


 今は心地いい。


「技術会議の次回議長は?」


「カルディア側です」


「帝国ではなく?」


「持ち回りなので」


「そうか」


 報告。


 質疑。


 公務。


 全部終わる。


 人が。


 少しずつ退出する。


 最後に。


 クロムウェルとエレナも。


 廊下へ出た。


 護衛がいる。


 完全な二人きりではない。


 でも。


 会議室を離れれば。


 少しだけ。


 空気が変わる。


「お疲れさまでした、陛下」


 エレナが言う。


「君も」


「今日は」


「何だ」


「ちゃんと国家魔導技師長として接していただけましたね」


「約束した」


「はい」


「不満?」


「まさか」


 少し笑う。


「むしろ嬉しかったです」


「ならよかった」


 しばらく歩く。


 そのあと。


 クロムウェルが。


 小さく言う。


「では」


「はい?」


「ここからは?」


 エレナは。


 一瞬分からず。


 すぐ。


 昨日の約束を思い出す。


 会議中は皇帝と国家魔導技師長。


 終わったら。


「……恋人として」


 まだ。


 言うと。


 照れる。


 クロムウェルの表情が。


 少し柔らかくなる。


「茶は?」


「行きたいです」


「仕事の話は禁止?」


「今日は」


 エレナは少し考える。


「今日の会議で面白かった技術の話だけなら」


「それは仕事では?」


「半分趣味です」


「基準が難しいな」


「努力してください」


「分かった」


 エレナは。


 笑った。


 世界の魔力は。


 まだ。


 何も解決していない。


 原因も。


 止め方も。


 分からない。


 むしろ。


 調べるほど。


 問題は大きくなっている。


 でも。


 今日。


 国境を越えた。


 最初は。


 数字を揃えるだけで喧嘩になった。


 自国の情報を隠したい国。


 他国の技術だけ欲しい国。


 軍事機密を守りたい人。


 農民を守りたい人。


 鉱山を止めたくない人。


 患者を救いたい人。


 それぞれ。


 事情が違う。


 正しさも。


 一つではない。


 だから。


 話す。


 測る。


 比べる。


 譲る。


 守る。


 そして。


 それでも共有できる部分を探す。


 その日の夜。


 六か国の各代表団へ。


 同じ一枚の紙が配られた。


『国際魔導災害共通符号 第一版』


 十二の意味。


 国が違っても。


 言葉が違っても。


 通信方式が違っても。


 同じ危険を。


 同じ意味で伝えるための符号。


 その開発者欄には。


 エレナだけの名前はなかった。


 ノア。


 帝国通信班。


 カルディア通信技術局。


 エルグラン鉱山通信部。


 各国観測技師。


 共同。


 と記された。


 エレナは。


 その記録を見て。


 静かに笑った。


 世界規模の問題に。


 世界一の天才は。


 たぶん。


 必要ない。


 必要なのは。


 国境を越えて。


 自分の知らないことを知っている人たちと。


 同じ卓につくこと。


 そして。


 誰の手柄かを争うより先に。


 正しい情報を。


 次の誰かへ。


 間に合ううちに届けること。


 国境を越えた技師たちは。


 ようやく。


 一つのチームになり始めていた。

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