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第41話 魔導列車計画――遠くへ物だけでなく人も運ぶ

 通信魔導網が北部まで延びてから、帝国では以前より早く「足りないもの」が分かるようになった。


 治癒瓶が残り二本。


 保温結界用の予備魔石が不足。


 水道設備の交換部品が必要。


 食料倉庫の制御核を三基。


 必要なものが、数十秒で帝都へ届く。


 そこまではよかった。


「問題は、そのあとです」


 帝国軍兵站部の会議室で、バルクが低い声を響かせた。


 大きな机の中央には、北部へ向かう主要街道と各中継都市を記した地図が広げられている。その横には、前週だけで北部から届いた物資要請の一覧が積み上がっていた。


 エレナは、一枚目から順番に目を通す。


「治癒瓶の追加が二日」


「急便を使って、だ」


 バルクが答える。


「通常輸送なら三日半から四日。雨が降ればもっと延びる」


「保温結界用魔石は?」


「重い。馬車一台に積める量が限られるから、隊列を組んで四日」


「通信なら、要請自体は一分以内に届くのに」


「だから困る」


 バルクは太い指で地図を叩いた。


「知らせだけ早くなった。物は早くならない」


 言い方は乱暴だが、まったくその通りだった。


 北部冷害のときは、事前警告が早まっただけでも大きな効果があった。


 けれど、長期化すれば別だ。


 予備魔石。


 治癒瓶。


 保存食。


 交換部品。


 作業員。


 それらは、通信符号のように空を飛んでくれない。


「通信網で『足りない』と十秒で分かっても」


 バルクが腕を組む。


「届くまで四日なら、最後は馬車待ちだ」


「街道の中継所を増やせば?」


 エレナが尋ねる。


「馬の交換回数は増やせる。小荷物なら多少早くなる」


「大型部品は?」


「無理だ」


「魔石も?」


「重量で馬が先に潰れる」


 あまり想像したくない表現だった。


 エレナは地図を見た。


 北部冷害が始まってから、何度も見てきた道。


 帝都。


 中継都市。


 山間部。


 北部州都。


 観測所。


 情報は。


 少しずつ距離を消し始めている。


 でも、物資はまだ距離に縛られている。


「速く運ぶ方法が必要ですね」


 エレナが言うと。


 バルクが大きく息を吐いた。


「だから呼んだ」


「私を?」


「国家魔導技師長を呼んだ」


「同じでは?」


「お前個人に何でも作らせようとしているわけじゃない」


 意外な言葉だった。


 バルクは資料の束から、一枚の古い設計図を取り出した。


「これを見ろ」


 エレナは受け取る。


 細長い荷台。


 車輪。


 二本の平行な金属軌道。


「鉱山用ですか?」


「西部鉱山の搬出軌道だ」


 聞いたことはあった。


 鉱石を山から運び出すため、傾斜に沿って敷いた鉄製の軌道。


 普通の荷車より摩擦が少なく、重い鉱石を少人数で動かせる。


「これを長距離に?」


「交通設備局が以前から研究している」


 エレナが顔を上げる。


「以前から?」


「十年以上前からだ」


「では、もう計画があるんですか」


「ある。止まっている」


「どうして?」


「金がかかる」


 非常に分かりやすかった。


「それだけ?」


「それだけで十分だ」


 バルクは別の資料を出す。


「それから動力だ。下りなら重力で動く。平地は牽引用の魔導具を使える。ただし、今の牽引装置は魔力を食いすぎる」


 エレナは計算表を見る。


 確かに。


 大型鉱石台車を数台引く程度でも、かなりの魔力消費。


 北部まで数百キロ。


 さらに積載量を増やすとなれば。


「これは」


「現行のままじゃ話にならない」


「ですね」


「だから」


 バルクはエレナを見る。


「お前には動力核だけ見てほしい」


 エレナは少し黙った。


「だけ?」


「そうだ」


「軌道設計は?」


「交通設備局」


「車輪や制動機構は?」


「同じく」


「橋梁は?」


「工務局」


「運行計画は?」


「兵站と交通行政」


「安全規格は?」


「それも別に専門班を作る」


 バルクの眉が少し動く。


「何だ、その顔は」


「いえ」


「言え」


「すごく安心しました」


「どういう意味だ」


「全部私に来るかと思っていました」


 バルクが鼻を鳴らす。


「国家技師長になったからって、線路の幅までお前に決めさせるほど帝国は馬鹿じゃない」


「それはよかったです」


「褒められている気がしない」


「かなり褒めています」


 エレナは設計図へ目を戻した。


 軌道。


 台車。


 牽引機。


 それぞれに専門家がいる。


 なら。


 自分は。


 精密魔導核。


 魔力消費。


 長時間安定。


 そこへ集中すればいい。


「動力核だけなら」


 エレナは言った。


「見られます」


「頼む」


 その日の午後。


 国立魔導研究院の大会議室には、今までエレナがあまり接点を持たなかった技術者たちが集まっていた。


 交通設備局。


 工務局。


 帝国軍兵站部。


 鉱山技術局。


 研究院。


 そして。


 会議室の中央には。


 実物の鉱山台車が置かれていた。


「本当に持ってきたんですか?」


 エレナが驚く。


 交通設備局の責任者らしい壮年の男性が答えた。


「図面だけでは、技師長殿が分からないでしょう」


「助かります」


「それに」


 男は少し笑う。


「こちらも、あなたが何でも一人で分かる人だとは思っていません」


「……最近、そこを皆さんに先回りされます」


「評判です」


「どんな評判なんですか」


「分からないことを聞く技師長」


 悪くない。


 むしろ。


 少し嬉しかった。


 男は名をユルゲン・ファルクと名乗った。


 帝国交通設備局の軌道輸送部門長。


 五十代。


 腕の太い人だった。


 魔導技師というより、橋を作る職人に見える。


「まず」


 ユルゲンが台車の車輪を叩いた。


「長距離運行で一番大事なのは、動力じゃありません」


 エレナがすぐ尋ねる。


「何です?」


「止まることです」


 その答えは少し意外だった。


「速く走るより?」


「止まれないものを速く走らせたら死人が出ます」


「……確かに」


「鉱山では速度が低い。運ぶ距離も短い。だから今の制動でもいい」


 ユルゲンは車輪の横についた機構を示す。


「でも長距離輸送なら、下り坂もある。雨もある。積載量も変わる。もし人も乗せるなら、なおさらだ」


「人?」


 エレナが聞き返す。


「最初は貨物だけの計画です」


 ユルゲンが答える。


「だが軌道を数百キロ敷くなら、いずれ人を運びたいと言い出す」


 バルクが横から言う。


「俺はもう言っている」


「ほらな」


「兵も医師も技師も運べる」


「その話は安全性を確認してからだ」


「だからお前を呼んだ」


 二人は以前から何度も同じ議論をしているらしい。


 エレナは少し笑った。


「長距離輸送計画は、いつから止まっているんです?」


「七年前」


 ユルゲンが答えた。


「理由は三つ。建設費。動力効率。それから標準化」


「標準化?」


「鉱山ごとに軌道幅が違う」


「どうして?」


「最初はそれぞれ勝手に作ったからだ」


 エレナは額へ手を当てたくなった。


「統一しなかったんですか」


「誰も全国へ繋げると思っていなかった」


 なるほど。


 局所技術としては問題なかった。


 それが。


 国全体へ繋げようとすると。


 急に障害になる。


「通信網と似ていますね」


 エレナが言う。


「何が?」


「最初は近距離しか想定していなかったから、後から規格を揃える必要が出ました」


「そういうことだ」


 ユルゲンは頷く。


「だから今回は、最初に決める」


 軌道幅。


 車輪規格。


 制動接続。


 荷台連結器。


 信号方式。


 修理部品。


「動力核も」


 エレナが言う。


「共通規格へ?」


「できれば」


「でも全部同じ出力では無理ですよ」


「分かっている」


「貨物量も勾配も違います」


「だから接続規格だけ統一する」


 ユルゲンが資料を広げた。


「大・中・小の三出力帯。動力核そのものは用途で変える。ただ、取り付け部と制御信号は同じにする」


 エレナは資料を読み込む。


「これ、いいですね」


「だろう」


「交換しやすい」


「壊れた動力核を現地で分解するより、丸ごと交換したほうが早い」


「私もそう思います」


 話が。


 面白い。


 でも。


 自分が全部考えなくていい。


 むしろ。


 自分では思いつかなかった工夫が次々出てくる。


 そのことが。


 以前より素直に嬉しかった。


「では」


 ユルゲンが聞く。


「魔力消費をどこまで下げられる?」


「今の牽引核を見ないと何とも言えません」


「持ってきている」


「準備がいいですね」


「七年止まっていた計画だ。再開するなら逃したくない」


 その言葉には。


 少しだけ熱があった。


 ユルゲンにとって。


 これはエレナの新しい発明ではない。


 七年間。


 自分たちが止めていた仕事。


 続けたかった仕事。


 エレナは。


 そこへ呼ばれただけだ。


 なら。


 勝手に主役になる必要はない。


「分解しても?」


「そのために持ってきた」


 大型牽引核の外装を開く。


 エレナは。


 最初の数分で。


 少し黙った。


「……かなり古いですね」


「七年前だからな」


「いえ。設計思想が」


「ひどい?」


「ひどくはありません」


 エレナは回路を指す。


「当時としては、むしろ安定性を優先した良い設計だと思います」


 ただ。


 魔力損失が大きい。


 理由は分かりやすい。


 長距離運転を想定していない。


 出力調整も粗い。


 荷物が少なくても、ほぼ一定出力で動く。


「空の台車でも?」


「ほとんど同じ魔力を食う」


「もったいないですね」


「だから止まった」


「では」


 エレナは紙を出した。


「負荷連動制御にします」


「負荷?」


「引いている重量に合わせて出力を変えるんです」


 若い交通技師が首を傾げる。


「走行中に?」


「はい」


「荷重測定できる?」


「車輪軸の圧力を取れば」


 ユルゲンがすぐ反応する。


「できる」


「本当ですか?」


「橋梁荷重測定で似たものを使っている」


「なら、その技術を借りたいです」


「工務局の担当に聞く」


 すぐ。


 他分野へ繋がる。


 エレナは少し感動した。


「それと」


 牽引核内部を見る。


「加速時だけ高出力。巡航に入ったら下げる」


「途中の勾配は?」


「傾斜感知を入れる」


「複雑にならないか?」


「制御側は複雑になります」


「故障点が増える」


 ユルゲンの指摘は早かった。


 エレナも止まる。


「そうですね」


「鉱山装置は、多少効率が悪くても単純なほうが長持ちする」


 なるほど。


「では全部自動にしない」


 エレナは書き直す。


「基本は三段階。加速、巡航、登坂」


「運転手が切り替える?」


「最初は」


「それなら修理しやすい」


「将来、自動化できるかもしれませんけど」


「最初からやるな」


「はい」


 言われる前に。


 自分でもそう思えた。


 少し前の自分なら。


 最初から完璧な自動制御を作ろうとしていたかもしれない。


 翌週。


 最初の改良型牽引核が完成した。


 実験場所は。


 帝都郊外に残されていた旧資材運搬軌道。


 直線二キロ。


 短い。


 だが。


 最初には十分だった。


「荷台、何台?」


 エレナが尋ねる。


「五台」


 ユルゲンが答える。


「積荷は?」


「砂袋。合計二十五トン」


「……重いですね」


「物資輸送だからな」


 エレナは牽引装置を見る。


 大型。


 黒い外装。


 前部に動力核。


 後ろへ貨物台車五両。


「これ」


 リナが横で言う。


「何だか見た目がすごいですね」


「かなり」


「名前あります?」


 ユルゲンが答える。


「まだない」


「鉱山牽引車では?」


「長距離用なら変えたい」


 エレナはあまり名前に興味がなかった。


「軌道式魔導牽引車でいいのでは」


 ノアが通信班代表として来ていたが、すぐ顔をしかめた。


「また硬い」


「正式名称です」


「通信のときもそれでしたよ」


「分かりやすいです」


「新聞は絶対もっと短くします」


「好きにしてください」


 もう少し諦めている。


「出発します!」


 交通技師の声。


 牽引核が低く唸る。


 魔力計が上がる。


 最初。


 台車は動かない。


 少し。


 さらに。


 車輪が軋み。


 重い貨物列が。


 ゆっくり。


 前へ進み始めた。


「動いた」


 リナが小さく言う。


「はい」


 速度は遅い。


 人が走るより少し速い程度。


 でも。


 二十五トン。


 馬なしで。


 動いている。


「出力?」


 エレナが測定技師へ聞く。


「加速時、旧型比八十三パーセント!」


「巡航へ切り替え!」


 運転手がレバーを動かす。


 唸りが小さくなる。


「巡航出力……旧型比五十四!」


 エレナの目が大きくなる。


「半分近い」


 ユルゲンが言う。


「良いな」


 褒め方は短い。


 でも。


 顔はかなり嬉しそうだった。


「空荷なら?」


「あとで試します」


 その後。


 荷物を半分。


 空荷。


 勾配模擬。


 停止。


 再加速。


 試験を繰り返す。


 問題も出た。


「制動時、最後尾が振れています」


 ユルゲンが言う。


「動力核の問題ですか?」


「違う。連結器だ」


 エレナは止まる。


「では私の担当では」


「ない」


 ユルゲンが即答する。


「交通局で直す」


「何か手伝えることは?」


「ない」


 あまりにきっぱり。


「……分かりました」


 少し寂しい。


 そんな自分に。


 エレナは気づいた。


 以前なら。


 何か関われる部分を探したかもしれない。


 でも。


 これは。


 ユルゲンたちの問題だ。


「主任」


 リナが小声で言う。


「ちょっと残念そう」


「少しだけ」


「でも触らない?」


「触りません」


「成長ですね」


「言わないでください」


 ただ。


 その日の夕方。


 交通局から連結器の改良案が三つ出た。


 エレナは見せてもらった。


 自分では思いつかない構造ばかりだった。


「すごいですね」


 素直に言うと。


 ユルゲンが少し笑う。


「俺たちもそれで飯を食っている」


「そうですよね」


「魔導核のことは、俺には分からん」


「私は軌道のこと、分かりません」


「だから組むんだろう」


 その一言が。


 妙に好きだった。


 だから組む。


 知らないもの同士が。


 同じ目的のために。


「この計画」


 エレナが尋ねる。


「本当に北部まで敷くんですか?」


「まず帝都から北側の物流拠点まで百二十キロ」


「百二十……」


「いきなり北部州都までは金が出ん」


「現実的ですね」


「陛下もそう言った」


「もう話したんです?」


「昨日」


 いつの間に。


「建設費は?」


「まだ揉めてる」


「でしょうね」


「ただ」


 ユルゲンは遠くの軌道を見る。


「今回は七年前と違う」


「何が?」


「必要性が見えている」


 冷害。


 治癒瓶。


 通信網。


 魔力異常。


 遠くへ。


 早く。


 人と物を運ぶ理由が。


 もうある。


「昔は」


 ユルゲンが言う。


「便利になる、というだけだった」


「今は?」


「遅いせいで困ってる奴がいる」


 エレナは黙った。


 技術は。


 必要になった瞬間。


 急に意味が変わる。


 夕方。


 帝都へ戻る馬車の中で。


 エレナは試験結果を読んでいた。


「巡航時、旧型比五十四パーセント……」


 かなり下がった。


 まだ改良できる。


 動力核だけなら。


 自分の分野。


 楽しい。


「主任」


 リナが言う。


「また顔が」


「分かっています」


「何考えてるんです?」


「三段階制御を四段階にしたら」


「やめてください」


「まだ何も」


「交通局の人に相談してから」


「……はい」


 言われる前に。


 止まる。


 それも。


 最近は少しできるようになった。


 研究院へ戻ると。


 バルクから新しい資料が届いていた。


『軌道式長距離物資輸送計画 第一次整備案』


 帝都北部物流拠点から。


 北へ百二十キロ。


 貨物優先。


 途中三駅。


 魔石補給設備。


 整備工房。


 通信中継器併設。


「通信も?」


 ノアが資料を覗く。


「線路沿いなら設置しやすいので」


「なるほど」


「駅ごとに中継器を置けば、保守員も常駐できます」


「それは助かる」


 通信。


 輸送。


 別々に始まった技術が。


 繋がる。


 さらに。


 治癒瓶も。


 物資として運ばれる。


「何だか」


 リナが言う。


「全部繋がってきましたね」


「そうですね」


 エレナも思う。


 一つの発明。


 一つの魔導具。


 それだけでは。


 国は変わらない。


 道。


 人。


 制度。


 運ぶ仕組み。


 伝える仕組み。


 全部が繋がって。


 初めて。


 遠くの誰かに届く。


 数日後。


 クロムウェルを含む国家整備会議で。


 第一次軌道建設案が正式に審議された。


「建設費が大きすぎる」


 財政担当官が言う。


「当然です」


 ユルゲンが答える。


「百二十キロですから」


「当然で済ませるな」


「では線路を短くしますか」


「そういう話ではない」


 会議は荒れた。


 建設費。


 土地。


 橋。


 保守。


 事故。


 収益。


 軍事利用。


 民間利用。


 エレナは。


 ほとんど喋らなかった。


 自分の担当。


 動力核について聞かれたときだけ答える。


「現行比で、平均魔力消費は四十五パーセント前後削減できる見込みです」


「確定?」


「まだ試験距離が短いので確定ではありません」


「長距離で悪化する可能性は?」


「あります」


「では投資判断に使えないのでは」


「なので、まず二十キロ実証線を作る案に賛成です」


 ユルゲンが一瞬こちらを見る。


 最初の案では。


 百二十キロ。


 でも。


 財政側から。


 まず二十キロだけ実証。


 そこで輸送量。


 保守費。


 事故率。


 魔力消費。


 全部確認する案が出ていた。


 エレナは。


 そちらのほうが良いと思った。


「技師長殿は、一気に北部まで繋げたいとは?」


 財政官が聞く。


「繋がったら便利だと思います」


「しかし?」


「二十キロで失敗するものを、百二十キロ作ったら困るので」


 部屋が少し静かになる。


 クロムウェルの口元が僅かに動いた。


「妥当だな」


「では」


「二十キロ実証線から始める」


 決定した。


 帝都北部物流拠点から。


 北方倉庫群まで。


 二十キロ。


 貨物優先。


 ただし。


「人員輸送試験も入れたい」


 バルクが言った。


 ユルゲンがすぐ反応する。


「まだ早い」


「救援隊を早く送れる価値は大きい」


「貨物台車に人を乗せる気か」


「専用車両を作れ」


「簡単に言うな」


 また始まった。


 エレナは少し笑う。


「何だ」


 クロムウェルに見つかった。


「いえ。皆さん、この計画が好きなんだなと思って」


 ユルゲンがこちらを見る。


「好きだけで七年待てるか」


「待ったんですね」


「待った」


「では」


 エレナは少しだけ。


 胸が温かくなる。


「今度は動かしたいですね」


「ああ」


 ユルゲンが頷いた。


 会議後。


 クロムウェルと二人で廊下を歩く。


「今日は珍しく静かだったな」


「専門外なので」


「以前なら?」


「途中から口を出したかもしれません」


「自覚はあるのか」


「少し」


「かなりだと思うが」


「言わないでください」


 クロムウェルが笑った。


「それで」


「はい?」


「楽しかったか」


 意外な質問だった。


「何がです?」


「自分が中心ではない仕事」


 エレナは少し考えた。


「はい」


 素直に答えた。


「すごく」


「寂しくはない?」


「少しだけ」


「少し?」


「私が何か考えなくても、他の人がどんどん決めていくので」


「それが嫌?」


「前なら、少し怖かったかもしれません」


 自分がいらなくなる。


 自分がいなくても進む。


 それを。


 価値がなくなることだと思っていた。


「でも今は」


「今は?」


「知らないことを知っている人がいるの、便利ですね」


 クロムウェルが足を止めた。


「……そこへ着地するのか」


「だって本当に便利です」


「もう少し感動的な言い方はなかったか」


「安心します、でもいいです」


「そちらのほうがまだいい」


 二人で笑った。


 少し歩いて。


 エレナが続ける。


「でも」


「何だ」


「私がいなくても進むものが増えるのは、嬉しいです」


 通信。


 治癒瓶。


 今度は。


 長距離輸送。


「私が動力核だけ作って」


 エレナは言う。


「線路は別の人が作って。車両も。橋も。運行も。そうやって、私一人では絶対作れないものになるのが」


 少し。


 言葉を探す。


「前より、好きになってきました」


 クロムウェルがこちらを見る。


「それは良い」


「ただ」


「ただ?」


「完成したら乗ってみたいです」


「貨物用だぞ」


「人を乗せる試験もするかもしれません」


「安全確認後だ」


「もちろんです」


「君が最初に試乗すると言い出す気がする」


 図星だった。


「……言おうとは思っていました」


「駄目だ」


「まだ言っていません」


「顔に書いてある」


「最近そればかりですね」


「分かりやすくなった」


 エレナは少しだけ頬を膨らませた。


 でも。


 笑っていた。


 数週間後。


 二十キロ実証線の建設予定地に。


 最初の杭が打たれた。


 まだ線路はない。


 車両もない。


 ただ。


 土の上に。


 これから二本の軌道が通る位置だけが示されている。


 ユルゲンが現地図を広げ。


 工務局が地質を確認し。


 バルクが貨物量を計算し。


 ノアたち通信班が、中継器を置く場所を探している。


 エレナは。


 少し離れたところで。


 新型牽引核の出力試算をしていた。


 誰も。


 全部は作れない。


 だから。


 同じ場所へ。


 いろいろな人が集まる。


 それでいい。


 むしろ。


 そのほうが。


 ずっと遠くまで行ける。


 エレナは土へ打ち込まれた一本目の杭を見ながら。


 まだ存在しない長い軌道の先を。


 少しだけ想像していた。


 いつか。


 治癒瓶も。


 魔石も。


 食料も。


 そして。


 人も。


 今よりずっと早く。


 遠くまで運べる日が来る。


 通信が距離を縮めたように。


 今度は。


 物と人の距離も。


 少しずつ。


 縮まり始めていた。

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