第19話 技術だけを欲しいわけではない
三日間の休養は、エレナにとって想像していた以上に長かった。
一日目は、ほとんど眠っていた。
朝食を食べて少し本を読もうとしたところまでは覚えているが、気づけば昼を過ぎていた。昼食のあとも眠くなり、夕方まで寝た。それだけ眠っても夜になると普通に眠れたのだから、自分がどれほど疲れていたのか、ようやく認めざるを得なかった。
二日目になると身体は軽くなったものの、今度は手持ち無沙汰がひどかった。
宿舎の部屋を掃除し、工具箱の手入れを始めようとして、これは仕事に含まれるだろうかと迷う。
父から譲られた古い工具を磨くのは生活なのか研究なのか。
考えた末、たぶんクロムウェルに知られれば仕事扱いされると判断して諦めた。
仕方なく市場まで散歩に出ると、護衛のカミラも当然のようについてきた。
「休養中なのに護衛はいるんですね」
「休養と警護は別ですので」
「研究院へ行かなければ狙われない気もしますけれど」
「それを決めるのは狙う側です」
「もっともですね」
反論できなかった。
市場ではパンを買った。
果物も買った。
途中、魔導具店の前で足が止まった。
家庭用照明具が店先に並んでいる。
つい構造を確認したくなって、硝子越しに覗き込む。
「見るだけなら仕事ではありませんよね?」
エレナが尋ねると、カミラは少し考えた。
「私に判断を求めないでください」
「護衛なのに」
「護衛だからです。研究員の休養規定まで習っていません」
もっともだった。
結局、店には入らなかった。
三日目になると、さすがに落ち着かなくなった。
研究室はどうなっているのだろう。
十一号の分解検査は終わっただろうか。
補正回路を外側へ逃がす案は、誰か試しただろうか。
考え始めると止まらない。
だが今回は約束を守った。
資料も読まなかった。
図面も描かなかった。
頭の中で少し考えただけだ。
少し。
たぶん。
そして四日目の朝。
エレナはいつもより早く研究院へ着いた。
「主任」
正門でカミラが呼び止める。
「何でしょう」
「医師から、本日より勤務復帰可。ただし最初の一週間は時間外勤務禁止、と言われています」
「知っています」
「昼食を抜かないこと」
「知っています」
「疲労を感じたら自分から休むこと」
「それが一番難しいですね」
「そこを難しいと言わないでください」
エレナは苦笑しながら研究室へ向かった。
四日ぶりに扉を開ける。
「おはようございます」
最初に気づいたのはリナだった。
ぱっと顔が明るくなる。
「主任! もう来て大丈夫なんですか?」
「医師から許可をいただきました」
「本当に?」
「疑うんですか?」
「主任なら、許可前でも『大丈夫です』と言って来そうなので」
「信用がありませんね」
「実績です」
またその言葉だ。
エレナが笑うと、若い測定技師も奥から顔を出した。
「お帰りなさい、主任」
「ただいま戻りました」
その言葉を口にして、少し不思議な気持ちになった。
帰ってきた。
そう思える場所が、ここにある。
「それで、十一号は?」
挨拶の余韻もそこそこに尋ねる。
リナがやはりという顔をした。
「まず荷物を置いてください」
「置きました」
「外套も」
「はい」
「座ってください」
「そこまで必要ですか?」
「倒れた人が復帰初日に飛ばさないようにするのも、今後の研究室運営です」
「私、主任ですよね?」
「だからです」
エレナは仕方なく自分の椅子へ座った。
すると測定担当の青年が、嬉しそうに一冊の記録帳を持ってくる。
「主任が休んでいる間に、十一号の分解検査を終えました。それから、勝手に進めるか迷ったんですが……」
「進めてくれたんですか?」
「はい」
記録帳を開く。
そこには細かな測定値と、いくつもの回路案が並んでいた。
「十二号?」
「仮です。主任の十一号を元にして、波形補正環の位置だけ変えました」
エレナは一気に身を乗り出した。
「どこへ?」
「外側です。ただ、そのまま移すと循環距離が伸びるので、リナさんが素材の向きを変えたらどうかと」
「私ですか?」
リナが少し照れたように笑う。
「前に主任が、素材の流れやすい方向を使えば刻印を短くできるって言っていたので」
エレナは記録を見る。
確かに、外側へ回路を逃がしている。
ただし青晶石の結晶方向を利用し、距離増加による損失を抑えている。
「……これ、いいですね」
「本当ですか?」
「はい。私なら回路のほうを詰めようとしていたと思います。素材側を回したんですね」
「私も最初は不安でした」
リナが言う。
「でも測定担当が『まず一個だけなら』って」
「結果は?」
「十八時間の時点で、十一号より残存効力が五パーセント高いです」
エレナは思わず記録帳から顔を上げた。
「五パーセント?」
「はい」
「本当に?」
「測定は三回確認しました」
嬉しい。
悔しい。
少しだけ。
自分が休んでいる間に、自分が思いつかなかった改善が出た。
その事実が、妙なところを刺激した。
けれど同時に、胸が弾むほど嬉しかった。
「すごいです」
エレナは素直に言った。
「この方向でもう一つ作りましょう。今度は内側の補正環も少し広げて――」
「主任」
リナが止める。
「分かっています。今日は定時までです」
「それならいいです」
エレナは記録帳をもう一度見た。
自分がいなくても、研究は進んだ。
しかも悪くない。
いや、むしろ良い。
それは研究室を作ったときに望んだことだった。
誰か一人の感覚だけに依存しない。
誰かが休んでも止まらない。
知識を共有し、別の人間が別の角度から改善する。
なのに。
胸の奥に、ほんの小さな不安が生まれた。
自分がいなくても進む。
なら。
自分がいなくてもいいのではないか。
その考えが浮かんだ瞬間、エレナは自分で嫌になった。
何を考えているのだろう。
仲間が成長したのだ。
喜ぶべきことだ。
実際、嬉しい。
それなのに、奥のほうでは別の感情が動いている。
「主任?」
リナに呼ばれ、エレナは顔を上げた。
「何でしょう」
「ぼーっとしていましたけど、まだ具合悪いですか?」
「いいえ。大丈夫です」
言ってから、すぐ訂正する。
「……体調は大丈夫です」
「その言い方、少し気になりますけど」
「後で話します」
以前なら誤魔化して終わっただろう。
今は、そうしないことにした。
午前中は、十二号の測定結果を一緒に確認した。
昼になると、リナが何も言う前にエレナは立ち上がった。
「食堂へ行ってきます」
研究室の全員が一斉にこちらを見る。
「……何ですか?」
「主任から言った」
「珍しい」
「記念日ですね」
「そこまでですか?」
笑いが起きた。
エレナも笑った。
それから食堂へ向かう途中、廊下でミレイアに会った。
「復帰初日から走っていませんね?」
「歩いています」
「そういう意味ではありません」
「定時で帰ります。昼食も今から食べます」
「素晴らしい。人間になりましたね」
「以前は何だったんです?」
「自走式研究機械」
「ひどくありません?」
「褒めています」
「絶対に違います」
こんな会話も、以前なら考えられなかった。
昼食を終え、午後の作業へ戻る。
身体は軽い。
三日休んだだけで、集中力が明らかに違った。
同じ図面を見ても、以前なら見落としただろう線がすぐ目につく。
「ここ、循環路をもう一段浅く刻めそうですね」
エレナが言うと、測定担当が頷く。
「私もそう思いました。ただ、削りすぎると低温時に抵抗が上がる気がして」
「では二種類作りましょう。通常温度用と低温試験用」
「はい」
仕事は楽しかった。
しかも以前ほど焦っていない。
明日があると思えるだけで、今日すべて終わらせる必要がなくなる。
それでも。
午前中に感じた小さな不安は、消えていなかった。
定時が近づいた頃。
研究室の扉が開いた。
「今日は帰る予定だろうな」
聞き慣れた声だった。
「陛下は、私の勤務終了時刻に合わせていらっしゃるんですか?」
「偶然だ」
「最近、偶然が多いですね」
「帝都は狭いからな」
「皇宮と研究院の位置関係を考えると、そうでもありません」
クロムウェルは返事をせず、机の上に置かれた十二号を見た。
「進んだのか」
「はい。私が休んでいる間に、皆さんが改良してくれました」
「そうか」
「十一号より良いんです」
声が少し明るくなったのが、自分でも分かった。
「それは良かったな」
「はい」
そこまで言って。
エレナは続ける言葉を迷った。
聞くべきではない気もする。
くだらない不安だ。
そんなことでクロムウェルを困らせる必要はない。
けれど、また飲み込めば、同じことを繰り返す気がした。
「陛下」
「何だ」
「少し、お話できますか?」
クロムウェルがエレナを見る。
「もちろんだ」
研究室では人目がある。
二人は隣の小さな打ち合わせ室へ移った。
扉を閉める。
机と椅子しかない簡素な部屋だった。
エレナは座ったものの、すぐには話せなかった。
「体調が悪いのか?」
「違います」
「なら、研究で問題が?」
「それも違います。むしろ上手くいっています」
「では?」
待たれる。
急かされない。
それがありがたくもあり、逃げにくくもあった。
「今日、研究室に戻ってみたら、私が休んでいる間に十二号ができていました」
「ああ」
「私が考えていた案より、良かったんです」
「素晴らしいことではないか」
「はい。素晴らしいです」
エレナは自分の指を見た。
もう傷は治りかけている。
「嬉しかったんです。本当に。でも……同時に、少し怖くなりました」
クロムウェルは何も言わない。
「私がいなくても研究は進むんだ、と思って」
声にすると、自分でも幼いことを言っているようで恥ずかしくなった。
「それは、研究室としては良いことです。私自身、そういう場所にしたいと思っていました。誰か一人しかできない仕事を減らしたいって」
「そうだな」
「なのに、実際にそうなってみると……私が必要なくなるんじゃないかって、少し思ったんです」
口にした途端、胸の奥にあったものが形になった。
「馬鹿みたいですよね」
「そうは思わない」
即答された。
エレナは顔を上げる。
「でも矛盾しています。自分で人に教えて、自分がいなくても回るようにしたかったのに」
「望んだことが実現したら、別の不安が出ることはある」
「陛下にも?」
「ある」
「意外です」
「私は人間だぞ」
「知っています」
「最近やっと知ったような顔をするな」
少しだけ笑えた。
けれど不安そのものは残っている。
「たぶん、昔の癖なんです」
「何が」
「役に立っていれば、置いてもらえると思っていたことです」
ガイウスの工房。
忙しいと言われれば残った。
困っていると言われれば引き受けた。
自分にしかできないと言われると、少し嬉しかった。
それが必要とされている証拠のように感じたからだ。
「私にしかできないことがあれば、私は必要とされます。でも、誰でもできるようにしていったら……そのうち、私でなくてもいいと言われるかもしれない」
クロムウェルの眉が僅かに動いた。
「研究室の主任を外されるのが怖いのか?」
「それも少しはあります。でも、それだけではなくて」
エレナは迷った。
言っていいのだろうか。
けれど今さら隠しても仕方がない。
「陛下にも、そう思われるのが怖いんだと思います」
部屋が静かになった。
窓の外から、遠く研究棟の鐘が聞こえる。
勤務終了を知らせる音だった。
「私が新しいものを作れるから、陛下は私をここへ連れてきてくださいました」
「ああ」
「技術を評価してくださった。それは分かっていますし、嬉しいです」
その事実は否定したくない。
クロムウェルが自分を見つけたきっかけは技術だった。
そこを美しい話にすり替える必要はない。
「でも、もし私がもう新しいものを作れなくなったら?」
聞いてしまった。
「病気になったり、手を怪我したり。あるいは、私よりもっと優秀な技師が現れたら」
昨日までの自分なら、こんなことは言えなかった。
聞いて、望まない答えが返ってくるのが怖かったからだ。
「そのときも、私はここにいていいんでしょうか」
クロムウェルはすぐには答えなかった。
エレナはその沈黙だけで、胸が苦しくなる。
聞かなければよかった。
そう思いかけたところで、彼が口を開いた。
「一つ、確認したい」
「何でしょう」
「君は、私が君を帝国へ連れてきた理由をどう理解している?」
「技術が必要だったからです」
「それだけか」
「最初は、そうだったと思います」
「正しい」
胸の奥が少し沈む。
クロムウェルは続けた。
「最初に君へ興味を持ったのは技術だ。工房で見た魔導灯の構造を見て、作った人間を探した。君の能力が帝国にとって有益だと判断した。それを否定する気はない」
「はい」
その正直さが、かえってありがたかった。
「だが、それは最初の理由だ」
エレナは顔を上げた。
「今は違うのですか?」
「違う」
「どう」
そこまで聞いて、声が少し掠れた。
クロムウェルは真っ直ぐエレナを見る。
「私は君の技術だけを欲しいわけではない」
胸が大きく鳴った。
「君が何を考え、どうやって問題を見るか。それを私は面白いと思う。失敗したとき、誤魔化さず理由を探すところも、他人の意見が正しければ自分の案を捨てられるところも評価している」
技術の話のようで、少し違う。
「それも結局、技師としての価値では?」
「では続きを言う」
クロムウェルの声は変わらない。
「食事を忘れて叱られているところも知っている。高い給料を渡すたびに桁を数えるところも、失敗作を捨てられず棚へ並べるところも、褒めると困った顔をするところも知っている」
「陛下」
「何だ」
「そこは評価対象なんですか?」
「知らない」
「知らない?」
「技術者としての査定には入っていない」
「でしょうね」
思わず笑ってしまった。
でもクロムウェルは笑わなかった。
「それでも私は覚えている」
エレナの笑みが止まる。
「君が何も作れない日でも、そういう君が消えるわけではない」
静かな声だった。
「研究室を休んだ三日間、君は何か発明したか?」
「……していません」
「それで私が君を不要だと思ったか?」
「分かりません」
「思っていない」
はっきり言われた。
「むしろ、ちゃんと休めたか気になっていた」
「それは……聞いています。カミラさんが」
「余計なことを言ったか」
「市場で魔導具店を見ていたことまで報告されています」
「入らなかったそうだな」
「そこまで?」
「護衛報告だ」
「細かすぎます」
「話を逸らすな」
今度はエレナが言われた。
クロムウェルは続ける。
「君が発明をしない日があってもいい。新しいものを作れない時期があってもいい。それで君が別人になるわけではない」
「でも、私は国家の研究者です」
「仕事をしなくていいとは言っていない」
「そこは厳しいんですね」
「給料を払っているからな」
あまりにも真面目に言うので、また笑いそうになる。
「ただし、仕事の成果と、君自身の価値を同じものにするな」
笑えなくなった。
「契約上の評価は仕事で決まる。役職も研究費もそうだ。それは公平であるべきだ」
「はい」
「だが、人間として君を大切に思うかどうかは、別だ」
エレナの指先が、膝の上で止まった。
「……大切に?」
「ああ」
その言葉を、クロムウェルは特別なことのように言わなかった。
だからこそ、逃げ道がなかった。
「私は、君の技術を評価している。それと同時に、君自身を大切に思っている。二つは同じではない」
エレナは何も言えなかった。
顔が熱い。
胸の奥も落ち着かない。
これは告白なのだろうか。
いや、違う気もする。
クロムウェル自身がまだ何かを整理している途中なのは、これまでの会話で分かっている。
それでも。
これまで誰かから、そんなふうに分けて言われたことはなかった。
「……もし」
エレナはゆっくり言葉を探した。
「本当に何も作れなくなっても?」
「ああ」
「研究者でいられなくなっても?」
「それなら仕事の形は考え直す必要があるだろう」
「そこは現実的ですね」
「嘘を言っても意味がない」
「はい」
それがクロムウェルだった。
何もかも保証するような甘いことは言わない。
けれど、その上で。
「だが、君が君でなくなるわけではない」
エレナの喉が詰まった。
泣くような話ではない。
そう思うのに、目の奥が熱い。
「困ります」
「何が」
「そういうことを言われると」
「嫌か?」
「違います」
すぐ否定した。
「嬉しいです」
正直に言えた。
「でも、どうしていいか分からなくなります」
「何もしなくていい」
「そんな簡単な」
「今すぐ答えを出す必要があるのか?」
「何の答えですか?」
クロムウェルがほんの少し黙った。
「……いや」
そこで止める。
まただ。
「今、何か言いかけましたよね」
「今日は君の話だ」
「ずるいです」
「そうかもしれない」
珍しく認めた。
エレナは少し笑った。
そして、その笑顔のまま考える。
研究室に戻れば、十二号が待っている。
明日は十三号を作るかもしれない。
失敗するかもしれない。
いつか、自分より優秀な技師も現れるだろう。
それは怖い。
たぶん、これからもすぐには怖くなくならない。
けれど。
必要とされるために、自分一人しかできない仕事を抱え込む必要はないのかもしれない。
教えていい。
任せていい。
休んでもいい。
誰かが自分より良い案を出したら、悔しがってから喜んでもいい。
それで自分が消えるわけではない。
「陛下」
「何だ」
「私、明日から皆さんにもっと任せてみます」
「今日からではないのか」
「もう定時を過ぎています」
クロムウェルが壁の時計を見る。
「確かに」
「なので今日は帰ります」
「素晴らしい進歩だな」
「子供みたいに褒めないでください」
「数日前まで倒れていた人間が、自分から帰ると言った。十分な進歩だ」
「そこまでですか」
「そこまでだ」
打ち合わせ室を出る。
研究室では、リナたちがもう片づけを始めていた。
エレナも自分の机へ戻り、工具箱を閉じる。
途中で十二号が目に入った。
自分がいない間に作られた試作品。
朝に見たときは、そこに少しだけ不安を感じた。
今は違って見える。
「リナさん」
「はい?」
「十二号の素材配置、明日もう一度詳しく教えてください」
「もちろんです」
「私、たぶん自分では思いつかなかったので」
リナが少し驚いた。
それから嬉しそうに笑った。
「はい。喜んで」
自分一人で作るより。
皆で作ったほうが、もっと先へ行ける。
その当たり前のことを、ようやく心から受け入れられそうだった。
帰り支度を終える。
研究室の灯りを消す。
廊下へ出ると、クロムウェルがまだ待っていた。
「陛下、帰られなかったんですか?」
「送る」
「護衛がいます」
「知っている」
「では必要ないでしょう」
「今日は私が送りたい」
理由をつけない言い方だった。
エレナは少しだけ迷ってから頷いた。
「では、お願いします」
外へ出ると、夕暮れの空は淡い紫色に変わっていた。
三日前までなら、その色を見る余裕もなかったかもしれない。
歩きながら、エレナはふと隣のクロムウェルを見る。
技術だけを欲しいわけではない。
その言葉が、まだ胸の中に残っている。
それが何を意味するのか。
全部はまだ分からない。
けれど一つだけ、以前より確かになったことがあった。
この人のそばでは、自分は何かを作っているときだけ存在していいのではない。
何も完成しない日にも。
失敗した日にも。
休んでいる日にも。
エレナ・ヴァリエという一人の人間として、ここにいていい。
その事実は、どんな新しい魔導具を完成させたときよりも、彼女の胸を静かに満たしていた。




