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第9話 このまま残るべきか、それとも彼女を信じるべきか

海斗は暁継の前に立つと、両肩を掴んで揺さぶった。


「暁継! 一体何が起きてるんだよ? 答えてくれ!」


暁継はしばらく黙ったまま立っていた。まだ、起きたことを整理しきれていなかった。


そして、ゆっくりと顔を上げ、海斗の目を見た。


「なあ、ちょっと一緒に来てくれ。全部話す。でも、その前に教室から離れたところに行こう」


「え? ああ、分かった」


二人は廊下を歩き、下の階と上の階を繋ぐ階段まで来た。


海斗は壁に寄りかかった。


「それで? 今日のお前、一体どうしたんだよ? なんか隠してるだろ」


「海斗、前に俺が雨の中で女の子を見たって話したの、覚えてるか?」


「雨の中の女の子? ……ああ、あのとき街を歩いてたときの? あ、ああ。あの子がどうしたんだ? まさか、また見たのか?」


暁継はゆっくりとうなずいた。


海斗の目が驚きで大きく開く。


「マジで!?」


「声を落とせ」


海斗は慌てて口を押さえ、周囲を見回した。それから声を落として囁く。


「それで、いつ見たんだ? あの子、アノマリーなのか? それとも普通の女の子なのか?」


「今のところ、アノマリーじゃないとは言い切れない。教室の外で浮いてたんだ」


「浮いてた? うわ……マジかよ。これじゃ、アカデミーの中にいても安全とは言えないじゃん」


「それと、まだ話してなかったことがある。最初に街であの子を見たとき、あの子は俺にこう言ったんだ……『気をつけて』って」


「え、本当に? でも、何に気をつけろって?」


「それを最初からずっと考えてるんだ。寝不足で幻覚を見たんだって、そう思いたかった」


「おい……これ、だんだん怖くなってきたぞ。も、もしかして、本当に幻覚だったんじゃないか? は……はは……ははは……」


暁継は数歩近づき、さらに心配そうな表情を浮かべた。


「でも、教室の窓の外にまた現れたとき、あの子は今まで俺が見たどんな女の子とも違ってた。この世界の人間じゃないみたいだった」


暁継は一度深く息を吸い、海斗の目を見つめた。


「今度、あの子が俺に何て言ったと思う?」


「な、なんて?」


「『お願い……逃げて』って」


「お願い……逃げて」という言葉が、しばらく海斗の頭の中に残った。海斗は目を見開いたまま立ち尽くしていた。まるで、初めてあの少女を見たときの暁継と同じ反応だった。


「う、嘘だろ……。頼むから、冗談だって言ってくれよ」


「俺だって……冗談ならよかったと思ってる。でも、残念だけど違う。もう、何もかも普通じゃないんじゃないかって思い始めてる」


「マジかよ……何て言えばいいのか分かんない。どうする? 学校に話したほうがいいんじゃないか?」


「いや、意味ないと思う。なぜか、あの子を見たのは俺だけなんだ。生徒一人の話を、学校が本気で信じると思うか? アノマリーの噂なんて、いつも出てるだろ。見たって言う人も大勢いるし、どうせ悪ふざけか何かだと思われる」


海斗は頭を掻きながら、落ち着かない様子で行ったり来たりし始めた。


「でも、もし何かヤバいことが起きようとしてるんだったら? 暁継、俺……今、このアカデミーにいるのがちょっと怖くなってきた」


「俺もだ。でも、どうすればいいのか分からない。もう選択肢がほとんどないんだ。外の天気はどんどん悪くなってるし、中にいたって安心できるわけじゃない」


海斗はようやく足を止めた。


「暁継、聞いてくれ。アカデミーから出よう。天気が悪くても、少なくとも別の場所を探せるだろ」


「別の場所って? どこに行くんだ?」


「分かんないけどさ。避難できる場所を探すとか、建物の下に隠れるとか」


海斗は下の階へ続く階段に向かって歩き始めたが、降りる前に振り返って暁継を見た。


「人間と友好的なアノマリーがいるって話、聞いたことあるんだ。お、俺が見たわけじゃないけど……お前が見たあの子も、その一種かもしれない。もし、本当に何かを警告しようとしてるんだとしたら?」


暁継はしばらく考えた。海斗が心配しているのは分かっていた。それでも、一つの考えが頭から離れなかった。


「でも、あの子が味方じゃなかったら? 俺たちに危害を加えるために、ここから出そうとしてる可能性だってある。確かめもしないで、あの子の言葉だけを信じるわけにはいかない」


「まあ、それもそうだけど……あの子が嘘をついてるかどうかも分からないだろ」


二人はしばらくその場に立ち尽くしていた。何が正しい選択なのか、それとも、こんな状況で正しい選択なんて存在するのかさえ分からなかった。


やがて、海斗が先に動いた。


「まずは電気がどうなってるのか確認しよう。それから、どうするか考えようぜ」


「そうだな。行こう」


突然、海斗が振り返った瞬間、少女の影が目に入った。薄暗い明かりの中では、真っ黒な人影にしか見えなかった。


その直後、空に雷鳴が轟いた。


海斗は心臓が止まりそうになり、よろめきながら後ずさった。何か言おうとしたが、声が出てこない。


「ゆ、ゆ、幽霊! あいつ、俺たちを追ってきたんだ!」


暁継は様子を見るため、一歩前に出た。


「何言って――」


しかし、言い終わる前に、階段の下に少女の影が見えた。暁継も不意を突かれた。


少女は二人に向かって歩き始めた。暁継はいつでも動けるよう身構え、その後ろでは、海斗が今にも腰を抜かしそうになっていた。


そして、少女が窓から差し込むかすかな明かりの中へ入った瞬間――


普通の少女に見えた。アカデミーの生徒だ。


暁継はすぐに彼女が誰なのか気づいた。川瀬凪紗。親しい友人の一人だった。


凪紗はそのまま二人のところまで歩いてくると、全身が明かりに照らされたところで、不思議そうに首を傾げた。


「ん? 暁継くん? 海斗くん? 幽霊って、どういうこと?」


さっきまで震えていた海斗は、ようやく緊張が解けた。


「川瀬、お前のせいで死ぬかと思ったぞ」


「怖かったの? どうして? 私はただ通りかかっただけだよ」


暁継は一歩前に出た。


「気にしないで、川瀬さん。暗かったから怖くなっただけだよ。海斗が、凪紗を幽霊だと思ったんだ」


「お、おい」


凪紗は海斗を見る。


「あ、ごめんね、海斗くん。怖がらせるつもりはなかったんだよ」


「い、いや、全然大丈夫だって。俺が暁継を驚かせようと思って、怖がったふりをしてただけだから。ははは……」


海斗はすぐに暁継のほうを向き、声を落として囁いた。


「おい、暁継。なんでそんなこと言ったんだよ? 俺が男として情けなく見えるだろ。しかも女の子の前で!」


「落ち着けよ。凪紗は、そんなことで人をからかうようなタイプじゃないから」


「それでも……俺のプライドが傷つく……」

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