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第8話 もう、普通じゃない

「お、ミカゲくん。来たんだね」


「その反応? 本当に? 気をつけろって言っただろ。まだ街で何が起きてるのか分からないんだから――」


だが、続きを言う前に、彼は栞に気づいた。


「あ。こんにちは」


「こ、こんにちは」


「黒羽さん、この子、襲われたのか?」


紬は立ち上がった。


「はい、御影くん。彼女にアノマ汚染の兆候がないか、確認してもらえる?」


「分かった」


ミカゲは栞に近づき、その隣にしゃがみ込んだ。すると、彼の目が突然光り始めた。


突然の変化に、栞は驚いた。


「え?」


「大丈夫。これは俺の能力だから。少しじっとしてて。何か影響を受けてないか確認するよ」


彼は慎重に栞の身体を調べていった。


「彼女にアノマ汚染の兆候はない。間に合ったみたいだな」


紬は微笑み、少しだけ表情を緩めた。


「それならよかった。安心したよ。ミカゲくんの能力がなかったら、私も間に合わなかったと思う」


「はは……そう言われると照れるな」


彼は顔をそむけた。心臓が激しく鼓動している。


彼女に褒められた! これって、もしかして本当に脈ありなんじゃ……!?


紬は出口へ向かって数歩歩き、外の激しい雨と、さらに悪化していく天候を見つめた。


「どうやら、このアノマリーは街の広い範囲に影響を与えてるみたいだね」


「ああ。それに、通信にも影響が出てる」


紬はポケットから端末を取り出したが、通信は不安定なままだった。


「アカデミーとも政府とも、情報の送受信ができない。この数日間、ここで任務に就いてなかったら、今この地域にいるシグナ使いは誰もいなかったと思う」


「それに、天気もどんどん悪くなってる。これ、教団が関わってると思う? あまりにも意図的すぎる気がする」


「まだ何とも言えないな。ただ、これ以上エネルギーが増える前に、当局が異常を察知してくれればいいけど。こんなの、俺たちだけじゃ対処できないよ」


栞はただ座ったまま、二人の会話を聞いていた。何について話しているのかは分からなかったが、緊張していて口を挟むこともできなかった。


「あ、あの……何が起きてるんですか?」


紬はすぐに栞のほうを向いた。


「あ、ごめんね、栞ちゃん。話に夢中になっちゃった」


ミカゲが栞に近づいた。


「栞さん、簡単に言うと、突然危険なアノマリーが現れて、街に影響を与えてるんだ。それに、この急な天候の変化も、そのアノマリーが原因である可能性が高い。だから、俺たちはどんなアノマリーなのかを調べてるんだ」


「アノマリー? 私を襲ったのと同じものですか?」


紬は栞のほうを向いた。だが、今度は先ほどよりも少しだけ真剣な表情をしていた。


「あなたを襲ったものがアノマリーだったのは間違いない。でも、もしこれだけ広い範囲の街に影響を与えられるアノマリーがいるとしたら……それはまったく別の話だよ」


栞はごくりと唾を飲み込んだ。紬の言葉を聞いて、さらに不安になっていく。


それに気づいた紬は栞に近づき、優しく肩に手を置いた。


「栞ちゃん、もう大丈夫だよ。今は安全だから。だから、心配しなくていいよ」


栞は頷いたが、それでも不安そうな表情を浮かべていた。


「学校に向かってたんだよね?」


「は、はい」


「うーん……一人では行かせられないね。ミカゲくん、学校まで送ってあげてくれる? それと、学校の中も調べて安全を確認して。もしアノマリーのエネルギーを感じたら、すぐに学校へ知らせて、生徒たちを避難させて」


「分かった。俺が送るよ。でも、ツムギはどうするんだ?」


紬は立ち上がり、手元の端末を見下ろした。


「私が学園と連絡を取る方法を探すわ。このまま援軍を待っているだけじゃ、もうどうにもならない。これ以上状況が悪化する前に、早く何か手を打たないと」


それから約一時間後。


暁継はアカデミーの教室に戻っていた。後ろの席に座り、窓から街を眺めていたが、授業のことなどまったく頭に入っていなかった。


まだ天気は変わってない……。


そのとき、教師の声が教室中に響いた。


「天原! 聞いてるのか?」


「え? すみません、聞いてませんでした」


「もう四回も名前を呼んでるぞ。今日はどうしたんだ? いつもは授業に集中してるだろ」


「すみません」


教師は授業を再開した。


だが、暁継はどうしても集中を取り戻せなかった。栞に起きたことが、何度も頭に浮かんでくる。


暁継の前の席に座っていた海斗が振り返り、小声で話しかけた。


「まだ妹のこと考えてるんだろ?」


「当たり前だよ。もう一度電話できるようにならないと、集中なんてできない」


「俺には妹いないけど、気持ちは分かるよ。無事だといいな」


「俺もそう思う」


海斗は窓の外に目を向け、外の天気を見た。


「外、全然よくなってないな。まだ朝なのに、あの雲のせいで夕方みたいだ。ちゃんと見えるように、ずっと電気つけてないといけないし」


「うん。それが問題なんだ。それに、通信もまだ戻ってない」


すると、教室の前からまた声が飛んできた。


「お前たち二人! 窓の外ばかり見てないで、ちゃんと授業に集中しろ! もう言わないぞ!」


二人はすぐに教師のほうを向いた。


「はい!」


教師はため息をついたが、自分も外の天気に目を向けた。


「まあ、確かに天気が急に変わったな。すぐに回復するだろう」


教師は授業を続けたが、多くの生徒たちはその状況について小声で話し続け、中にはこっそりスマートフォンを確認している生徒もいた。


二人の女子生徒が小声で話していた。


「SNS、全然見られないんだけど。急に天気が変わったことについて、みんなが何て言ってるのか見たかったのに」


「私も。思ってる通りじゃなければいいけど」


一人の男子生徒が、二人の生徒に小声で話しかけた。


「俺の父さん、警察で働いてるんだけど、たまに変なアノマリーの情報が入ってくるらしいんだ。もしかして、ついに実物を見られるのかな?」


「お前、なんでそんな嬉しそうなんだよ。アノマリーって危険なんだぞ?」


「分かってるよ。でも、ちょっとくらい超常現象を見てみたいんだ。昔からホラー映画とか、変な怪物とか好きだし」


海斗と暁継は、その会話を聞いていた。


「暁継、今の聞いたか? あいつ、まさか自分たちが主人公補正で守られてる映画の中にいるとでも思ってるのか?」


「分からない。俺たちの街は、他の地域みたいな大きな危機を経験したことがないからな。実際に自分で経験してみないと、どれだけ危険なのか分からない人もいるんだろ……まあ、ここにいる誰も、そんな経験をしないで済めばいいけど」


「はぁ……少なくとも、学校ではまだ普通の日常が続いてるな」


そのとき、突然、教室の明かりが消えた。


「え? 何が起きた?」


「停電?」


生徒たちはさらに不安になり、口々に話し始めた。


教師が振り返り、生徒たちを静かにさせた。


「騒ぐな」


教師は照明のスイッチまで歩いていき、何度かスイッチを入れ直した。


「電気が落ちてるな」


生徒たちは再び小声で話し始めた。特に女子生徒たちは、ますます不安そうになっていた。


「こ、怖い……家に帰りたい」


「私も。テレビで見たアノマリーの一つだったら……」


教師は教室の電話のほうを向いた。


「みんな、落ち着け」


教師は電話を使おうとしたが、こちらも繋がらなかった。


「こっちも使えないな」


暁継は教室で起きていることを見ていた。そのとき、窓からかすかなノックの音が聞こえてきた。


「ん?」


振り向いた瞬間、暁継は以前、街で見たあの少女が窓の外に浮かんでいるのを見た。今度は、その顔がはっきりと見えた。まだ幼さの残る少女で、その瞳は奇妙で、この世のものとは思えない色に揺らめいていた。


周囲のあらゆる音が、最初に彼女と出会ったときと同じように、再び消えていった。だが、今回は少女の表情に深い心配が浮かんでいた。


そして、少女は口を開いた。


「お願い……逃げて」


少女が言ったのは、それだけだった。次の瞬間、突然その姿が消え、教室の音が一斉に戻ってきた。


暁継は目を見開いたまま、その場に立ち尽くしていた。今見たものに完全に呆然としていて、何を言えばいいのか、どう反応すればいいのかも分からなかった。


そのとき、教師が叫ぶ声が聞こえてきた。


「天原! 天原! 聞いてるのか?」


暁継ははっと我に返り、教師のほうへ顔を向けた。


「え?」


「職員室へ行って、電気がどうなっているのか聞いてこいと言っただろ」


「はい、分かりました」


暁継は立ち上がり、歩き始めた。そして、そのまま教室を出ていった。


海斗は暁継の表情に気づいた。あの顔を知っている。暁継は何かをひどく心配しているとき、あんな表情をする。二人は長い付き合いの友達だったからこそ、海斗にはそれが分かっていた。


海斗はようやく立ち上がり、教師のほうを向いた。


「俺も一緒に行っていいですか? 今朝、暁継が体調がよくないって言ってたんで。念のために」


「ああ、それでさっきからずっとぼんやりしてたのか。でも、いや。二人で行く必要はない。ここにいてくれ」


海斗は残念そうな顔をしたが、それでも教室の扉を見つめ続けた。


こいつ、やっぱり変だ。ここでじっとしてなんていられない。


海斗は突然立ち上がると、教室の外へ駆け出した。


「すみません、先生! でも、俺、行かないと!」


「おい! 森山! 戻れ!」


教師は海斗を追いかけようとしたが、海斗はすでに走っていた。教師の表情には怒りが浮かんだ。


ちっ、これじゃ計画に支障が出る。


やがて海斗は暁継に追いついた。


「暁継! 待ってくれよ。一緒に行こう」


暁継は立ち止まらなかった。非常灯のかすかな明かりだけが照らす廊下を、そのまま歩き続ける。前方の道さえ、ほとんど見ていないようだった。


「なあ、どうしたんだよ? まるで幽霊でも見たみたいな顔してるぞ」


「俺……本当に見たんだ」


「え? 何言ってるんだ?」


暁継は答えなかった。ぼんやりした状態のまま歩き続け、その頭の中では無数の考えが駆け巡っていた。


何が起きてるんだ? もう普通じゃない。あの女の子は何者なんだ? 最初は気をつけてって言って、今度は逃げろって言ってきた。あの子は、この街で何が起きているのか知ってるのか? それに、どうして何度も俺の前に現れるんだ? 何も分からない。栞はどうしてる? 栞も同じことに巻き込まれてるのか? もう、こんなの耐えられない。

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