第5話 この声……兄ちゃんじゃない
やがて列車は次の駅に到着し、ゆっくりと停車した。しかし、しばらくの間は車内に留まるよう指示されていたため、列車のドアは閉じたままだった。
暁継は窓の外を見た。すでにホームの下には、待機している人たちが集まっている。それでも、頭上に屋根があるにもかかわらず、多くの人が傘を差していた。風に煽られた雨が、横から吹きつけている。
ホームの端からは、まるで川のように大量の水が流れ落ちていた。その下で待っている人たちは、見るからに居心地が悪そうだった。駅員たちは乗客の間を行き来しながら声をかけ、車掌とも連絡を取り合っている。
ふう……状況は、まだ良くなりそうにないな。
暁継は外を見つめている海斗に目を向けた。その表情から、友人が不安を感じているのが分かった。
「まだアノマリーのことを考えてるのか?」
「まあ、うん。そりゃな」
海斗は近くにいる人たちを見た。多くの人が家族に連絡を取ろうとしていたが、相変わらず電波は繋がらない。
「どうやら、電話すらできないみたいだな」
「ああ。そこが心配なんだ。母さんにも栞にも連絡がつかない。二人が無事なのか確認したいのに」
すると突然、車内のスピーカーからアナウンスが流れた。
「安全確認が完了いたしました。現在も強い雨と風が続いておりますが、これより降車していただけます。駅構内を移動される際は、天候が不安定なため、十分にお気をつけください」
アナウンスが終わると同時に、列車のドアがゆっくりと開いた。急いでいる人たちはすぐに降り始めたが、外へ出るのをためらっている人も多かった。
「行こう、海斗。俺たちも出よう」
「でも、もう少し待ったほうがよくないか? このままだとずぶ濡れになるぞ」
「これ以上、良くなるようには見えない。それに、アカデミーまで行って、向こうなら電波が繋がるか確認したい。妹の様子も見に行かないと」
返事を待たず、暁継は列車を降りて傘を開いた。
「暁継、待て! 俺も行く!」
二人が外へ出た瞬間、強い突風が吹きつけ、暁継の傘が飛ばされそうになった。
「風……思ったより強いな」
「だから中にいたほうがいいって言っただろ」
「まずはホームの下に入ろう。それから進めばいい」
二人は急いでホームの下へ向かい、そこで雨風を避けた。すでに多くの人が集まっており、いつまでこの雨が続くのかと不満を口にしている。
しかし、暁継は待たなかった。すぐにまた歩き始め、海斗も後から追いついた。
「本当にこれでいいのか? もし本当に危険な何かだったらどうするんだよ。こんなふうに適当に歩き回るのはまずいんじゃないか?」
「海斗。今、お前の家の外に誰かいるのか?」
「え? いや、いないけど。母さんは家にいる。でも、父さんは雨が降り始める前に仕事へ出た」
「じゃあ、お前は俺とは状況が違う。妹は学校へ行ってるし、今どうしてるのかも、傘を持っていったのかも分からない。それに電話にも出ない。だから、俺は妹の様子を確認しに行かないといけない。分かるだろ?」
「まあ、分かったよ。お前がそう言うなら。でも、無事にアカデミーまでたどり着けるといいな」
同じ頃、街の別の場所では、栞が雨の中を走っていた。濡れないように、学校鞄を頭の上に掲げている。
ああっ! なんで急に天気が変わったのよ?! 傘、持ってきてないのに。
少し先に、閉まっている店の狭い軒下を見つけると、栞はすぐにそちらへ向かい、雨を避けるために駆け込んだ。
鞄を下ろし、自分の制服を見下ろす。
はぁ……びしょ濡れ。最悪。外の雨も、しばらく止みそうにないし。
栞はすぐに鞄を開け、スマホを取り出した。天気予報を確認すると、表示されていたのは晴れだった。
え? でも、雨が降ってるのに。どういうこと?
すると突然、天気予報の表示が変わった。画面には嵐と大雨の予報が表示されたかと思えば、次の瞬間にはまた晴れに戻る。それを何度も繰り返し、まるで画面がバグっているかのように点滅し続けた。
「え……何、これ? 私、幻覚でも見てるの?」
栞は目をこすり、もう一度スマホを確認した。今度は雨の予報で固定されている。
「今、確かに表示が変わったよね……。変なの」
すると突然、画面に大量の通知が表示された。暁継からの不在着信とメッセージがいくつも届いている。
兄さん……? なんで電話してるの?
栞は暁継の連絡先を開き、プロフィールをタップした。電話をかけようとしたが、指が通話ボタンの上で止まった。
朝の会話を思い出す。二人の複雑な関係。そして、母親のことについて意見が食い違っていたこと。栞はしばらく、その名前を画面に表示したまま立ち尽くしていた。
兄さんには電話したくない。でも……兄さんが無事か、確認したほうがいいかも。
栞は一度深く息を吸い、それから渋々、通話ボタンを押した。
数秒間、呼び出し音が鳴った。そして、暁継が電話に出たようだった。
「お……兄ちゃん?」
しかし、返事はなかった。栞はしばらく黙ったまま立っていた。少し困惑したように眉を寄せる。
「お兄ちゃん、聞こえてる? 何回も電話してきたよね。大丈夫なの?」
すると、ゆっくりと電話の向こうから声が聞こえてきた。
「はぁ〜い……しおりぃ〜……」
その声は、栞が今まで聞いたことのないものだった。不気味で、どこか歪んでいる。まるで声そのものが栞の頭の中へ這い入り込み、脳の奥をかき乱しているようだった。
栞の目が恐怖で大きく見開かれる。
「いやああああっ!」
栞は叫び声を上げ、反射的にスマホを投げ捨てた。
そして、身体を震わせながら、数歩後ずさる。
「だ、だ、誰……なの……?」




