第35話 幕の向こうにある未知の真実
玄士が空をさらに上昇していく中、上空から戦いを見ていた新しい凪紗は、突然、自分へ近づいてくる何かを感じ取った。
「ん?」
振り向くと、玄士が空中を飛びながらこちらへ向かってきていた。
「あら? 偽の主人公が来たみたい」
玄士はついに彼女のもとへ辿り着き、空中に浮かぶ足場へ着地した。
ゆっくりと身体を起こし、真剣な表情で彼女を見据える。
新しい凪紗は微笑んだ。
「それで? わざわざここまで来て、私を見つめるためだけに来たの? どうして下にいる仲間を助けに行かないの、偽の主人公さん?」
玄士の視線が、千早と凪がまだ戦っている戦場へ向いた。
「あいつらに俺の助けは必要ない。自分たちだけで十分対処できる」
そして再び、新しい凪紗へ視線を戻す。
「俺から聞きたいくらいだ。お前こそ、遠くから見ているだけじゃなくて、自分のアノマリーを助けたらどうだ?」
新しい凪紗は首を横に振り、その笑みをさらにいたずらっぽくした。
「助ける? どうして私が? あれはこの壮大なパフォーマンスのための道具にすぎないもの。それに、もう十分役目を果たしてくれてるじゃん」
「役割、役者、主人公、物語、ショー……本当にそういう言い方が好きなんだな。何か理由があるのか?」
玄士の問いを聞くと、新しい凪紗は彼から目を離さないまま、楽しそうにその周囲を歩き始めた。
「そういうふうに言われると……そもそも、あなたは『理由』って何なのか知ってる?」
「理由には一つの定義しかないわけじゃない。行動の正当化にもなるし、その行動の説明にもなる」
新しい凪紗は足を止めた。
「うん。その質問をするたびに、いつも同じ答えが返ってくるんだよね。だから、ちょっと講義してあげないといけないかな」
突然、片手を上げ、指を軽く弾いた。
瞬間、二人を赤い結界が包み込んだ。
玄士は動揺しなかった。しかし、結界の外にいる仲間たちへ目を向けると、その目には明らかな警戒が浮かんだ。外の一行は、まるで極端にゆっくり動いているように見える。
新しい凪紗はその表情に気づいた。
「心配しなくていいよ。少し話す時間が必要だと思ったから、ここの時間だけ外よりずっと速く進むようにしたの」
それを聞いた玄士は、目の前にいる存在が一体何なのか、改めて考え始めた。
まず、次元の結界。それから、高脅威のアノマリーを操っている。そして今度は時間まで加速させられるのか? シグナだとしても、一人がこれだけ多くの能力を持てるはずがない……それに、こいつからはシグナエネルギーをまったく感じない。今まで出会ったことのない変数だな。
新しい凪紗は話を続けた。
「それじゃあ、さっきの話に戻ろうか。あなたたちは、行動の中には明確な理由を必要としないものがあるってことを、誰も考えたことがないんじゃない?」
玄士は目を細めた。
「行動に理由がない? それが俺の質問への答えなのか?」
「そうとは限らないよ。人間の欠点の一つを指摘しただけ。単純だったり、常識に思えることだったりすると、人間はわざわざ深く考えようとしない。でも、単純なものが、ときには一番複雑なものを生み出すことだってあるんだよ」
「何が言いたい?」
「ふふ。それなら、あなたにも分かるように、もっと簡単にしてあげる」
彼女は一度、言葉を切った。
「人間は生きたいんでしょ? 生き続けたいと思う理由なら、いくらでもある。でも、理由がなくてもいいんだよ。考えてみて。生きたいのは、ただ生きたいから。それだけでもいいんだから」
玄士の表情が、さらに無機質なものになる。
「俺は単純な質問をしただけなのに、哲学的な答えにしたな」
新しい凪紗は不思議そうに首を傾げた。
「ん? まだ私が何を言いたいのか分からないの? もう答えは出してるよ」
「どういうことだ?」
「私がどうしてこういう話し方をするのか、一つの理由があるわけじゃない。でも、どうして私がショーやパフォーマンスに例えて話すのかって?」
彼女は微笑んだ。
「単純に、今の世界をそう見てるからだよ。閉じられた一つの出来事の塊の中で、生きている人形たちを操っている世界としてね」
その言葉を聞いた瞬間、玄士の表情が一気に険しくなった。
「閉じられた……出来事の塊? お前、何を知っている?」
玄士の反応を見た瞬間、新しい凪紗の笑みが大きくなった。
「面白い! 最初からあなたには何かあると思ってたんだ。その前に使った力……あれ、ただのシグナじゃないでしょ? まったく別のものだよね」
玄士は答えなかった。わずかに目を見開き、思考を巡らせる。
どうしてこいつが……? いや……ただの変数じゃない。俺には分類すらできないレベルだ。そして、今の会話と……あの生徒、暁継への執着を見る限り……
玄士は拳を握り、それからようやく口を開いた。
「教えろ。お前は一体、何をしようとしている? お前には、俺たちをもっと苦戦させられるだけの力がある。それなのに、そうしていない。勝つためだけに来たわけでもないし、理由もなく混乱を起こしているわけでもない。本当の目的は、あの『例外』なんだろ?」
新しい凪紗は頷いた。
「ビンゴ! 最初から分かりきってたことでしょ? 私が邪魔しなかったのは、あなたたちの小さなショーが私にとっても都合がいいからだよ」
その笑みがさらに広がる。
「彼が本当に、力によって何が変わるのかを見るほど、例外が戻ってくるためのロードゲージがいっぱいになっていくんだから!」
彼女は目を細め、玄士の目を真っ直ぐ見つめた。
「それに、あなたも仲間たちに何か隠してるんでしょ? 私には分かるよ」
玄士は数秒間、彼女を見つめてから、小さく息を吐いた。
「なるほど。思っていた以上に危険な存在だな。でも、妙なことに……お前から俺たちへの敵意は感じない。戦っていたときも、攻撃そのものには俺を殺す意思があった。でも、お前自身の身体にはなかった」
新しい凪紗の表情が複雑に変化した。玄士の言葉が予想外だったのか、初めて本当に意表を突かれたような顔を見せる。
「あら? 私みたいな人に、そんなことを言った人は初めてだよ」
彼女はかすかに微笑んだ。
「でも、本当に自分の感じたものを信じていいの? 私のキャラクターなら、そんなことをする性格じゃないと思うけど」
玄士は視線を下へ向け、暁継が立っている場所を見た。
「俺は感情を信用していない。ただ、人間が本当にそう思って行動しているかどうかは分かる」
そして再び彼女へ目を向ける。
「だが、質問に答えろ。例外について何を知っている? どうしてそれを戻そうとしている? そして、なぜそれがあの生徒――暁継の中にある?」
新しい凪紗は足場の端へ少し近づき、暁継のいる場所を見下ろした。彼の顔を見た瞬間、その笑みが戻る。
「まあまあ。ずいぶんたくさん質問してくるね」
彼女は玄士へ振り返った。
「でも、答えるつもりはないよ。まだ何も始まっていないのに全部ネタバレしたら、物語がつまらなくなると思わない?」
玄士はすぐに彼女を見た。その目には圧倒的な真剣さが宿っていた。
「その質問に答えるかどうかは、お前の自由じゃない。答えないなら……」
玄士の目が一瞬、鮮やかな緑色に輝いた。同時に、濃い緑色のエネルギーが身体から溢れ出し、周囲へ圧力を放つ。
「俺の本当の力を使って、無理やり答えを吐かせるしかない」
新しい凪紗は目を見開いた。
そして突然、顔を隠しながらしゃがみ込んだ。
「きゃー! 怖いよぉ! お、お願い、いじめないで! 私はただの小さな女の子なの!」
玄士は数秒間、彼女を見下ろした。さすがの玄士も、一瞬だけその反応に意表を突かれていた。
予測できないな……
玄士のエネルギーが消えていき、再び通常の状態へ戻る。
「演技はやめろ」
新しい凪紗はようやく顔を上げ、笑みを浮かべながら彼を見た。今度は、その目には明らかな興味が宿っていた。
「あなたって、本当に簡単には騙されないんだね。偽の主人公さん?」
彼女は立ち上がり、一歩近づいた。
「ねえ。あなたは、ほとんどの人には理解できないような知識を持っている人間の一人なんだよ。だから私は、あなたを偽の主人公って呼んでるの」
彼女は笑みを浮かべたまま続ける。
「あなたは、そもそもこの物語にいるはずじゃなかったんだから」
彼女はいたずらっぽく微笑みながら、玄士へ身を乗り出した。
「だぁけぇど……例外のための例外として、あなたには特別にしてあげる。あなた、かなり役に立ちそうだから。ねえ、取引しない?」
「取引?」
新しい凪紗は片手を上げ、人差し指で空を指した。
「そう。もし受け入れてくれたら、私が知ってる秘密をいくつか教えてあげる。この世界の真実についてのヒントと……例外がこの世界にとって何を意味するのか、そのヒントもね」
玄士はすぐには答えなかった。
その瞬間、二人の間にはしばらく沈黙だけが残り、互いの目を見つめ合っていた。




