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第31話 監督の舞台に立つ偽主人公

彼女はゆっくりと、そして意図的に鋏を海斗の首へ近づけていった。その間、一度も暁継から目を離さなかった。


その瞬間、疲労と絶望に押し潰されそうになっていた暁継には、まるで時間そのものがゆっくりになったように感じられた。頭の中が真っ白になったかと思えば、散らばっていた思考が一気に押し寄せてきた。


また、失敗するのか? 海斗が死ぬ……川瀬さんが消える。


普通の人間って、本当にこんなに脆いのか。彼女が言っていた通りなのか? 本当にこの世界は、普通に生まれた俺たちを罰するのか?


新しい凪紗は興奮に満ちた声で、さらに鋏を下げ続けた。


「本当にどうしようもないね。今の君、すごく惨めだよ! この壮大な物語の中じゃ、君の存在なんて脇役以下だよ! だから見せてよ! 平和で普通の人生なんていう君のくだらない冗談が、こんな状況でも本当に生き残れるって証明してみて! あははは!」


暁継の心臓が、どんどん速く脈打ち始めた。母さん、栞、川瀬、そして凪紗の姿が頭の中を駆け巡る――当たり前だった記憶、何気ない時間、かつて当たり前だと思っていた日常の欠片。


そして、その瞬間、暁継は自分が置かれている現実を、ようやく理解した。


……駄目だ。そんなこと、させられない。


その直後、突然、白髪の少女の姿が暁継の脳裏をよぎった。彼女は天上の木の下に立ち、その全身を白い光に包まれていた。


彼女の声が、ありえないほど遠い場所から届いた。


「本当に、いいの?」


暁継が何が起きているのか理解するよりも早く、わずか一秒にも満たない時間の後、彼の身体の輪郭が淡い白いオーラを纏い始めた。


新しい凪紗が突然動きを止めた。彼女はすぐにそれを感じ取った。目が大きく見開かれ、顔から笑みが完全に消えるほどの純粋な衝撃が走った。


これ……は……!?


そして、何かを理解した瞬間、彼女の表情が大きな笑顔へと変わった。


「YES! YESSS! やっぱりそうだ! これだよ! これが例外なんだ!!」


彼女は一歩前へ踏み出した。


「それを自分の中に満たして! 目を覚まして、この世界の現実を見て!! そして、この世界が今まで見たことのない最高のショーを私に見せてよ!」


興奮する中、新しい凪紗の思考は目まぐるしく駆け巡っていた。その顔には、暁継がこれまで彼女から見たこともないほどの純粋な興奮が浮かんでいた。まるで、その胸の内にある喜びを抑えきれないかのようだった。


本物だ……本当に、戻ってきたんだ。あの男が話していた予言……本当だったんだ!


彼女はさらに数歩進み、もっと近くで彼を見ようとした。


しかし、その瞬間――


突然、二人の頭上の空に白いエネルギーが現れた。その中に亀裂が生じ、まるで天そのものがガラスのように砕けていくかのように、亀裂が外側へと広がっていった。


新しい凪紗はすぐに足を止めた。何かが近づいているのを感じ取り、細めた目をその亀裂へ向ける。しかし、彼女が反応するよりも先に――


亀裂が激しく外側へ弾け飛んだ。


何かがありえない速度でそこから飛び出した。彼女の目には、それはただのぼやけた影にしか見えなかった。その影は空気を切り裂きながら、まっすぐ彼女へ向かって飛んできた。


「えっ!?」


ドゴォォン!!


それは学園の屋上へ叩きつけられ、巨大な衝撃波を発生させた。その衝撃波が周囲一帯を駆け抜け、屋上に降り注いでいた激しい雨さえも吹き飛ばした。


暁継は足元をすくわれ、倒れそうになったが、背後にあった金属製の檻によってかろうじて支えられた。それでも、その衝撃はあまりにも凄まじく、何が起きたのかを理解することすら難しいほどだった。


屋上は煙に包まれ、不気味な静寂が訪れた。


やがて、衝撃によって押しのけられていた空気が一気に戻ってきた。数秒の間、煙の向こうには何も見えなかった。やがて、ほとんど気づかないほどゆっくりと、煙が晴れ始めた。


新しい凪紗はすでに巨大な怪物の手の一つの上に立っていた。どうやら、最後の瞬間に衝撃をかわしていたらしい。


その表情には、はっきりと苛立ちが浮かんでいた。


煙が薄くなり始める中、暁継は咳き込んだ。


「……何が、起きた?」


そして、突然、海斗のことを思い出した。


海斗! 無事なのか!?


暁継はすぐに何が起きたのか確かめるため顔を上げ、その目を見開いた。


数メートル先に、一人の男が立っていた。長い黒いコートを身に纏い、その裾が背後の風に大きくなびいていた。


先ほどの衝撃が叩きつけられた場所には、巨大な蜘蛛の巣状の亀裂が屋上全体へ広がっていた。


黒いコートの男はゆっくりと暁継へ振り向いた。海斗はすでに、その両手の間にしっかりと抱えられていた。


男は何も言わずに歩み寄ると、海斗を慎重に暁継の前へ下ろした。


今の暁継には、その男が何者なのかを気にする余裕すらなかった。意識のすべてが海斗に向いていた。


「海斗! 聞こえるか? まだ意識はあるか?」


数秒後――


「あ……きつ……ぐ……」


その声は弱く、かろうじて聞き取れるほどの囁きだった。それでも、その声を聞いたことで暁継はわずかながら安堵した。少なくとも、まだ生きている。


黒いコートの男が、海斗へ少し身を寄せた。


「かなり危険な状態だ。このままなら、あと三分も持たない。」


「三分!? 本当に? 頼む、助ける方法はないのか?」


黒いコートの男は、海斗をさらに詳しく調べた。


「幸い、アノマ汚染はそれほど多くない。早く処置できれば、まだ助かる可能性はある。」


「何を言ってるのか分からない。でも、まだ助かるなら、俺たちは――」


暁継が言い終える前に、新しい凪紗の姿が目に入った。彼女はすでに鋏を手にしており、暁継へ向かって投げつけようとしていた。


「後ろだ!」


だが、もう遅かった。


鋏が凄まじい速度で空を切り裂いた。しかし、暁継へ届く寸前――


それは止まった。


暁継は何が起きたのか理解し、信じられないものを見るように目を見開いた。


黒いコートの男が、振り向きもせず、巨大な鋏を二本の指で受け止めていた。


暁継はただ呆然と男を見つめることしかできなかった。


……止めたのか? あれを……たった、それだけで?


新しい凪紗は驚いていなかった。むしろ、感心したような表情を浮かべていた。


「へえ? 面白いね。」


黒いコートの男は、先ほどと変わらない落ち着いた声で暁継に言った。


「ここで待っていろ。」


男は立ち上がり、新しい凪紗へ振り向いた。その表情に怒りはなかった。焦りもない。何もなかった。


そして、まるで彼女が落としたものをただ返すかのように、彼女の方向すら見ず、鋏を軽く投げ返した。


彼女はそれを受け止めたが、楽しそうだった表情が本物の困惑へと変わった。


鋏を……返した? どうして?


黒いコートの男はすぐには答えなかった。彼の意識は別のところに向いていた。周囲の状況を確認し、特に損傷した空と、彼自身が先ほど通り抜けてきた亀裂の入った結界を調べていた。


新しい凪紗の笑みがわずかに引きつった。男がまるで彼女など背景の一部であるかのように、完全に無視していたからだ。


「主人公になりたいの? へえ。残念だったね。ここは私のショーなんだから!」


彼女は凄まじい速度で男へ突進した。あまりにも速く、まるで瞬間移動したかのように見えた。その鋏は男の頭へ真っ直ぐ向けられていた。


そこでようやく男が振り向き、片手でそれを受け止めた。まったく動じていない。


新しい凪紗は止まらなかった。そのまま押し込み続けたが、今度は鋏が紅い光を放ち始めた。


「普通じゃないんだね? だったら、さっさと終わらせて、私のステージに戻ろうかな!」


今度の攻撃は、はるかに強力だった。黒いコートの男もその力の増大に気づき、二人が押し合う中、その手が暗い緑色のエネルギーを纏い始めた。


その衝撃によって、二人は少し後方へ押し戻された。


新しい凪紗はもう片方の手を伸ばし、そこに光り輝くエネルギーから、さらに一本の青い鋏を具現化させた。


「あはは! 実に面白い! でも、君に構ってる時間はないんだ。だから、死んでみる?」


二人は同時に互いへ向かって駆け出し、新しい凪紗は鋏を凄まじい速度で振り回し始めた。その一振り一振りが、空気を切り裂いていった。


黒いコートの男は素早い動きで彼女の攻撃をかわし、そして受け流した。それから両手に暗い緑色のエネルギーを纏わせ、その拳の速度と威力をさらに高めた。


そして、彼女の紅い鋏を途中で受け止めた。新しい凪紗は止まらず、反対側から攻撃を仕掛け、青い鋏を彼の腹部へ向け、突き刺そうとした。


黒いコートの男の手が上へ跳ね上がり、鋏が届く寸前でそれを受け止めた。そして今や、彼は彼女の二本の鋏を両方ともその場に封じていた。新しい凪紗の笑みが大きく広がった。


「わあ、すごい。でも……まだ足りないね。」


すると、二人の目の前に青と赤の針が大量に現れ、そのすべてが黒いコートの男へ向けられた。


男はそれに気づいて後方へ跳び退いた。直後、針が降り注ぎ、すでにひび割れていた地面へ突き刺さって、二人の足元にさらなる亀裂を走らせた。


そして再び、二人は互いへ向かって駆け出し、激しく衝突した。


一撃がぶつかるたびに屋上全体へ衝撃波が走り、暁継は腕で目を庇わなければならなかった。二人の動きは、暁継の目にはただの残像にしか見えなかった。


何なんだ、これ……何も見えない……。


黒いコートの男はなおも拳を繰り出し続け、その拳が次々と彼女へ迫った。新しい凪紗は鋏を開き、彼を切り裂こうとした。男は身を低くして刃を完全にかわし、そのまま彼女の脚を殴りつけ、体勢を崩させた。


「うわっ!」


ついに鋏による防御を突破すると、男は落下していく彼女を追い、その顔へ向けて蹴りを叩き込もうとした。


その瞬間、彼女の右目がさらに強い青い光を放った。


「調子に乗らないでよ、偽主人公。」


彼女の顔に鋭い笑みが浮かんだ。男の脚は彼女の身体をすり抜け、その身体は無数の青いエネルギー粒子へと変わって散り、消えていった。


黒いコートの男の目が四方八方へ素早く動き、彼女の痕跡を探した。


突然、男は上空から何かが来るのを感じ取った。視線を上へ向けると、空高くにある巨大な怪物の手の一つに彼女が立っていた。すでに二本の鋏へエネルギーを集め始めている。


「これをどうするつもり? 見せてよ! 君が悲鳴を上げるところ、聞きたいんだよね?」


そして彼女は二本の武器を振り抜いた。


二つの巨大な斬撃――青と赤の二本の斬撃が、男へ向かって空を切り裂いた。


黒いコートの男は両手を上げ、しっかりと構えた。


あれが屋上に直撃したら、この学園全体が吹き飛ぶ。


男はすぐに両腕へ暗い緑色のエネルギーを纏わせた。直後、二つの斬撃が両手へ激突した。


両手に触れた瞬間、斬撃はその手のすぐ上で止まり、青と赤の眩い光が周囲を照らし出した。


暁継は目を見開いたまま、その一部始終を見ていた。友達があと三分しか生きられないという事実と、目の前で繰り広げられている異常な戦い。その両方に、頭が追いつかなくなっていた。


……これが、本物なのか?


暁継が生まれて初めて、目の前で超常の力が実際に具現化する瞬間を目にした。それによって、彼は自分が生きてきた世界が本当はどれほど広いものなのか、考え直さざるを得なかった。


黒いコートの男は、ほとんど力を使っていないように見えるほど簡単に斬撃を自分から引き離し、そして凄まじい速度で彼女へ向けて跳ね返した。


新しい凪紗の目が見開かれた。


「おお!」


彼女は攻撃の軌道から消え、斬撃が怪物の手を切り裂いた。その巨大な手は綺麗に二つに切断され、その腕が屋上へ落下して、建物全体を揺るがした。


斬撃はそのまま進み続け、空中で爆発すると、亀裂の入った空へさらに亀裂を走らせた。


新しい凪紗は空中を移動しながら、興奮した声を上げた。


「あははは! もしかしたら、例外以外にも私たちの戦いを見てる面白い人がいるのかもね」


その「例外」という言葉を聞いた瞬間、黒いコートの男の目が細くなった。


例外……?


男は、戦いを見つめ続けていた暁継へ振り向いた。さらに注意深く意識を向けると、先ほど現れた白いオーラの、ごくわずかな痕跡が見えた。


黒いコートの男はそれをじっと見つめ、それからゆっくりと新しい凪紗へ視線を戻した。彼女はすでに怪物の別の手へ着地していた。


「君はずいぶん詳しいようだな。この次元の結界を作ったのは君か?」


「ん? これを認識できるんだ? じゃあ、あの地震を起こしたのも君なんだね。結界を破って入ってきたんだ。はぁ……もう、頭が痛くなるなぁ。せっかく可愛い例外との時間だったのに、邪魔してくれちゃって。」


「さっきから例外と言っているな。何を知っている?」


新しい凪紗の笑みがさらに広がり、興奮で頬が赤く染まった。


「あぁ……そう言われても、言葉だけじゃ説明できないよ。すっごく特別なものなんだから。」


彼女は鋏を男へ向けた。


「でも、私が知ってることは君には関係ないからね。だからぁ……私の可愛いペット、起きてよ! あの脇役の相手をしてあげて。私は暁継くんとの時間をできるだけ長く楽しみたいんだから!」


その瞬間、怪物の空っぽだった目に、五つの黄色く輝く瞳孔が再生した。それらは不規則にあちこちへ動き回った後、ゆっくりと中央へ収束した。


そして怪物の手には、一つ、また一つと同じ目が掌に裂けるようにして開いていった。その巨大な顎のすぐ下に。


そのすべての目が、黒いコートの男と暁継へ向けられた。曇った空と降り続く雨の中で、無数の目が不気味な光を放っていた。その光景を目の前にした暁継の身体は、恐怖で震え始めた。


その瞬間、暁継はようやく、自分がどれほど小さな存在なのかを本当の意味で理解した。そして、新しい凪紗がこれまでどれほど力を抑えていたのかも。


俺たち、死ぬのか? これが……本当に、俺が生きてきた世界なのか?


暁継の視線がゆっくりと黒いコートの男へ向いた。男は、目の前で何が起きていてもなお、まったく動じていなかった。


怖くないのか……。あいつは間に合うのか? 海斗にはもう時間がない……まずい……。


暁継は絶望に押し潰されるように顎へ力を込めた。自分でも認めたくなかった感情――目の前に立つ男の超常的な力への嫉妬と羨望を、彼は生まれて初めて感じていた。


黒いコートの男は怪物を完全に無視し、暁継へ振り向いた。彼は暁継の表情を見つめ、なぜか、その少年が何を感じているのかを正確に理解しているようだった。


「君。暁継、だったか。俺は玖界玄士だ。忠告しておく。これから何が起きても、友達と一緒にそこを動くな。よく見ていろ。」

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