第29話 盲目の攻撃と苦い真実
今度は、暁継はためらわなかった。考えるよりも先に、新しい凪紗へ向かって一気に踏み込み、瞬く間に距離を詰める。拳を繰り出すと、その拳が彼女の頬をほんの数センチのところですり抜けた。新しい凪紗は間一髪で身体をひねってかわす。その目が驚きに見開かれた。暁継の攻撃に、今度は一切のためらいがなかったことに気づいたのだ。そして、彼女の顔に大きな笑みが広がった。ようやく、この子が望んでいたものを暁継が見せてくれた。
「そう、それだよ! あはははは! ほら、もっと攻撃して! 殴って! 遠慮しないで!」
暁継はその場で足を止めると、すぐに左腕を振り、再び拳を繰り出した。新しい凪紗は軽く身体を横へずらし、攻撃を難なくかわす。そして次の瞬間には、あまりにも速い動きで暁継の横へ移動していた。彼女は暁継の腕に触れ、少しだけ上へ持ち上げる。まるで、自分から攻撃の仕方を教えているかのようだった。
「暁継くん! 次はもっと腕を上げてね。身体じゃなくて、私の顔を狙うの。いい?」
暁継の目が、純粋な驚きに大きく見開かれた。彼には彼女の動きがまったく見えていなかった。さっきまで目の前にいたはずなのに、次の瞬間にはもう隣にいる。暁継はすぐに身体を反転させ、横から拳を繰り出した。しかし、そこにはもう彼女の姿はなかった。左右を見回すが、どこにも見つからない。
そのとき、背後から彼女の声が聞こえた。
「こっちだよ!」
暁継が声のしたほうへ振り返ると、彼女はすでに数メートル先に立っていた。何事もなかったかのように、傷一つ負っていない。
「ほら、もう一回! 今のは悪くなかったよ。でも、まだ足りない! もっとやらないと!」
暁継は苛立ちを込めて顎を引き締めた。彼女の動きを見ているだけで、二人の間にある力の差が嫌というほど分かる。
あいつは、まるで俺がスローモーションで動いてるみたいに、俺の動きを全部先読みしてる。それに、あまりにも速すぎて、俺の目でも完全には追えない。
暁継の視線が再び海斗へ向かう。その顔には、はっきりとした不安が浮かんでいた。
時間がない。このまま続けてたら、ただ時間を無駄にするだけだ。
新しい凪紗が、再び声を上げる。
「ねえ! 何してるの? 早くしようよ! それで全部ってわけじゃないんでしょ?」
暁継は再び彼女へ視線を戻し、必死に思考を巡らせた。
あいつは俺の動きを一つ一つ予測してる。俺が攻撃しようと考えた瞬間には、もう顔のほんの小さな変化まで見てる。状況によっては、俺が動く前から何をするのか分かってるんだ。なら、あいつが予測できないことをしないと。1
暁継の目がわずかに見開かれた。何かを思いついたようだった。
上手くいくかは分からない。でも……やってみるしかない。
暁継は拳を握り締め、真剣な表情を作る。そして再び前へ踏み込み、彼女に向かって一気に走り出した。
新しい凪紗は動かなかった。ただ笑みを浮かべたまま、暁継が来るのを待っている。そして両腕を左右へ広げ、まるで抱きしめようとしているかのような姿勢を取った。
暁継が距離を詰めると、再び右腕を上げ、攻撃の準備をする。
彼女はその動きをすぐに見抜いた。
同じ攻撃ばっかり。もっと工夫しないとね。
暁継との距離が、ほんのわずかになった。新しい凪紗は余裕のある様子で脚を動かし、左へ踏み込む準備をする。
だが、その瞬間、暁継の目が細くなった。左腕が一瞬で伸びる。もう自分の手を見てすらいない。拳が本当に彼女へ届くのか、それさえ分からないまま、ただ攻撃を繰り出した。
拳は、彼女が今まさに避けようとして動いた方向へ正確に追いかけるように伸び、彼女の顔からわずか数センチのところまで迫った。
その瞬間、初めて、新しい凪紗の楽しげな表情がわずかな驚きに変わった。彼女は、暁継がこんな動きをするとは予想していなかった。
面白い。私が目の動きから攻撃を読んでることに気づいたんだ。だから、私を見ながら最初の攻撃を囮にして、二発目は自分の手を見ないまま賭けに出たんだね。
暁継の拳が彼女の頬へ届く、その直前だった。新しい凪紗の笑みが再び戻った。
突然、何かに手を掴まれ、暁継の動きが完全に止まった。
振り向くと、新しい凪紗がすでに彼の手を掴んでいた。暁継の表情に、わずかな緊張が走る。
無駄だった……。完全に見抜かれてた……。
新しい凪紗の表情は、さっきまでとは比べものにならないほど興奮していた。ほとんど喜びに近い。その瞳は、さらに強く輝いているように見えた。
「ふっ……あはははは! よくやったね、暁継くん! やっぱり、君には才能があると思ってた!」
暁継は手を引き抜こうとしたが、まったく動かない。まるで鉄の輪に掴まれているようだった。
彼女の指がさらに強く暁継の手を締めつけ、鋭い痛みが走る。
「面白い作戦だったよ。こんな短い時間で、そこまで考えついたことには感心した。最高のショーだったよ!」
「手を……離せ……」
「え? どうして? これは戦いでしょ? 私が簡単に逃がしてあげたら、つまらないじゃん。だったら、自分の力で逃げてみたら?」
暁継は何度も手を引き抜こうとしたが、彼女の握力はびくともしなかった。
こいつの力……おかしい……。
暁継は彼女の太腿を狙って脚を振り、バランスを崩させようとした。しかし、蹴りが当たった瞬間、暁継の目が見開かれた。
何も起こらなかった。
新しい凪紗はまったく動じなかった。何も感じていないかのように、その場で平然と立ったまま、あくびまでしている。
「これだけ? 本当に? ほらぁ、もっと何かしてよぉ! そうだ! 観客のために、もう一つ作戦を考えてみたら?」
暁継は必死に何かを――何でもいいから、打開策を考えようとした。しかし、どう計算しても、頭の中には何も浮かんでこない。
暁継の表情から、次第に希望が消えていった。そして、その瞬間、楽しそうな彼女の顔を見つめながら、ついに一つの結論へたどり着く。
俺は……完全に、こいつの手のひらの上だ。今この瞬間でさえ、まだ俺を弄んでる……。
新しい凪紗は、暁継の顔に浮かんだその理解を見て、いたずらっぽく笑った。まるで、その瞬間をずっと待っていたかのように。
「ほらね? 本当にどうしようもないでしょ? 自分じゃ何もできないって、やっと分かった? 手を掴まれただけで、もう終わりなんだよ。こんなところまで無力だなんて……本当に情けないよね?」
彼女はさらに身体を近づけ、暁継の目を真正面から見つめた。
「普通の人って、人生は単純だと思ってるんだよね。仕事をして、家族のためにお金を稼いで、結婚する相手を見つければ、それで平穏に暮らせるって……あはは! なんて面白い冗談なんだろうね! 私でも、こんなにくだらない冗談じゃ笑えないよ」
彼女の握力が、さらに強くなる。今度は耐えられないほどの力だった。
「ぐっ……!」
激痛に耐えきれず、暁継はその場に膝をついた。歯を食いしばって痛みに耐えながら、それでもゆっくりと顔を上げ、新しい凪紗を見つめる。彼女の表情には純粋な嫌悪だけが浮かんでいた。その理由が、暁継には理解できなかった。
「でも、そんな人たちは、こういう瞬間のことなんて考えないんだよね? 平穏な人生っていう小さな夢の中に閉じこもって、自分たちが、暁継くんみたいな無力な人間を踏み潰す世界に生きてるってことを無視してる。ねえ、暁継くん。今、どんな気分? もし私が今ここで手を離したら……本当に、前と同じようにこの世界を見ることができると思う?」
暁継は黙り込んだ。何かを言おうと口を開き、反論したいとも思った。それでも、なぜか彼女の言葉を一つとして否定することができなかった。この学園で経験してきたすべてを思い返しながら、暁継はただ、雨に濡れる地面へ視線を落とした。
新しい凪紗は暁継のそばにしゃがみ込み、彼の目を見つめたまま、ゆっくりと手の力を緩めた。
「暁継くん。この世界には、人類がこれから向き合わなきゃいけない謎が、まだたくさんあるんだよ。もし暁継くんが『例外』にならなかったら、これから先、君が築こうとしているものは、いつか一瞬で消えてしまうよ」
そして初めて、暁継の耳には、彼女の声がからかうようにも、楽しそうにも聞こえなかった。まるで完全に普通の、理性的な人間が話しているような声だった。それが逆に、暁継の怒りをさらに強くした。あれだけのことをしておきながら、人類や未来について、まるで当たり前のことを語る彼女の態度が、今の暁継にはどうでもいいものにしか思えなかった。
彼女は暁継の手を、両手のひらで優しく包み込んだ。
「だから、暁継くん……君は――」
暁継はすぐに彼女の言葉を遮った。その声は、氷のように冷たかった。
「黙れ……そんなことを、二度と口にするな」




