第23話 屋上の扉の向こう――そして、扉の後ろに残るのは誰か
一行は立ち止まることも振り返ることもなく、階を一つずつ上り続けた。
海斗の表情には、ただ純粋な疲労だけが浮かんでいた。一方の暁継は、行き先も分からない場所へ向かう空っぽの器のように歩いていた。身体は前へ進み続けているのに、頭の中ではもう、この先何が起こるのかを考えることすら止まり、ただ自分の失敗のことだけが頭に残っていた。
やがて、二人は屋上へ続く扉の前まで辿り着いた。
海斗は荒い息を吐きながら、両手を膝についた。
「や、やっと……着いた……」
海斗は暁継の方を振り向いた。
「これからどうする? 外に出るのか?」
暁継はすぐには答えなかった。ゆっくりと顔を上げて海斗を見て、それから目の前の閉ざされた扉へと視線を向けた。
「俺……分からない。あの子がここへ来てって言った。それだけだよ」
「マジかよ。他に何の手がかりもないのか? じゃあ、ここで何を探せっていうんだ? 外に出るのも、ちょっと怖いぞ。あの化け物が外で待ってたらどうする?」
三人は数秒その場に立ち、これからどうするべきかを考えた。
突然、また微かな地震が学園を揺らし、建物全体がわずかに震えた。
だが、今回は三人の反応が違った。暁継は考え込んだままで、ほとんど反応を見せない。一方、海斗はただ周囲を見回していた。二人とも精神的に疲れ切っていて、繰り返される地震にすら反応する気力が残っていなかった。
揺れは次第に弱くなり、やがて止まった。凪紗はしばらく暁継と海斗を見つめた。
もう一度周囲を見回し、何かを感じ取ろうとするような素振りを見せてから、再び二人へ視線を戻した。
「もしかしたら、あの子は私たちに外へ出てほしいのかもしれない。暁継くんが言ってたように、あの子の言うことがいつも正しいなら……信じてみてもいいんじゃないかな」
海斗は凪紗へ振り向いた。まだ迷いは残っていた。
「分かってる。ここまで起きたことを考えたら、もう俺たちに選択肢なんてないだろ。ここまで生き残ったのは俺たち三人なんだ。ここで失敗するわけにはいかない」
凪紗は頷いたが、その表情は悲しげだった。
「うん……二人のことは今でも本当に辛いけど……それでも、先に進まないと」
凪紗は暁継のもとへ近づき、再びその手を取った。暁継はまだ考え込んだままだった。凪紗は彼の手を優しく握りながら、素早く透明なエネルギーをその手へと滑り込ませ、それを誰にも気づかれないまま彼の身体の中へ侵入させた。
「暁継くん、行こう。ここまで来たんだから。暁継くんにも、私たちの誰にも、死んでほしくない。あの子が見えるのは、暁継くんだけなんだから」
海斗も続けた。
「川瀬の言う通りだ」
暁継はようやく地面から視線を上げ、二人の目を見た。
二人の表情に浮かぶ信頼を見て、暁継はまた同じ責任の重みを感じた。二人を守らなければならないという責任。そして、自分が二人の生存の鍵なのだという重圧が、再びのしかかってきた。
だが、今回は暁継は二人を安心させようとはしなかった。ほかに何か言うこともしなかった。また同じ失敗をしてしまうかもしれない。それが怖かった。
何も言わず、暁継は扉へ向かって歩き始めた。扉のすぐ前で立ち止まり、深く息を吸う。気持ちを落ち着かせ、頭の中を整理しようとしていた。
そして、扉の取っ手へ手を伸ばした。その手はわずかに震えていた。扉の向こうに何が待っているのか――その迷いが、震えとなって表れていた。白髪の少女の言葉と警告が脳裏をよぎる。彼女がこれまで口にしたことは、すべて正しかった。そう分かっている。それでも、先ほど起きたことが、外へ出てまた仲間を別の災厄へ導いてしまうのではないかという恐怖を抱かせていた。
どうすればいい……? もう、何をすればいいのか分からない……
突然、暁継は肩に何かを感じた。振り向くと、そこには真剣な表情をした海斗の手が置かれていた。
「外に何が待ってるのか分からないし、俺たちがその準備ができてるとも限らない。でも、あの子の警告を無視して、また同じ失敗をするわけにはいかない」
海斗は自信のある声で言おうとしていた。だが、怪物が扉の向こうで待っているかもしれないという恐怖と迷いは、その声にも滲んでいた。
暁継には、海斗が精一杯自分を安心させようとしていることが分かった。暁継は後ろにいる凪紗へ目を向ける。凪紗も海斗の言葉に同意するように頷いた。
暁継はしばらく黙ったまま、この孤独な場所で自分の隣に立つ最後の友人たち、生き残った二人の姿を見つめていた。
ここで止まったら、俺は一番近くにいる二人の友達まで失敗に巻き込んでしまうかもしれない。そんなことはさせない。絶対に。
暁継はようやく頷いた。
「分かった」
扉へ向き直り、取っ手に手を置く。
「気をつけて、いつでも動けるようにしておいて。俺が扉を開ける」
海斗は少し後ろに立った。
「お前に任せるよ、友達。一緒にここから出よう」
凪紗は海斗のすぐ後ろに立った。
「暁継くん、気をつけてね。最初に行くのは暁継くんだから」
暁継はゆっくりと、慎重に扉を少しだけ開けた。完全に開ききる前に、外の天候が衝撃波のように三人へ襲いかかった。雨は相変わらず激しく降り続け、風も強く吹き荒れていた。
不意を突かれ、暁継は反射的に身体を後ろへ引いた。
「天気、全然よくなってない……」
海斗は暁継の隣まで来て、外を覗き込んだ。
「前よりひどくなってるぞ……。これ、本当に無事に外へ出られるのか?」
「あの子がここへ行けって言ったなら、何か理由があるはずだ」
凪紗は二人へ近づき、少しだけ開いた扉の隙間から外を注意深く観察した。まるで何かを確かめているかのようだった。
そして、心配そうな表情を浮かべて口を開いた。
「暁継くん、私たちもすぐ後ろについていくから。行こう」
凪紗の言葉を聞き、暁継は彼女を中に残した方がいいのではないかと思った。安全を確認する前に凪紗まで連れていくことに、どうしても不安を感じた。
でも、あの子は屋上へ行けって言った。だったら、三人で一緒に行った方がいいのかもしれない。下の階で犯したのと同じ失敗は、もうできない。間違った場所で時間を使えば、それが命取りになる……川瀬さんにも同じことが起こるかもしれない
暁継は息を吐き、ついに扉を完全に開けることを決めた。外へ足を踏み出し、激しい雨の中で視界を確保しようとする。左右を見回し、外に何もいないことを確認した。
海斗も後ろから続き、片手を目の上にかざして雨から目を守った。
「これはひどいな。ほとんど何も見えない」
目の前には、空へ完全に晒された広いコンクリートの屋上が広がっていた。その縁の向こうには、暗い雲に覆われた街が広がっている。
凪紗はまだ後ろにいた。彼女は二人についてこなかった。扉の内側に残ったまま、ただ二人の背中を見つめていた。だが今度は、凪紗の顔に不気味なほど大きく、異様な笑みが広がった。歯を見せるその笑みは、見る者に強い不快感を抱かせるものだった。片方の目は赤く、もう片方は青く輝いていた――それまで見せていたオレンジ色の瞳とは、完全に異なる色だった。
暁継と海斗が少し先まで歩くと、ようやく街をよりはっきりと見渡せるようになった。学園は八階建てだったため、屋上からは街を広く見渡すことができた。ただし、激しい雨が依然として視界を遮っていた。
暁継は慎重に街を見渡した。今のところ、何もおかしなところは見当たらない。怪物もいない。火事もない。破壊の跡もない。避難を呼びかける放送もない。暁継には、その街がまるで普通の街のように見えた――ただし、そこには人の気配がまったくなかった。
海斗は周囲を見回し、目を見開いた。
「どうなってるんだ……? 陽菜のスマホで見たのとは全然違う。まさか、俺たちは本当に……」
暁継は海斗へ視線を向けた。
「もう間違いない。俺たちは本当に別の現実に閉じ込められてるのかもしれない。スマホで見た街と、今目の前にある街……どう考えても辻褄が合わない」
「これ、本当にまずいぞ。じゃあ、俺たちはどうすればいいんだ? あの子がお前にここへ来いって言ったなら、何か手がかりか解決策があるはずだ」
「そうだ。でも……ここには何も見当たらない」
「探してみろよ。あの子がどこかにいるかもしれない。次にどうすればいいのか、教えてくれるかもしれない」
海斗の言葉を聞き、暁継は前に白髪の少女を見たときのことを思い出した。弱り切った様子と、病人のような顔をしていたこと。
あの子がどうしてあんな状態だったのか知りたい。もしかして、この場所と何か関係があるのか?
「暁継? どうした?」
「いや、何でもない。でも、あの子はどこにも見当たらない。今なら、あの子が現れるときにはもう感じ取れる。それに、ここにはいないってことも分かる」
「じゃあ、どうする?」
「俺たちは――」
暁継が言い終えるより先に、空から耳をつんざくような雷鳴が轟き、二人は不意を突かれた。海斗はよろめいて後ろへ倒れ、そのまま地面に尻もちをついた。
「な、なんだ今の!?……くそっ、怪物かと思った」
「落ち着け、海斗。静かにしていよう。何かを引き寄せたくない」
「わ、悪い。俺のせいだ」
暁継は手を差し出し、海斗を立ち上がらせた。
そして、後ろを振り向いた。
「川瀬さん、大丈夫――?」
暁継は言葉を止めた。凪紗の姿がなくなっており、その表情にはすぐに強い不安が浮かんだ。
「川瀬さんはどこにいる?」
「すぐ後ろにいると思ってた」
暁継は数歩前へ進み、雨の向こうに見える範囲を隅々まで見回した。
まずい。これもアノマリーの仕業なのか? でも、どうして? すぐ後ろにいるって言ってたのに。




