第21話 外を垣間見て
暁継の目がすぐに見開かれた。
「電波が戻った? 本当か?」
「うん。SNSにも繋がるし、溜まってた通知も一気に届いてる」
暁継はポケットからスマートフォンを取り出し、電波を確認した。
「本当に戻ってる。ここに来て、初めてのいい兆しだ」
海斗が暁継のスマートフォンを覗き込むように近づく。その顔には、わずかな希望が戻っていた。
「ああ。これで、やっとこんな場所から出られる可能性が見えてきたな。でも、なんで今なんだ? あの白髪の少女、何か知ってたに違いない」
「上へ行けって言ってた。もしかしたら、そこに答えがあるのかもしれない。電波が戻ったことも、最初の手がかりだと思う」
海斗は両手をポケットに突っ込んだ。
「ニュースを見てみる。何か分かるかもしれない」
だが、ポケットを探ってみても、何も出てこなかった。
「ん? どこだ? まさか、落としたのか……。暁継、妹に連絡してみたらどうだ? 外と連絡が取れるかもしれない」
「そのつもりだった」
凪紗は目を細めながら二人を見ていた。電波が戻ったことを、特に喜んでいる様子はなかった。
陽菜が顔を上げ、みんなを見る。
「みんな、ニュースは見た?」
妹に電話をかけようとしていた暁継は手を止め、陽菜へ振り向いた。
「ニュース? どうしたの? 外で何が起きてるのか、分かったのか?」
「うん……見て」
陽菜がスマートフォンをみんなの方へ向けると、他の者たちもその周りに集まった。画面に映っていたのは、街のさまざまな場所の映像だった。空は以前よりも暗くなり、雨もまだ止んでいない。それどころか、今度はさらに激しく降り続いていた。人々が、街を蹂躙する黒く不気味な怪物たちを相手に、シグナの部隊が能力を使って戦っている様子を撮影していた。
人々はより安全な場所へ避難していたが、やがて映像を撮影していたカメラまで何かに襲われ、映像は突然途切れた。
映像が終わると、海斗は背もたれに体を預けたまま、今見たものをまだ整理しきれずにいた。
「ってことは……外の世界も大変なことになってるのか? まさか、これ以上ひどくなることなんてないと思ってたのに」
暁継の表情がさらに険しくなる。頭に浮かんだのは、栞と母のことだった。外の混乱の中で、二人は無事なのだろうか。しばらくして、暁継はようやく口を開いた。
「やっぱり何かおかしいと思ってた。あの透明な生徒たちも、シグナ使いや外で何が起きてるのかについて話してた。今なら、その理由が分かる」
陽菜はスマートフォンを握る手に力を込め、画面で繰り返し流れている映像を見つめた。
「ってことは……外に出ても、もう安全じゃないの?」
「安全だとは言えない。でも、向こう側の学園の中では、状況は一応抑えられてるようだった。それに、シグナの部隊が外で戦ってることも分かった。だったら、まだ可能性はある」
海斗が頷いた。
「そうだな。俺たち、早とちりしてたのかもしれない。シグナ使いたちは、ずっと戦ってくれてたんだ」
暁継は凪紗へ視線を向けた。ニュースを聞いたあと、彼女を安心させようとしていたが、その表情を見て言葉を止めた。彼女の目には、安堵も希望も浮かんでいなかった。代わりに、ほんのわずかに苛立っているように見えた。
暁継は凪紗に一歩近づいた。
「川瀬さん? 大丈夫?」
凪紗は考え事から我に返ると、ほんのかすかに微笑んだ。
「あ……ううん、何でもないよ。ただ、家にいる兄弟たちは大丈夫かなって。アノマリーが家の近くまで来てなければいいんだけど」
海斗が頷いた。
「ああ、分かるよ。俺も親が心配だ」
暁継が一歩前に出た。
「凪紗も電話してみたら? 今なら電波が戻ってる」
「私……さっき逃げてるときに、スマホを落としちゃった」
海斗の目が見開かれた。
「そういえば、暁継。お前も妹に電話してみろよ」
「そうだな」
凪紗の目が細くなる。暁継が他の誰かに連絡することを、明らかに快く思っていなかった。
だが、暁継が妹に電話をかけようとした、そのときだった。どこからか、電話の着信音が聞こえてきた。
「ん? 電話?」
全員が音の方へ振り向いた。音は陽菜のスマートフォンから聞こえていた。
「お、お母さん! 本当に電話してきてる!」
陽菜は慌てて画面をタップし、電話に出た。すると、すぐに涙が頬を伝い始めた。
「お、お母さん? 聞こえる?」
「陽菜! 今どこにいるの? 何度も電話したのに、全然出ないから……大丈夫なの? 今、学園にいるの?」
「うん。怪我はしてないよ」
「よかった……無事なのね。本当に心配したんだから。学園の近くにアノマリーが出たって聞いたときは……。でも、どうして泣いてるの? 何かあったの?」
「う、うん……すごく怖いの。学園にいるんだけど、変なことがいっぱい起きて……たくさんの人が死んで、それに、私たち、怪物から逃げてて……」
「怪物? 人が死んでるの? 何を言ってるの? 学園の中にいるんじゃなかったの? 学園にも連絡したのよ。中は安全なはずだって言われたのに」
陽菜が答えるより先に、凪紗は静かに片手を背中へ回した。まるで何かを発動させるように、見慣れたエネルギーが再び現れる。
陽菜はそのまま電話越しに話し続けた。
「う、うん。どうしてこうなったのか分からないけど、私たち、巻き込まれて――」
その言葉を言い終える前に、再び地震が学園を揺らした。前ほど強くはなかったが、それでも陽菜の体勢を崩すには十分だった。陽菜が倒れた拍子に、手にしていたスマートフォンが床へ滑り落ちる。
「な、何!? また地震!?」
海斗は何かが崩れ落ちてこないかと不安そうに周囲を見回し、焦ったように声を上げた。
「またかよ!? 一体、何が起こってるんだ!?」
暁継は素早く周囲を見渡した。
まずい。前に地震が起きたとき、何が起こったか分かってる。今すぐ動かないと。
だが、何かを言うより先に、あの白髪の少女が現れるときにいつも感じる、あの見慣れた感覚が全身を走った。
そして、彼女の声が聞こえた。
「こっち……」
暁継が振り向くと、上の階へ続く階段に彼女が立っていた。かろうじて立っているような状態で、その姿は何度も明滅するように消えたり現れたりしていた。
「言ったでしょ……屋上へ行って……また、来る……」
声は弱々しかった。立っていることさえ辛そうで、青白く、具合の悪そうな姿は、今にも力尽きてしまいそうだった。
そして、また彼女の姿が消えた。
今度の暁継には、彼女の言葉について立ち止まって考える必要などなかった。頭の中にはただ一つ、彼女の言葉に疑うことなく従うという考えだけがあった。表情を一気に引き締め、完全に警戒した状態で仲間たちへ振り向くと、声を張り上げた。
「みんな!! 今すぐ屋上へ行こう! あの化け物が来る!」




