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第19話 無力さの重み

暁継に警告を告げると、白髪の少女は次の廊下へと走り去った。それと同時に、暁継は現実へと引き戻された。透明な生徒たちの声や足音が、再び一気に耳へと流れ込んでくる。彼はその場に立ち尽くし、少女が告げた言葉を理解しようとしていた。


走れ? 彼女は俺に走れと言ったのか?


やがて、彼女の言葉の意味がようやく胸に落ちた。そのわずかな間に、暁継はこれまで白髪の少女と遭遇したときのことを思い返していた。そして、彼女が警告してきたことは、毎回すべて現実になっていたのだと気づいた。


暁継はすぐに我に返り、張り詰めた表情で一行のほうを振り向いた。


「みんな! 聞いてくれ! 今すぐここから出るぞ。俺についてきて!」


海斗が彼のほうを振り向いた。


「暁継? どうしたんだ?」


健太が暁継のほうへ歩き出した。


「だから、最初からそう言ってるだろ。ほら、行こう!」


海斗はまだ困惑した様子だった。


「暁継、なんで急にそんなに急いでるんだよ? せめて何があったのか教えてくれ。何か見たのか?」


暁継はうなずいた。


「詳しく説明してる時間はない。でも、前に話したあの白髪の少女をまた見たんだ。彼女に警告されて、ついてくるように言われた。とにかく、今すぐ動こう!」


「待って、マジかよ? また現れたのか? だったら行こう! 前にあの子が現れたとき、何が起きたか分かってるだろ!」


暁継の話を聞いた凪紗の顔に、かすかな驚きが浮かんだ。なぜか、彼の言葉に感心しているようにも見えた。やがて彼女は一歩前に出て、暁継の隣に並んだ。


「暁継くんの言うことを信じるよ。行こう」


暁継はうなずき、真剣な表情で一行に向き直った。


「行くぞ!」


陽菜は再び凪紗のそばへ駆け寄り、彼女にぴったりと寄り添った。海斗と健太もその後に続いた。


しかし、廊下を少し進んだ、その直後――


バキィッ!


彼らがほんの一瞬前まで立っていた場所。そのすぐ横の壁が、突然激しく砕け散った。巨大な手が、破壊された壁の向こうから突き出してきたのだ。学園のこの静まり返った側で、ほとんどすべての生徒を殺した、あの怪物と同じ手だった。


突然の破壊に完全に不意を突かれ、一行は一斉に振り向いた。


一秒たりともためらわず、暁継は凪紗の手をつかみ、声の限りに叫んだ。


「走れ!!」


彼らは慌てて向きを変え、廊下を全速力で駆け出した。


逃げる彼らを追うように、さらに巨大な手が壁を次々と突き破り、行く手にあるものをすべて破壊していった。しかし、今回の攻撃は音に引き寄せられているようには見えなかった。それどころか、怪物は彼らの居場所を正確に把握しているかのように、恐ろしいほど的確に、連携の取れた攻撃を仕掛けてきていた。


走りながら、健太が肩越しに後ろを振り返った。


「いったい何が起きてるんだよ!? 消えたんじゃなかったのか!?」


涙を流しながら、健太は必死に叫んだ。


「死にたくない! 死にたくないよ!」


暁継は歯を食いしばり、足が限界を迎えそうになっても、必死に走り続けた。


「振り返るな! 走り続けろ! 俺についてこい!」


一行は、白髪の少女が姿を消した廊下へと急いだ。その背後では怪物の手が追いすがり、教室も、壁も、窓も、行く手を阻むものすべてを破壊しながら迫ってきていた。


海斗の顔を汗が伝い、恐怖がその表情を覆っていた。


「まだすぐ後ろにいるぞ!」


先頭を走る暁継は、学園の廊下を駆け抜けながら、進行方向へと忙しなく視線を走らせ、必死に白髪の少女を探していた。


あの子は何かを知っている。もう疑いようがない。今度こそ、何を言われようと彼女の指示に従うしかない。でも、どこにいるんだ? どこにも見当たらない!


陽菜はほかの者たちより少し遅れて走っていた。息を切らし、必死にみんなについていこうとしていたが、その顔には恐怖がありありと浮かんでいた。走りながら、涙が頬を伝い落ちていく。


死にたくない! お願い、誰か、私たちを助けて!


犠牲者たちが倒れていた教室の並ぶ区域に差しかかると、進路には生徒たちの持ち物や砕けたガラスが散乱していた。床には鞄もあちこちに転がっており、走り抜けるのも容易ではなかった。パニックに陥っていた陽菜は、そのうちの一つにつまずいた。


彼女は激しく転倒した。ちょうどそのとき、進路上のものを破壊しながら迫ってくる手の音が聞こえた。


振り返った瞬間、陽菜の目が恐怖に見開かれた。巨大な手が、ものすごい速さで彼女に迫ってきていた。


「きゃああああっ!」


陽菜の悲鳴を聞き、一行は走る速度を落とさないまま後ろを振り返った。


彼らの目に飛び込んできたのは、床に倒れた陽菜と、急速に距離を詰めてくる怪物の手だった。


健太は目を見開いた。


「陽菜! このままじゃ死んじまう!」


暁継は即座に足を止め、凪紗の手を離した。


「暁継くん?」


ためらうことなく、暁継は向きを変え、陽菜のもとへ全速力で駆け戻った。


「暁継! 危ない!」


暁継は陽菜のもとにたどり着くと、その腕をつかみ、立ち上がらせた。


「ほら、急いで! まだ走らないと!」


陽菜はうなずいた。暁継は彼女の手を取り、ほかの者たちのもとへと急いで戻った。


「止まるな! 走り続けろ!」


暁継の叫びを受け、一行は再び走り出した。やがて彼らは、暁継と海斗がこの階に初めて足を踏み入れたときに通った道へとたどり着いた。廊下の突き当たりには、すでに階段が見えていた。


彼らは、透明な生徒や教師たちのそばを次々と駆け抜けたが、誰一人として周囲で起きている惨状に反応しなかった。それどころか、彼らはこの側で犠牲者が出た教室を調べており、すぐ近くで破壊が起きていることなど、まるで気づいていないようだった。


階段を見つけた海斗が、騒音に負けないよう声を張り上げた。


「下に降りるのか!?」


暁継はためらった。どちらへ進むべきなのか、まったく分からなかった。再び道を示してくれることを願い、あの謎めいた白髪の少女に全面的に頼るしかなかった。


どこにいるんだ? ついてこいと言っておきながら、姿を消してしまった。いったい、何を伝えようとしてるんだ?


少女がどこへ行ったのか考え終える前に、暁継は再びあの感覚を覚えた。彼女が現れるたびに感じる、あの奇妙な感覚だった。


彼女は、上の階へ続く階段に立っていた。暁継に向かって、必死に手招きしている。


「こっち! 屋上に来て!」


そう告げると、彼女は再び姿を消し、さらに上の階へと向かっていった。


暁継は走る速度を上げ、仲間たちに向かって叫んだ。


「違う! 上だ! 学園の屋上を目指すぞ!」


健太は信じられないという顔で彼を見た。


「屋上!? そんなところに行って、どうするんだよ!?」


「俺を信じてくれ! 説明してる時間はない!」


「わ、分かった!」

そのとき、先頭を走っていた凪紗が、再び微笑んだ。彼女は誰にも気づかれないように手を動かし、その周囲に半透明のエネルギーが輝き始めた。同時に、健太の両脚もオーラに包まれた。それは、先ほど彼女が密かに健太の身体へと移していたものと同じエネルギーだった。


一行が階段に近づくと、凪紗と海斗が最初に階段へたどり着き、そのまま上り始めた。


海斗は暁継のほうを振り返った。彼の意識は暁継に向けられていた。


「暁継、早く!」


しかし、同じ階段へ向かっていた健太は、突然、両脚に奇妙な感覚を覚えた。次の瞬間、脚が勝手に動き始めた。階段を上るどころか、彼は向きを変え、下の階へと降り始めてしまった。


「はあ!? 俺の脚が……! 何が起きてるんだ!?」


暁継と陽菜は一行の最後尾にいた。健太が反対方向へ向かっているのを見た瞬間、暁継は叫んだ。


「健太さん! どこへ行くんだ!? 上に行くんだ、戻ってこい!」


暁継は階段で足を止め、下の階を見下ろした。


「健太さん!!」


陽菜もまた、必死に声を張り上げた。


「健太さん! お願い、戻ってきて!」


下の階から、健太の声が響いてきた。


「脚が! 自分で動かせないんだ! 勝手に動いてる! 誰か、助けてくれ!」


暁継は重くのしかかる状況に、歯を食いしばった。振り返ると、怪物の手がすでに迫ってきていた。健太を助けに下りれば、再び上がってくる時間は残されていないかもしれない。


暁継が陽菜の手を握る力を強めた。陽菜はそれに気づいて振り返り、怪物が迫っているのを目にした。


「あ、暁継さん! 早く行かないと! もう来てます!」


海斗が階段を引き返してきた。その表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。


「暁継、何やってんだよ!? 早く来い!」


その瞬間、暁継の胸に、覚えのある重苦しい感情が押し寄せた。妹のことを前にしたとき、そして先ほど凪紗が危険にさらされたときにも感じた、あの失敗したという感覚。自分には何の力もなく、誰かを助けようとしても、本当に役に立つことが何ひとつできない。そんな耐えがたい無力感が、再び彼を襲った。


「くそっ……! くそっ!!」


暁継は苦渋の思いで踵を返し、ほかの者たちに追いつくために階段を上った。健太を残したまま、一行は先へと進んでいった。


その頃、健太はすでに学園の三階へ続く階段を上っていた。


「いったい何が起きてるんだよ!? くそっ! 俺の脚が……! 脚が! こんなこと、どうしてあり得るんだ!?」


やがて三階の踊り場までたどり着いたところで、ようやく脚の動きが止まった。


「止まっ……たのか?」


もう一度動こうとしたが、何も起こらなかった。まるで両脚が床に完全に貼りついてしまったかのようだった。


「う、動かない……。こんなところで、どうすればいいんだよ……?」


健太は周囲を見回した。廊下は不気味なほど静まり返り、誰の姿もなかった。左へ目を向けると、壁には大きな穴が開いていた。そしてそこには、暁継と海斗が目撃した、あの教師が押し潰されたときに残った血痕があった。


健太の表情には、さらなる不安が浮かんだ。口を開いたとき、その声はかすれるほど小さかった。


「な、何だよ……これ……。まさか、ここでも誰かが襲われたのか? 早く移動しないと……。こんなところにいたら危ない……」


健太は再び必死に脚を動かそうとしたが、やはり無駄だった。自分の脚をどうにか動かすことばかりに気を取られ、周囲への注意が完全におろそかになっていた。


そのとき、背後に何かの気配を感じた。人影のようなものがあった。健太は振り返った。


「……え?」


目の前にあったものを見た瞬間、彼の目が恐怖に大きく見開かれた。そこにいたのは、怪物の巨大な手の一つだった。掌に開いた大きな顎は、これまでの犠牲者たちの血で染まっていた。


健太はその場に凍りついた。身体が動かない。声を上げることさえ、すぐにはできなかった。


「い、いや……。い、嫌だ……死にたくない!」


次の瞬間、怪物の手が襲いかかり、健太の右脚に顎を食い込ませた。


「うああああああっ!!」


健太は激痛に叫んだ。涙が頬を滝のように流れ落ちる。怪物の手は彼の脚をくわえたまま身体を宙へと持ち上げ、そのまま廊下の奥へ引きずっていった。進むにつれ、その速度はどんどん増していった。


「離せ! 離してくれ! やめろおおっ!」


健太は必死に逃れようともがいた。身体を動かすたび、脚に想像を絶する痛みが走る。それでも蹴り、噛みつき、持てる力のすべてを振り絞って抵抗した。だが、何をしても無駄だった。


「こんなところで死ねるか! 死にたくない! 誰か、助けてくれ! シグナ使いは!? シグナ使いはどこにいるんだよ!? 俺たちを守るのがお前らの役目だろ!?」


怪物の顎が、健太の脚をさらに強く締めつけた。耐えがたい痛みに、健太は再び叫んだ。その声は、苦痛に耐えきれず、かすれ始めていた。


前方へ目を向けたとき、健太は廊下の反対側から、もう一つの巨大な手が迫ってくるのを見つけた。


「いや……いやだ! やめろおおっ! もう一つ来てる……! 誰か……誰か、誰でもいいから、お願いだ、助けてくれええっ!!」


それでも、誰も来なかった。返事をする者もいなかった。彼の必死の叫びだけが、廊下に響き渡っていた。そこは外の世界から完全に切り離された、誰の助けも届かない場所だった。


二つの手が急速に接近し、互いにぶつかろうとしていた。そのとき、健太の頭に浮かんだのは、たった二つのことだった。幼い弟と、両親。絶望に顔を歪めながら、彼は声を震わせ、独り言のようにつぶやいた。


「俺の人生……最初から、何もかも順調だったわけじゃない……。頭だってよくなかったし……親にとって、誇れるような息子でもなかった……。彼女だってできないまま……」


さらに涙がこぼれ落ちた。顎を震わせながら、健太の脳裏に家族の写真がよみがえった。


「それでも……! 俺は生きたい! こんなところで死にたくない! お願いだ、誰か……! もう一度、家族に会いたい! 俺は――」


言葉を最後まで言い終える前に、二つの手が激突した。


グシャッ。


健太は一瞬にして押し潰された。彼の血が周囲の壁に飛び散り、あたりを赤く染め上げた。


その頃、一行はすでに階段の中ほどまで上っていた。健太が必死に助けを求める声は、そのほとんどが彼らの耳に届いていた。一言残らず、彼の叫びを聞いていたのだ。


その瞬間を境に、もう何も聞こえなくなった。ただ、耐えがたい沈黙だけが残った。


陽菜はついに耐えきれなくなった。膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


彼女は口元を手で覆った。目に涙があふれ、頬を伝ってこぼれ落ちていく。声を出そうとしても、喉が詰まり、言葉は途切れ途切れになった。


「いや……いや……もう、耐えられない……。もう無理だよ……。どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけないの……? どうして……?」


海斗は顔を背けた。この状況で何を言えばいいのか、何ひとつ思いつかなかった。


しかし、今回、最も大きな衝撃を受けていたのは暁継だった。拳を固く握りしめ、歯を食いしばり、その顔には激しい怒りが浮かんでいた。健太が最期の瞬間に家族を求めて叫んでいたことが、暁継の心に深く突き刺さっていた。そして、彼を助けるために何もできなかったという事実が、すでに背負っていた重荷に、さらに耐えがたい重さを加えていた。


くそっ……くそおおっ! もし……もし俺がシグナに覚醒してさえいれば、何か違う結果になっていたのか? この無力感が憎い……! 本当に、こんなのはもう嫌だ……!


その隣にいた凪紗は、今起きたことなど気にも留めていないようだった。健太が命を落とした場所に目を向けることすらなく、彼女の意識は暁継の表情だけに向けられていた。ほかの全員が絶望に沈む中、彼女は誰にも気づかれないまま微笑んでいた。


ほかの全員とは違い、凪紗は目の前の光景を喜んでいるようだった。



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