第18話 三度目の警告
一人の生徒が、一行のほうへまっすぐ歩いてきた。暁継はそれに気づき、警戒しながら一歩後ろへ下がった。
その生徒が、そのまま暁継の身体を通り抜けた――。
「俺たちのことは見えてない。でも、俺たちにはあいつらが見えてる」
海斗は通り過ぎていく生徒に指で触れようとしたが、何度試しても、その手は身体をすり抜けた。
「少なくとも、危害を加えてくるわけじゃない。じゃあ、あの生徒たちは本当にこの学園の生徒ってことだよな? アノマリーじゃないってことか?」
「今のところ、そう判断するしかない」
「でも、どうして今になって現れたんだ? 何が原因なんだ?」
「分からない。でも、地震の後に現れたから、何か関係があるのかもしれない。ただ、どう関係しているのかまでは分からない」
暁継は教室の扉のほうを指差した。
「あそこを見て」
一行は暁継が指差したほうへ振り向いた。
「生徒たちは、実際の教室の扉を開けて中に入ってる。つまり、俺たちは同じ場所にある別の現実にいるってことだ。アノマリーが俺たちをここへ引きずり込んだんだと思う」
海斗は頷いた。
「ここまで見てきたことを考えると、さっきお前が言ってたこと、本当に合ってるのかもしれないな。でも、どうして俺たちなんだ?」
「そこまでは、今の俺には推測できない。少なくとも、俺たちがどういう状況にいるのか、その手がかりはようやく見つかった」
暁継は、最初に現れた生徒たちの集団へ再び視線を向けた。
「それと、もう一つある。あの生徒たちはシグナ使いを見てるって話してた。それに、さっき俺たちの横を通り過ぎた二人の生徒は、学園の中にいるように言われてるって話してた。もしかしたら、シグナ使いたちは学園周辺のアノマリーを感じ取って、ここに来てるのかもしれない。でも、俺たちが完全に別の空間にいるから、向こうからは俺たちが見えないんじゃないか」
海斗は暁継の言葉をしばらく考えた。
「うん、それなら確かに筋が通る。外にいるなら、もしかしたらすぐに誰かが俺たちを見つけてくれるかもしれない。お前、よくそこまで考えついたな」
「いや、まだ分からない。俺たちが置かれている状況を全部説明できてるわけじゃないし、そもそも向こうが俺たちを見つけられるかどうかも分からない」
健太はためらいながら、数歩前へ進んだ。
「あ、あいつらのほうが、俺たちよりアノマリーについて詳しいんだろ」
「そうだといいけどな」
暁継の考えを聞いた凪紗は、前へ出て、彼の両手を優しく握った。
「暁継くん、本当に頭いいね。暁継くんがいなかったら、私たちが生き残れる可能性なんてなかったかもしれないよ」
暁継は完全に不意を突かれた。突然の距離の近さに、わずかに緊張したような表情を浮かべながら凪紗を見つめた。
「川瀬さん、俺は何もしてないよ。俺たちはまだここに閉じ込められてる。ただ、今まで見つけた手がかりを整理しただけだ。それだけだよ」
凪紗は首を横に振り、さらに距離を詰めると、そのまま彼の胸に身体を預けた。
「ううん。自分がやってることを過小評価してるよ。暁継くんがこんなに特別で頼りになる人だったなんて、今まで気づかなかった」
凪紗は密かに微笑みながら、彼の身体にぴったりと寄り添った。
暁継は呆然とした。何が起きているのか理解することさえできず、顔が赤くなっていく。彼は以前から凪紗に想いを抱いていた。それを今まで隠していたのだ。だからこそ、いつも落ち着いていて冷静な凪紗がこんなことをするのが、何よりも驚きだった。
陽菜は目を大きく見開いて二人を見つめ、海斗と健太も完全に呆気に取られていた。アノマリーの真っ只中で、凪紗が暁継に露骨に距離を詰めているこの状況は、誰も予想していなかったものだった。
海斗がついに口を開いた。
「ゴホン……まあ、続きは本当にここから無事に出られてからにしたほうがいいんじゃないか」
暁継は我に返り、凪紗をそっと引き離した。そして一行に背を向け、数歩離れたところまで歩いていき、気持ちを落ち着かせて平静を取り戻そうとした。
健太がおずおずと口を開いた。
「そ、それで、俺たちはどうすればいい? どうやったらここから出られるんだ?」
暁継は一度深く息を吸ってから、一行のほうへ振り返った。
「まだ分からない。でも、何もしないでここに立っていても何も変わらない。ほかの生徒がいないか探してみよう。あいつらが何を話しているのか聞ければ、向こうで実際に何が起きているのか分かるかもしれない」
海斗は頷いた。
「ああ。じゃあ、行こう――」
しかし、誰かが動くよりも、もう一言話すよりも先に、突然また地震が学園を揺らした。さっきと同じくらいの強さだった。
「な、なんだよ!? またかよ!?」
暁継は壁に身体を預けた。
「みんな、気をつけて」
陽菜は支えを求めて凪紗にしがみつこうとした。しかし今度は、凪紗は陽菜を支えなかった。ただ一本の柱のように、その場に立っていた。突然の揺れによる身体のバランスの崩れにも、ほとんど影響を受けていないようだった。凪紗は目を細めて周囲を見回していた。まるで何かを感じ取っているかのように。
陽菜は凪紗を見上げた。
「か、川瀬さん……?」
今度は凪紗が陽菜を見て、その身体を支え、壁のほうへ引き寄せた。
「ごめんね、陽菜さん。大丈夫?」
地震が続く中、暁継は廊下を見回し、透明な生徒たちへ視線を向けた。生徒たちは何事もなかったかのように動き続けていて、一行が今まさに経験している地震に対して、何の反応も示していなかった。
何が起きてる? まったく反応していない。つまり、この地震を経験しているのは俺たちだけってことだ。ということは、これも俺たちの側だけに起きているアノマリーの一部なのか?
ゆっくりと、地震は弱まり始めた。
海斗は壁から身体を離した。
「止まりそうか?」
「みたいだ」
暁継が一行のほうを確認しようと振り向いた。しかし、何かを言うより先に、生徒たちの声が一斉に押し寄せてきた――囁き声、足音、大きな話し声。そして今回は、今までとは違い、まるで本来そこにいるはずの人間の声のように、完全にはっきりと聞こえた。
生徒たちは依然として透明なままだった。それでも、その声だけは、まるで一行のすぐ隣に立っているかのように感じられた。
増していく声に気づいた海斗が口を開いた。
「何……なんなんだよ、これ?」
健太はさらに不安そうな顔をした。
「嫌な予感がする。今すぐここから出たほうがいい」
暁継の頭の中では、考えが駆け巡っていた。
あの地震……地震が起きるたびに、声がどんどんはっきりしていく。何かを伝えようとしてるのか?
後ろから緊張した一行を見つめていた凪紗は、目を細めながら微笑んでいた。彼女は片手を背中へ回し、そこで何かの合図を作った。
突然、暁継はまたあの感覚を覚えた――白髪の少女と出会ったときと同じ感覚だった。声も、周囲の物音もすべて消え去り、あたりは完全な静寂に包まれた。そして、まるで時間そのものが止まったかのように、誰もがその場で凍りついたように動かなくなった。
そのとき、廊下の奥から声が聞こえた。
「こっち!」
振り向いた瞬間、そこに彼女がいた――白髪の少女が、必死に手を振っている。その表情には深い心配と切迫感が浮かんでいて、彼女はもう一度、暁継たちに向かって声を上げた。
「こっち! ついてきて! 走って! 来る!」




