第17話 破られたルール
暁継の言葉を聞いた一行は、静まり返った。しばらくの間、誰も彼が今言ったことを理解できていないようだった。
外から聞こえる雨音と、ときおり響く雷鳴だけが残っていた。
やがて、海斗が口を開いた。
「暁継……自分が今何を言ったか分かってるよな? 俺たちが消えたって、どういう意味だよ? もしそうなら、なんで俺たちは今もこうして歩いたり話したりできてるんだ?」
健太が続けた。
「今度はアノマリーのせいで、お前まで意味の分からないことを言い始めたんだ。俺たちは消えてない」
暁継は首を横に振り、健太の結論を否定した。
「考えてみろ。外の世界から何の反応もない。それに、誰も俺たちを助けに来てない。もしかしたら、ここで被害に遭ってるのは俺たちのほうなのかもしれない。本当に残った人たちが、現実から消えたんじゃないか。海斗が見た人影も、消えなかった生徒の一人だったのかもしれない」
健太は一歩前に出た。
「な、何言ってるんだよ? くだらないこと言うなよ。ここから出たら、みんな見つかる。全部アノマリーが俺たちを混乱させてるだけだ」
海斗は両手を上げ、話を落ち着かせながら、起きていることを整理しようとした。
「まあ、仮にそうだったとする。じゃあ、なんで俺は残った生徒の姿を見たんだ? それじゃおかしいだろ。俺たちはお互いを見ることすらできないはずじゃないか? それに、そもそも俺たちはどうやって消えたんだ?」
暁継は顎に手を当て、最初から自分たちに起きていたことのすべてを思い返しながら、何か繋がるもの、何か意味のあるものがないか必死に考えていた。
「まだ答えは出てない。今ある情報から考えた仮説にすぎない。でも、もし予想するなら、俺たちが巻き込まれているアノマリーの一部なんだと思う。別の現実にいる人たちを見せているのかもしれない。同じ場所で起きている出来事を、別の時間や別の空間から見せている……そんな感じだ」
海斗はその考えが少しずつ理解できてきたように、目を見開いた。
「ま、待て。それって……前に俺たちがやったゲームみたいなものか? キャラクターが別の現実を行き来して、それぞれの世界で違う出来事が起きるけど、いる場所自体は同じ……みたいな?」
暁継は頷いた。
「俺も全部を繋げて考えたとき、そう思った。でも、それが本当に正しいのかはまだ分からない。今の段階で決めつけるのはやめよう」
「なんか、どんどんややこしくなってきたな。でも、もし本当なら、誰も俺たちを見つけられなかったら、いつ殺されるか分からない怪物と一緒に、ここに永遠に閉じ込められるってことか?」
健太はしゃがみ込み、壁に身体を預けながら、パニックになった声で呟いた。
「そんな……ありえない。俺が……そんなわけない。嘘だ。嘘だ……。俺は家に帰る。お前らみんな、馬鹿だ」
陽菜は凪紗にさらに強くしがみついた。今まで話していたことを聞いて、明らかにさらに怯えていた。
「お願い……ここから出られるって言って……。死にたくない」
しかし今回は、珍しく凪紗は陽菜を安心させなかった。完全に黙ったままだった。怯えているようにも、特別怖がっているようにも見えなかった。それどころか、暁継の推論を聞きながら、その表情には複雑なものが浮かんでいた。
そして、凪紗は微笑んだ。ただ、それはいつものような無邪気な笑顔ではなかった。まるで、まったく別の誰かの表情を見ているような、彼女らしくない笑みだった。
暁継と海斗はその変化に気づかなかった。二人とも、何が実際に起きているのか、そして次に何をすべきなのかを理解しようと考え込んでいた。
そのとき突然、足元がわずかに動いた。地面が震えたのだ。
海斗は目を見開いた。
「暁継、今の感じたか?」
「ああ……すごく小さな地震みたいだ。何が起きてる?」
健太は立ち上がり、一行から離れるように歩き始めた。完全に平静を失っていた。
「俺は出る。もうここにはいられない」
凪紗は健太のほうを向き、声を落として言った。
「健太くん、お願い。やめて――一緒にいないと。危ないよ」
健太は彼女の言葉を完全に無視し、そのまま前へ進み続けた。
突然、誰も何もすることも言うこともできないうちに、学園全体が地震に襲われたかのように激しく揺れ始めた。今度はさっきよりもはるかに強かった。
「なんだよこれ!? 今度は何が起きてるんだよ!? もう十分だろ!」
「地震なのか?」
暁継と海斗は壁に身体を押しつけるようにして、なんとか倒れずにいた。一方、凪紗は間一髪で陽菜を抱きとめた。二人は、いつ頭の上に何かが落ちてきてもおかしくないと恐れ、しゃがみ込んだ。
すでに一行から離れ始めていた健太は、バランスを崩して床に倒れた。彼の身体が床にぶつかった音は、地震の轟音にほとんどかき消された。
暁継は凪紗のほうを向いた。
「川瀬さん、陽菜さん、気をつけて」
学園は数秒間揺れ続け、一行は立っていることすらままならない状態で耐えていた。
やがて、揺れはゆっくりと弱まり、最後には完全に止まった。
海斗は周囲を見回し、状況を確認した。
「終わったのか?」
暁継は壁から身体を離した。
「みたいだ」
そしてすぐに凪紗と陽菜のもとへ向かい、二人の様子を確認するためにしゃがみ込んだ。
「二人とも大丈夫? どこか怪我してない?」
凪紗は首を横に振った。
「ううん、大丈夫だよ」
凪紗に抱き込まれたままの陽菜が口を開いた。
「な、何だったの……? お願いだから、また何か起きるなんて言わないで……」
陽菜はもう怖くて動くことも、周囲を見ることさえできなかった。アノマリーは、かつて普通だった学園を、普通の人間には到底理解も対処もできないほど、複雑で異常な場所へと変えてしまっていた。
暁継は立ち上がり、廊下のほうを振り返った。そこでは、健太がまだ床に倒れていた。暁継はすぐに目を見開き、できるだけ慎重に健太のもとへ駆け寄った。
健太は床から、恐怖以外何も浮かんでいない表情で呟いた。
「こんなの……ありえない……。ありえない……。俺は家に帰る……。死にたくない。これはただの夢だ……」
暁継は彼のそばにしゃがみ込み、立ち上がれるよう手を差し出した。
「健太さん、大丈夫?」
暁継の手が健太の背中に触れた瞬間――
「ほっといてくれ!」
取り乱したまま、健太は声の限り叫んだ。
一行全員が瞬時に緊張した。何が起きたのか理解する暇すらなかった。ただ、その場で完全に凍りつき、誰も一言も発しなかった。凪紗と陽菜は目を大きく見開いて健太を見つめていた。健太自身も、口を開けたまま信じられないという表情で、すでに汗をかいていた。
自分が何をしたのか気づいた健太は、すぐに口を手で覆った。そして、さっきまで以上に激しく震え始めた。
暁継はすぐに立ち上がった。その表情は完全に警戒へと切り替わっていた。ゆっくりと周囲を見回し、近づいてくる怪物の気配がないか探した。
それでも、何も起こらなかった。健太の叫び声なら、怪物を引き寄せるには十分すぎるほど大きかったはずだ。それなのに、怪物はどこにも現れなかった。
海斗がようやく口を開き、頭を掻いた。
「何も起きない……。これって、どういうことなんだ?」
陽菜が続けた。
「暁継……怪物は音に反応するって言ったよね? 私たちに嘘をついてたの?」
暁継は困惑していた。そして初めて、自分がこれまで考えてきた状況そのものを疑い始めた。
「嘘はついてない。そんなことをする理由もない。でも……」
健太はゆっくりと床から立ち上がった。
「も、もしかしたら……もうここにはいないのかもしれない。今がチャンスだ。今すぐ出よう」
海斗は一歩前に出た。それでも、いつ何かが起きてもおかしくないというように周囲を見回していた。
「分からない。まだ本当に何とも言えない。でも、もし本当にいなくなったんだとしたら……?」
凪紗はみんなの表情を見つめていたが、その意識はほとんど暁継に向けられていた。必要以上に長く、彼の顔を見つめていた。
彼女は目を細め、唇にほんの小さな笑みを浮かべた。そして目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。
それから、笑顔を浮かべて口を開いた。
「みんな、落ち着こう。まだアノマリーについて何も分かってないんだから」
暁継は頷いた。
「川瀬さんの言う通りだ。これで状況が変わった可能性はある。でも、まだ慎重に動いたほうがいい」
暁継は前方の廊下へ視線を向けた。
「ここには十分長くいた。移動しよう」
海斗は暁継の隣へ歩いてきた。
「もしかしたら、今度こそ出られるかもしれない。これがチャンスだ」
凪紗は健太のもとへ歩いていき、手を差し出した。
「健太くん、ほら。行こう。移動しないと」
健太はためらいながら、ゆっくりと凪紗の手を取った。その瞬間、凪紗の手の中に透明なオーラが突然浮かび上がった。それはゆっくりと彼女の手から健太の手へ移っていき、完全に消えた。
健太はそれに気づかないまま、立ち上がった。
「あ、ありがとう……」
暁継は全員を見回し、移動する準備ができているかを確認した。
「行こう。気をつけて。まだ大きな声では話さないほうがいい」
一行は歩き始めた。ほとんどの者が廊下の両側を警戒しながら、ときおり後ろを振り返っていた。
廊下は、いつもよりずっと長く感じられた。
一人だけ前方に意識を集中していた暁継が、突然足を止めた。
海斗が眉を上げた。
「どうした、暁継?」
「あそこを見て」
一行は暁継が指差した方向を見た。そこにいた――海斗が以前見たのと同じ、透明な人影が。
海斗はすぐにそれだと分かった。
「それは――待て、前に俺が見た人影と同じだ」
「同じ人影?」
健太が一歩後ずさった。
「危ないのか?」
すると突然、廊下の脇に、別の透明な人影がどこからともなく現れた。今度は女子生徒だった。壁にもたれかかるように立っていた。
暁継はすぐに彼女に気づいた。
「もう一人?」
「どうなってるんだ? 俺が見たのが一人だけだと思ってた」
「まだ通り過ぎないほうがいい。何をしてくるのか分からない」
そして、一人、また一人と、透明な生徒たちの姿が廊下のあちこちに現れ始めた。彼らの後ろでは、生徒たちが集まって立っている姿が見え、別の生徒たちは扉を開けて教室へ入っていった。それなのに、一行の目の前にある教室の扉だけは閉じたままだった。
やがて、声が聞こえ始めた――生徒たちの足音や会話だ。だが今回は、海斗が最初に人影を見たときよりも、はるにはっきりと聞こえた。
そのうちの一つのグループにいた女子たちが話していた。
「目の前でシグナ使いが戦ってるところを見られるなんて、信じられない!」
「うん。テレビではいつも見るけど、実際に見るのは初めて!」
「な、なんで二人ともそんなに興奮してるの? 外で何か大変なことが起きてるんだよ?」
廊下を歩いていた二人の男子生徒も話していた。
「家、大丈夫かな……」
「ここにいてって言われたんだから、きっと向こうで何とかしてくれるって。シグナ使いなんだからさ」
会話は続いていった。さっきまで誰もいなかった廊下は、今では生徒たちと、彼らの活気ある会話で満たされていた。
すると突然、透明な生徒たちの姿がゆっくりと薄れ始め、やがて完全に消えていった。
暁継たちはその場に立ち尽くし、目の前で起きていることを理解できずにいた。
海斗は両手で頭を抱えた。
「いったい何がどうなってるんだよ!?」
陽菜は凪紗にしがみつき、さらに身体を寄せた。
「お願い……ここから出ようよ。怖いよ……!」
暁継は生徒たちの会話を聞きながら、頭の中で必死に考えていた。
あれは……消えた生徒たちなのか? それとも、本当に残っていた側の生徒たちなのか? あの生徒たちは、俺たちが消えたと思っていた三年生だ。
暁継の表情がさらに険しくなった。
外で何かが起きていることを話していた。それに、学園の中にいるように言われていた。シグナ使いについても話していた……。つまり、向こう側でも何かが起きているってことなのか?




