第16話 気づき
暁継と海斗は、ゆっくりと一行のもとへ戻っていった。
凪紗はすでに、穏やかな声で二人に話しかけていた。
暁継は一行の前で足を止めた。
「みんな、学園の屋上へ行ったほうがいいと思う」
健太は驚いたように目を見開いた。そして声を落とし、焦った様子で話した。
「屋上? 本気かよ? あのクソみたいな怪物が外にいるんだぞ?」
「分かってる。でも、怪物を見に行くわけじゃない。学園の外がどうなってるのかを確認して、誰かに俺たちの存在を気づいてもらえる可能性があるか調べたい」
「お、俺はどうかな……。ここまで来たら、教室の一つに残ってたほうがいいと思う」
「もう、その段階は過ぎてると思う。ここも安全じゃない。このまま動かなかったら、ずっとここに閉じ込められるかもしれない」
「外に出るのだって同じだろ。俺はそんな危険を冒したくない。下の階に行って、そのまま学園から出るべきだ」
「それは無理だ。下の階へ続く階段は、割れたガラスだらけになってる。一歩でも踏み外したら、死ぬ」
凪紗が二人の間に入り、張り詰めた空気を和らげようとした。
「二人の言ってることは分かるよ。でも、今は本当に協力したほうがいいと思う」
陽菜は今にも泣き出しそうだった。
「わ、私は……ちゃんと家に帰れるなら、それでいい……」
一行は、静まり返った廊下に何分もの間とどまっていた。これからどうするべきか、それぞれ意見が違っていた。そして、一歩間違えればその場で死ぬかもしれないという恐怖が、一部の者たちの判断を明らかに鈍らせていた。
そんな中、話し合いを続けていると、海斗は暁継に頼まれた通り周囲を確認しながら、廊下を行ったり来たりしていた。
そのとき、突然、廊下の中央に何かがあることに気づいた。
ちらつく、透明な光だった。
海斗が完全にそちらへ振り向くと、驚きで目を見開いた。廊下の中央に、男子生徒の姿をした、薄く透けた人影が立っていた。その姿は何度も揺らめき、いつ消えてもおかしくないかのように、はっきりと形を保っていなかった。
そして、その人影が話すのが聞こえた。
その声は極端にかすかで、まるで水の中から聞こえてくるようだった。言葉は歪み、途切れ途切れになっていて、何を言っているのか理解するのが難しかった。
「見た……シグナ……アノマリー……学園……中に……」
海斗にはいくつかの言葉は聞き取れたが、それぞれがどういう意味なのか、どう繋がっているのかはまったく分からなかった。
すると、透明な人影はゆっくりと薄れていき、完全に消えた。
海斗はすぐに一行のほうを振り返り、急いで戻っていった。
暁継がすでに計画を話し始めていたところで、海斗が静かに口を挟んだ。
「みんな、これだけは聞いてほしい」
「どうした、海斗?」
「廊下で、透明な生徒の姿を見た。歪んだ声で何か話してた」
暁継の表情がすぐに険しくなった。
「透明な人影? 本当か?」
それを聞いた瞬間、健太は完全に取り乱した。まともに考える余裕すらないほど怯えていた。
「嫌だ……俺はここに残らない。もうお前らにはついていかない。教室に戻る」
凪紗が彼の前に立ち、止めた。
「健太くん、落ち着いて。まずは海斗くんの話を聞こう?」
凪紗は海斗のほうを向いた。
「海斗くん、それは話してたの? 何を言ってたの?」
「正確には分からない。言葉が途切れてたから、何を意味してるのかまでは分からない。でも、聞こえた言葉はそのまま言うと、『見た』……『シグナ』……『アノマリー』……『学園』……『中に』だった」
「私には……何も分からないな」
「ああ、俺もよく分からなかった」
暁継が一歩前へ出た。
「その人影は、どんな姿だった?」
「男子生徒だった。顔とかははっきり見えなかったけど、制服が俺たちと同じなのは分かった」
「同じ制服? じゃあ、ただの適当な人影ってわけじゃないな」
凪紗は廊下の先を見つめた。消えてしまった人たちのことを思い出していた。
「もしかして……あの人は、消えた生徒の一人だったのかな?」
海斗は目を見開いた。
「本当にそう思うか? でも……仮にそうだとしても、なんでまた透明な人影として現れたんだ?」
「分からないよ。ただ、可能性として言っただけ。ここで何が起きてるのか、説明できるものは何もないから」
暁継が続けた。
「川瀬さんの考えが正しいのかもしれない。でも、あの人が消えた人の一人だと断言はできない。それでも、今まで見つけた中ではかなり大きな手がかりだと思う」
「そうだけど、もう一つある」
「もう一つ?」
「さっきの生徒の人影……声は歪んでたけど、落ち着いてたんだ。まるで、誰かと普通に話してるみたいだった。もし本当に消えたんだとしたら、あんなに落ち着いていられるとは思えない。普通なら、パニックになったり、叫んだりするだろ?」
それを聞いて、暁継は答えなかった。視線を床へ落とし、一つ一つの言葉を整理しながら、それらがどう繋がっているのかを考えていた。
透明な生徒の人影が誰かと落ち着いて話していた可能性がある。そして、シグナやアノマリーについて口にしていた……それに、外の世界には人の気配がまったくない……。
突然、暁継の目が大きく見開かれた。
まるで、自分が予想していたよりもはるかに大きな何かに気づいたかのようだった。
海斗は暁継の表情の変化に気づいた。
「暁継? どうした? 何か分かったのか?」
「暁継くん、教えて。何か分かったの?」
暁継はしばらく黙っていた。自分が出す答えは、思っていた以上に恐ろしいものかもしれない。そして、それを話せば、今の状況をさらに悪くしてしまうかもしれない。そう考えていた。
それでも最後には気持ちを落ち着かせ、一行を見た。
「最初から、俺と海斗は周りにいる人たちを探してた。襲われたように見える教室もあれば、まったく何もされていない教室もあった。川瀬さんは、人が消えたのを見たのは、この無事な廊下だったと言ってた。あの人たちがいた教室は何もされずに残っていて、俺たちや、そこに残っていた人たちは怪物の襲撃に巻き込まれた」
海斗の表情がさらに不安そうになった。
「そ、そうだよな? それで……何が分かったんだ?」
「さっき窓から外を見たとき、外の世界がどれだけ人の気配もなく、静まり返っていたかを見ただろ。それに、海斗が見た生徒の人影は落ち着いていて、誰かと話しているように見えた。これだけ重なると、偶然とは思えない」
凪紗は陽菜を少し強く抱き寄せ、落ち着かせようとした。
「それで、暁継くん。全部合わせて考えると、どういうことだと思う?」
暁継は数歩前へ進んだ。まだ話すことをためらっていた。それでも最後には、口を開くことを決めた。
「もし……消えたのは、俺たちのほうだったとしたら?」




