第14話 どうして俺たちは消えなかった?
まだ困惑していた凪紗は、ただ微笑みながらそのまま受け入れ、優しく彼の頭を撫でた。
「大丈夫……大丈夫だよ。ここにいるからね」
二人はそのまま数秒間そうしていたが、その時間はずっと長く感じられた。
教室の隅で横になっていた健太が、ついに小さな声で呟いた。
「お前ら、本気で今イチャついてるのか? お、俺たちのクラス、全員死んだんだぞ。それに、俺たちだって生き残れるか分からないのに……」
やがて、暁継は凪紗から離れ、平静を取り戻した。
立ち上がると、その表情が真剣なものになった。
「ごめん。さっきのことは気にしないでくれ」
海斗がこちらへ歩いてきて、みんなのところに加わった。
「イチャつきに来たんじゃない。友達が生きてたことが嬉しかっただけだよ」
凪紗の隣に座っていた陽菜は、怯えきっていた。激しく震え、目には涙が浮かんでいる。
「こ、こ、これから私たち……死ぬの? お、お願い……家に帰りたい」
凪紗は陽菜を自分のほうへ引き寄せ、その頭を胸元に預けさせた。
「陽菜さん、怖いのは分かるよ。でも、諦めないで。きっと方法を見つけるから」
海斗は少し困惑したように眉を上げた。
「一つ聞きたいんだけど、どうしてここに残ったんだ? どうして外へ逃げようとしなかった? ここは危険だろ」
「怖くて、そんなことできなかった。巨大な、人間じゃない歯の生えた手が、一瞬でクラス全員を殺したんだ。怖くて、動くことすらできなかった」
暁継の表情がさらに険しくなった。
「じゃあ、さっきの怪物と同じってことか」
凪紗は暁継のほうを向いた。
「暁継くん、今何が起きてるのか、詳しく教えてくれる? それに、あの怪物は何なの?」
暁継は頷き、外に潜んでいた怪物のことも含めて、状況を説明した。
「音に反応する怪物? だから私たちを襲わなかったんだ……私たちが音を立てなかったから」
「そうだ。でも、聞きたいことがある。どうして君たちは全員、生きていられたんだ?」
「それなんだけど……健太と陽菜がふざけ合ってたから、先生がクラスのみんなの前で二人を叱って、子供みたいに両手を上げたまま教室の隅に立たせたんだ」
健太は声を震わせながら続けた。
「ク、クラスのみんなが俺たちを笑ってて、それで……俺、振り返って、もう俺たちを馬鹿にするのをやめろって言おうとしたんだ。そしたら、突然、人間よりずっと大きな手が教室の窓や壁を突き破ってきた。みんなを……潰したんだ。何が起きてるのか理解する時間すらなかった」
彼はさらに怯えた様子になった。
「俺……あんな死に方、したくない……」
暁継は次にどうするべきか考えながら、しばらく三人を見つめた。
「分かった。みんなが怖いのは分かってる。でも、ここにいるわけにはいかない。開いた窓の近くにいるのは危険だ。ここから出る方法を探そう」
凪紗は頷いた。
「暁継くんの言う通りだよ。ずっとここにいるわけにはいかないからね」
海斗は凪紗のほうを向いた。さっきから気になっていたことがあり、ようやく尋ねることにした。
「川瀬、無事でよかった。でも、どうやって生き残ったんだ? 陽菜と健太が怪物の襲撃から離れてたから助かったのなら、川瀬は?」
「それは、まだ教室に着いてなかったからだよ。廊下を歩いていて、音を聞いただけなの。ここに着いたのは、全部終わった後だった」
凪紗は、何かを考えているかのように床へ視線を落とした。
「川瀬さん、どうした?」
「実は、すごく変なことがあったの」
「変なこと? 何があったんだ?」
「廊下を歩いていたとき、停電のせいで教室の外に出ていた生徒や先生たちとすれ違ったの。でも、その直後、突然、みんな消えたの」
海斗はさらに不安そうに尋ねた。
「消えた?」
「うん……信じられなかったけど、本当に消えたの。あの区画全体が突然、完全な静寂に包まれた。それから、そのすぐ後に、ここから音が聞こえてきたの」
「ここに長くいればいるほど、どんどんおかしくなっていくな。でも、問題は、みんなが消えたのなら、どうして俺たちは消えなかったのかってことだ」
暁継は壊れた窓の外を見た。特に、生徒たちの制服の残骸へと目を向けた。
「そういうことだ。つまり、すべての生徒に起きたわけじゃない。覚えてるだろ、海斗。俺たちは、何も起きていなくて無傷の教室もあれば、生徒たちが犠牲になっていた教室も見つけた。これはアノマリーだ」
健太はさらに困惑と恐怖を強めながら口を開いた。
「じゃあ、シグナの部隊はどこにいるんだ? アノマリーと戦って、市民を守るのが役目なんだろ? ニュースでは、いつも間に合って人を助けてるって聞く。それなのに、どうして誰も俺たちを助けに来ないんだ? どうして?」
「そうだけど……今、責めても俺たちの助けにはならないと思う」
暁継はポケットからスマートフォンを取り出した。
「まだ電波が戻ってない。静かで安全な場所を見つけても、助けを呼ぶことすらできない。今は生き残ることに集中しよう。とりあえず、教室を出てもっと安全な場所を探そう」
陽菜は凪紗の袖を掴みながら、小さな声で呟いた。
「で、でも……外に出るのが怖い。もしあの怪物に、本当に私たちが見えてたら……?」
「俺と海斗が教室にいたとき、あの手のすぐ目の前に立ってた。でも、あいつらには俺たちが見えてなかった。だから、静かにしていれば動ける」
「で、でも……」
凪紗は陽菜の肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ、陽菜さん。私は暁継を信じてる。嘘をついてるわけじゃないよ。それに、みんなで一緒に行こう。ね?」
「う、うん」
暁継はその場にいる全員を見渡した。これまで以上に、みんなを生きたまま学園から出すと決意していた。
「じゃあ、行こう」




