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最弱の俺だけが、英雄たちの涙を覚えている  作者: 黒子丸
1章

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13話 防災訓練

「……最悪だ」


金曜日の朝。


教室に入った俺は、黒板に書かれた文字を見て思わず呟いた。


『本日五・六限 合同防災訓練』


すっかり忘れていた。


そういえば、先週のホームルームで何かそんな話を聞いた気がする。配られたプリントも鞄のどこかに入っているはずだが、一度も読み返していなかった。


「何が最悪なの?」


後ろから声をかけてきたのは陽菜だった。


「今日、防災訓練なんだってさ」


「うん。そうだよ?」


「……知ってたのか」


「先週から言われてたでしょ」


「そうだったっけ?」


「もう、朝倉ってば……」


陽菜は呆れたように笑い、自分の席へ鞄を置いた。


「今回は二年生の合同訓練なんだよ。クラスを混ぜて班を作るんだって」


「へえ。何でわざわざ?」


「能力者と無能力者が協力して避難する練習をするため、って書いてあったよ」


「……あー、そういえば読んだ気がしてきた」


「絶対読んでないでしょ」


図星である。


俺は適当に笑ってごまかし、自分の席へ向かった。


防災訓練自体は珍しくない。小学校の頃から何度もやっているし、非常ベルが鳴ったら先生の指示に従って校庭へ避難するものだと思っていた。


だが、今回は少し違うらしい。


「……なあ、陽菜」


「ん?」


「訓練中に能力使ったりするのか?」


「先生が許可した場面では使うみたいだけど。詳しいことは、最初に説明するんじゃないかな」


「なるほどな」


昨日、神崎から斬界の話を聞いたばかりだ。


何でも切れるわけではないし、届く距離にも限界がある。それに、使えば負担もかかるという。


訓練では、その辺りも考えて動くのだろうか。


「……朝倉」


「何だよ」


「能力を見るために、勝手にほかの班についていっちゃ駄目だよ?」


「行かねえよ!」


「本当?」


「……そんなに信用ないか、俺」


「だって、今ちょっと楽しそうな顔してたから」


「最悪だって言ったばっかだろ」


「うん。でも、もう忘れてそう」


こいつ、俺のことを何だと思っているんだ。


文句を言おうとしたところで予鈴が鳴り、俺は仕方なく席についた。


***


五時間目が始まる少し前、俺たち二年A組は体育館へ集められた。


中にはすでにほかのクラスの生徒もいて、ステージ前では教師たちが準備を進めている。最初に説明を受けてから、各班に分かれるらしい。


「それでは、今日の訓練について説明します」


マイクを持った教師が話し始めた。


今回は、校内で火災が発生したことを想定した訓練だった。


各班で指定された避難経路を確認し、途中で負傷者役の生徒を発見した場合には、周囲と協力して安全な場所まで誘導する。能力の使用は、担当教師が許可した場面に限るという。


「なお、実際の災害では、能力が使えるからといって単独で救助活動を行ってよいわけではありません。まず自分の安全を確保し、周囲へ状況を伝えてください」


俺は何となく、足元へ目を落とした。


四日前の俺は、目の前のことに気を取られて陽菜を置いていったり、案内板だけを見て出口へ向かおうとしたりしている。


昨日の授業でも似たような話を聞いたばかりだ。


……さすがに、今日はちゃんと指示を聞いておこう。


説明が終わると、班分けの表が配られた。


俺は渡された紙を覗き込む。


『第三班 朝倉悠真、小日向陽菜、神崎凛――』


「……おっ」


見覚えのある名前があった。


「陽菜、神崎と同じ班だぞ」


「えっ、本当?」


「ほら、ここ」


指さすと、陽菜は嬉しそうに笑った。


「やった! 知ってる人が多いと安心するね」


「まあな」


まったく知らない相手と組むよりは、気楽だ。


そう思って周囲を見回していると、少し離れたところで神崎がこちらに気づいた。


「朝倉。小日向さん」


「よう、神崎」


「こんにちは、神崎さん!」


神崎は俺たちの持っている紙へ視線を落とした。


「二人とも第三班なのね」


「ああ。よろしくな」


「ええ、よろしく」


軽く頷いたあと、神崎が俺の顔を見た。


「……何か、ほっとしてる?」


「知ってるやつと一緒で助かったなって。こういうの、班で相談してくださいとか言われるのが一番困るんだよ」


「知らない人だと話しづらいから?」


「それもある。あと、誰も何も言わなくなると面倒だろ」


「それなら、朝倉が何か言えばいいんじゃない?」


「……簡単に言うな」


神崎が小さく笑う。


隣で陽菜も頷いていた。


「朝倉、普段は結構いろいろ言うのにね」


「言っていい相手かどうかくらいは考えてるんだよ」


「じゃあ、私たちには言っていいと思ってるのね」


「……今の、何て返せば正解なんだ?」


二人に笑われた。


訓練が始まる前から、すでに少し疲れてきた気がする。


***


第三班に割り当てられたのは、校舎の東側にある特別教室棟だった。


教師に案内されて移動すると、廊下の途中に仕切りが設置されていた。普段なら通れる階段の一部も、訓練用の柵で塞がれている。


火災で通れなくなった、という設定らしい。


「第三班は、二階の理科準備室付近から避難を開始してください。途中で救助が必要な生徒を発見した場合には、班で相談して対応すること」


担当教師の説明を聞きながら、俺たちは二階へ向かった。


第三班は全部で六人。


俺と陽菜、神崎のほかに、B組の男子が二人と、C組の女子が一人いた。残りの三人とはほとんど面識がなかったが、自己紹介を済ませると、少しは話しやすくなった。


「じゃあ、神崎さんが班長でいいんじゃない?」


B組の男子が言った。


「えっ、私?」


「こういうの、慣れてそうだし」


「でも、能力があるのと、班をまとめるのは別だと思うけど……」


「ほかにやりたいやつ、いる?」


もう一人の男子が周りを見る。


俺は黙っていた。


隣を見ると、陽菜も少し困ったように笑っている。


短い沈黙のあと、神崎が小さく息を吐いた。


「……わかったわ。それじゃあ、私がやるわね」


「助かる!」


「ただ、何か気づいたことがあったら遠慮なく言って。私も、全部わかるわけじゃないから」


「了解」


俺が頷くと、神崎がこちらを見た。


「朝倉もね」


「わかってるって」


「じゃあ、その紙を一緒に確認してくれる? 最初の集合場所、裏にも書いてあるみたいだから」


「……あ、裏あんのか」


紙をひっくり返すと、確かに注意事項が続いていた。


神崎に少しだけ呆れた顔をされたが、今回は素直に読んでおくことにした。


***


訓練は、最初のうちは順調だった。


教師の合図で避難を開始し、廊下の表示を確認しながら進んでいく。


ただ歩くだけなら大したことはない。問題は、途中で普段の通路が使えなくなっていることだった。


「ここ、階段が使えないみたいね」


神崎が、柵に取りつけられた訓練用の表示を確認する。


「だったら、反対側の階段か?」


B組の男子が尋ねた。


「そうね。そっちの表示も確認してみましょう」


俺たちは方向を変え、廊下を進んだ。


その途中、教室の前で座り込んでいる生徒を見つけた。負傷者役の生徒らしく、足首を押さえている。


「すみません。足をひねったみたいで、歩けないんです」


神崎がそばへしゃがみ込んだ。


「足以外に痛いところはある?」


「ないです」


「わかったわ」


担当教師に状況を伝えると、近くに用意された搬送器具を使うよう指示された。


まず教師が使い方を説明し、そのあと俺たちも実際に持つことになった。


「……結構重いな、これ」


持ち上げた途端、思わず声が漏れた。


反対側を支えていた男子が、苦笑する。


「そりゃ人一人乗ってるからな」


「わかってるけどさ」


「朝倉、少し待って」


神崎に声をかけられ、俺は動きを止めた。


「腕だけで持ち上げない方がいいわ。さっき先生がやっていたみたいに、膝を曲げて。二人でタイミングを合わせてね」


「ああ……なるほど」


一度下ろし、持ち方を確かめる。


男子と声をかけ合って持ち上げ直すと、さっきよりも身体を安定させやすかった。


「……おお」


「大丈夫そう?」


「おう。さっきよりは」


「じゃあ、ゆっくり行きましょう」


俺たちは周りの生徒に進む先を確認してもらいながら、指定された場所まで移動した。


距離は短い。それでも、下ろしたときには腕が少し張っていた。


「……これ、本番で階段とかあったら大変だな」


「だから、できる人数や運ぶ方法を確認するんでしょうね」


神崎が言った。


俺は手を軽く振りながら頷く。


能力がなくてもできることはある。


ただ、できるつもりで始めると、思ったより大変なこともあるらしい。


***


搬送の練習を終えたあと、俺たちは一階へ下り、屋外の集合場所へ向かうことになった。


ほかの班も移動を始めており、廊下には何人もの生徒がいる。


そのときだった。


ガタンッ!


曲がり角の向こうから、大きな音が響いた。


「……え?」


顔を向けると、訓練用の仕切りが倒れていた。


近くにいた生徒たちが驚いて後ずさり、その奥では女子生徒が一人、床に座り込んでいる。


「大丈夫!?」


神崎が声を上げた。


女子生徒は足首へ手を当てたまま、顔をしかめていた。負傷者役の生徒とは違い、返事をする余裕もなさそうだ。


「先生、呼んでくる!」


B組の男子の一人が、廊下を引き返していった。


俺たちも近くまで寄ったが、倒れた仕切りが通路を塞いでいた。そのままでは、女子生徒のところへ行けそうにない。


神崎が一度周囲を見回し、右手を持ち上げかける。


その動きに、鳴瀬スクエアで見た白い刃が頭をよぎった。


……切るつもりか?


そう思った直後、仕切りの奥で金属が小さくきしんだ。


「神崎、ちょっと待て」


「……え?」


「あれも倒れそうじゃね?」


俺は、壁際に立てかけられた別の仕切りを指さした。


その下へ、倒れた仕切りの端が入り込んでいる。


手前のものを動かしたら、壁際の仕切りまでずれるかもしれない。しかも、その近くには女子生徒が座っていた。


神崎もすぐに視線を向けた。


「……本当だわ」


持ち上げかけていた手が下がる。


俺たちは少し後ろへ下がり、改めて仕切りを見た。


軽い金属製の枠に薄い板を取りつけたもので、廊下の大部分を塞いでいる。端には人が通れそうな隙間もあったが、上の仕切りが不安定なままでは近づきたくなかった。


「先生来るまで、こっちから人が入らないようにしとく」


もう一人のB組の男子が言った。


「お願い。向こう側にも伝えてもらえる?」


神崎が頼むと、C組の女子が仕切り越しに声をかけた。


陽菜は座り込んだ女子生徒へ呼びかけている。


「どこか痛い? 頭とか、ぶつけてない?」


「……足だけ。びっくりして、転んで……」


「今、先生呼んでるから。無理に立たないでね」


女子生徒が小さく頷いた。


ひとまず、返事はできるらしい。


俺は少し息を吐いてから、神崎へ目を向けた。


彼女は仕切りに触れず、重なっているところを確かめていた。


「……上のものを支えないと、手前を動かせないわね」


「だよな」


壁際の仕切りは、少し斜めになっている。


誰かが手で押さえるにしても、倒れかけたものへ近づく必要がある。俺一人で支えられる重さかどうかも、見ただけではわからなかった。


何かないだろうか。


廊下を見回すと、訓練用の備品が目に入った。折りたたまれた椅子やカラーコーン。それから、壁際には台車が置かれている。


「……あれ、使えないか?」


「どれ?」


「台車。あれで、倒れないように支えられたりしないかなって」


神崎が台車と仕切りを見比べた。


「支えにするの?」


「ああ。手で押さえるよりはマシかなと思ったんだけど」


「そのままだと、動いてしまいそうね」


「……あー、そっか」


台車なのだから、当然といえば当然だ。


思いついたときはよさそうな気がしたのだが、そう簡単にはいかないらしい。


そのとき、廊下の奥から教師が駆けつけてきた。


「みんな、少し離れて!」


俺たちは壁際へ下がった。


神崎が女子生徒の状態と、仕切りが重なっていることを説明する。教師は触れずに周りを確かめ、すぐに別の教師へ連絡を取った。


「上の仕切りも不安定だな。動かさなくてよかった」


「……あの、あっちの台車って、支えに使えませんか?」


俺が尋ねると、教師は壁際を振り返った。


「台車か……」


少し考えたあと、もう一度仕切りを見る。


「固定具と組み合わせれば、使えるかもしれないな。ただ、ここからは先生たちで対応する。君たちは後ろへ下がっていてくれ」


「わかりました」


俺たちは指示に従い、その場を離れた。


少しして、別の教師が固定具を持ってやってきた。


台車の車輪を止め、上の仕切りを支える位置へ据える。さらに固定具で動かないようにしてから、手前の仕切りを慎重にずらしていった。


通路が空くと、別の教師が女子生徒へ駆け寄る。


しばらく状態を確認したあと、彼女は教師に付き添われて保健室へ向かった。


「……ふぅ」


俺はようやく息を吐いた。


台車がどう固定されたのか、離れたところからでは細かく見えなかった。


少なくとも、俺が思いついたとおりに置くだけでは駄目だったのだろう。


それでも、何かに使えたならよかった。


***


訓練は一時中断になり、俺たちは廊下の端で待つことになった。


通路では、教師たちが残りの仕切りも確認している。


「……朝倉」


不意に神崎が声をかけてきた。


「ん?」


「さっきはありがとう。上の仕切り、見落としていたわ」


「ああ、あれか。音がしたから気づいただけだぞ」


「それでも、言ってくれて助かった」


神崎は、教師たちのいる方へ目を向けた。


「向こうに行く方法を考えていたの。早くあの子のところへ行かなきゃって」


「……切ろうとしてたのか?」


「切って隙間を広げられないかと思ったけど、あの重なり方では危なかったわね」


昨日の話を思い出した。


斬界で切れるものでも、切ったあとまで全部どうにかできるわけではない。


あの仕切りも、切れた部分がどちらへ倒れるかわからなかったのだろう。


「まあ、俺だって台車持ってきて、それで終わりだと思ってたしな」


「そうなの?」


「ああ。動くって言われるまで、そこまで考えてなかった」


「……台車だものね」


「うるせえ。今はわかってるって」


神崎が小さく笑った。


俺も少し笑ってから、もう一度通路へ目を向ける。


「でも、先生が使ってくれたのは、ちょっと嬉しかったな」


「ええ。私には思いつかなかったわ」


「お前、仕切りの方見てたし。俺はほかに何かないかって、きょろきょろしてただけだぞ」


「……そうね」


神崎は少し考えてから、頷いた。


「それぞれ違うところを見ていたのね」


「六人いるんだしな。全員で同じところ見てても、仕方ないだろ」


「ええ」


そう答えた彼女の表情は、さっきよりも少し柔らかくなっていた。


そこへ、陽菜が戻ってくる。


「朝倉、神崎さん」


「おう。どうした?」


「先生が、大きな怪我ではなさそうだって。念のため、保健室でちゃんと診てもらうみたい」


「そっか……」


俺は肩の力を抜いた。


陽菜も安心したように息を吐く。


「びっくりしたね。訓練の途中だったから、最初はそういう課題なのかと思っちゃった」


「ああ。俺も、最初はわかんなかった」


「でも、先生呼びに行ってくれてよかったね」


B組の男子へ声をかけると、そいつは少し照れくさそうに笑った。


「いや、近くにいると思ったからさ」


「助かったわ。ありがとう」


神崎も礼を言った。


そのあと、担当教師から訓練を再開すると声がかかった。


俺たちは班の全員が揃っていることを確かめてから、屋外の集合場所へ向かった。


***


訓練の最後には、体育館で簡単な振り返りが行われた。


仕切りの事故についても説明があり、教師たちは訓練用備品の設置方法を確認し直すという。


「実際の事故が起きたとき、無理に自分たちだけで対応しようとしないこと。周囲へ知らせ、指示を聞いてください」


俺は頷きながら聞いていた。


今日は、先生が来るまで待てた。


それが正しかったのだと思うと、少しだけほっとした。


教室へ戻り、帰りのホームルームを終える頃には、思っていた以上に身体が重くなっていた。


別に走り回ったわけでもないのに、妙に疲れている。


……やっぱり、昼に寝ておけばよかったかもしれない。


「朝倉、今日一緒に帰れる?」


帰り支度をしていると、陽菜が声をかけてきた。


「おう。特に予定ないぞ」


「よかった!」


俺たちは鞄を持ち、昇降口へ向かった。


途中で、階段を下りてきた神崎と会う。


「あら、二人とも今から帰るの?」


「ああ。神崎も?」


「ええ」


「じゃあ、一緒に帰るか。途中まで方向同じだし」


「……そうね」


神崎は頷き、俺たちの隣へ並んだ。


三人で校門を出る。


夕方の空には薄く雲が広がっていたが、雨が降りそうな気配はなかった。


「……何か、普通に授業受けるより疲れたな」


俺が呟くと、陽菜が笑った。


「朝倉、人を運んだとき大変そうだったもんね」


「実際、大変だったぞ。お前も持ってみればよかったんだよ」


「私も交代で持ったよ?」


「……そうだったな」


「朝倉、途中から自分の手ばっかり見てたでしょ」


「腕が疲れたんだよ」


手を軽く握ったり開いたりすると、神崎がこちらを見た。


「痛いの?」


「いや。もう平気」


「……本当に?」


「その聞き方、お前ら二人ともするよな」


「だって朝倉だし」


陽菜が当然のように言った。


俺が神崎を見ると、彼女まで少し笑っている。


「……何だよ」


「何でもないわ」


「絶対、何か思っただろ」


「手を振れるなら大丈夫そうね、と思っただけよ」


「何でそんな確認方法なんだよ」


陽菜が声を上げて笑う。


つられて神崎も笑い、俺は小さくため息をついた。


まったく、気が合うのはいいことだが、俺をからかうときばかり息を合わせないでほしい。


しばらく歩くと、駅前の交差点が見えてきた。


「じゃあ、私はこっちだから」


神崎が足を止める。


「ああ。またな」


「神崎さん、また来週!」


「ええ。また来週」


神崎は軽く手を振り、駅の方へ歩いていった。


俺と陽菜も、再び歩き始める。


「……今日、神崎さんと同じ班でよかったね」


「そうだな。俺が班長やれとか言われなくて助かった」


「もう。そういうことじゃなくて」


「わかってるって」


俺が笑うと、陽菜も少し呆れたように笑った。


班長を引き受けてくれたのは、ありがたかった。


ただ、神崎がいたから全部任せておけばよかった、というわけでもない。


あいつが気づかなかったところを、俺が見つけることもあった。


今日は、それが少し嬉しかった。


「そういえば、明日はチョコのお菓子、作ってみようと思ってるんだ」


陽菜が言った。


「この前買ったやつ?」


「うん。二種類とも、同じ作り方で試してみたくて」


「へえ。楽しみにしてるわ」


「ふふっ。ちゃんと食べ比べてね?」


「任せろ」


「美味しい、だけじゃ駄目だからね」


「……先に言うなよ」


陽菜が楽しそうに笑う。


菓子の話をしていたら、急に腹が減ってきた。


俺は鞄を持ち直し、少しだけ歩く速度を上げる。


「……その前に、今日の夕飯どうすっかな」


「冷蔵庫、何か残ってる?」


「卵くらい」


「……朝倉、ちゃんと買い物しなよ」


「週末に行くつもりだったんだって」


「明日?」


「……たぶん」


「そこは、うんって言おうよ」


俺は適当に笑ってごまかした。


すると陽菜は、何か言いたそうにこちらを見たあと、小さく息を吐いた。


「明日、ちゃんと行ったか聞くからね」


「……忘れててくれてもいいぞ」


「忘れないよ」


即答だった。


どうやら、明日は寝ているだけでは済まないらしい。


俺は小さくため息をつき、陽菜と並んで帰り道を歩いた。

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