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005話 ~ ポチ、処理不能

 会話ができただけで、リーナは目をキラキラさせて俺の頭蓋骨に顔を近づけてきた。


「ポチ……本当に喋ったの? えへへ、なんか声が低くてびっくりした……でも、嬉しいよ?」


 嬉しそうに、小さく足踏みする。

 パッチワークのスカートをふわふわと翻していた。


(……おい、笑ってる場合じゃない)


 頭の奥で、赤信号を点滅させ続けている。

 その笑顔を見た瞬間。


『……いい笑顔だ。客受けが良さそうじゃねえか』


(……消せ。デリートだ)


 ヘドロのような思考を強引にシャットアウトする。


「……リーナ」


 喉を鳴らす。

 やはり、低い。

 そして、自分でも背筋が凍るほどに――響く。


「……下がっていろ。……鼠どもが、来る」


「え……?」


 リーナが動きを止めた。


 その直後だった。


「おい、いたぞ! あそこだ!」

「ガキが一人……と、なんだ? あのボロ布のデカいのは」


 松明の火が、暗がりに潜んでいた俺たちを無遠慮に暴き出す。

 三人……。


「……ポチ、五人。前が二人、後ろに三人。囲まれるよ」


 リーナの声は、小さいのにやけに正確だった。


 手にしているのは、手入れの行き届かない安物の長剣。

 だが、その切っ先には、幾人もの村人を刺し貫いてきたであろう、どす黒い血がこびり付いている。


(……五人)


 情報が頭に流れ込む(インストール)。視界に入る男たちと合致していく。

 名前だけじゃない。奴らのクソみたいな戦闘経験まで、手にとるようにわかってきた。


 一番前で剣を突き出しているのは、ガイル。

 後ろに控えるハンス、レノ、ボッシュ、カド。

 どいつもこいつも、略奪と暴力で生きてきたゴミ溜めの住人だ。


「ああん? なんだお前は! 何か言えよ!」


 ガイルが、苛立ちを隠さず剣先を向けてくる。


「……ポチ、危ないよ……?」


 リーナが、俺の服の端をぎゅっと掴んだ。

 その震えが、伝わる。


「……案ずるな、リーナ」


 喉が、勝手に鳴る。


「塵掃除の、時間だ」


(……やめろ。そんな台詞を吐くな。俺じゃない、これは――)


「なんだと? 舐めやがって!」


 ガイルが逆上し、一歩踏み込んだその時。

 風に煽られたフードの隙間から、月光に照らされた「俺」の顔が露出した。


「……ッ!? な、なんだそれは……!」


 ガイルの動きが凍りついた。

 肉も皮もない、白く乾いた眼窩が自分を見据えている。

 返り血を浴びた髑髏が、滑らかな「王の声」で喋っている。


「ひ……ひぃッ! ス、スケルトンだと!?」

「なんで、骨が喋ってやがる……!」


 後ろの四人も、先ほどまでの勢いが嘘のように顔を強まらせ、後退りした。

 人間であるはずのない存在が、自分たちより遥かに「高貴な言葉」を操っている。

 その根源的な恐怖が、場を支配していく。


「バ、化け物め! 死ねえッ!」


 ガイルの剣が、振り下ろされる。


(……遅い)


 軌道が見える。

 重心も、癖も、全部。


(右に逃げろ――)


 違う。


 身体が、前に出た。


(……は?)


 自分でも理解できないまま、間合いを潰す。


 近すぎる。


 剣の軌道が、頭上をかすめた。


(近い――ッ!)


 止まれない。


 足が滑る。

 そのまま、回る。


(待て、回るな――)


 肩がぶつかった。


 ゴッ、と鈍い音。


「ぐっ……!?」


 ガイルの体勢が崩れる。


「……ポチ、すごいね。ぐるぐる回ってる。なんか、踊ってるみたい」


(……今の、狙ってないぞ)


 腕が、勝手に動く。


 振り上げるつもりはなかった。


 だが、骨の肘がそのまま顎に突き刺さった。


「がはっ!?」


 吹き飛ぶ。


(なんで当たる……!?)


「ポチ! がんばって!」


 リーナの声が、背後から飛ぶ。


(……来る)


 次の動きが、頭に浮かぶ。


 左。

 低い。

 足払い。


(だから違うって――)


 身体が、沈む。


 地面すれすれ。


 そのまま、脚が薙ぐ。


「なっ――!」


 レノの足が払われる。


 転ぶ。


 踏み込む。


(踏み込むな――)


 止まらない。


 踏みつけた。


 ゴキリ、と嫌な音。


「ぎゃああああッ!」


(……やりすぎだろ)


 だが、止まらない。


「ひっ……こいつ……!」


 残りの三人が、距離を取る。


 遅い。


(……全部、見えてる)


 だが――


(制御できねえ……!)


 足が、また動く。


 勝手に。


「ポチ! すごい!」


 リーナの声が、弾む。


 その瞬間――


 一歩だけ、動きが整った。


(……今だ)


 一直線。


 無駄がない。


 骨の拳が、ガイルの顔面に叩き込まれる。


「――ッ!」


 沈む。


 完全に。


(……今のは、俺か?)


 次の瞬間、


 また、ズレた。


 身体が、余計に回る。


 バランスを崩す。


(……クソが)


 だが、敵はもう立っていなかった。


 荒い呼吸だけが、残る。


(……終わったのか?)


 骨の指が、わずかに震えていた。


(……足りない)


 転がっているそれに、手が伸びる。


 考えていない。

 ただ、足りないと思った。


 バキリ、と音がした。


 割る。

 掴む。


 柔らかいそれを、崩さないように――


(……壊すな)


 なぜか、丁寧に。


 指先で掬い上げるようにして、眼窩へと流し込んだ。


 ぬるり、とした感触。


(……入る)


 一つ。


 二つ。


 三つ――


(……まだだ)


 止まらない。


(もういい)


 止まらない。


(やめろ)


 止まらない。


 ――溢れた。


(……限界だ)


 視界が、割れる。


 音が、増える。


(右だ)

(違う、左だ)

(殺せ)

(逃げろ)

(従え)

(奪え)


(……うるさい)


 頭の中が、濁る。


 酒を流し込みすぎたみたいに、思考がまとまらない。


(……気持ち、悪い)


 足が、勝手に出る。


 誰の動きかも分からないまま、前へ。


「ひっ……来るぞッ!」


「囲め! 囲めッ!」


 遅い。


 いや――


 速い。


(どっちだ)


 身体が、ぶれる。


 一瞬で距離を詰めたかと思えば、次の瞬間には足がもつれる。


(……立て)


 だが、そのまま腕が振り抜かれた。


 骨が当たる。


 砕ける音。


「がっ――!?」


(……当たった)


 理解が追いつかない。


 だが、止まらない。


「ふざけんな! こっち来い、てめえら! 俺を守れ!」


 後方で、男が叫んだ。


 部下を引き寄せる。


 盾にする。


(……あれか)


 視線が、吸い寄せられる。


(……あれを、潰せばいい)


 理由はない。


 ただ、それだけがはっきりしていた。


「来るなッ! 来るなあああッ!」


 部下を押し出す。


 そのまま、突っ込んだ。


 止まらない。


 ぶつかる。


 まとめて、押し潰す。


 骨が軋む音と、肉の潰れる音が混ざった。


「ぎゃああああッ!」


(……違う)


 まだ、奥。


(……そこだ)


 身体が跳ねる。


 狙っていない。


 だが、一直線に進む。


「や、やめ――」


 言葉は最後まで出なかった。


 腕が、裂いた。


 抵抗もなく、簡単に。


(……軽い)


 そのまま、さらに引き裂く。


 必要以上に。


 止まらない。


(……やめろ)


 止まらない。


 気づけば、動いているものはなかった。


(……あれ)


 静かだ。


 急に。


 さっきまでの騒がしさが、嘘みたいに消えていた。


(……重い)


 頭が、揺れる。


 中身が、ぐちゃぐちゃに混ざっている。


 酒を飲みすぎた後みたいに、まともに立っていられない。


(……いらない)


 喉の奥が、ひくりと動いた。


(……無理だ)


 抱えきれない。


 次の瞬間、


 ぐちゃり、と。


 眼窩の奥から、何かが溢れ出た。


 どろりとしたそれが、地面に落ちる。


(……ああ)


 一つ、抜ける。


 軽くなる。


 だが――


 まだ、残っている。


(……多い)


 また、溢れる。


 ぼた、ぼた、と。


 止まらない。


(……いらない)


 選んでいない。


 ただ、零れていく。


「……ポチ?」


 小さな声がした。


 その音だけが、


 やけに、はっきり聞こえた。

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