027話 ~ 受け継がれた言葉
どうやら――〝魔物〟の見た目は、人間よりも若く見えるらしい。
キルやパッチもそうだった。
だが、目の前のそれは、二人より明らかに年上に見えた。
豪奢なドレスのせいで、大人びて見えたのかと思った。
……だが、違う。
その装飾。
その刺繍。
その配色。
どれも、ラフィウスの記憶に刻まれていたものと、瓜二つだった。
(……そんなものまで、盗んだのか)
『ラフィウス』
その声は、見た目の若さとは釣り合わないほど落ち着いていた。
キルやパッチのような揺らぎもない。
人の言葉を真似ているのではなく――最初から、人を導く側の声だった。
『お前のおかげで、この首都は栄えている。……わざわざ起きて来る必要など、なかったのだがな』
……そうだ。
俺から見れば、こいつは異常だった。
これほどの文字列を制御し。
これほどの魔力を循環させ。
首都そのものを、何事もなく動かし続けている。
それが――魔物?
(……なんだ、こいつは)
俺が知る魔物は、喰らうものだった。
壊すものだった。
奪うものだった。
なのに、目の前のこいつは違う。
まるで――
世界そのものを、管理しているみたいだった。
(……ズレている)
俺が知る魔物とも。
ラフィウスの正義とも。
何かが、決定的に違う。
いや――
(……俺の前世みたいだ)
「さっきから俺のことをラフィウスと呼ぶが……違うからな」
プロトコルは、ほんのわずかに目を細めた。
『見ている』
その一言だけで、背骨の奥がぞくりとした。
『お前は、ポチと呼ばれる者だろう』
静かな声が続く。
『ラフィウスへの応答が存在しない以上、現時点での主導権はお前にある』
一拍。
そして、ほんの少しだけ口元が歪んだ。
『……お前を、ラフィウスのインターフェースとして認めてもいいが』
「そんなことはどうでもいい」
俺は、一歩踏み出した。
「お前とも――繋がるだけだ」
〝見ている〟ならば、わかるはずだ。
俺は、指先をプロトコルへ突き出した。
(……今にして思えば、この行為はなんのためだ)
ラフィウスの理でもない。
魔物の本能でもない。
情報を奪うためでも、支配するためでもない。
なら――
(これは、俺が選んだプロキシか)
その瞬間。
プロトコルは、何も言わず小さな欠片をこちらへ差し出した。
白く濁った――脳の欠片。
まるで、最初から俺がそうすると分かっていたみたいに。
俺の伸ばした指先に、その欠片がそっと乗せられる。
そして俺は、迷うことなく――それを眼窩の奥へ差し入れた。
次の瞬間。
意識が、突然浮かび上がる。
カン――
カン、カン――
……カーン。
そこには、ラフィウスとプロトコルがいた。
まただ……。
魔物たちが持つ記憶を媒体に、ラフィウスが俺の中へ戻ろうとしている。
プロトコルは肉体を盗んだ本人だ。
……記録領域だけは繋がっているパッチやキルたちより鮮明だ。
流れ込んだラフィウスの文字列量は桁違いだ。
完全な輪郭を持ち始めていた。
プロトコルも当然なのか。
一部だけだと言うのに暴れている。
(……一体何をしているんだ)
《ポチよ……遅いのぉ》
プロトコルの腕には無数の文字列が走っている。
高質化。
剣でも盾でもない。
腕そのものが武器になっていた。
それでも剣を持ったラフィウスと、真正面から打ち合っている。
「……ポチ、か」
激しい打ち合いの中で、ラフィウスがこちらを見た。
「悪いが――この魔物を、静かにさせてくれ」
だが、その剣には覇気がなかった。
英雄王のはずなのに。
斬るためではなく、ただ受け流し続けているように見える。
『こいつは、もう必要ない』
プロトコルが、無表情のまま拳を振るう。
『……世界は、変わる』
何度も、何度も。
意図もなく、ただ打ち付ける。
だが――届かない。
いや。
届かなくなっている。
何故だか――
打ち合うたびに、プロトコルの輪郭が小さくなっていた。
子供が、さらに幼く削れていくみたいに。
『……リソースが足りない。こんな場所では無理だ』
そう呟くと、プロトコルは拳を下ろした。
そのまま、ラフィウスから静かに距離を取っていく。
『……はぁ。ポチ、だったな』
振り返りもせず、プロトコルが言う。
『お前が決めればいい。好きなだけ首都を見ろ。そうすれば――わかるはずだ』
背を向けて歩き出す。
すると、どこからともなく無数の文字列がなだれ込むように現れ、プロトコルの身体を包み込んだ。
そして――消える。
(……またか)
次の瞬間、景色が反転した。
いや。
俺が、また強制的に転送されていた。
「……どこだよ、ここは」
思わず呟いた、その時。
頭の奥から、ラフィウスの声が響いた。
《そう、昔はのんびりした村だったよ。ルニールの村はな》
見渡せば、ここだけ背の低い建物が並んでいた。
花壇もある。
数こそ少ないが、色とりどりの花が静かに咲いていた。
……だが、そのまわりを歩いている人々は違う。
大勢の人々が、無表情のまま歩き続けている。
どこへ向かうのかも決めぬまま。
巨大な文字列の波を作りながら。
(……本人たちは、計算しているつもりもないのか)
《そうじゃよ……ここには、個人の魔力はないのじゃ》
(……プロトコルが渡した脳のおかげか。ここでも話せるようになったのか)
《儂の世界は、五百年前で終わっておる。そして――次に魔王が現れるのは、五百年後と決まっておったのじゃ。もうわかるじゃろ》
(……千年も棺桶で寝ているのか)
《それが英雄じゃ》
(でも寝ている間に、大事な物を盗まれているのもな……)
姿は見えない。
だが――その声に英雄王の覇気はなかった。
思い出すのは、白い背景に溶け込んでいきそうな……ひとりの老人だけだった。
《魔物たちが、ずらしたんじゃろ。この五百年を……》
ラフィウスの声は、どこか諦めにも似ていた。
(……魔王の早起き、か)
《いや……百年でも早く魔王がこの世界に戻ればどうなるんじゃ》
(魔王がこの世にいないのに、平和ではない……いや、今はどうなんだ)
一見、奴隷として連れてこられた人々だと思った。
だが――違う。
花壇へ時折足を止める者たちの表情は、どこか安らいでいた。
《それは――偽りの平和に決まっておる》
ラフィウスの声が、少しだけ強くなる。
だが次の言葉は、妙に遠かった。
《……儂の仲間は、ポチ。
お前だけなんじゃ》
少しだけ、文字列が乱れる。
《……助けてくれ》
また静かになったと思えば――
《これは、儂が受け継いだ言葉じゃ
選ばれたのは、ポチ。お前じゃ
――勇者としてな》
……孤独な勇者か。
俺には、善も悪もわからない。
首都の人々が幸せそうに見えるのも、本当なのだろう。
だが――
(まだ、仲間がいる)
なら。
魔物には、泣いてもらうか。




