表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/28

022話 ~ 廃都ガルデッド:指先を恐れる者

 俺の中に見え隠れする、英雄王ラフィウスという名の残響。

 そして、あの煤となったグリッチの奥底に感じた、禍々しくも巨大な「魔王」の気配。


 いくら思考を巡らせても、両者は決して交わらない。

 水と油なんて、生ぬるい。

 本能が告げている。あれは、互いを許さない存在だと。


 急速に冴え渡る知性が、二つの存在がぶつかり合う凄絶な光景を、まるで失われた歴史の断片のように脳裏へ映し出していた。


(……だが、薄すぎる)


 ラフィウスへの転生先を、俺は取り違えたのか。


 それとも――。


 クラリスが「歴史書の中でしか息をしていない」と言った通り、今の世界にとって英雄王は、とうの昔に過ぎ去った伝説。


 あるいは、語り継がれるだけのお伽話。

 対して、俺が指先で触れた〝魔物〟の感触は――鮮明だった。

 あれだけは、間違えようがない。

 無へ帰すべき存在だと、この骨が知っている。


(……俺が、ラフィウスでいいのだろうか)


 そう自問する俺の耳に、リーナの柔らかな声が届く。


「ポチぃ、何がしたいのか、言ってくれれば助けるよ」


 その声は、どこまでも優しい。

 だが、急速に回り始めた知性は、感情より先に答えを導き出していた。

 最初に取り込んだ情報が、判断を歪めているのかもしれない。


 魔物でもない。

 英雄でもない。


 ただの犬として得た、本能だけ。

 その断片的な記憶が、リーナという存在に過剰な価値を与えている。


 本来の〝英雄王〟としての目的。

 そして、魔王という宿敵との対峙。


 そこから逆算すれば、村娘である彼女は、この旅路においてあまりにも異質だった。

 必要だから傍にいるのではない。

 傍にいたいと、俺が錯覚しているだけだ。


(……そうか……彼女は、イレギュラーなんだ)


 この骨の奥にこびりついた、犬だった頃の記憶。

 誰かに懐き、寄り添い、守りたいと感じる――そんな単純な回路が、

 今の俺の判断を、静かに狂わせていた。


(……塗り替えるしかない)


 結論が出た瞬間、俺はもう走っていた。

 グリッチのいる場所へ。


 奴を倒し、触れ、情報を奪う。

 そうすれば、次へ進むためのルートが見えるはずだ。


(やればいい。考えるのは、その後だ。)


 リーナは追いかけてくるだろう。

 クラリスも。


 でも、俺は捕まらない。

 いや、捕まるつもりがない。

 〝縁〟だけを見ていれば、進むべき先は向こうから現れる。


 骨だけの俺は、矢のように――

 いや、違う。

 獣のように駆ける。……仕方がない。


 ――その先で、ガルデッドの姿を捉えた。


 この景色を、俺は知っている。

 五百年前。ラフィウスの記憶で見た、城塞都市ガルデッドだ。


 そびえ立つ城壁に並ぶ兵器。

 あれは――俺を殺すために向けられたものだ。


(城へ辿り着くまでの勝負か。……グリッチ)


 ……この距離では構成言語は見えない。

 視線を凝らした、その瞬間。


 初撃――物理砲撃。


 轟音。


 狙いは――俺の真正面。


 俺の全身よりも巨大な岩球が、空気を裂いて飛来する。


(……いける)


 関節を繋ぎ止めている、磁力にも似た不可視の引力。

 それを内側へ、内側へと極限まで引き絞る。

 鋼鉄のバネを限界まで圧縮したような、凄まじい反発エネルギーが骨の芯に溜まっていく。


 そして――一気に解放した。


 次の瞬間、俺の体は弾丸のように跳んでいた。

 巨大な岩球が、頬骨すれすれを通り過ぎる。


 躱した後で、知性が追いつく。

 風向。回転。慣性。着地点。

 空中で崩れかけた軌道が、瞬時に修正される。


 ――まだ、速くなれる。


 第二撃――魔導砲。


 ……間違いない。

 城壁の砲門、その周囲に文字列が集約していく。

 一行ずつ、命令文のように連なっていた。


 収束。変換。放電。

 次の瞬間、青白い閃光が俺を貫いた。


(……雷)


 突き出した腕に、凄まじい熱と光が駆け抜ける。


 だが――止まらない。


 電流は骨を砕くことなく、関節を繋ぐ見えない引力を伝い、そのまま大地へと流れていった。


(……痺れるかと思ったが、骨だった)


 足元の草が焼け、遅れて焦げた匂いが立ちのぼる。

 背後では、雷撃がえぐた地面から白い煙が上がっていた。

 立ち止まった足を、再び動かす。


 第三撃――来ない。


 ……逃げたのか。


 俺は迷うことなく壁に取り付いた。

 骨だけの軽い体が、重力を無視するかのような速度で、垂直の壁を駆け上がる。


 そこから見下ろした光景に、俺の思考は一瞬止まった。

 外から見えた城壁こそ、かつてのガルデッドの栄華を思わせるほど綺麗に残っていた。

 だが、その内側は――何一つ、戻っていなかった。


(……何に期待していたんだ、俺は)


 見渡す限り、黒い瓦礫。

 崩れた石畳。焼け落ちた塔。風に転がる煤。

 見慣れた廃墟のはずだった。


 だが、その感傷を噛み締める暇はなかった。

 足元から、嫌な振動が伝わってくる。


(まずい)


 次の瞬間、俺が駆けていた城壁の通路に、大きな亀裂が走った。

 石材が砕け、崩れた破片が次々と内側へ落ちていく。


 ……構成言語が、消えた。


 グリッチがいなくなったことで、この場所そのものが維持できなくなったのか。


 俺は躊躇なく、崩れゆく城壁から身を投げた。


 骨だけの体が、瓦礫の雨の中へと放り出される。


 空中で体勢を捻る。


 落下地点。

 風向。

 着地点。


 骨の爪先が、瓦礫の隙間を捉える。


 俺は、崩れ落ちる城壁を背に、黒い瓦礫の街へと着地した。


 着地の衝撃を殺しながら、俺はすぐに視線を前へ走らせた。


 ――その時だった。


 崩れたはずの瓦礫が、ひとりでに震え始める。

 小石が跳ねる。

 砕けた石柱が軋む。

 次の瞬間、散らばっていた瓦礫が、何かに引き寄せられるように一斉に浮き上がった。


(……集まっている?)


 石と石がぶつかり合い、砕け、削れ、それでも止まらない。

 まるで見えない骨格でもあるかのように、瓦礫は次々と組み上がっていく。


 脚。

 胴。

 腕。

 そして、人を見下ろすほど巨大な頭部。

 黒い城塞都市の瓦礫から生まれたそれは、まるで墓標そのものが立ち上がったようだった。


(……ゴーレム)


 その胸部――組み上がりきっていない石の隙間に、黒い煤が流れ込むのが見えた。

 風に消えたはずの、あの煤。

 間違えるはずがない。


(グリッチ……!)


 煤は、まるで中枢へ帰るように石の奥へ染み込み、次の瞬間、ゴーレムの両目に鈍い光が灯った。


 その瞬間、理解する。


 あいつは、俺の「指先」を恐れている。

 直接触れさせないための外殻。

 俺に触れられる前に、鎧を纏ったんだ。


「ああ、物理は苦手だ」


 思わず呟いた。理由はない。


 ゴーレム(グリッチ)の質量が唸る。

 振り上げられた巨大な拳が、視界いっぱいに迫っていた。


 躱せない。

 判断より先に、両足が瓦礫を噛んでいた。

 受けるしかない。


 だが、分かっている。

 どんなに踏ん張ったところで、この質量を正面から止められるわけがない。


 次の瞬間――


 衝撃。


 俺の体は、砕けた瓦礫ごと後方へ弾き飛ばされた。

 それでも――。

 着地した時にはもう立っていた。


 平衡を失うという概念は、俺には存在しない。

 どれだけ振り回されようと、世界が回ろうと関係なかった。

 痛みもない。


 肉体を持たない――それが、俺の利点だ。


 だが、ゴーレムも、さっきの場所にはいない。

 視線を上げた瞬間、空が塞がった。

 巨大な質量が、影となって俺に落ちてくる。


(……これだ)


 横からじゃ、力が逃げる。

 なら、下へ叩き込ませればいい。


 俺がどうなるか……それはどうでもいい。

 地面ごと挟み込めば、衝撃は逃げない。


(この骨が、岩なんかに砕かれるはずがない)


 ゴーレムの拳が、俺の頭を地面へと押し込もうとする。

 砕けた石材が弾け、地面が陥没する。

 それでも、沈んだのは腰までだった。


(……入った)


 今度は〝俺が〟ゴーレムの懐へと潜り込む。

 そして、手を伸ばした。

 グリッチに触れるために。


 だけどその時だ――


 キン!


(……頭から、何かが――)


 その音を聞いた瞬間、俺の思考はすべて停止した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ