第9話日向さん
育児業務の申請は、三日後に承認されました。
私の身体が回復するまでの間、悠人は新生児室で管理されました。
決められた時間になると、私はそこへ行きました。
白い服へ着替え。
手を洗い。
職員の確認を受けてから、悠人のいる部屋へ入りました。
新生児室には、同じ形の小さなベッドが並んでいました。
白い布。
透明な囲い。
ベッドの足元には、それぞれの登録番号と名前が書かれていました。
悠人。
私が選んだ名前です。
その下には、私の名前ではなく、管理番号がありました。
「おはよう、悠人」
初めて会いに行った朝、私はそう呼びました。
近くにいた職員が、静かに私を見ました。
「日向様」
「はい」
「児童へは、敬称を付けてお呼びください」
「敬称?」
「悠人さん、となります」
私はベッドの中を見ました。
悠人は眠っていました。
私が名前を間違えたことにも気づいていませんでした。
「生まれたばかりの子どもにも?」
「はい。センター内の児童は、すべて独立した個人として扱われます」
独立した個人。
よい言葉のように聞こえました。
「家族関係を示す呼称も使用しません」
「家族関係?」
「児童が特定の出産者や育児担当者へ、所属意識を持ちすぎることを避けるためです」
私は職員を見ました。
「私が産んだことは、教えないんですか」
「記録には残ります」
「本人には?」
「成長段階に応じて、必要な情報が伝えられます」
今までに何度も聞いた答えでした。
必要な時に。
必要なものだけ。
誰にとって必要なのかは、言われませんでした。
「分かりました」
私はもう一度、ベッドをのぞきました。
「おはよう、悠人さん」
呼び方を変えても、悠人は目を覚ましませんでした。
育児業務が始まると、私の部屋も変わりました。
それまでの部屋より少し広く、隣に小さな育児室がありました。
そこには悠人のベッドと、着替えを入れる棚が置かれていました。
ミルクを作るための器具。
おむつ。
体温計。
記録用の端末。
必要なものは、すべて用意されていました。
ここでも、私が準備するものは何もありませんでした。
最初の日、担当の職員から育児業務の説明を受けました。
授乳の時間。
量。
おむつの交換。
入浴。
睡眠。
体温測定。
体重の記録。
泣き止まない場合の対応。
異常が見られた時の連絡方法。
すべてに手順がありました。
「分からない場合は、必ず職員をお呼びください」
「はい」
「自己判断での服薬や、指定外の飲食物を与えることは禁止されています」
「はい」
「睡眠中も、定期的に呼吸を確認してください」
「はい」
「日向様ご自身の休養も業務に含まれます。無理をせず、交代を申し出てください」
「はい」
私は何度もうなずきました。
説明を受けたことは、端末に記録されました。
理解したという確認にも署名しました。
それから職員は、悠人を私へ渡しました。
「では、お願いいたします」
お願いします。
最初の業務の日にも聞いた言葉でした。
同じ言葉なのに、まるで違って聞こえました。
私は悠人を抱きました。
出産した日に触れた時より、少しだけ重くなっていました。
まだ抱き方には慣れませんでした。
頭が傾きすぎていないか。
腕が苦しくないか。
息ができているか。
何度も確認しました。
悠人は目を閉じたまま、小さく口を動かしました。
「お腹がすいたんでしょうか」
「前回の授乳から、そろそろ二時間ですね」
職員は記録を見ました。
「時間になりましたら、規定量を与えてください」
時間になるまで待ちました。
泣いてはいませんでした。
それでも、すぐに飲ませてあげたいと思いました。
けれど、私の判断で時間を変えることはできませんでした。
決められた時刻にミルクを作りました。
温度を確認しました。
職員にも確認してもらいました。
悠人の口元へ哺乳瓶を近づけると、小さな口が開きました。
最初はうまく飲めませんでした。
少し飲んでは止まり。
また口を動かしました。
「これでいいんですか」
「問題ありません」
「遅くないですか」
「個人差があります」
「苦しくないでしょうか」
「呼吸に問題はありません」
私は何度も職員へ尋ねました。
職員は、そのたびに答えました。
悠人が飲み終わるまでに、規定時間を少し過ぎました。
飲んだ量を入力しました。
げっぷをさせました。
おむつを確認しました。
その一つひとつが業務でした。
最初のうちは、悠人が泣くたびに端末を見ました。
前回の授乳から、何時間経ったか。
おむつを替えたのは、いつか。
体温は。
睡眠時間は。
職員から教えられた順番どおりに確認しました。
それでも泣き止まない時は、呼び出しボタンを押しました。
「異常はありません」
職員は悠人を確認して言いました。
「では、どうして泣いているんですか」
「乳児が泣く理由は、必ずしも一つではありません」
「どうすればいいんでしょう」
「抱いていてあげてください」
それは、手順書に書かれていない答えでした。
私は悠人を抱きました。
椅子に座り、ゆっくり身体を揺らしました。
学校で読んだ本の一節を、小さな声で読みました。
内容が分かるはずはありませんでした。
ただ、何かを話していた方がいい気がしました。
しばらくすると、悠人は泣き止みました。
「眠ったんでしょうか」
職員は、悠人の顔をのぞきました。
「安心したのだと思います」
「私で?」
「育児担当者の声や匂いを覚え始めていますから」
育児担当者。
私は悠人を抱いたまま、その言葉を聞きました。
間違ってはいませんでした。
私は育児業務を希望し、担当者としてここにいました。
悠人が私を覚えることも、業務が順調に進んでいる証拠なのでしょう。
端末には、
担当者による抱擁後、情緒安定。
そう記録しました。
私が抱いたら泣き止んだ。
それだけのことが、画面の中では別の出来事になりました。
日が過ぎると、端末を確認する回数が少しずつ減りました。
泣き声を聞けば、お腹がすいているのか。
眠いのか。
おむつが気持ち悪いのか。
少しずつ分かるようになりました。
「今のは眠いんですよね」
私が言うと、職員が確認しました。
「そのようですね」
「さっき飲んだばかりですから」
「よく見ていらっしゃいますね」
褒められました。
学校で試験の点を褒められた時とは違う嬉しさがありました。
私は悠人のことが分かる。
職員よりも先に分かることがある。
そのことが嬉しかったのだと思います。
悠人は、抱き上げると私の服を握るようになりました。
最初は偶然だと思っていました。
けれど、何度も同じ場所を握りました。
小さな指で、強く。
「離しても大丈夫ですよ」
入浴させる時、私は言いました。
「どこにも行きませんから」
どこにも行かない。
自分で言った言葉が、胸に残りました。
私は、この子の育児をいつまで担当できるのか知りませんでした。
配置は成長段階に応じて判断される。
職員はそう言いました。
明日も担当できる保証はありました。
来月も、おそらく。
でも、その先は決まっていませんでした。
それでも悠人へ、
「大丈夫ですよ」
と言いました。
子どもへ言う言葉は、ずいぶん簡単でした。
自分が信じていなくても、安心させるために言うことができました。
それが正しいのかは分かりませんでした。
ただ、悠人は私の声を聞くと、少し手の力を緩めました。
身体の回復が確認されると、生殖業務も再開されました。
以前のような週一回ではありませんでした。
育児業務を担当している間は、月に一度程度へ調整されました。
予定表にその文字を見つけた日、私はしばらく紙を見ていました。
なくなったわけではありませんでした。
減っただけです。
「当日は、悠人さんの担当を交代いたします」
職員が言いました。
「誰が担当するんですか」
「育児部門の職員です」
「いつから?」
「業務開始の二時間前からとなります」
「私が戻るまで?」
「健康確認終了後、引き継ぎとなります」
「夜は私が見てもいいんですか」
「体調に問題がなければ」
「分かりました」
以前なら、自分の身体のことだけを考えていました。
今回は、悠人が誰に抱かれるのかを考えました。
私がいなくても、ミルクを飲むでしょう。
眠るでしょう。
職員は専門の人です。
何も問題はありません。
それでも、離れる時間が近づくにつれて落ち着かなくなりました。
業務の部屋へ向かう廊下で、私は悠人のことを考えました。
今頃、眠っているでしょうか。
泣いていないでしょうか。
私を探してはいないでしょうか。
そんなことを考える資格があるのかは分かりませんでした。
私は母親ではありません。
担当者です。
担当者は交代できます。
私でなければならない理由はありません。
そう考えると、胸が苦しくなりました。
業務が終わると、私は急いで服を着ました。
「体調に問題はございませんか」
「ありません」
「少し休まれてからでも」
「戻れます」
自分でも驚くほど、はっきり言いました。
育児室へ戻ると、悠人は職員に抱かれていました。
泣いてはいませんでした。
眠っていました。
何も問題はありませんでした。
ほっとしました。
同時に、少しだけ寂しいと思いました。
「よく眠っていましたよ」
職員は言いました。
「そうですか」
「授乳量も問題ありません」
「はい」
「引き継ぎますか」
「お願いします」
悠人を受け取りました。
私の腕へ移った時、悠人が少しだけ目を開きました。
焦点の合わない目で私の方を見ました。
それから、また眠りました。
偶然だったのだと思います。
それでも私は、戻ってきたことを分かってくれたような気がしました。
その夜、悠人を長く抱いていました。
業務の回数が減るから、育児を希望した。
最初は、それも理由の一つでした。
でも、もう回数のことはあまり考えませんでした。
業務がある日に嫌だと思うことは変わりません。
けれど、育児業務を続けたい理由は、少しずつ変わっていました。
悠人のそばにいたい。
それだけで、十分になり始めていました。
悠人が熱を出したのは、季節が変わる頃でした。
朝、抱き上げた時に身体がいつもより熱いと感じました。
体温を測ると、基準より高い数字が出ました。
もう一度測りました。
数字はほとんど変わりませんでした。
すぐに職員を呼びました。
医師が来ました。
診察を受け、悠人は医療室へ移されました。
「重い状態ではありません」
医師は言いました。
「乳児には珍しくない症状です。経過を観察します」
「私も一緒にいていいですか」
「育児担当者の立ち会いは可能です」
「では、います」
「長時間になる可能性があります。交代もできますが」
「います」
医療室のベッドは、育児室のものよりさらに小さく見えました。
悠人は苦しそうに息をしていました。
泣く声にも、いつもの力がありませんでした。
私はベッドの横へ座りました。
できることは、ほとんどありませんでした。
額へ触れる。
汗を拭く。
水分を与える。
医師や職員の指示に従う。
それだけでした。
「日向様も、お休みになってください」
夜中に職員が言いました。
「眠くありません」
「こちらで監視を続けます」
「分かっています」
「何か変化があれば、すぐお知らせします」
「ここにいてはいけませんか」
職員は少し黙りました。
「業務上の問題はありません」
「では、います」
悠人の小さな手を握りました。
いつもなら、向こうから私の指を握りました。
その夜は、力がほとんどありませんでした。
「悠人さん」
呼んでも、目を開けませんでした。
「大丈夫ですよ」
また、その言葉を言いました。
何が大丈夫なのかは、やはり分かりませんでした。
今度ばかりは、嘘になってほしくないと思いました。
もし悠人がいなくなったら。
その考えが浮かびました。
私はすぐに打ち消しました。
重い状態ではないと説明されています。
数値にも大きな異常はありません。
医師も職員も落ち着いていました。
心配する理由はない。
それでも、怖くて仕方がありませんでした。
育児担当を外されることより。
生殖業務が増えることより。
悠人がいなくなることの方が、ずっと怖いと思いました。
そこで初めて、私はもう、この子を業務として見ていないことに気づきました。
いつからなのかは分かりませんでした。
最初に抱いた時か。
泣き止んだ時か。
服を握られた時か。
業務から戻った私を見た時か。
小さな出来事がいくつも重なっていました。
愛情という言葉を使ってよいのかは分かりませんでした。
私は母親ではありません。
センターの記録にも、そうは書かれません。
けれど、悠人を失いたくありませんでした。
それだけは、誰に許可をもらわなくても分かりました。
朝方になると、熱が少し下がりました。
悠人は目を開きました。
私の顔を見て、小さく声を出しました。
「ここにいますよ」
私は言いました。
「ずっといました」
悠人の手が、私の指を握りました。
弱い力でした。
それでも私は、泣きそうになりました。
「経過は良好です」
医師は言いました。
「このまま下がれば、今日中に育児室へ戻れます」
良好。
順調。
問題なし。
センターで何度も聞いた言葉でした。
その日だけは、心から嬉しいと思いました。
それから、時間は少しずつ早く進むようになりました。
悠人は寝返りをしました。
座るようになりました。
床に置いたものへ手を伸ばしました。
つかまりながら立ち上がり、すぐに尻もちをつきました。
転ぶたび、私の方を見ました。
「大丈夫ですよ」
私が笑うと、悠人も笑いました。
まだ立てない頃から、職員は言葉を教え始めました。
物の名前。
食べ物の名前。
職員の名前。
私の呼び方。
「こちらは、日向さんです」
職員は、私を指して言いました。
「日向さん」
悠人は、まだ言葉を返しませんでした。
「日向さんですよ」
何度も繰り返されました。
私も、
「悠人さん」
と呼び続けました。
最初は不自然だった敬称が、いつの間にか普通になっていました。
「悠人さん、ご飯ですよ」
「悠人さん、そこは危ないですよ」
「悠人さん、眠いのでしょう」
呼び方だけ聞けば、距離のある他人のようでした。
けれど、声の出し方は、自分でも昔とは違うと分かりました。
悠人が初めて口にした言葉は、食べ物の名前でした。
次は、よく遊んでいた玩具の名前でした。
私は少しだけ安心しました。
最初に呼ばれなかったことに、安心したのだと思います。
期待してはいけないものを、期待せずに済みました。
ある日の午後、私は部屋で洗濯物を畳んでいました。
悠人は少し離れた場所で、積み木を触っていました。
立ち上がろうとして、うまくいかず、床へ座り込みました。
痛くはなかったはずです。
けれど、驚いた顔をしました。
それから私を見ました。
両手をこちらへ伸ばしました。
「ひな」
私は手を止めました。
「今、何て言いました?」
近くにいた職員が、悠人のそばへしゃがみました。
「もう一度言えますか」
悠人は職員ではなく、私を見ていました。
「ひなた、しゃん」
はっきりした言葉ではありませんでした。
けれど、誰を呼んでいるのかは分かりました。
悠人が、私を呼びました。
「日向さん、と言えましたね」
職員は笑いました。
「言語発達も順調です」
私はすぐに返事ができませんでした。
嬉しかった。
本当に嬉しかったと思います。
悠人が私を覚えて。
自分の意思で。
私を呼んだ。
それなのに、胸の奥が少し痛みました。
別の呼び方を期待していたわけではありません。
教えたこともありません。
期待してよい立場でもありませんでした。
それでも、初めて呼ばれた自分の名前は、日向さんでした。
私は洗濯物を置きました。
悠人の前へしゃがみました。
「はい、悠人さん」
両手を伸ばすと、悠人は私の方へ倒れるように近づいてきました。
私は抱き上げました。
「ひなたさん」
今度は、少しだけ上手に言えました。
「はい」
私は答えました。
「ここにいますよ」
悠人は笑いました。
母親という言葉は、どの記録にもありませんでした。
私たちは、名字と名前に敬称を付けて呼び合いました。
それでも悠人が転んだ時。
眠れない時。
怖い時。
両手を伸ばして呼ぶ人は、もう私でした。




