第8話順調
翌朝、机の上には新しい予定表が置かれていました。
診察。
朝食。
休憩。
昼食。
軽い運動。
夕食。
昨日まで知らなかった生活が、時間ごとに並んでいました。
業務という文字はありませんでした。
私は、それだけで少し安心しました。
昨日終えたばかりなのだから、今日もあるはずがない。
頭では分かっていました。
それでも、紙の一番下まで何度も確認しました。
今日は、誰かを待たなくていい。
そう思えるだけで、部屋の中の空気が少し軽くなりました。
夕食後、職員が一枚の紙を持ってきました。
「今後の基本予定となります」
差し出された紙には、一週間の予定が書かれていました。
診察や運動のほかに、週に一度だけ、色の違う文字がありました。
生殖業務。
その横に、知らない人の名前がありました。
「毎週ですか」
「原則として、週に一度となります」
「いつまで続くんですか」
「妊娠が確認されるまでです」
職員は、説明書を読むような声で答えました。
「相手は毎回変わるんですか」
「適性や利用予定に応じて決定されます」
「私が選ぶことは?」
「希望を申請することは可能です」
「希望どおりになるんですか」
「判断材料の一つとして記録されます」
それは、選べるという意味ではありませんでした。
私は紙を受け取りました。
次の業務まで、六日ありました。
六日もあると思いました。
六日しかないとも思いました。
センターでの生活は、何もなければ静かでした。
食事は決められた時間に部屋へ届きました。
本を借りることもできました。
庭へ出る時間もありました。
健康状態は毎日確認されました。
職員は、いつも丁寧でした。
何か不足しているものはないか。
眠れているか。
食事は口に合うか。
必要なものがあれば、遠慮なく申し出るように。
何でも用意すると言われました。
私が欲しいもの以外は、何でもありました。
家へ帰りたい。
学校へ行きたい。
直哉へ、一言だけでも伝えたい。
その三つは、どの申請用紙にも書く場所がありませんでした。
六日目の夜、私は予定表を机の引き出しへ入れました。
見えなくしても、明日がなくなるわけではありませんでした。
二度目の業務の日も、最初と同じように準備をしました。
入浴して。
用意された服へ着替えて。
職員と一緒に廊下を歩きました。
同じ部屋ではありませんでした。
壁に掛けられている絵も違いました。
今度は、木々に囲まれた湖の絵でした。
けれど、部屋の広さも。
低い照明も。
水の入った瓶も。
ほとんど同じでした。
二人目の人は、部屋へ入ると、私をしばらく見ました。
「国立の選定者は、やはり違うね」
何が違うのか、聞きませんでした。
「家族も喜んだでしょう」
「はい」
「親孝行だね」
悪意のある言い方ではありませんでした。
本当に、よいことを言っているつもりなのだと思います。
私は壁の湖を見ました。
水面には、空と木が映っていました。
絵の中には人がいませんでした。
私も、そこにいないことにしました。
終わったあと、職員に問題があったかを尋ねられました。
「ありません」
そう答えました。
三度目の人は、私の名前を一度も呼びませんでした。
必要なこと以外は話しませんでした。
私はそれを、楽だと思いました。
会話がなければ、自分がここにいる理由を考えなくて済みました。
終わったあと、問題があったかを尋ねられました。
「ありません」
そう答えました。
四度目の人は、私に尋ねました。
「もう慣れましたか」
何と答えればよいのか分かりませんでした。
初めてほど身体が震えなくなったことを、慣れたと呼ぶのでしょうか。
今日が何曜日なのかを、予定表を見なくても分かるようになったことを。
入浴しながら、次に何をするか考えられるようになったことを。
部屋へ入った人の顔より、壁の絵の方をよく覚えていることを。
「分かりません」
私は答えました。
その人は笑いました。
「そのうち慣れますよ」
励ましているような声でした。
私は壁の花の絵を見ました。
赤い花が七本。
白い花が五本。
葉が何枚あるかは、数えられませんでした。
終わったあと、問題があったかを尋ねられました。
「ありません」
そう答えました。
一か月の間に、予定表には四人の名前が書かれました。
どの人も、規則を大きく破ることはありませんでした。
職員を呼ばなければならないことも。
記録へ残すほどのこともありませんでした。
だから、すべて問題なく終わりました。
一か月目の定期健診は、朝から行われました。
体温。
体重。
血圧。
採血。
問診。
体調に変化はありますか。
気分が悪いことは。
眠気は。
食欲は。
私は、ほとんどの質問に分からないと答えました。
食事は、出された分を食べていました。
夜になれば、決められた時間に明かりを消しました。
朝になれば起きました。
それを、食欲がある、眠れていると答えてよいのか分かりませんでした。
「検査結果は、午後にお伝えします」
職員はそう言いました。
何の結果を待っているのかは、説明されませんでした。
説明されなくても分かりました。
私は部屋へ戻りました。
机の上には、翌週の予定表が置かれていました。
生殖業務の横に、また知らない名前がありました。
紙を裏返しました。
昼食を食べました。
本を開きました。
同じ行を何度も読みました。
窓の外では、職員が花壇の手入れをしていました。
少し傾いた花へ支柱を立てて、真っすぐになるよう結んでいました。
折れないように。
決められた形から外れないように。
午後、医師と職員が部屋へ来ました。
二人とも穏やかな表情をしていました。
「日向様」
医師が言いました。
「おめでとうございます」
続く言葉を聞く前に、分かりました。
「妊娠反応が確認されました」
私は何も言えませんでした。
「現時点では、数値にも問題はございません。非常に順調です」
「次の業務は」
考えるより先に、口から出ました。
医師は予定表を見ました。
「妊娠期間中、生殖業務は停止となります」
私は息を吐きました。
胸の中にあったものが、少しだけほどけました。
来週、あの紙に書かれた人を待たなくていい。
その次の週も。
知らない部屋へ連れていかれなくていい。
私は、ほっとしました。
子どもができたと告げられたのに。
最初に浮かんだのは、子どものことではありませんでした。
「何かご不安なことはございますか」
職員が尋ねました。
「ありません」
私は答えました。
自分がひどい人間になったような気がしました。
子どもができたことを喜ぶより先に、業務が止まることを喜びました。
でも、喜ばなければならないのかも分かりませんでした。
私が望んだ妊娠ではありません。
誰との子どもを望むかも、選んでいません。
それでも身体の中にいるものは、すでに私とは別の命として扱われ始めていました。
「今後は、妊娠管理のための予定へ移行します」
医師は説明を続けました。
食事。
運動。
休養。
定期検査。
服薬。
私の身体についての予定が、これまで以上に細かく決められていきました。
生殖業務はなくなりました。
けれど、身体が私へ返されたわけではありませんでした。
食べる量。
眠る時間。
歩く時間。
浴室の温度。
すべてが管理されました。
「胎児のためです」
そう言われると、私は断れませんでした。
自分が何かを拒んだせいで、身体の中にいるものへ問題が起きたら。
その責任だけは、私のものになるような気がしました。
妊娠が分かってからも、最初のうちは何も実感がありませんでした。
少し気分が悪い日がありました。
食事を残すと、すぐに別のものが用意されました。
眠いと言えば、予定が変更されました。
服がきつくなる前に、新しい服が届けられました。
私は何も言っていないのに、センターは私の身体が次に必要とするものを知っていました。
ここへ来た朝と同じでした。
私よりも先に、私のことが決められていました。
診察のたびに、医師は同じ言葉を使いました。
「順調です」
「大きさにも問題はありません」
「心拍も安定しています」
画面に映るものは、最初は小さな影でした。
どこが何なのか、私には分かりませんでした。
医師が指で示しました。
「こちらが頭部です」
「ここが手になります」
「現在の大きさは、この程度です」
少しずつ、人の形に近づいていきました。
それでも私は、画面の中にいるものと、自分の身体の中にいるものを、うまく同じものだと思えませんでした。
初めて動いたのを感じたのは、夜でした。
ベッドの上で本を読んでいる時、腹部の内側で何かが触れました。
痛みではありませんでした。
中から、小さく押されたような感覚でした。
私は本を閉じました。
手を当てました。
しばらくすると、もう一度動きました。
「いるの?」
声に出しました。
当然、返事はありませんでした。
けれど、もう一度小さく動きました。
私は長い間、そこへ手を置いていました。
この子も、何も選んでいません。
ここで生まれることも。
どんな制度の中で育つのかも。
誰に触れられ、誰から離されるのかも。
何一つ、自分では決めていません。
そう考えると、少しだけ近く感じました。
「大丈夫だよ」
私は言いました。
何が大丈夫なのかは分かりませんでした。
私自身、何度もそう言ってきました。
大丈夫ではない時にも。
何も変えられない時にも。
今度は、身体の中にいる子どもへ同じ言葉を使いました。
それから、ときどき話しかけるようになりました。
今日の食事のこと。
窓の外に咲いた花のこと。
借りた本のこと。
雨が降っていること。
学校には、大きな図書室があったこと。
話してもよいことだけを、話しました。
直哉の名前は、ほとんど口にしませんでした。
忘れたわけではありません。
ただ、名前を呼ぶと、そこに戻りたくなりました。
戻れない場所を毎日思い出すのは、難しいことでした。
いつの間にか、直哉のことを考えない日が増えていました。
そのことに気づくと、胸が痛みました。
あれほど会いたかったのに。
たった一言伝えることさえできないと泣きそうになったのに。
私の中では、時間が進んでいました。
直哉の中でも、同じだけ進んでいるのでしょう。
彼が今、どこで何をしているのか。
まだ私を待っているのか。
怒っているのか。
もう別の誰かを好きになったのか。
何一つ分かりませんでした。
身体の中の子どもが動くと、私はそちらへ意識を戻しました。
今ここにいるものだけが、私に返事をしました。
月が進むにつれて、身体は重くなりました。
歩く速度が遅くなりました。
眠る姿勢にも気を使うようになりました。
職員は、これまで以上に丁寧になりました。
段差では手を差し出しました。
椅子を引きました。
食事を残せば、すぐ別のものを用意しました。
「お身体を大切になさってください」
「無理をなさらないでください」
何度も言われました。
私を心配しているのか。
身体の中の子どもを心配しているのか。
最後まで分かりませんでした。
たぶん、センターにとっては同じことでした。
出産の日は、予定より少し早く来ました。
朝から、いつもと違う痛みがありました。
職員へ伝えると、すぐに診察室へ運ばれました。
何人もの人が出入りしました。
明るい照明の下で、説明が続きました。
「経過は順調です」
「問題ありません」
「こちらの指示に合わせてください」
私は言われたとおりに呼吸しました。
言われたとおりに身体へ力を入れました。
痛みの間は、何も考えられませんでした。
センターのことも。
学校のことも。
直哉のことも。
ただ、早く終わってほしいと思いました。
それは、最初の業務の日と同じでした。
けれど今度は、終わったあとに何があるのかを知りたいと思いました。
長い時間のあと、小さな泣き声が聞こえました。
「男児です」
誰かが言いました。
「健康状態に異常はありません」
私は顔を上げようとしました。
視界の端に、白い布に包まれたものが見えました。
すぐに別の台へ運ばれていきました。
「見てもいいですか」
私は尋ねました。
「確認が終わりましたら、お見せします」
抱かせてくださいとは言えませんでした。
私が産んだ子どもでした。
けれど、私の子どもではありませんでした。
センターで生まれた子ども。
国の管理を受ける子ども。
私は、その子を産んだ人でした。
それ以上の何かになれるのかは、まだ決まっていませんでした。
しばらくして、職員が子どもを連れてきました。
赤い顔をして、目を閉じていました。
思っていたより小さく見えました。
「触れてもいいですか」
「はい。手を清潔にしてからお願いいたします」
職員が私の手を拭きました。
私は、子どもの頬へ指を触れました。
柔らかくて、温かい肌でした。
小さな口が動きました。
目は開きませんでした。
「登録名について、ご希望はございますか」
職員が尋ねました。
「私が決められるんですか」
「希望を提出していただくことは可能です。同名登録や使用上の問題がなければ、そのまま承認されます」
母親だから名前を付けるのではありませんでした。
出産者の希望として、申請できるだけでした。
それでも私は、その子の顔を見ました。
誰かが先に決める前に。
この子へ、自分で一つだけ選びたいと思いました。
「悠人」
私は言いました。
「悠人がいいです」
「漢字のご希望はございますか」
職員に聞かれ、私は答えました。
職員は端末へ入力しました。
しばらくして、画面を確認しました。
「問題ございません。登録名は悠人で承認されました」
それだけでした。
私が選んだ名前は、短い確認のあとで、この子の名前になりました。
「悠人」
小さな声で呼びました。
子どもは目を開きませんでした。
私の指へ、小さな手が触れました。
握ったわけではないのだと思います。
偶然、指が曲がっただけかもしれません。
それでも私は手を引きませんでした。
「出産後の業務について、ご説明いたします」
別の職員が書類を開きました。
「日向様は、体調の回復後、生殖業務へ復帰する予定です」
私は悠人を見たまま聞きました。
「ただし、育児業務を希望される場合は、生殖業務の頻度が調整されます」
顔を上げました。
「育児業務?」
「センター内で、乳児の世話を担当していただく業務です。出産者が自ら育児を希望することも認められています」
「この子の?」
「希望児童を指定することができます。特に問題がなければ、悠人様の担当となります」
「ずっと一緒にいられるんですか」
「育児期間と配置につきましては、成長段階に応じて判断されます」
ずっととは言いませんでした。
いつまでとも言いませんでした。
けれど、今すぐ離されるわけではありませんでした。
「生殖業務は、どれくらい減るんですか」
「育児状況や体調によりますが、通常より回数は少なくなります」
私は、すぐに答えました。
「希望します」
職員は少しも驚きませんでした。
「育児業務をご希望ということで、よろしいでしょうか」
「はい」
「対象児童は、悠人様で申請いたしますか」
「はい」
「承知いたしました。身体の回復状況に問題がなければ、申請はそのまま承認される見込みです」
書類へ何かが記入されました。
生殖業務。
育児業務。
どちらも同じように、私の仕事として並べられていました。
私は悠人のそばにいたかったのだと思います。
生まれたばかりの子を、知らない人へ任せたくなかった。
もう少し触れていたかった。
この子が目を開くところを見たかった。
けれど、生殖業務が減ると聞いたからでもありました。
知らない人を待つ日が少なくなる。
それに安心したことも、本当でした。
どちらの方が大きかったのかは、分かりませんでした。
悠人のそばにいたいという気持ちと。
業務から逃れたいという気持ちを。
私には、きれいに分けることができませんでした。
ただ、それはセンターへ来てから、私が初めて自分から希望した業務でした。
職員は書類を閉じました。
「日向様も悠人様も、経過は順調です」
私は、白い布に包まれた悠人を見ました。
順調。
センターにとっては、何もかもが順調でした。
選定された私が業務を行い。
妊娠し。
子どもを産み。
次の業務を希望した。
すべて、用意された道の上にありました。
それでも、悠人という名前だけは、私が選びました。
私はもう一度、小さな手へ指を触れました。
「悠人」
今度も返事はありませんでした。
それでも私は、職員が子どもを連れていくまで、指を離しませんでした。




