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第16話持っていくもの


 申請が提出されたと知らされてから、五日が過ぎました。


 その間も、生活は変わりませんでした。


 朝になれば、悠人さんと結衣さんを起こします。


 三人で食事をして、記録を入力します。


 絵本を読み、積み木を並べ、昼寝をさせます。


 夜になれば、二人が眠るまでそばにいます。


 直哉が申請をしたことも。


 どこかで審査が進んでいることも。


 私たちの部屋には、何も見える形では届きませんでした。


 それでも私は、職員が来るたびに顔を見てしまいました。


 いつもの確認だけで帰っていくと、少しだけ肩を落としました。


 何もない日が続くことに慣れていたはずなのに、何かを待つようになってからは、一日が少し長く感じました。


「日向さん」


「はい」


「今日も来なかった?」


 悠人さんが尋ねました。


「誰がですか」


「職員さん」


「午前中に来ましたよ」


「すぐ帰った」


「確認だけでしたから」


「ふうん」


 悠人さんは、床に並べていた積み木へ戻りました。


 最近は、長い道を作ることが増えていました。


 センターから公園まで。


 公園から店まで。


 店から、本人も知らない場所まで。


 積み木が足りなくなると、別の色を使って道を伸ばしました。


「今日はどこまでですか」


「まだ決めてない」


「ずいぶん長いですね」


「ここから、外」


「ここも部屋の中ですよ」


「積み木では外なの」


「そうですか」


「日向さん、分かってないね」


「すみません」


 悠人さんは、仕方がないという顔をしました。


 結衣さんは、その道の上に小さな積み木を置きました。


「はな」


「それは花ですか」


「きいろ」


「黄色ですね」


「ここ、はな」


 悠人さんが積み木を見ました。


「そこ、道なんだけど」


「はな」


「通れないよ」


「はな、いる」


 二人で話し合った結果、道の端に黄色い積み木を置くことになりました。


 何も変わらない午後でした。


 けれど、その日の職員は、いつもの確認を終えても部屋を出ていきませんでした。


 端末を見たあと、私へ向き直りました。


「日向様」


「はい」


「先日ご案内いたしました引受申請について、審査結果が確定しております」


 私は姿勢を正しました。


 悠人さんは積み木を並べています。


 結衣さんは黄色い花を道の横へ増やしていました。


「久世直哉様から提出された申請は、承認されました」


 聞こえた言葉を、すぐには理解できませんでした。


「承認」


「はい」


「されたんですか」


「はい。日向様、悠人様、結衣様の三名について、久世直哉様による引受が認められました」


 三人。


 職員は、確かにそう言いました。


 私だけではありません。


 悠人さんも。


 結衣さんも。


 三人とも、直哉のところへ行けます。


「移動は三日後を予定しております」


「三日後」


「はい。午前十時に、久世直哉様ご本人が迎えに来られます」


 直哉が来る。


 迎えに来ると言った人が、本当にここまで来ます。


「日向様側で行っていただく手続きはございません。個人所有となっている物品については、お持ちいただけます」


「分かりました」


「明日、持ち出す物品の確認を行います。衣類等については、こちらで用意したケースをご使用ください」


「はい」


「何かご不明な点はございますか」


 不明なことなら、いくつもありました。


 直哉は、私たちをどこへ連れていくのか。


 どのような場所で暮らすのか。


 これから私たちは、どのように過ごすのか。


 直哉の家族は、何と言っているのか。


 けれど、それは直哉に聞くことでした。


「ありません」


「承知いたしました」


 職員は一礼しました。


「詳細は明日、改めてご案内いたします」


「よろしくお願いします」


 扉が閉まってからも、私はしばらく立ったままでした。


「日向さん」


 悠人さんが私を見上げていました。


「どうしたの?」


「何がですか」


「今、変な顔してる」


 私は自分の頬へ触れました。


「どんな顔ですか」


「分からない」


「分からないのに、変なんですか」


「笑ってるけど、泣きそう」


 隠せているつもりでした。


 けれど、悠人さんには分かったようでした。


「三日後に、ここから別の場所へ移ることになりました」


「別の場所?」


「はい」


「外?」


「外です」


 悠人さんの目が大きくなりました。


「公園?」


「公園ではありません。これから暮らす場所です」


「暮らす?」


「寝たり、食事をしたりして過ごすということです」


「ここみたいに?」


「そうですね。ここでしていることを、別の場所ですることになります」


「日向さんも?」


「私も一緒です」


「結衣さんは?」


「結衣さんも一緒です」


 悠人さんは、隣にいる結衣さんを見ました。


「三人?」


「はい」


「どこに行くの?」


「久世直哉さんが迎えに来てくれます」


「公園にいた人?」


「はい」


「あの人のところ?」


「そうです」


「日向さんの友達?」


 私は答えに詰まりました。


 友達だった人。


 恋人になった人。


 離れてしまった人。


 業務相手として、もう一度会った人。


 迎えに来ると言った人。


 どの言葉も間違ってはいませんでした。


 けれど、悠人さんに説明するには、どれも少し長すぎました。


「大切な人です」


「ふうん」


 悠人さんは、それだけで納得しました。


「そこ、積み木ある?」


「分かりません」


「持っていく?」


 床には、悠人さんが作った道が伸びていました。


 同じ形の積み木が、いくつも並んでいます。


「この積み木は、センターの物です」


「持っていけない?」


「はい」


「一個も?」


「一個もです」


 悠人さんは道を見ました。


 途中には、結衣さんが置いた黄色い花もあります。


「じゃあ、なくなる?」


「片付けることになります」


「道も?」


「はい」


 悠人さんは黙りました。


 私はその隣に座りました。


「でも、前にお店で選んだ絵本は持っていけますよ」


「車の?」


「悠人さんの物ですから」


「ほんと?」


「はい」


「じゃあ、持っていく」


「ほかにも持っていきたい物があれば、一緒に選びましょう」


「全部は?」


「悠人さんの物なら、持っていけると思います」


「服も?」


「服もです」


「靴も?」


「もちろんです」


 悠人さんは、自分の持ち物を確かめるように部屋を見回しました。


 結衣さんも一緒になって周囲を見ています。


「はな」


 結衣さんが、自分の髪を指しました。


 その日は付けていませんでした。


「黄色い髪留めですか」


「もってく?」


「持っていけますよ」


「ほんと?」


「結衣さんの物ですから」


「はな、いっしょ?」


「一緒です」


 結衣さんは安心したように笑いました。


 悠人さんも、すぐに立ち上がりました。


「今、選ぶ」


「移動は三日後ですよ」


「忘れるから」


「まだ使う物もあります」


「じゃあ、忘れないように置いとく」


「どこへ置くんですか」


「ここ」


 悠人さんは、棚の前を指しました。


 その日から、棚の前に持っていくものが少しずつ集まり始めました。


 乗り物の絵本。


 外出の日に買った小さな車。


 気に入っている服。


 何枚かの絵。


 結衣さんの黄色い髪留め。


 動物の絵本。


 柔らかい布でできた人形。


 結衣さんは、食事に使っている小さなスプーンまで持っていこうとしました。


「それはセンターの物ですよ」


「もってく」


「向こうにもスプーンはあると思います」


「これ」


「同じものは使えません」


「結衣さん、それ持っていったら、ここの人が困るよ」


 悠人さんが言いました。


 結衣さんは、スプーンと悠人さんを交互に見ました。


「こまる?」


「うん」


「じゃあ、ここ」


 結衣さんは素直に戻しました。


 その代わり、黄色い髪留めを持っていくものの上へ置き直しました。


「これは?」


「それは大丈夫です」


「こまらない?」


「困りません」


「よかった」


 持っていくものを選ぶ二人を見ながら、私は自分の棚を開きました。


 衣類。


 日用品。


 センターで渡された教材。


 記録には残らない、細かな物。


 私の持ち物は、それほど多くありませんでした。


 必要なものはセンターから支給されました。


 使い終われば、新しいものが渡されました。


 ここで暮らすために必要なものはありました。


 けれど、ここを出る時に持っていきたいと思うものは、ほとんどありませんでした。


「日向さん、これ」


 悠人さんが紙を一枚持ってきました。


 前に描いた絵でした。


 三人で外出した日の絵です。


 公園の木。


 店の大きな窓。


 黄色い花を付けた結衣さん。


 端には、私らしい人が描かれていました。


「これも持っていく」


「悠人さんの絵ですから、悠人さんが決めてください」


「日向さんにあげたやつ」


「そうでしたか」


「忘れたの?」


「すみません」


「日向さんのだから、日向さんが持っていくの」


 私はその紙を受け取りました。


「分かりました。持っていきます」


「忘れないでね」


「はい」


 自分の持ち物の上へ、悠人さんの絵を置きました。


 それだけで、空いていた場所が少し埋まりました。


 翌日、職員と一緒に持ち出す物を確認しました。


 悠人さんと結衣さんは、自分たちの物が一つずつケースへ入れられていくのを、真剣な顔で見ていました。


「花は?」


 結衣さんが尋ねました。


「髪留めはこちらですね」


 職員が黄色い花を示しました。


「いっしょ?」


「移動当日に使用されますか」


「つける」


「では、ケースへは入れず、こちらへ置いておきます」


 黄色い髪留めだけが棚へ戻されました。


 悠人さんの乗り物の絵本も、当日まで読むために残しました。


 私のケースには、衣類と日用品、それから悠人さんの絵が入りました。


「日向様の物品は以上でよろしいですか」


「はい」


 職員はケースの中を確認しました。


「まだ容量には余裕がございます」


「これで全部です」


「承知いたしました」


 全部。


 数年を過ごした場所から持って出るものは、一つのケースにも満たない量でした。


 けれど、寂しいとは思いませんでした。


 私がここで得たものは、ケースの中には入っていなかったからです。


 移動の前夜、部屋はいつもより広く見えました。


 棚から物が減り、壁に貼っていた絵も外されています。


 悠人さんは、最後にもう一度、積み木の道を作りました。


「今日は長いですね」


「最後だから」


「どこまで作るんですか」


「あっちの部屋まで」


「あっちの部屋がどこにあるか、まだ分かりませんよ」


「でも、外にある」


「そうですね」


「だから、こっち」


 悠人さんは扉の前まで積み木を並べました。


 道はそこで終わりました。


「続きは?」


「明日」


「積み木は持っていけませんよ」


「向こうの積み木で作る」


「向こうにあるでしょうか」


「なかったら、久世さんに言う」


「何と言うんですか」


「積み木がないって」


「そうですか」


 悠人さんは、直哉が用意してくれると決めているようでした。


 その信頼が少しおかしくて、私は笑いました。


 結衣さんは、道の端へ黄色い積み木を置きました。


「はな」


「明日は本物の花を付けられますよ」


「きいろ?」


「黄色です」


「いっしょ?」


「一緒に持っていきましょう」


 その夜、二人を寝かせたあと、私は部屋を見回しました。


 何度も朝を迎えた場所。


 二人が泣いた場所。


 初めて名前を呼ばれた場所。


 三人で食事をした場所。


 直哉と再会してからも、私はここへ戻ってきました。


 この部屋が好きだったわけではありません。


 けれど、何も感じない場所でもなくなっていました。


 寝具のそばには、明日着る服が置かれています。


 棚の上には、黄色い髪留め。


 悠人さんの枕元には、乗り物の絵本。


 持っていくものは、もう決まっていました。


 私は明かりを消しました。


 翌朝、二人はいつもより早く目を覚ましました。


「今日?」


 悠人さんが、起きてすぐに尋ねました。


「今日です」


「もう行く?」


「朝食を食べてからです」


「早く食べる」


「ゆっくり食べてください」


 結衣さんも起き上がりました。


「はな」


「朝食のあとに付けましょう」


「いま」


「食事中に落とすといけません」


「いま」


「あとです」


「あと?」


「必ず付けます」


 結衣さんは不満そうでしたが、髪留めを見えるところへ置くことで納得しました。


 最後の朝食も、いつもと同じものでした。


 白い皿。


 温かいスープ。


 小さなパン。


 果物。


 悠人さんは、何度も扉を見ました。


 結衣さんは、棚の上の黄色い花を見ていました。


 私は二人に食べるよう声をかけながら、自分の分をほとんど味わえませんでした。


 食事の記録を入力しました。


 食事量、良好。


 体調、問題なし。


 睡眠、良好。


 いつもと同じ言葉でした。


 最後の記録を送信しても、特別な画面は表示されませんでした。


 午前十時の少し前、職員が迎えに来ました。


 荷物は、すでに入口へ運ばれていました。


「準備はよろしいでしょうか」


「はい」


 私は結衣さんの髪を整えました。


 黄色い花を留めます。


「まっすぐ?」


「まっすぐですよ」


「かわいい?」


「よく似合っています」


 結衣さんは笑いました。


 悠人さんは乗り物の絵本を胸に抱えていました。


「それは手で持っていくんですか」


「うん」


「車の中で読んだら、気分が悪くなるかもしれませんよ」


「見ない。持ってるだけ」


「分かりました」


 私は二人の服を確認しました。


 忘れ物がないか、もう一度部屋を見ました。


 棚は空になっています。


 床の積み木は片付けられています。


 昨日まであった道は、もうありませんでした。


「日向様」


「はい」


「お時間です」


 私は悠人さんと結衣さんの手を取りました。


「行きましょう」


「うん」


「いく」


 三人で扉を出ました。


 廊下を歩きました。


 何度も通った場所でした。


 けれど、その日は戻るためではなく、外へ出るために歩いていました。


 悠人さんは、私の手を握ったまま尋ねました。


「もう、ここで寝ない?」


「はい」


「ずっと?」


「これからは、新しい場所で眠ります」


「日向さんも?」


「一緒です」


「結衣さんも?」


「一緒ですよ」


 同じことを何度聞かれても、私は同じように答えました。


 三人とも一緒です。


 入口の扉が開きました。


 外には、一台の車が止まっていました。


 その前に、直哉が立っていました。


 私たちに気づくと、すぐにこちらへ歩いてきました。


「日向さん」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた緊張が少しだけほどけました。


「久世くん」


「迎えに来た」


 あの日と同じ言葉でした。


 けれど、今度は部屋の中で口にした約束ではありません。


 直哉は本当に、センターの外に立っていました。


「……本当に来たんですね」


「来るって言っただろ」


「はい」


 直哉は私の顔を見て、それから悠人さんと結衣さんを見ました。


 二人の前にしゃがみます。


「久世直哉です。前に公園で会ったの、覚えてるかな」


「覚えてる」


 悠人さんが答えました。


「日向さんの大切な人」


「え」


 直哉が私を見ました。


 私は顔が熱くなるのを感じました。


「そのように説明しました」


「日向さんが?」


「ほかに説明の仕方が分からなかったんです」


 直哉は少しだけ笑いました。


「そっか」


 結衣さんが、自分の髪を指しました。


「はな」


「黄色い花だね」


「いっしょ」


「一緒に持ってきたの?」


「うん」


「似合ってるよ」


 結衣さんは、私の服から手を離しました。


 職員と直哉が短く言葉を交わしました。


 荷物は直哉の車へ運ばれました。


 最後に職員が、私たちへ一礼しました。


「それでは、お気をつけて」


「ありがとうございました」


 私も頭を下げました。


 それだけでした。


 振り返ると、センターの建物がありました。


 けれど、悠人さんが私の手を引きました。


「日向さん、車」


「はい」


「これ、絵本にある?」


「あとで一緒に見ましょう」


 直哉が後部座席の扉を開けました。


 悠人さんと結衣さんを先に乗せ、私もその隣へ座りました。


 直哉は運転席へ回りました。


 車が動き出すと、センターの建物が窓の外へ流れていきました。


 悠人さんは、ずっと外を見ていました。


「道、長いね」


「そうですね」


「積み木より長い」


「ずっと長いですよ」


「どこまで続く?」


「いろいろなところへ続いています」


「今から行くところにも?」


「続いています」


 悠人さんは満足そうにうなずきました。


 結衣さんは、窓に映る自分の黄色い花を見ていました。


「はな、いっしょ」


「はい。一緒ですね」


「久世くん」


 私が呼ぶと、直哉が前を向いたまま答えました。


「何?」


「私たちは、どこへ向かっているんですか」


「僕が住んでる部屋」


「久世家ではないんですか」


「実家じゃないよ。今は一人で暮らしてる」


「そこへ、三人で行くんですか」


「うん」


「急に三人も増えて、住めるんですか」


「部屋は余ってるから大丈夫。四人で暮らせるくらいの広さはある」


「四人で」


「そのために申請したんだ」


 直哉は簡単に言いました。


 けれど私は、四人で暮らす場所をまだ想像できませんでした。


「必要そうなものは用意した。でも、子どもと暮らしたことがないから、足りないものもあると思う」


「積み木は?」


 悠人さんが前へ身を乗り出しました。


「積み木?」


「道を作るから」


「買ったよ」


「ほんと?」


「何を選べばいいか分からなくて、大きい箱にしたけど」


「長い道、作れる?」


「作れると思う」


「外まで?」


「部屋の中までにしてほしいかな」


 悠人さんは少し考えました。


「分かった」


 本当に分かっているのかは、分かりませんでした。


 私は窓の外を見ました。


 知らない道が続いていました。


 直哉が一人で暮らしていた部屋。


 そこへ、今日から私たち三人が加わります。


 久世家ではありません。


 直哉の家族がいる場所でもありません。


 それを知って、私は少しだけ安心していました。


 しばらくして、車は大きな建物の前で止まりました。


「着いたよ」


 直哉が言いました。


 車を降りて見上げると、窓がいくつも並んでいました。


「ここ?」


 悠人さんが尋ねました。


「ここの上の方」


「久世さんもいる?」


「いるよ」


「日向さんも?」


「いる」


「結衣さんも?」


「もちろん」


 直哉は少し照れたように笑いました。


「ここで、四人で暮らすから」


 悠人さんは私を見ました。


 私はうなずきました。


「行きましょうか」


「うん」


 直哉が荷物を持ちました。


 私は結衣さんと手をつなぎました。


 悠人さんは乗り物の絵本を抱えたまま、直哉の隣を歩きました。


 建物の中へ入り、上の階へ向かいました。


 扉の前で、直哉が鍵を取り出しました。


「まだ、ちゃんと揃えられていないものもあるんだけど」


「三人で暮らせるように、本当に準備したんですね」


「迎えに来るって言ったから」


 直哉が扉を開けました。


「入って」


 中は、センターの部屋よりずっと広く見えました。


 新しい家具。


 子ども用の小さな椅子。


 低い棚。


 床の上には、大きな積み木の箱が置かれていました。


 すべてがきれいに揃っているわけではありませんでした。


 まだ袋に入ったままの物もあります。


 置く場所が決まっていないらしい箱も、壁際に重なっていました。


 急いで、三人を迎える場所を作ったのだと分かりました。


「日向さん」


 直哉が呼びました。


「はい」


「これから、よろしく」


 私は部屋の中を見ました。


 悠人さんが積み木の箱を見つめています。


 結衣さんは、黄色い花を付けたまま私の手を握っています。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「開けていい?」


 悠人さんが積み木の箱を指しました。


「いいよ」


 直哉が答えると、悠人さんはすぐに箱の前へ座りました。


 結衣さんも私の手を離し、その隣へ向かいました。


「きいろ」


「黄色もあるよ」


「はな」


「また花にするの?」


「する」


 二人は積み木を取り出し始めました。


 私は玄関に立ったまま、その姿を見ていました。


「日向さん」


 直哉がもう一度呼びました。


「何ですか」


「待ってた?」


 私はすぐには答えませんでした。


 五日間。


 職員が来るたびに顔を見ました。


 何も知らされないまま夜になると、不安になりました。


 それでも、直哉が動いていると信じようとしました。


「少しだけ」


「少しだけか」


「期待しすぎないようにしていましたから」


「そっか」


「でも、待っていました」


 直哉は笑いました。


「迎えに行けてよかった」


「はい」


「三人とも」


「はい」


 私も靴を脱ぎました。


「日向さん!」


 部屋の中から、悠人さんが呼びました。


「道、作れるよ!」


「今行きます」


「黄色もある!」


 結衣さんの声も聞こえました。


 私は一度だけ、空になった自分の手を見ました。


 持ってきたものは、多くありませんでした。


 衣類と日用品。


 悠人さんの絵。


 乗り物の絵本。


 小さな車。


 黄色い花の髪留め。


 そして、悠人さんと結衣さん。


 それだけあれば、今は十分でした。


 私は直哉の横を通り、二人のいる部屋へ入りました。


 悠人さんは、もう床に積み木を並べ始めていました。


 センターで作ったものより、ずっと短い道でした。


 けれど、積み木はまだ箱の中にたくさん残っています。


「どこまで作るんですか」


 私が尋ねると、悠人さんは当然のように答えました。


「まだ決めてない」


 私はその隣に座りました。


 結衣さんが黄色い積み木を一つ、私へ渡しました。


「ここ?」


「どこに置きましょうか」


「はな」


「では、道の端に置きましょう」


 直哉も、私たちのそばへ来ました。


 四人で床に座りました。


 新しい部屋に、積み木の道が少しずつ伸びていきました。

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