第九十二章 知らない仕事
年が明けてしばらくすると、周の家にも少しずついつもの生活が戻ってきた。
正月の間に増えていた菓子や果物も減ってきた。
冷蔵庫の中も、普段と同じくらいになった。
朝、周は庭の枯れ葉を掃いた。
去年の秋から何度も掃いている。
掃いても風が吹けば、また葉が落ちてくる。
「まだ掃くの?」
劉が玄関から言った。
「見たら気になる。」
「全部なくならないよ。」
「分かってる。」
周はほうきを動かした。
少し腰を伸ばして、庭を見た。
以前より、長く続けて掃くことができなくなった。
昔なら、そのまま一時間でも動いていただろう。
今は少し疲れたら、椅子に座る。
それを自分でも受け入れるようになっていた。
昼前、近所の王がやってきた。
「周さん、いる?」
「いるよ。」
王は玄関を開けて入ってきた。
「この前言ってた仕事、息子がやっぱり変わった。」
「そうか。」
「うん。部署が変わった。」
「給料も?」
「少し変わったらしい。でも、詳しいことは俺も知らない。」
周は笑った。
「知らないことが増えたな。」
「そうなんだよ。」
王は椅子に座った。
「前なら、息子が何か言ったら、すぐ計算して、こうしたほうがいいって言ってた。」
「今は?」
「聞いても、よく分からない。」
「本人が分かってるなら、それでいいんじゃないか。」
王は少し黙った。
「そうなんだけどな。」
しばらくして、
「最近の仕事って、俺たちの頃と違うな。」
と言った。
周も頷いた。
「そうだな。」
王の息子は会社でオンラインのシステムを使って仕事をしているらしい。
一日中パソコンを見る日もあれば、外へ出る日もある。
同じ会社の人間でも、働く場所が違うことがある。
周には具体的な仕事内容がよく分からなかった。
けれど、それを無理に理解しようとは思わなかった。
「分からないものは、分からないな。」
周が言う。
「それでいいのかな。」
「俺たちが分からない仕事を、息子がやってるだけだろ。」
王は笑った。
「そうだな。」
午後、周は市場へ行った。
魚を買ったあと、入口のところで以前の同僚と会った。
「周さん。」
「おう。」
相手は以前一緒に働いていた李だった。
何年ぶりか分からない。
「最近どう?」
「普通だよ。」
「まだ仕事してる?」
「たまに。今はあまりやってない。」
「そうか。」
李は買い物袋を持っていた。
「俺は去年、会社辞めた。」
「辞めたのか。」
「うん。」
「次は?」
「まだ決めてない。」
周はそれ以上聞かなかった。
李のほうから話を続けた。
「家にいると、みんな何してるんだって聞いてくるんだよ。」
「そうか。」
「別に何もしてないわけじゃないんだけどな。」
「分かるよ。」
「でも、説明しても分からないと思う。」
周は少し考えてから、
「説明しても分からないことはあるな。」
と言った。
李は笑った。
「周さんもそういうこと言うようになったな。」
「どういう意味だ?」
「昔だったら、次の仕事探せって言ってた。」
周も笑った。
「そうかもしれない。」
二人は市場の入口で別れた。
帰り道、周は李の言葉を考えた。
「何もしていないわけじゃない。」
仕事をしていない。
学校へ行っていない。
家にいない。
そういう外から見える状態だけでは、その人が何をしているのか分からない。
周自身も、最近は仕事をする時間が減った。
けれど、家のことをしている。
買い物をする。
庭を掃く。
病院へ行く。
知り合いと話す。
それだけでも、一日は終わる。
家に帰ると、劉がテレビを見ていた。
「魚買ってきた。」
「今日は何?」
「知らない。」
「何それ。」
「魚屋がすすめてきた。」
「じゃあ、焼こう。」
夕方、魚を焼いていると、息子から電話が来た。
「もしもし。」
「今、大丈夫?」
「大丈夫。」
「この前送った写真、見た?」
「見た。」
「どうだった?」
「空がきれいだった。」
「それだけ?」
「それだけ。」
電話の向こうで息子が笑った。
「仕事の帰りに撮ったんだ。」
「そうか。」
「今の仕事、前より少し慣れてきた。」
「よかったな。」
「でも、まだ分からないことも多い。」
「最初から全部分かる人はいないだろ。」
「そうだね。」
少し間があった。
「父さんは最近どう?」
「普通。」
「腰は?」
「まあまあ。」
「無理してない?」
「してない。」
「本当に?」
「してないって。」
息子は笑った。
「ならいいけど。」
周は少し笑った。
「お前もな。」
「うん。」
電話が切れた。
劉が鍋を見ながら聞いた。
「何て?」
「仕事の話。」
「順調?」
「慣れてきたって。」
「そう。」
劉はそれ以上聞かなかった。
夕食のあと、周はテレビを消した。
テーブルの上に息子から届いた写真が置いてある。
王の息子。
李の仕事。
自分の息子。
それぞれの生活は、外から見ればほんの一部しか分からない。
以前の周は、分からない部分を自分の経験で埋めていた。
こういう仕事なら、こうだろう。
こういう年齢なら、こうするだろう。
自分の頃はこうだった。
だから、お前もこうしたほうがいい。
そう言えば話は早かった。
今は、そう簡単ではないと思うようになった。
分からないことを分からないままにしておく。
それは何もしないこととは違う。
翌朝、王が電話をかけてきた。
「周さん、昨日の話なんだけど。」
「うん。」
「息子に聞いたら、俺が思ってたのと全然違った。」
「そうか。」
「俺、勝手に想像してた。」
「よくあることだ。」
「そうだな。」
王は少し笑った。
「でも、聞いてみないと分からないな。」
「そうだな。」
電話が終わったあと、周は窓を開けた。
冷たい風が入ってきた。
庭には、昨日掃いたはずの葉がまた少し落ちていた。
周はほうきを取りに行った。
その途中で、ふと止まった。
全部掃く必要はない。
今日は玄関の前だけでいい。
そう思って、玄関の近くを掃いた。
庭の奥には、まだ葉が残っていた。
それを見ても、今日はそのままにした。
家の中では、劉が朝食の準備をしている。
外では風が吹いている。
それぞれの人が、自分の分からないものを抱えたまま、今日の仕事をしている。
周はほうきを壁に立てかけた。
「ご飯、できたよ。」
劉の声が聞こえた。
「今行く。」
周は玄関を閉めた。




